行動開始は悪夢と共に
さて、冷遇の証拠も得た!
後宮の実態も十分把握できたし、王太子達が色々と誤魔化そうとしても抑えこむ事ができるだろう。
何より魔道具の記録は冷遇の決定的瞬間とか発言だけじゃないのである。
後宮から見える風景とか。
所々にあるキヴェラの紋章とか。
果ては歩き回って簡単な見取り図出来ちゃいましたよ、隠し通路付きの!
人物だけなら幻覚だの偽物だの言われそうだけど、どう頑張っても本物じゃない限り無理なものを映像として収めているのだ。
これで逃げ切れたら凄いな!
他国から確認の人が訪れれば証拠と照らし合わせて事実だと納得してくれるだろう。
所々にある些細な物だからこそ映像が本物だと証明できる。
そしてここは後宮です……関係者以外、侵入したり逃亡した本人でなければ入り込める筈はないのだ。
建物自体を取り壊す事が唯一の逃げ道だけど、そう簡単には建て直せまい。
ついでに言うなら『そんなものが証拠になるなどとは思わない』。特に王太子。
ああ、『お馬鹿さんだから』なんて言いませんよ? 不敬罪になりますからね!
ただちょっと『普通より考えが浅く思考能力が乏しい上に自分の感情に素直過ぎる幼児の心を持つ方』だからですよね!
良く言えば『素直』とか『純粋』で片がつきます。便利な言葉だ。
ちなみに証拠映像もダイジェスト版を製作してみました。
部分的な映像を繋げて一個の魔道具に収録する映像編集作業はとても楽しかったです。
通して見るとヤバさがより一層増すけどな!
『私は見た! 後宮内で起こっている衝撃の真実!』という何かの特番のようなタイトルから始まる映像――いきなり始まっても何だか判らない可能性があるので文字入れしてみた。テレビを知っている私にとっては簡単だった――はセシル達の部屋の状況から王太子の暴言まで全部入れた。
セシル達が後宮から宿に移ったら城下町に流すつもりです。人々の反応が楽しみですね!
商人さん達によって町のあちこちに設置される予定なので、全部回収されるか魔石の魔力が尽きるまで流れ続けます。
これはゼブレストの側室達に悪夢を見せ続けたやつの類似品。人は魔力を必ず持っているから眠れば勝手に上映されます。
大変嫌な目覚めになること請け合いですね! いつまで続くか判らないけど民は王太子に対し不信感を持つだろう。
そして一般的な常識として城には結界が張られている。
当然、結界内部までは影響が及びません。
結論:事態の把握が一日遅れる。
何せ城の外で一晩眠ることが悪夢の条件なのだ、話を聞くのと直接見る事の差はでかい。
それに内容が内容だけに一日あれば十分広まる。人の口に戸は立てられませんからね!
更に言うなら滞在している旅人や商人達を巻き込む事によって噂は広がるだろう。中には他国の手の者も居るかもしれないね。
何よりヤバさを感じた彼等が国外脱出を図るべく行動してくれるので私達も目立たない。
利用できるものは何でも利用しますとも。大いに混乱してくれたまえ。
こう言っては何だが、住人達もある意味騙されているといえる状態なのだ。
滞在中に色々と歩き回った結果判った事だけど民の反応は『王太子様達も可哀相だけど王太子妃様もお気の毒』というものらしい。
王太子や寵姫のマイナス要素を隠す為に『結婚できない立場の女性を一途に愛する王子様』が演出されたと思われる。
王太子の顔が御伽噺に出てきそうな王子様なのであっさり受け入れられた模様。
ただし、婚姻は王が無理矢理決めたものという事も知られているので王太子妃に対しても同情的。
こんな人々が衝撃映像を見たらどう思うか?
恐らくは半信半疑に違いない。あまりにも今までの王太子のイメージが違うし。
だからそれを事実だと証明するような騒動を起こす必要がある。
尤もその騒動を起こすのは私達じゃない。
勝手に起こしてくれる人達が居るのだよ、当然の事として。私はそれに便乗するだけです。
悪魔でも鬼畜でも好きなだけ呼ぶがいい! 私は反省も後悔もしない!
「嬢ちゃん……一度ゆっくり小父さん達と話し合おうか。保護者を交えて」
「え? 私の保護者なら誰に聞いても絶賛すると思いますよ?」
「いや、そりゃそうなんだがな? 何て言うか……人としての方向性に問題ないか?」
「最良の結果の為に犠牲は付き物ですよ。私は善人じゃありませんし」
「良心や一般的発想は……」
「そんなもの初めから無い」
「「言い切るのかよ、それ!?」」
商人さん達が心配からそう言ってくれるのも理解してますよ? 騎士だって初めて人を殺した時は怖くて眠れないとか聞くし。
でも私の基準はイルフェナです。商人さん達は私を『一般人』という括りに当てはめているけど、私の周囲には魔王様を筆頭に翼の名を持つ騎士連中。彼等は自分達と同類と認めない限り一緒に御仕事しませんよ?
商人さん達は今回初めて私と顔を合わせたので『話は聞いていても納得していない』のだろう。
情報を扱う彼等だからこそ扱いが慎重なのかもしれないが。
もしかしたら私以外の異世界人と接した事があるのかもしれないね。
「綺麗事重視・全てに対し優しさ溢れる人物なら彼等に馴染みませんよね」
そう言ったら何とも言えない顔をされ頭を撫でられた。
えーと?
私は元からこうであって『この世界で生きる為に変わった』とかじゃないですよ?
「気の毒に……あの若造達の好みど真ん中じゃないか」
「ああ、絶対これは逃がさねえよな。こんな女は滅多に居ない」
「そっちか! そこなのか!? 気の毒なのは!?」
「「他に何が?」」
同業者だからこそ世間的に言われているような『素敵な騎士様』ではないと知っているらしい。
さすがアル達の先輩。後輩達の本質をしっかり把握しているようです。
と言うか。今、同類認定されませんでしたか、私。
……。
私に特殊な性癖はありません。そこだけは否定させてください。
※※※※※※※※※
「……で、あんた達がミヅキの友達かい」
「ああ。ずっと引き篭もっていてすまないな。つい旅の計画に熱が入ってしまって」
「はは、久しぶりに会えた幼馴染なんだろ? 話が尽きないのは当然さ」
和やかに話しているのは宿の客とセシル。隣のエマ共々、金髪に青い瞳になってます。
印象がかなり変わる上に顔を正しく判別できなくなる魔道具装備で町を歩いても全然平気。
ただしエマによると『そのままでも多分大丈夫ですわ』とのことだった。
王太子が徹底的に公の場に連れ出さなかったから民は顔を知らないままなんだとさ。
二人は数日に一回来る毒入りの食事後に脱出してきました。これで数日は逃亡がバレないらしい。
勿論エマの日記は置いて来ましたとも!
家具の殆ど無い部屋のテーブルにぽつん、と置かれています。
報告書紛いに書かれた日記は数ページ読むだけで後宮の実態が知れる素敵な出来です。
当然置いて来たのは中身を丸ごとコピーした方。オリジナルは私達が持っている。
このまま逃亡するのも芸が無いと思い、ささやかな報復として神殿(神聖な方)に寄贈される本の中に官能小説と共に数冊混ぜておきました。
何年かに一度図書室の本を整理してまだ使える物は神殿に寄贈するらしい。
正確には神殿の運営する施設に贈られるものだけど、『神殿から』という事にする為に一度神殿預かりになるそうな。
神殿には『国から書物を戴いた』という事実が残り、神殿の運営する孤児院には『神殿から本を贈られた』という形になるのでどちらの評価も上がるわけか。
まあ、今回はそれを利用させてもらいましょう。
ふふ……真面目な本の中身だけを変えたので本を開くまでバレませんよ。
流石に一度は傷みなどをチェックされるだろうし、バレるならその時だ。つまり神殿の職員が発見する。
なお、一冊だけ当たりがあったりします。……騎士同士の恋愛物が。
この国の騎士は男性だけ。誰だ、こんなもの書いた奴は。
ちなみに持っていたのはエマ。ささやかな反撃を夢見て購入しておいたらしい。
エマ曰く『普通に売られていまして店主が「最後の一冊」と言っていましたの』とのこと。
つまり『複数あって他は売れた』ってことですね!?
個人的な意見を言うなら恋愛は個人の自由だと思うよ?
ただ逆に言えば絶対に許せない人も居るってことで。
いや〜、王家は色々大変ですね! 盛大に神殿から批難されておくれ。
何せ、城から寄贈される分に混ぜておいたからな! 疑われるのは城の住人です。
侍女服姿でうろついていた私に本の整理を頼んだのが運の尽き。
数日掛かると聞いたのでその日の夜に商人さん達の協力の下、個人的な寄贈本を用意しました。
……いきなり『官能小説何冊か手に入りませんかね?』と言った時、商人さん達は暫し硬直していたが。
様々な意味で嘆かれつつも準備し、翌日こっそり混ぜておいたので城から寄贈された書物扱いです。
多少気の毒に思ったので真面目に労働してきたよ? 給金貰ってないから奉仕労働です。
もう一個の神殿も横領の証拠の一部を提示し『王家の弱みでも握らない限り無事じゃ済まないわねぇ?』と煽っておいたので、逃亡がバレれば盛大に動いてくれると思われる。
別問題が大事になればなるほど横領程度は霞むもんな。自己保身の為に頑張れ。
今後を予想し心の中で大爆笑している私を他所にセシルとエマは他の宿泊客達とも言葉を交わしていた。
商人さん達の情報操作で私達の関係は幼馴染ということになっている。
ついでにセシルとエマが元は貴族だった事も話してあるとか。
説明した際に周囲は酷く同情したそうだ。え、イルフェナではよくある事らしいよ?
そんなわけで二人は殆ど顔を見せなかったにも関わらず『ずっと宿に泊まっていたイルフェナ産の三人娘が漸く部屋から出てきた』という『事実』が宿の人達によって作り上げられている。
勿論、私や商人さん達が工作しエマやセシルも時々姿を見せていた結果だが。
厨房を借りてお菓子やおつまみを作り皆に振舞ったのも好印象に繋がったと思われる。
……商人さん達が時々疲れた顔をして『年頃の娘って判らねぇ……!』と宿の隣の酒場で愚痴っていた事も真実味を持たせたのだろう。
その場に居合わせた娘を持つ商人達が涙を浮かべながら慰め合っていたらしいので、私達を見る目が物凄く温かい。
『あまり小父さん達に心配かけちゃ駄目だぞ』と何人に言われた事か!
お陰で妙に存在を知られています。主に私が。問題児的な意味で。
素晴らしい情報操作ですね! 誰も疑ってませんよ!
……。
ごめん。それ工作じゃなくてリアル愚痴ですね、多分。
そんな感じでセシル達が宿にやって来た二日後。
キヴェラの王都では妙にリアルな悪夢が見られるようになったのだった。
さあ、噂話大好きなおばちゃん達よ出番ですよー!
まだやる事があるから私達はもう少し滞在してますがね。
※※※※※※※※※
「……ねえ、アンタも見たのかい?」
「本当かねぇ、あの王太子様が」
目覚めるなり人々は噂する。
そして私は何食わぬ顔で話に混ぜてもらうのだ。
「あの〜、どうかしたんですか?」
「おや、あんた最近うちの店で見かける子だね?」
「ええ、そこの宿に泊まってるんです。何だか町中が騒がしくないですか?」
旅人設定な私は王太子様の顔なんて知りませんよ。いきなり噂に混じると不自然です。
おばちゃん達は顔を見合わせると心の中で大喜びしつつも不安そうな顔で話してくれた。
微妙に隠し切れてないぞ、おばちゃんs。
噂を知らない子に話せるのが嬉しいようだ。噂とお喋りが大好きなのですね。
「あんたは見なかったのかい? 昨日の夜に夢をさ」
「見ましたけど……あれ、何で知ってるんです?」
「あたし達も見たのさ! 本当なのかねぇ」
「えーと……私、王太子様の顔を知らないので何とも。やっぱり本人なんですか?」
首を傾げる私におばちゃん達は勢い良く首を縦に振る。
「そりゃ、あんな綺麗な顔は滅多にいないだろうよ」
「旅人じゃあ、知らないのも無理ないね。私達には王太子様に見えたよ」
「え、じゃああんなに酷い事を言ったのは本物!?」
「どうだろうねぇ」
『噂としては本物の方が面白い、けれど事実だったら大問題』
今の所こんな感じに思っている人が大半のようだ。
だから少々冷静な意見を付け加えさせていただこう。
「あれ? でも王太子妃様なら侍女とか護衛の騎士が居ますよね? そんな状況を許していたんでしょうか、全員が?」
「そういや不自然だね」
「確かに。バレたら自分達が処罰じゃないのかい?」
「おかしいねぇ?」
「王太子様に命令でもされていなきゃ無理ですよね」
私の言葉におばちゃん達は納得したように頷く。近くに居た人達も聞こえていたらしく、しきりに頷いている。
……よし。これで『冷遇は王太子の命令説』が出来上がった。
侍女や寵姫に責任を押し付けても王太子だけが知らなかったなんて扱いにはならないだろう。
「教えてくださってありがとうございました。もう少し色々な人に聞いてみますね」
「そうだね、あたし達も気になるし」
「何か判ったら教えておくれ」
情報交換の約束を取り付けつつ、二人は別の人達と話し始めている。
商人さん達も色々な場所で情報操作に乗り出している筈だ。
ひっそり笑みを浮かべ私はその場を後にしたのだった。
とりあえず第一段階終了。次は『彼等』が行動してからだ。
まあ、この騒動を聞きつけて後宮に手が入れば夜あたりに動きがあるかもしれないが。
さあ、王太子様?
他国を巻き込んだ盛大な喜劇の始まりですよ?
悲劇の主人公になんて絶対にしてやらないから覚悟しとけ?
商人達は官能小説を強請られ絶句。
その後、何をしたかを聞かされ酒場へ直行。
後宮から逃亡しても主人公達はまだ宿に滞在中です。