一方その頃、キヴェラ王城では
――キヴェラ王城・ある一室にて(キヴェラ王視点)
「……そろそろ始まったか」
思わず呟けば、一斉に視線が儂へと集中した。
そのどれもが気の毒そうなものながら、どこか安堵を含んでいるのに、苦笑を禁じ得ない。
今日ここに集っている者達は国の中枢を担う者達ばかり。
もっと言うならば、アロガンシア公爵夫妻の『役割』を知っている者達ばかりだ。
見た目的には『会議をしている王と側近達』。
そう『装う』よう、あの魔導師から頼まれていた。
「……このような状況で口にするのもどうかと思うのですが、私は安堵しているのです」
すぐ傍の席に座っていた宰相が控えめに、けれどはっきりとした口調で魔導師の策への支持を示す。
「あの方達はある意味、被害者と言えるのでしょう。ですが、先代様が去られてからも何一つ変わられておりません」
「お前から見てもそう思えたか」
「はい。まして、陛下は他国との関係を見直されると宣言され、自らも行動していらっしゃる。……害悪にしかなりませんでしょう、特に公爵夫人の方は」
「……」
脳裏に思い描くのは同腹の妹。
元から選民意識が強く、王族としての立場がその我侭さと愚かさに拍車をかけた。
『大国キヴェラの王族』、『戦狂いを制し、国を立て直した王の妹』。
そんな立ち位置に、我侭放題の愚か者が置かれれば……増長するのも当然だった。
「父上に目を付けられない愚か者、継承権のない王女。そのような立ち位置も、『役割』には有利に働いた。しかし、王族としての教育は受けさせたはずなのだがな」
仮にも公爵夫人となるのだ。政には関わらせないとはいえ、問題を起こされても困る。
これまでそれが重大な問題に発展しなかったのは……偏に、『生粋のキヴェラ人優遇』というこの国の性質が多大に影響していたのだろう。
まして、元王族。傲慢であろうとも、ある意味、『それが当然』という見方をされてきたのだ。
結果として、妹達を叱る者は王である儂のみとなり。
妹はいつまで経っても、儂を兄としてしか見なかった。
「元より、愚かだった。それを利用した。そのことに後悔はない。あるとするならば……他者に後始末を任せねばならぬ我が身の不甲斐なさよ」
あの魔導師が情報を持ち、協力を申し出てくれなかったならば。
……公爵夫妻は近いうちに必ず『不幸な死』を遂げたであろう。それは予想されてきた『後始末』。
野放しにはできず、かと言って幽閉するだけの罪もない。その上、側室の実家であり、第二王子の後ろ盾ともなれば……下手に処罰などできなかった。
……。
まあ、あの魔導師の玩具となるくらいならば、死んだ方がマシだったのやもしれんが。
「しかし、魔導師殿も考えましたね。先日の夜会にて、公爵夫人が魔導師殿に喧嘩を吹っ掛けたのは事実ですから」
「そうですな。目撃者には事欠きませんし、何より……魔導師殿は王都を恐怖のどん底に陥れた過去がある。誰もがあの二人の処罰を願うでしょう」
「うむ。それに加えて、どうやらブラッドフォード殿とは仲が良いらしい。今回とて、協力者になっているのだ。子息達の憂いを見かねたのやもしれませんな」
「ルーカス様への気安い態度には驚かされますが、弟王子殿下方とも友好的なご様子。それも今回の計画に繋がったのかと」
側近達が口々に語る中に出てくる魔導師の姿は、もはや恐怖の対象というだけではなくなっている。
あの魔導師、妙なところで情に厚いのだ。その結果、『対処を間違えなければ安全』くらいには思われているのだろう。
方向性に首を傾げることが常であり、その発想を理解できないが、謎の思考回路で結果を出す実力者。
もはや珍獣扱いのような気がしなくもないが、本人も『異世界産の化け猫で良いっすよ』とかほざいていたので、それでいいのだろう。不思議な生き物である。
「さて、陛下。確認致しますが、今回は『アロガンシア公爵夫妻に害された魔導師が怒り、処罰を求めて陛下のいらっしゃるこの部屋に押し掛けてくる』という感じで宜しいのですな?」
最後の確認とばかりに宰相が口にすれば、側近達もお喋りを止め、こちらへと顔を向けた。
「うむ。状況は魔道具に記録し、ブラッドも証人として証言することになっておる」
つまり、『あの二人はそういった状況を作り出してくる』ということだ。
おそらく、煽りも盛大に行なわれるため、隔離された場所――アロガンシア公爵家がその場所に選ばれている。
なお、ブラッドによって使用人達は事前に事情を説明されており、今後に噂を利用することを想定し、何らかの仕込みも行なっていると聞いた。
そんなブラッドは、先代公爵が徹底的に教育した『正当な』アロガンシア公爵になるはずだった。
第二王子の後ろ盾になるならば弟に……という言い分に納得はしたが、実に惜しいことである。
元より、先代公爵は現公爵である息子の資質を疑っていた。ゆえに、儂の計画に差し出したのだ。
だが、先代公爵に息子への情がなかったわけではない。
『あやつは公爵の器ではありません。ですが、それが国に必要とされるならば……【価値ある者】として、公爵家に名を連ねることができると思うのです』
愚か者として、廃することはできた。手持ちの爵位を譲り、小さな領地を治めさせることも可能だった。
その程度の能力はあったのだ。ただ……『公爵家』は重過ぎただけで。
対して、孫二人――爵位の継承は男性のみなので、長男と次男のみ――は十分な資質と才覚を持って生まれてきた。
家を潰さないため、そして側室の後ろ盾としての地位を保つため、先代公爵は孫達に厳しい教育を施したのだが。
……期待されなかった公爵は、どのような目で父と息子達を見ていたのだろうか。
自らを頼ってくる妻に甘いのも、その反動ではないかと。そう考えることもある。
特に長男であるブラッドは父親の卑屈な感情――おそらく、無自覚――に、どことなく気付いていた節がある。
それがこれまで排除に至らなかった理由ではあるまいか。容赦のないブラッドの姿を知ってはいるが、あの甥とて家族に対する情はあるのだから。
「キヴェラを敗北させた魔導師を怒らせるのだ。なあなあにするわけにはいかん。だが、あの魔導師はこちらの事情に理解を示してくれるだろう。仲の良い者達が苦労することも望まぬ。ゆえに……『アロガンシア公爵家は潰れない』」
そう、あくまでも魔導師がこちらに理解を示してくれただけ。
自分と仲の良い者達が居るから、そして第二王子の後ろ盾として必要だと判っているから……『当事者である公爵夫妻のみの処罰を希望してくれる』。
「実に、あの魔導師らしい決着ではないか! 前例となる案件を出せば、煩いことを言う者とて居なかろう」
「そうですね。確かに、魔導師殿はそういった決着を望む傾向にありました」
「うむ。しかし、腑抜けではない。きっちりと報復くらいはするであろうな」
『……』
そう言った途端、側近達の顔色が悪くなった。
……。
そうか、そうだな。報告書という形であの魔導師の所業を知る者達からすれば、その『報復』(意訳)こそ、恐ろしかろう。
なに、今回ばかりは大丈夫であろう。寧ろ、親猫の方が煩そうではあるのだが。
「さて、待つか」
微妙な雰囲気の中、それだけを口にして沈黙する。そして、背後に控える騎士へと意識を向けた。
……サイラスよ。お前、儂の背後に控えていながら、今回は一言も口を出さないな?
それほどまでに期待しておるのか、魔導師の報復を。
キヴェラ王……公爵に対してはちょっと思うところあり。でも許すほどではない。
寧ろ、先代公爵や息子達の憂いに気付け!と思っていたり。
側近の皆さん……今回ばかりは魔導師の味方。共に苦労したことがないので、
公爵夫妻(特に夫人)はキヴェラの汚点扱い。
サイラス君……勿論、居た。黙って、良い子で護衛中。当然、無表情。
しかし、内心では魔導師達を絶賛応援中。
王城勢、会議を装いつつスタンバイ中。
その頃の黒猫……公爵夫人に殴られた。
ブラッド君……煽りつつ、事の次第を記録中。
公爵夫人はキヴェラ勢の予想を通り越し、黒猫の地雷を踏みました。
多分、予想外。キヴェラ王もこれには頭が痛い。




