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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
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誓約書を奪え

 あれから。

 姫達と無事に合流できたので、とりあえず今後の行動の優先順位を決めました。

 何だかセシル達は放って置いても大丈夫そうなので、私は婚姻の誓約書を入手するということに。

 いや、証拠集めより簡単そうだし?

 後宮では嫌がらせもなく放置されてるしね?

 下手に私が侵入して怪しまれるより証拠を入手次第、即逃亡できるようにした方が良いだろう。

 なお、セシル達の無事を確認・親睦を深める目的で夕食は毎日一緒に取る事になった。

 夕方、エマと待ち合わせて後宮内のセシルの部屋で御飯です。手料理振舞っちゃうぞ。甘い物も任せとけ。

 


 で。



 本日、神殿に侵入してみようと思います。

 見取り図は商人さん達から貰ったので迷子になる心配も無し。

 顔どころか存在を認識できないようになる魔道具――職人達の手作りですよ、当然――装備、一日居る可能性もあるので軽食と水も持ちました。

 気分は遠足。おやつ無いけど。

 なお、この魔道具は実用性がかなり低いらしい。

 『見えなくなる』というか、『気にしなくなる』という感じ。ステルスとか隠密スキル程度なんだそうな。

 なので気配に聡い人――騎士や傭兵みたいな人――や魔力の気配に聡い人――魔術師ですね――は『何となく気付く』らしい。

 ……うん、そんな人達相手に使えないならあまり意味ないね。気配を消せる人の方が余程お役立ちです。

 今回は平和ボケした神殿の皆様相手だからこそ有効なのだ。


 だってあの神殿に盗むような物なんて無いじゃん? 警備自体あまりしてないよね。


 これが国宝紛いの物を安置しているなら別だが、それは目的の場所じゃないのである。

 あくまで『結婚式を行い誓約書を保管する場所』が私の目当てなので、人の出入りが多い上にそれ以外の用事がない。

 恋人達の憧れの場所だそうですよ……人気の結婚式場扱いかい。

 記念の護符を売っているあたり『観光スポットかよ!?』と激しく突っ込みたい。

 元の世界でも土産物を売って運営資金にしている修道院とかあるけどさ。

 人々にとって重要な施設なら寄付とかあるよね? 国からも支援されてるよね……?

 まあ、神聖な場所と分けて存在しているからこそ簡単に忍び込めるのだが。もう一個の国宝紛いを安置してある神殿は基本的に立ち入り禁止だしね。そちらは王族とかの婚姻に使われるんだそうな。

 そして神聖な場所過ぎて誓約書の保管場所とか余計な部屋が無いらしい。だから侵入が楽な方で済むんだけどさ。

 それ以前に『誓約書を盗もう』などという不届き者は居まい。盗んだところで精々婚姻の証拠隠滅くらいなのだ。金にならん。

 望まない結婚ならば窃盗も十分考えられる……と思うのは当然なのですが。

 そんな状況ならば新たに誓約書を作り直されるだけだろう。だって『結婚を強制されて強行された』のだから。盗むだけではなく状況を覆さない限り同じ事をされて終わりです。

 無駄な事をするより駆け落ちでもした方が確実だ。実際、年に何回かあるらしい。


 で、私の場合。

 目的の物が一応王族関連なので重要なものには違いないのですが。


 逆に言えば別扱いしてあるから探すの楽なんだよね。


 勿論神殿に最低限の防衛魔法はあるだろうけど大抵解除できるしな、私。

 魔力を『何かを成す為の力』として認識することを肯定してくれた先生に感謝です。色々と間違った解釈をしてるっぽいけど無駄に万能。特にこういった解除系に関しては編物を解くような感覚なので問題無し。

 結界系統の魔術は魔力量よりも構造が重要らしいからね〜、単純なものだと楽勝です。

 用が済んだらお詫びにできるだけ複雑なものを施しておいてあげよう。

 逃亡がバレた際に婚姻の証拠として突きつけたくても解けなかったら時間稼ぎになる。


 お詫びじゃなくて嫌がらせ? 誠意が無い?


 そんなことはありません。他の王族の分もありますからね!


 王太子以外の誓約書が紛失しちゃったら大変じゃないですか!


 ……これで解けなかったら黒騎士達と大笑いしてやりますが。

 


 というわけで。

 本日、遠足……もとい誓約書の奪取に行って参ります!


「嬢ちゃん……何だか色々と不安なんだが」

「気の所為ですよ、気の所為。恐れていては何も始まりません!」

「いや……遠足って何だ、遠足って」

「軽食を持って日帰り程度で行なわれる行事です。ほら、間違ってない」

「あのな、『侵入』とか『犯罪』とか判ってるか? 捕まったらヤバイんだぞ?」

「つまり『バレなきゃOK! 気付かれなきゃ犯罪にはならない』ということですね?」

「違うから! そこまで前向きな言い方にしなくていいからな!?」

「一体何なの、この子……」


 商人さん達が呆れたり脱力したり虚ろな目になっていたのは些細なことです。

 いつものことだから気にすんな?

 大丈夫、そのうち慣れる! 人は順応する生き物ですよ?

 騎士sにできたことを貴方達ができない、なんて誰も思ってませんよ!




※※※※※※※※※


「姉から結婚前に是非一度見ておけと勧められまして」

「まあ、そうなのですか。どうぞゆっくり見ていってくださいね」


 入り口付近で声をかけてきた女の人――神官なのか巫女なのか只の職員なのかよく判らん――と軽く会話を交わし内部へ。

 中には下見に来たのかそれなりに人が多い。今日は結婚式が続けてあるらしく特に人が集っている。

 ……ええ、そういう日を狙いましたから。

 皆に祝ってもらうという意味もあってか、そういった情報は結構出回るのだ。

 基本的に元の世界の結婚式と変わりは無いみたい。誓約書へのサインもそこで行なわれてから保管庫へ運ばれるので付いて行けば辿り着く。

 さて、魔道具を身につけて行動開始です。人の少ない奥まった場所へ足を踏み入れても認識されないので問題無し。

 一番の問題は中で迷子になって出られなくなることですからね! 見取り図は出て来る時に重要なのです。

 普通は逆だろうけど妙な構造になっていた場合、私には道を正確に戻る自信などない。窓を開けて出てくるわけにもいかないしね。侵入の形跡が残ってしまう。

 それに他にもやるべき事があるので迷子になりかねないのだよ。


 そんな事を考えつつ付いて行ったら何だか重厚な扉の前で職員の足が止まった。

 掌を扉に押し付けるとほんのり光ってカチャリと鍵が外れる。

 へぇ、あんなものもあるんだ? もしかして鍵を解除できる人が決まっているんだろうか。

 予め認識させておけば登録された人以外は鍵を開けられない、というものならば警備らしい人が見当たらないのも頷ける。

 扉が開いた後、職員は部屋に入った。当然、私に気付いた様子もありません。

 無防備なことに扉を開けたままだったので私も便乗。ひっそり中に入ったら扉付近で待機です。

 暫くすると扉がゆっくりと閉まった。なるほどー、閉める必要ないのか。


 で、目的地にあっさり着いたわけですが。


 一度内部に入ったら職員が去るまで大人しくしていた方がいいだろう。即行動は当然できないけど、安全確保の為にも暫く空気になっておきます。私は置物、気にすんな。

 職員が完全に去ってからが本番ですよ。部屋からという意味ではなく、廊下の足音が聞こえなくなる程度には。

 閉じ込められる状態になるからこそ、次に人が来るまでの時間は安心して探せるというわけです。

 結婚式が多い日を選んだのはこの為。侵入するのに有利という面もあるけどね。

 仕事を終えた職員は何時の間にか閉まっていた鍵を先程と同じように扉に掌を当てて解除し、部屋を出て行った。

 一定時間で自動的に閉まるらしい。その後ゆっくりと足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


 では、探索開始です。と言っても部屋の一番奥にある扉がそれっぽいけどな!


 当たりをつけた扉から小部屋に入り込むと予想通り王族の婚姻の歴史発見。別格だと見つけ易いですね!

 御丁寧にも年代別に整理され、しかも最近の物は判り易い位置に置いてある。特に一年前の王太子。

 結界を解除し、薄いガラスのような素材の間に挟まれていた誓約書を取り出し目を通す。

 うん、これだ。簡単に目を通しただけだけど日付とサインから間違いは無いだろう。

 ……。

 王太子……お前物凄く投げやりにサインしただろ? 

 如何にも『不機嫌です!』と言わんばかりの文字に少々呆れる。

 王族だろ、お前。政略結婚当たり前な階級だろうが。

 呆れつつも、ふと違和感を感じ手にした誓約書に眼を落とす。


 ……おやぁ? 魔力を帯びてるみたいです、紙の分際で生意気な。


 そういえば『重要な契約書は特殊な紙を用いる』って前に聞いたような。

 紙の強度の事を言っているのかと思ったけど、『違えられないような制約がつく』ってことだったのかな。

 おそらく紙自体も簡単に破棄できないだろうし、破れば署名した人物に何らかの罰が与えられるとかいった術なのかもしれない。

 『婚姻の証明書じゃなく誓約書だよ』と魔王様に訂正されたけどマジで効果ありなものでしたか。

 ほほう、さすがは王族の婚姻。簡単に破棄できないようになっているみたい。


 が。


 私、この手の対策は既に取得済みです。

 悪戯の為に、ですが。好奇心と向上心は魔法上達に必須です。

 いやぁ、人生何があるか判りませんね……!  

 では、『楽しい契約の破り方』講座いってみましょうか♪

 

 用意するもの

 ・破棄したい誓約書、別の紙(普通の紙でいい)


 やり方

 ・誓約書の消去したい部分(この場合はサイン)のインクを別紙に移し除去。

  血で認証されている場合も同じく。


 ほら、あっさり完了。『術式が組み込まれた紙』に『直筆で名前が書いてある事』が問題なので、名前だけ移動させてしまえばいい。

 この世界にこんな魔法は無いので誰もできないやり方だけど。

 ゼブレストで作った名前変換の直筆手紙と同じ手口ですね。バレれば大問題になること請け合い。

 『インクだけ移動させる』って発想が無いからこそ誰も使えないだけなのです、教えれば黒騎士あたりはすぐに使えるようになるだろう。

 魔力を『何かを成す為の力』として捉えている事も重要だけど。

 さて、この誓約書は勿論持っていきますよ。

 良かったなー、王太子。これで君はめでたく独身だ。

 いや、婚姻の証拠はもう無いからずっと君は独身だった。バツイチとは言わん。

 セシルも人生に汚点など残さなくて何よりだ。

 ああ、王太子の名前はそのままにしておこう。誓約そのものが破棄され効果を失っているのか、未完成のままなのかは判らんし。

 イルフェナに戻り次第、黒騎士達に聞けばどうなっているのか教えてくれるだろう。


 そんな事を考えつつ認証式の扉の付近まで戻り、持ってきたサンドイッチを食べながら一休み。

 その後は再び開いた扉からこっそり退室し任務完了。

 後はふらふら歩き回って探索し、もう一つの目的『横領の証拠獲得』を無事に済ませ宿に戻ったのだった。

 事前に商人さん達から聞いていた情報ですよ、これ。


 神殿とくれば『隠し通路・悪事の証拠・財宝』といった秘密が一杯だと相場が決まってます!


 探索スキル発動しつつ歩き回れば一個くらいは見付かるかな〜、と思ってましたが大当たり。

 牢獄より簡単でした。鍵の掛かった机の引き出しや戸棚に普通に入ってたもの。

 魔法が掛かっていない一般的な鍵は開けるんじゃなく一度分解し、その後再構成すれば問題無しだった。発想を変えれば簡単だったのね〜、開錠。

 ……何だか碌でもない技術のみ上達していくような気がしますが。

 お粗末な警備体制も経費をケチっていることが原因みたい。愚かだ。

 まあ、とにかく。


 私の手駒の一つになって貰いますよ、神殿の皆様?


 神聖な婚姻の場での汚職事件はさぞかし人々の関心を引いてくれる事だろう。

 もしくは責任者と取引して姫の逃亡に一役買ってもらっても良いかもしれない。

 『婚姻を交わしておきながら夫が率先して冷遇するとは何と情けない!』とか演説してもらってもいいんじゃなかろうか。立場的に支持を得るだろうし。

 王家に誓約書の紛失を責められても『そうなるよう仕向けた原因』は王家の方だ。

 さぞや責任の擦り付け合いな泥沼展開となるだろう。……頑張れ。



 その後。

 迎えに来たエマと合流し再び後宮へ。本日の出来事を証拠と共に話すと二人は暫し無言になった。

 どうやら誓約書を奪ってくる事のみを想像していたらしく、誓約の無効まで行なっているとは考えなかったらしい。

 ああ、やっぱり誓約の破棄には特殊な手順がいるんだね。

 

「ミヅキ、君の実力を疑って悪かった」

「魔導師を名乗るだけはありましたのね……申し訳ありません」


 気にしないで良いよ、二人とも。

 私の場合、思い込みと無知な所為でこの世界の常識が通じないだけだから。

 そもそも正規のやり方なんて知らん。……とか言ったら混乱させるだけだよねぇ。

家捜ししたらRPGの定番どおり色々発見。

予想外の主人公に商人さん達は気苦労多し。

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