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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
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子猫と狸の攻防・其の2

 さて、レックバリ侯爵の『御願い』のまとめをしてみよう。


 内容:ある国の王太子妃と侍女の逃亡の手助け。

 勝利条件:彼女達を母国へと無事に送り届ける。

 敗北条件:逃亡失敗(落命含む)。


 現時点での説明から得られた情報

 ・王太子には結婚前から浪費家の寵姫あり。

 ・彼女との結婚を反対され、王が連れてきた妃を認めておらず冷遇。

 ・王は王太子とその側近達に(現時点では)口出しできない。


 ……大体こんな感じか。

 個人的な予想として


 ・王太子は身分を捨てるつもりはなく、悲恋に酔っている。

 ・寵姫は財産狙い。側近も王子の味方というより利を見込んで味方している。

 ・王は王妃への影響を恐れ事態を内々に済ませたい。

 ・王太子妃の国は王太子の国に逆らえない状況。


 引き受けていないから国の名前とか明かされていないけれど、力関係は正しい予想だろう。

 誰が王の言葉も聞かず寵姫溺愛の王子の下に姫を嫁がせるというんだ。冷遇確定じゃん。

 政略結婚はお互い様なのに、自分の事しか考えていない時点で王太子にも期待できない。

 状況的に普通に連れ帰るだけじゃ無理ですねー……現状を覆せる証拠の入手と舞台を整える必要があるわけか。

 そこで私に話を持ってくるあたり認められていると思うべきなのかね?


 そもそも寵姫が后に相応しくなるよう努力するとか、王子が諦めていれば問題は起こらなかったわけで。


 魔王様が関わらなくていいと言った理由が良く判りますね、あまりにもアホ過ぎます。

 王太子の国、自業自得だろ? 国の法があるっていうなら王妃ごとばっさり切れよ。

 身内に甘いくせに周囲には平気で迷惑をかける王も十分同罪ですって、これ。

 まあ、そんな奴が王だからこそ今のうちに何とかしておこうって考えになるんだろうけど。


「……そろそろいいかね?」

「はい、いいですよ。これ以上考えてると王や王太子の暗殺まで考えが及びそうですし」

「……。物騒だがある意味同意できるの」

「ああ、やっぱり一度は考えましたか」

「うむ。少しばかり勝手が過ぎるじゃろ」


 ですよねー!

 勝手に自滅でもしてろって感じですよ。魔王様やルドルフを知ってるから全然同情できない。

 他の王族は知らないけど、何よりも国優先でなきゃならないんじゃないの? 義務だよね?


「国名は伏せるがこんな国じゃ」


 執事さんが差し出してきた紙に目を通すと……ある一箇所が目に留まった。

 

「豊かな国というのは強い。まして国を守り通せるだけの力を持つならば。今の王は野心家でもあるがの」

「……あの国はね、土地に恵まれているんだ。食料事情で逆らえない国が幾つもあるんだよ。特に自給自足できない小国にとって民を飢えさせない為には言いなりになるしかない」

「……つまりレックバリ侯爵の『御願い』だけじゃなく、その点も今まで通りにさせなきゃならないわけですね」

「そう。イルフェナは自給自足できているけど他国まで養うのは不可能だ」


 なるほど。だから魔王様としてはイルフェナだけじゃなく影響を受ける国の事も考えてレックバリ侯爵の意見に反対なのですね。

 下手に動いて姫の母国に対し警戒を強めた挙句に交易を制限されたりしたら悲惨な事になりかねない。まして他国の事に気を使うような国じゃないみたいだし。

 そうさせない為には私が何らかの交渉材料を用意しなければならないわけで。

 魔王様……ちゃんと他国の事も考えられる人なんですね。アルやクラウスが全面的な信頼を置いているのは幼馴染というだけではないとみた。

 誇れる主ってのは素晴らしいものなのです、私も配下Aとして自慢できます。


「だから向こうがイルフェナに話を持ってきた時点で対処した方が被害はないと思うんだ。我が国ならばやり合えるからね」

「おやおや、一戦交える気かね?」

「必要ならば。最悪の場合、ですが」

「我々もエルに賛同しております」

「その場合は俺達が最前線を務めさせてもらう」


 魔王様達の言い分も理解できるのか、レックバリ侯爵は少々困った顔だ。

 縁組を持ちかけられる可能性のあるイルフェナやゼブレストはそれでいいとして、姫様達の命は危ういもんな。

 うーん……立場と考え方によっては最善の方法なのか。まあ、何もしなければそうなるだろうけど。

 その点レックバリ侯爵の方法はピンポイントで私が恨まれる、ある意味私だけが迷惑を被る方法だ。

 確かにレックバリ侯爵の『御願い』は難易度が高い。姫の母国の事も含めれば更に難易度は上がるだろう。

 しかも、私が異世界人でなければ成り立たないと言った方が正しい。

 

 異世界人はこの世界の事情など『知る筈がない』のだ、『誰か』から逃げてきた『女性達』と一緒に行動しようと文句の言いようが無い。

 しかも追ってくる者達はその理由を明かせないのだから。


 幼児(=異世界人)に本気で怒る大人(=国)など周囲に呆れられ評価を下げるだけだろう。

 そもそも数ヶ月前に来た異世界人にしてやられたなんて絶対に言いたくはないに違いない。

 私の今までの功績は全て『協力者』としてのものなのだ……個人でやらかすなんて普通は信じない。しかも外見小娘。負けたら恥です。笑われます。

 その事も踏まえ姫の冷遇の証拠さえ持っていれば交渉で全てを『無かった事』にできる。他にも交渉材料があれば交易もこれまで通り継続可能。そのあたりの交渉はレックバリ侯爵がやるつもりなのだろうが。

 そしてそんなことがあった以上、イルフェナとゼブレストに縁組を持ちかけるなんて真似はすまい。強気で交渉とかできないもの。

 『全てを良い方向に持っていける』と魔王様が言った理由は間違いなくこれだろう。反対する理由は『私が恨みを買うから』だ。保護者としては頷けませんね、そりゃ。


 どうやら色々と理由があったらしい。と言うか私に話す必要がないことだしね、これ。

 『将来的に縁談を申し込まれそうだから』なんて仮定でしかないことで言い争いも妙だと思ってたけど納得です。

 まあ、私が興味を示した時点で裏事情まで話さざるを得なくなったんだけど。


「レックバリ侯爵。貴方は何でそんなに必死なんです?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

 いや、レックバリ侯爵も魔王様達の意見を全面的に否定してるわけじゃなさそうだしね?

 何か理由がある気がするのだよ、どうも不自然というか。

 そう言うとレックバリ侯爵は一枚の手紙を差し出してきた。読めってことだろうか。

 内容は……姫からの近況報告かな? 淡々と書かれているけど悲惨です、これ極一部ってことだよね。 

 でも悲壮感はありません。そして何故か使用人宛ての一般郵便ぽいのが気になります。

 王族・貴族って手紙用の転移方陣あるよね? 先生も使ってたし。


「儂はな、かの国の先王とは友人だったのじゃよ。王だけでなく姫の教育に携わった事もある。だからこそ姫が簡単に弱音を吐かぬことも知っておる」

「お姫様だからこそ打たれ弱いんじゃ?」

「あの国は王族は誰より国を守るものという意識が強くてな、王族は皆一度は騎士団に入る事が義務付けられておる。姫だろうが徹底的に躾けられるから野営だろうと平然とこなすぞ」

「野営……なんて逞しい」

「生活費くらい自分で稼いで何とかすると断言できるな」


 自活できる王族ってのも何だが凄い。生き残る義務のある王族にとっては必須なのかもしれないが。

 ……そう言えば食料の面で頼ってるって言ってましたっけ。もしかしたら元々贅沢をしない環境なのかもしれない。

 そんな人が逃げ出す事を考えるなんて余程の事があったんだろうか。


「姫は特に祖父である先王を尊敬しておってな、先王も末の子である姫を可愛がっていたものじゃ。だからこそ儂に頭を下げてまで姫のことを頼んでいった」


 そこまで言うと一度言葉を切りレックバリ侯爵は執事共々深々と頭を下げる。

 魔王様達が息を飲むあたり初めて見た姿なんだろうか。


「頼む! あの子を助けてやってくれ。可能性がある以上、諦めるような真似はしたくはない……」

「それで私は危険な立場になるわけですね? 落とし所を見つけると言っても恨みは買いますよね? 自分と、全く、関係ないのに?」

「判っておる。儂は全ての責任を背負いイルフェナから処罰を受けよう」

「その為にイルフェナの中枢から離れようとしたんですか」

「引退した身ならば処罰もし易かろう。イルフェナ自ら儂の首を差し出せばお前さんにまで被害は及ばん筈じゃ」

「イルフェナに勝ったという優越感から、ですよね?」

「うむ。交渉次第じゃが一度は痛い目を見せた事のある儂の首ならば価値があろう」


 まあ、私は常に誰かの協力者なのだから『背後にレックバリ侯爵がいました・騙されてお手伝いしただけです』という言い分は通るだろう。実際、私にとって利益なんてないのだから。

 何か言ってきたら首を差し出して向こうの機嫌をとる、と。

 狸も人の子だったんですね〜、亡き友人との約束の為に命を差し出すとは。

 ……私も差し出されてる気がしますが。


 レックバリ侯爵的理想

 『異世界人を騙して友人の孫を救出したよ! ありえない王族冷遇の証拠もあるし、小娘にしてやられた恥ずかしい出来事を黙っていてやるから全部無かったことにして大人しく姫を手放せ。イルフェナにも苦情言うな! それで足りないなら自分の首くれてやるから良い子にしてろ』


 魔王様の言い分

 『下手に動くと姫の母国が大変な状況になるし今は静観。ただし何か言って来たら行動するし、武力行使も覚悟してるよ! 無関係な異世界人を犠牲にするなんてありえないから!』


 二人の言い分を簡単にするとこんな感じかね。あれ、何か感動的な要素が消えた!?

 ……。

 と、とにかく。

 二人とも責任をとる事前提での意見だし、正直どちらが良いとも言えない。

 どちらにしろ争う事になるような気がするんだよね〜。直に同じ事を繰り返しそうだし。


 それに。

 何故二人とも私が大人しく従うと思っているんだろうか?


「え〜、大変感動的なお話なんですが。レックバリ侯爵の言い分も魔王様の言い分も私には関係ないです」

「そうだろうね、君はそれでいいん「ですからこの話に乗りますね、利害関係の一致で」」

『は!?』


 がば! と頭を上げ声を上げるレックバリ侯爵と執事さん。魔王様達も声を上げて固まってます。

 ……いや、貴方達の言い分は理解できるんだけどさ? 最初に私の意思を聞こうよ?


「な、君は何を考えているんだ!?」

「放っておいても貴方達がこの国を守るじゃないですか。だったら私は自分のやりたいようにやります」

「ミヅキ? 一時的な優しさで自分を犠牲にするのは良くありませんよ?」

「いや、姫様達に優しさを向けたわけじゃないし狸に同情もしてない」

「お前には関係ないだろうが」

「現時点ではないけど、個人的には願ってもない状況です!」


 魔王様達は口々に言うけど聞くつもりはありません。

 この機を逃したら次はないので邪魔しないで下さい!


「いや、その……儂が言っておいて何だがいいのかね?」

「同情では動きませんが、利害関係の一致でならば大歓迎! あ、最悪の場合は私ごとばっさり切り捨てちゃってください」

「いやいやいや! 全てを背負わせるわけにはっ!」

「個人的な事情なのでイルフェナに迷惑はかけられません。貴方の事情は『ついで』なので気にすんな?」


 個人的過ぎて誰もが吃驚な理由ですからお気になさらず。

 でも非常に私らしい理由なのです。寧ろ私の性格を知っていれば納得できます。


「……。ミヅキ、理由を聞かせてくれないかな。保護者である以上は簡単に許可できない」

「許可もらえなくても勝手に動きますよ。……これです!」


 テーブルに先程手渡された『ある国』についての資料を置く。

 覗き込んで来る一同に先程からずっと見ていた部分を指差すと誰もが呆れた視線を私に向けた。


『十年前にゼブレストに侵攻』


 すいません、この一文を見た時から頭の中では復讐の文字がちらついてます。

 そーか、そーか、ルドルフが死にかけ紅の英雄が誕生するに至った元凶かい。

 私が関われる隙を作ったのが運の尽きと思え?

 それにさ。

 ゼブレストに喧嘩売る国ならイルフェナも交渉だけで済むとは思えんのだよ。

 魔王様達もそれを危惧しているから『一戦交える事もある』って言ってるんじゃないのかね?

 もしかして以前に狙ってきた事とかあったりしません?

 初めてこの国に来た時、私は『狙われやすい国』だと言って否定されませんでしたよね?

其々思う所があって意見が合わない親猫と狸。

ところが子猫は斜め上の発想をしてました。

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