悲劇の主人公……?
「無茶な事を頼んで本当にすまない。感謝している」
「……。オ気ニナサラズ」
そう言って隣の女性共々頭を下げた人を何ともいえない眼差しで見つめる。
えー、現状に頭が付いていきません。
呆れていいのか、突っ込むべきなのか非常に判断に困ります。
只でさえ広い部屋は殺風景を通り越して物が無いとしか言いようの無い状態だ。
あくまで庶民の私の感覚で『広い』のであって、身分に釣り合ってはいないだろう。ここに普通なら家具が置かれるんだし。
でも一番の問題はですね……私が此処に居ることだと思います。
後宮って一般開放なんてされてないよね!?
町で落ち合って普通に入れるなんて思わなくね!?
現在。後宮の一室にお邪魔しています。
町で侍女さんと会って何の苦労もせず入り込めるってどうよ!?
※※※※※※※※※
……いや、確かに正面から入ったわけじゃない。
緊急の時に使われるらしい秘密の通路を使ったけどな。こちらの方が問題な気がする。
勿論、教えられたわけではないらしい。暇過ぎて色々調べているうちに偶然見つけてしまったんだと。
見つけた方を褒めるべきでしょうか、これ?
それとも秘密の通路がある部屋とは思わず彼女達を押し込めた奴を阿呆だと笑うべき?
「一般的な出入り口さえ見張っておけば後宮から出ることができない、などと思っているのでしょう。愚かですわ」とは侍女さんのお言葉。
ついでに言うならこの部屋の周囲は警護の騎士どころか侍女さえ居ない。
騎士は命令ゆえの態度――それでも問題だ――だろうが侍女は明らかに見下して馬鹿にしているのだろう。呼んでも来ないな、絶対。
冷遇通り越して放置です。町に行き放題な筈ですね……!
おい、私の計画の難所が一気に減ったんだが!?
今回の件で一番難しいのって最初だろ、どう考えても。
人目を忍んで接触・後宮に侵入し、姫の部屋に匿ってもらおうと思ってたよ?
え、何この予想外の展開。イルフェナで練習までしてきたのに!?
「うふふ、ミヅキ様の思う事は尤もです。イルフェナを基準に考えていれば驚くのも無理ありません」
「そうだな。私達はこれが一年続いているからいつもの事だが、呆れるのが普通だ」
「えー……、驚くと言うか、呆れると言うか。個人的な感想を言うなら『この国終わったな』と」
「まあ、やはりそう思われるのですね!」
ぽん、と手を合わせて微笑む侍女さんは同志を得たとばかりに嬉しそうだ。
……。
ええ、ヤバイと思います。
今はともかく次の時代になったら絶対に傾くだろ、これは。
いくら自分の後宮内とはいえ、よくぞここまでできるものだと心底思う。
きっと王太子が『目に付かないよう隅の部屋でも与えておけ・警護の騎士も侍女もいらん!』とか非常に個人的な感情で発言し、周囲も『どんな扱いをしても王子が許すから』という勝手な解釈をした結果なんだろう。
もしくは『誰かが世話をすればいいや』と全員思っていて結局誰も行動しないとか。
でなければここまで酷い状態にはなるまい。食事すら碌に運ばれて来ないってどうよ? 運ばれて来ても毒やら虫やらが入った物なのでどちらにしろ食えんらしいが。
「餓死しても下手をすれば骨になるまで気付かれないと思いますわ」とは侍女さん談。
私のお迎えも昼食を買いに来たついでだそうな。慣れた足取りにそれが日常なんだな、と私でも気付く。
……問題が発覚すれば王子も騎士も侍女も罰を受けると考えろよ。この結婚を決めたのは最高権力者の王だろうが!
教育を受けた身としては突っ込み所があり過ぎです、魔王様。
放置されたお陰で二人は意外と平和に過ごしてたみたいです。良かったねー、レックバリ侯爵&コルベラの皆様!
尤もこの二人だからこそ餓死もせず生きてこれたと思うけど。
おいおい、どーこーが『悲恋に酔ってる王子様』なんだよ。
寧ろ主人公をこっちの姫にして『自分勝手な我侭王子とその一派に苛め抜かれながらも祖国を想って耐える姫と忠実な侍女』とかにした方が絶対一般受けするって!
顔だけで状況の見えてないアホ王子・財産狙いの寵姫・寵姫に気に入られようと苛めに荷担する侍女・無能な騎士。
ほら、向こうは悪役オンパレードじゃん! 誰が見ても悲劇の主人公はこちらです。
あれ、何だか証拠集めも楽勝な予感。
……まあ、『ヒロイン』ではなく『主人公』なんだけどね、姫の印象は。
「ところで。今更なんだが改めて自己紹介をしないか? 友人同士という設定なのだろう?」
「そうですね。あ、これお二人の分です。元貴族という設定なので多少ボロが出ても誤魔化せます」
姫の言葉に頷きつつ、荷物から旅券を出し二人に渡す。事前に自分の設定を確認してもらわねば。
今は必要の無い旅の荷物は商人さん達に預けてあるので、滞在する宿で合流した時に受け取ればいい。
なお、彼等には三人で一部屋という条件で取った一室の偽装工作を御願いしている。
姫失踪後にいきなり宿を取ると怪しまれるから、事前に泊まっていたということにすべく最初に一部屋取ったのだ。
侍女さんと合流直後にマントだけ羽織らせて部屋確保・宿の女将に「もう一人居るんですよ〜」な会話をしつつ鍵を受け取り、それを商人さん達へ。
適当に明かりをつけたり、食事を運んでもらったりしておけば怪しまれまい。商人達が良く利用すると言う宿は基本的に人で溢れていたのだから。
「では、私から。イルフェナのレックバリ侯爵から派遣されてきた異世界人でミヅキといいます。魔導師ですよ」
魔導師、と言う言葉に軽く目を見開く二人を無視してぺこりと頭を下げる。
魔導師って魔術師の上位職だもんなぁ、異世界人がなるとは普通思わんだろう。
「私はコルベラ王の末子、セレスティナだ。今回は旅券に記されているようセシルと呼んでくれ」
「私はエメリナと申します。私の事もエマとお呼びくださいね」
「じゃあ、私もミヅキと呼び捨てで。友人設定ですから言葉遣いも普通にした方がいいかも」
「そうだな、旅の間は対等な扱いの方がいいだろう」
頷き合っている二人にとってこの設定は問題無しらしい。
これもちょっと予想外です。逃げる為とは言え『旅の間は同行者と対等な関係』という設定に難色を示すかと思ったんだよねー、実は。
いや、王族・貴族って身分を気にするしね? それが普通だし?
いきなり庶民と対等で、と言われたところで無理があるんじゃないかと。
「色々と迷惑を掛けると思う。悪い所ははっきり言ってくれ。できるだけ馴染む努力はしよう」
そんな事を言って更に頭を下げる始末。彼女が王族などとは誰も思うまい。
そして侍女さんも同じ気持ちらしく頭を下げている。
「気にしないでください」
「しかし……」
「大丈夫です!」
きっぱりと言い切ると彼女達は顔を見合わせ安心したように微笑んだ。
ええ、マジで大丈夫だと思います。多分、貴女達の方が私より常識寄り。
何があっても気にしない・深く考えないという方向で御願いします。
それに。
『姫はともかく侍女は色々煩いだろうな』と思っていました、ごめんなさい。
心の中で土下座中なので許してください、御二方。
「ところで。その寵姫はどんな女なんです? 私の中では既に財産狙いの浪費女で媚びる術に長けた印象なんですが」
寵姫個人に関してはあまり知る必要無いけど、一応聞いておく。
冷遇の証拠に大きく関わる以上は彼女も無視はできない。
すると二人は暫し首を傾げ。
「大体そんな感じじゃないか? 私が持ってきた装飾品も目立ったものは自分の物にしたようだし」
「は?」
「大半は取り上げられてな、隠し通路越しに耳にした侍女の噂話に『やっぱりエレーナ様が持つ方がお似合い』という言葉があった」
馬鹿か、その女も侍女も。王家の姫から『取り上げる』?
「予め幾つかは身に着けて隠し持っておりましたの。それを売ってこの一年生活してきたのですわ」
「事前に情報を仕入れておいて良かったと心から思ったな」
「ええ、本当に」
……こちらも怒る事無く平然と話しているし。こんな事で怒っていたらやってられねぇよ、ということだろうか。
「外見は……」
そう言いかけたセシルは何故か一瞬言い澱み私を見る。
ん? 何か問題が?
「髪の色は栗色、瞳は青だったと思う」
「外見は姫様よりミヅキに近いですわねえ」
思わず、ぴし! と固まる。
なんですと!?
「王子の好みなのだろうが……気の強そうな大きな瞳に華奢な体、といった感じか」
「王子相手に上目遣いで媚びてますわね」
「ああ、似てるんじゃなくてそういう意味ですか」
「ミヅキに媚びる雰囲気は無いから外見的な意味で、ということだ。不快に思ったなら謝る」
「いえ、御気になさらず。私の場合は単に種族的にこの世界の人より小柄なので、必然的に上目遣いになるだけですから」
「だろうな。ああ、言葉遣いは普通でいいぞ?」
内心同じ世界から来てたらどうしよう、とか思っちゃいましたよ。
要は『目が大きく勝気な子悪魔系』と言う感じだろうか。
……。
ゼブレストのリューディアあたりが王子の好みド・ストライクなんじゃね? 胸ないけど。
何故に暗殺未遂なんてやらかしたんだよ、リューディア嬢!
王子を誑し込む事を条件に釈放して送り込めば良かった、畜生!
彼女なら必ず寵姫と陰湿デスマッチをやらかしてくれると確信できる!
若さも野心も十分、足りない頭は私が付いていって補えば問題無しだったじゃないか!
嗚呼、折角の面白くも惨酷な泥沼展開が……っ!
愛憎劇の果てに自滅が狙えるかもしれなかったのに……っ!
「……? どうかしたのか?」
「いえ、物凄く惜しい人を亡くしたなと」
「「?」」
頭を抱えて後悔しきりの私に揃って首を傾げる二人。
改めて彼女達の容姿に目を向けると二人ともかなりの美形なんである。
侍女さんは栗色の髪と明るい茶色の瞳を持つ優しげな美人さんだ。
雰囲気も顔立ちも柔らかい、おっとりした女性。ただし、内面は違うらしい。
今も「私、毎日日記をつけていましたの!」と嬉々として見せてくる日記は報告書紛いに一日の出来事が綴られている。
うん、十分冷遇の証拠になりますね。冷静に書かれている分、怒りが透けて見えます。
どうせなら丸々複製して一冊置いていきますか。絶対、大事になると思うぞ?
姫……セレスティナは緩く波打つ黒髪を無造作に首の後ろで一纏めにしている。
切れ長の瞳は深い緑。言葉遣いも彼女の雰囲気に良く合っていた。
はっきり言おう。『可愛い』という単語は欠片も似合わない。
『綺麗』『凛々しい』『男装の麗人』という単語がとってもお似合いだ。
「エマ。セシルは祖国に居る時に男性だけじゃなく女性からも人気なかった?」
「勿論ありましたわ! 今より背は低かったのですが、凛々しさに憧れる侍女も少なくありませんでしたもの」
「あれ? 背があまり高くなかったの?」
「ああ。私達の国は成長期が遅いと言われているんだが、私は更に遅くてな」
「今のミヅキより少し高いくらいでしたわね、ここに来た時は」
そんな彼女は今は間違いなく私より十センチは高い。伸び始めた頃に嫁がされたということか。
まあ、元の世界でも身長って伸びる期間の個人差あるしな。食糧事情も人種も違うだろうし。確かセシルは今年十八歳だったか。
「ついでに言ってしまいますが、王子は姫様の顔を知らないと思いますわ」
「え? 嘘でしょ?」
「絵姿も碌に見ず焼き捨て、婚姻の時もベールを上げる事さえしていませんもの。勿論こちらに通うことなどしていませんし」
「背の高さも随分変わったからな。そもそも町で見かけた時も一切気にした様子は無かった」
「公の場に出たのは婚姻の時のみですもの。民が姫様の顔を知らずとも不思議はありません」
「だからこそ町を出歩いても旅人としか思われなかったんだがな」
「ふふ、町の住人ともそれなりに顔見知りになれましたしね」
「そうだな。ああ、ミヅキ。行動を起こす前に一緒に酒場に行かないか? マスターの料理は美味いぞ?」
何でしょう、この逃亡に有利な展開は。
真面目に考えてたイルフェナの協力者一同が脱力しそうなんですけど。
その日は話を程々に切り上げ私は宿へ帰りました。
防音魔法を施した部屋で簡単な状況報告をした時の商人さん達の反応は推して知るべし。
ま、とりあえず明日から婚姻の誓約書の破棄と証拠集めを頑張りますか。
リューディアは『S属性な人々』に出てきたゼブレストの側室。
彼女が生存していればキヴェラ乗っ取りルートでした。