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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
73/699

子猫と狸の攻防・其の1

 あの事件から数日後。

 何故か目の前に狸……いえ、レックバリ侯爵が座っています。


 呼び出されたのは魔王様の執務室から繋がっている部屋なのですが。


 呼び出したのは魔王様なのですが。


 何故でしょう……『お話ししたいから』などという普通の展開が待っているとは思えません。

 引退延期を決定するまで多くの人に粘られた狸が多少萎れていても自業自得。

 そしてその程度で狸が己の行動を反省する筈も無いというのが私の見解です。

 ……。

 ……。

 逃げていいかな、この状況。


「ふむ、それほど警戒せんでも」

「いえいえ、か弱いので自己防衛は重要ですよ」

「か弱い……」

「何か? ああ、大人しくは無いですが」

「……。その腕の中のぬいぐるみは」

「これですか? 先程近衛騎士のジャネットさんに貰いました。実物に手を出さなければ罪にはならないと」

「……」

「……」

「すまなかった」

「あら、初めて謝罪の言葉を聞きました」


 やはり腕の中の狸のぬいぐるみは効果絶大だったようです。

 ……うん、何故かは知らないけど首に縄が巻き付いていて妙に首が細くなっているんだよ。

 誰が見ても『絞めたんじゃね?』としか思わないよね、これって。

 まあ、後で縄を解いて綿を詰め直してやろう。流石に哀れだ。


 つーかね、レックバリ侯爵。

 近衛騎士の立場から見ても貴方のやり方は強引だったってことですよ。

 一応庶民に該当している私を無理矢理引き摺り出すってどうよ?

 騎士とは比較的友好的でも貴族とはかなり温度差があるのです、大半の貴族にとって私の認識は『使えるか・使えないか』だろう。

 後見を受ける以上その認識はある意味正しい。だから私は魔王様の配下だと言っている。

 そして現在の呑気な生活ができるのは魔王様の庇護とゼブレストの存在があるからだ。

 レックバリ侯爵としては私を国の駒としても使いたい……というのが本音だったんだろうね。

 そのままだと魔王様が絶対に表に出さないから。何だかんだ言っても良い保護者です、魔王様。

 勿論、レックバリ侯爵の狙いどおりにはならなかったわけだが。


「謝罪より理解していただきたいです。私は魔王様の駒にはなっても国の駒にはなりません」

「ほう、何故かな? 国の後見を受けている筈だが」

「ええ。それはゼブレストも同様です。そしてゼブレストが『私個人の味方』である限り、イルフェナの駒にはなりえないでしょう」


 他国と深い繋がりを持つ人物を国の中核に位置付けるなんてありえない。

 私がイルフェナに忠誠でも誓えば心強い繋がりに見えるだろうが、現時点でその気は無いのだ。

 ついでに言えばルドルフ達が困ったら私は当然味方する。良くも悪くも中途半端な立場だからこそ『どちらの協力者にもなることが出来、国の中核に組み込まれる事は無い』のだから。

 しかも私は今回の事でルドルフという王を個人の人脈として見せ付けている。

 ここまでやったら国に取り込む危険性の方が重視されますって。

 なお、逆の場合は私がイルフェナにおいて何の権力も無いので問題視される事は無い。魔王様と守護役二人が優先するものが国だとルドルフ達も知ってるし。


 そう個人的な見解を述べるとレックバリ侯爵は実に残念そうに溜息を吐いた。

 当たり前です、魔王様が必死に庇ってくれているのを理解出来ないほどアホな配下でいるつもりはありません!

 平穏な生活を維持する為なら努力を惜しみませんとも。

 邪魔する奴はそれなりの扱いされても文句言うんじゃない。好感度は重要です。


「やれやれ……有能な若手を獲得できると思ったんじゃがな」

「お断りします。今いる人達を育ててください」

「……レックバリ侯爵、もういいだろう? 貴方がミヅキと話したいと言ったから場を設けたが、これ以上押し付けるようなら強制的に切り上げさせてもらう。……ルドルフ殿からの抗議も来るだろうね」


 そういえばルドルフを襲撃しちゃったっけね。

 本人が物凄く楽しんでいたから忘れてたけど、これもレックバリ侯爵以下イルフェナ勧誘組を黙らせる手段か。

 意外な所でお役立ちです、宰相様はここまで見越してましたか。

 やっぱり国の中枢に居る人達と付け焼刃の私では格が違いますね。絶対に勝てん。

 

「ふむ、では可哀相な年寄りの頼みではどうかね?」

「何方の事です? 多少萎びた狸なら居ると思いますが」

「……狸とは儂のことかな?」

「あら、ご自分を狸だと思ってるんですか」


 では今後狸様とお呼びしましょうか! と笑顔で続けるとレックバリ侯爵は顔を引き攣らせた。

 嫌ですね、狸様。夜会で私の性格はある程度理解できていたと思うのですが。

 魔王様どころか背後に控えたアルやクラウスが見て見ぬ振りをしているのだ……私達がどういった感情を抱いているか察してくださいな。

 もっと言うなら空気読め。この場で絡め取るような言い回しが通用する筈なかろう。


「で、結局何が言いたいんです?」

「お前さんが『か弱い』などという冗談を言うのでつい釣られてな……」

「お話が無いようなので失礼しますね! 二度と会わない事を心より願ってますから!」

「なっ!」

「お待ちください!」


 笑顔で席を立ちかけるとレックバリ侯爵と控えていた執事らしき人が慌てて止める。

 ちっ! そのまま退場は無理か。

 当たり前だが『か弱い?』発言で怒るような性格はしていない。……いや、実際に一般人並みの耐久性しかないから騎士に比べてか弱いのだが。

 貴族も嗜みとして剣術を習ったりするらしいので庶民の私はそれ以下です。便利さに慣れた世界の人間は体力的な面で明らかに劣る。


「ま……待て待て待て! 謝る! 話だけでも聞いてくれ!」

「話を聞いても『国に取り込まれることはない』事と『無理矢理関係者にしない』ことを約束してくれるならいいですよ? 魔王様、証人になってくださいね?」

「勿論だよ。証拠もあるから問題ない」


 魔王様も笑顔で頷きクラウスを振り返る。軽く頷くってことは魔道具で記録されてるって事か。

 対してレックバリ侯爵は苦い顔になる。懲りない狸だな、いい加減学習しろよ。


「はあ……片方だけならばともかく、エルシュオン殿下も揃うと本当にやり難いの」

「教育の賜物です。とにかく疑え、あらゆる事態を想定しろ、言質を取られるな、ということが最大の自己防衛に繋がると学習してますからねー……体験学習で」

「ああ……それは確かに身に付くじゃろうな」

「身に付くどころか一歩間違えば死んでますよ!」


 特にゼブレスト。ルドルフ達がブチ切れる環境でよくぞ生き残ったといえる。

 寵を競うんじゃなくて命の取り合いだったもんなー、その分報復には手加減と言うものをしなかったが。

 仲間意識が強いのは偏に命の危機的状況を共に勝ち残ったからだ。素晴らしき哉、戦場の絆。

 ……などと言ったら執事さんには哀れみの眼差しで見られた。珍しく狸様も似たような表情をしている。

 さすがに一般人をいきなりそういった場に放り込むのは思う所があるらしい。

 憐れみなんて要らないやい。そもそも魔王様の教育方針の元凶、アンタじゃん!?


「やれやれ、その条件を呑もう。じゃが、お前さんならば話に乗ってくれると思うがの」

「へぇ? 魔王様かルドルフ関連ですか」

「……? まさか。レックバリ侯爵! あの話は断った筈だ。蒸し返す必要はない!」


 あれ? 珍しく魔王様が声を荒げている……ってアル、耳を塞ぐでない!

 んん? 何か思い当たる事があるのか? 初めて見たぞ、そんな様は。

 とりあえずアルの手を引き離し話を聞きますか。


「あー、はいはい。話を聞くだけという約束もあるので黙っててください。アル、耳塞がないの!」

「ミヅキ、退室しなさい」

「魔王様?」

「君には関係がないことだ。聞く必要はない!」

「さすが親猫。子猫を危険に晒す真似はせんのだな」


 本当に珍しい。ところで親猫と子猫って何さ? 状況的に魔王様が親猫で私が子猫っぽいけど。

 微笑ましそうな顔で見る前に説明してくださいよ、レックバリ侯爵。


「事前に防ぐ術があるのに感情を優先して行動を起こさぬ者は愚かだと教えた筈じゃがな?」

「それは手の中の駒でできる範囲の事では? 無関係な者を犠牲にしていいことではありません」

「王族としても同じ事が言えるかね?」

「言えますよ? 部外者だけに押し付けて自分達は安全な場所に居るなど、何処の外道ですか」


 ……。

 意味が判らん。とりあえず私に『何か』をさせたいってことみたいだけど、保護者な魔王様が前から突っ撥ねていたらしい。

 アルやクラウスも魔王様と同意見らしく教えてくれる気はないようだ。

 当事者無視せんでおくれ、寂しいじゃないか。


「話が進まんの。……ミヅキ、お前さん後々イルフェナとゼブレストに災厄が降りかかるならばどうするかね?」

「悪役が居るなら〆ます。災厄が起こる要因が判っているならば取り除きますね」

「レックバリ侯爵!」

「この愚弟子が、黙っておれ! ……それをお前さんが取り除けるとしたら? 命の危機になるほど危険じゃがな」

「状況によります。国がすべき事ならば傍観、私にしか覆せない状況ならば行動でしょうか」

「その基準は?」

「国の評価と周囲に与える影響。幾ら私が結果を出してもそれが個人に頼ったと言われ、国の評価を落とすならば動くべきではないでしょうね」


 淀みなく答える私にレックバリ侯爵はとても満足そうだ。逆に魔王様は不機嫌そう。

 間違ってないっぽいのに何故。


「では、話そう。異世界人よ、ある国の王太子妃と侍女を母国まで送り届けてくれんか?」

「は?」


 何それ。里帰りくらい普通にできるでしょ?


「実はな、その国の王太子は溺愛する寵姫が結婚前からおってだな……今も公の場にはその寵姫を伴っているそうじゃ。王太子妃は結婚式以来、姿を見せておらん」

「その寵姫じゃ駄目だったんですか?」

「子爵家であることに加え浪費家らしくてな。王とその側近達が許さなかったらしい」

「将来の王妃に相応しくない人柄なんですね?」

「恐らく許されなかった理由はそれじゃろうな。平然と国庫を圧迫させるような女が民に尽くすとは思えん」


 浪費女に恋する王子様ねえ……財産狙いじゃないの? それ。

 愛だと言うなら自分から身を引くとか慎ましやかに暮らして王太子妃を立てるとかするだろ、普通。

 それに王子もどうかと思う。そこまで愛に生きたいなら身分捨てろよ、どうせまともな王にはならん。


「うむ、儂もそう思う」

「声に出てましたか。ついでに言うならいい歳して『周囲の反対の中、身を寄せ合って健気に立ち向かう恋人同士』な自分達に酔っている思考回路は普通に恥ずかしい。アリサ達を知っているから特に」


 アリサからはあの後お詫びと事後報告の手紙が届いた。きちんと理解した彼女は元が善良なだけあって非常にまともだ。

 『一年後にはもう一度エドの奥さんに戻る予定だから家事を頑張ってるの』と可愛い奥様な言葉があったので簡単な料理のレシピを返事と共に送ってみた……ら旦那様(予定)に大変好評だったらしく。

 今では料理指導係兼お友達として友好的な関係を築いていたり。今後家庭菜園を作るそうだ。あの子やっぱり貴族階級が合わなかっただけだったんだなぁ。

 異世界人と貴族の組み合わせが現実を見ることが出来ているのです、教育を受けた王族・貴族でこの行動ってどうよ?


「おお! まさにそのとおりじゃぞ? 咎める者は遠方に飛ばしとるらしいからの」

「何故そんな駄目な生き物を野放しにしておくんです? それに反対している王様に情報はいかないんですか?」

「あの国は正妃の生んだ男児に継承権が優先される。民に慕われとる王妃様にまで影響が出るのは確実じゃからな、簡単にはいかんのよ。情報に関しては……お前さんが言うかね?」

「へ?」

「貴族でさえお前さんの情報はつかめんかったじゃろ、同じ国に居るというのに。向こうは後宮の全てが敵であることに加え、王太子の味方が周囲を固めているでな。それに後宮は王と王太子のみ持つ事を許されているが……基本的に不干渉なのじゃよ」

「王や王の命を受けた人でも、ですか?」

「うむ。主以外の子を身篭る可能性があるからの。それを利用して王太子と周囲の貴族は嫁いで来た姫を虐げておる」


 つまり情報の規制が徹底されている事に加え強制捜査もできないから、不審に思っても行動に移せないわけか。

 証拠がないのに一方的な叱責はできんな、王様でも。

 悲恋に酔う王子様にとって周囲の貴族達は心強い味方扱いですか……普通にヤバそうですね、国の将来。

 ところで。


「その国や王太子妃様はお気の毒だと思いますけどね、私が動ける事じゃないでしょう?」

「いいや? 暫くすると間違いなく被害が来るぞ」

「何故」


 首を傾げる私に対しレックバリ侯爵は大変いい笑顔で――気の所為か額に青筋を浮かべて。

 問題発言をしたのだった。


「イルフェナには現在一歳になる王女が居る。ゼブレストもクレスト家に歳の近い姫と若君が居た筈じゃ!」

「……」


 読めた。うん、そこまで言われると私でも理解できる。

 魔王様は溜息を吐き、アルとクラウスは僅かに顔を歪めている。


「……。その碌でもない寵姫が子供を産んだらイルフェナやゼブレストと縁組したいと言い出しかねないわけですね?」

「そのとおり! 王子を産めば間違いなく正妃にするじゃろうし、我が子の後ろ盾を得るという意味ではイルフェナかゼブレストが狙い目じゃろうな」

「駄目王子が王になったら国が傾きそうですね。共倒れは勘弁して欲しいです」

「共倒れどころか踏み台にしかねんぞ? 何せ王の決めた婚姻にも関わらず后を蔑ろにする奴じゃ」

「あれ、そっちから言い出して迎えた姫なんですか!?」

「そうじゃよ。寵姫の噂を知っておるからの、姫の方から言い出す事はない」


 ヤバくね? 普通に考えてそんな扱いしてたら抗議来るぞ?

 最悪、宣戦布告されるかもしれないんじゃないのかな!?


「王達は余程あの寵姫を認めたくはなかったらしいの」

「ちなみに姫様達を母国に戻して穏便に済むんですか?」

「それはお前さん次第じゃな」

「はい?」


 何でー!?


「君が証拠を持って無事に二人を連れ帰れば報告を受けたイルフェナとゼブレストが介入できる。そんな事を公にされれば批難が集中するだろう。結果的に全てを良い方向へ持って行けるんだ……逆に言えばそれまで我々が一切介入できない」


 説明感謝です、魔王様……随分と大事になってますね。

 私がゴールまで無事に着ければ『姫の母国からの報告で事態を知った国が抗議できる』と。


 『うちの異世界人が行方不明なので捜索中(不在の建前)』

         ↓

 『他国からの報告で姫様の逃亡に手を貸してたことが判明(初めて知ったよ!)』

         ↓

 『姫様の証言だけじゃなく証拠もあるようだ。王太子、お前どういうつもり?』

         ↓

 『縁談? ご冗談を! 王家の姫にあんな扱いする国なんぞ知らん』


 簡単に言うとこんな感じだろうか。私の報告からイルフェナとゼブレストが初めてこの問題に介入できるってことね。

 当事国だけだと絶対に王太子側が勝つもの。婚姻は互いの国が納得してるし、嫁いでからの事を一切知らない姫の母国は事実を捏造されれば否定できない。当然連れ戻され次の逃亡の機会はないだろう。

 こちらは善意と自国の利益を考えて姫様側に味方するって事ですか。確かに一番被害が少ない。

 問題点としては王太子側も必死になるってこと。最悪、姫様ごと消されます。


「さて、どうするかね?」


 本当にどうしましょうねー? とりあえずもう少し詳しく聞いてからかな。

情報を握っていても動けない場合があります。

レックバリ侯爵が主人公と接点を持ちたかったのはこの為。

決行可能と判断され狸は子猫に懇願中。親猫は不機嫌。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読みましたがめちゃ面白いです! そしてまだ500話くらい残っているのが最高 なるべく感想を少なめにしますが毎回突っ込みたくて仕方がない笑笑 [一言] 狸は子猫に懇願中。親猫は不機嫌…
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