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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
イルフェナ編
72/699

番外編・保護者達の密談

近衛騎士サイド。

時間的には食事会後。

「……という事があったそうです」

「……」


 部下である騎士の報告に壮年の男性は厳しい表情をしたままだった。

 それは彼だけではない。室内に集っている彼と同じ隊に属する近衛騎士達も同様だ。

 彼等が纏っている深い青に金の飾りの付いた騎士服は近衛騎士のものであり、それだけで彼らがエリートなのだと知れる。

 その中心人物は騎士団長を務めてもいる、王族の信頼厚い人物だった。


「ふ……ふふ……! 随分とふざけた真似をしてくれるではないか」


 背後に何やら黒いものを背負った事で威圧感の増した騎士団長――アルバートは口元を笑みの形に歪める。

 そう、間違っても笑ってなどいないのだ……事実、目が据わっており顔の上部に影が出来ている。

 子供どころか一般人、いや新米の騎士なら泣き出す迫力だ。

 近衛騎士として感情を表に出さぬ彼にしては非常に珍しい事だといえよう。

 尤も集っている数人の騎士は誰もその事を咎めようとはしなかった。寧ろ同類である。


「アンディ・バクスター、ね……表立って問題行動は起こしていませんでしたが」

「副団長、それ本気で言ってます?」

「いいえ? 『表立って』と言ったでしょう。報告によると誠実とは言い難い人物です」


 穏やかな笑みを浮かべた騎士が掛けた眼鏡に手をやりつつ報告書を手渡す。

 『知的な笑顔が素敵』と言われる人物だが、今はその笑みが作り物めいている。

 余談だが、この笑みの時は絶対にこれ以上怒らせるなと評判だ。一年以上在籍している近衛騎士ならば誰でも知っている教訓とも言う。

 近衛にも頭脳派が存在するのだ、強さも必要だが強いだけが騎士ではない。三十代で副団長を務める人物がただの優男である筈は無いのだから。

 更に言うならこの男の名はクラレンス・バシュレという。

 バシュレ家令嬢にして恐るべき社交界の華――シャルリーヌ・バシュレの夫だ。

 夫婦揃って近衛に在籍する団長夫妻が最強夫婦と呼ばれるのに対し、副団長夫妻は最凶夫婦と呼ばれている。

 この二組の夫婦は互いの伴侶を最大の理解者といって憚らないのだ……つまり同類である。副団長の結婚には当時の近衛の誰もが恐れ戦き『素直に祝福できない組み合わせ』『混ぜるな危険』と密かに囁かれたとか。

 

「エルシュオン殿下もグランキン子爵を追及するつもりのようですし、彼はこちらで引き受けてしまっても構わないのではないでしょうか」

「ほう……クラレンスもそう思うか」

「ええ。このような人物が一時であろうと近衛に在籍するのです……躾られる覚悟は出来ているかと」


 にこやかに告げる内容ではない。しかも言葉だけなら非常にまともな事を言っている。

 まさに悪魔の一声、しかも団長の後押しに場は沸いた。否、彼等はその一言を待っていた。


「当たり前ですよ! 恥です、恥!」

「そのような碌でもない人物は相応しくありません!」


 個人的感情が立派な言葉の陰に隠れていようと気にする奴は誰も居なかった。

 実際、彼等は非常に個人的な感情の元に発言しているのである。


『あの子が近衛騎士に失望したらどうしてくれるんだ!?』

『俺達、あの最低野郎と同列に思われる? ちょ、ふざけんな?』

『このまま距離を置かれて「近衛騎士って最低!」とか言われたら立ち直れん……!』


 一皮剥けばこんなものなのだ……それでいいのか、近衛騎士。

 尤も癒しの少ない彼等のオアシスと化している異世界の少女も『できた御嬢さん』なのだが。

 

 不快にならない距離を保ち、内面に踏み込んでくる事も過剰な理想を押し付けてくる事も無い。

 怪我をすれば労わり、嫌な顔一つせず美味い食事を出してくれる。


 頼られ、勝手な理想を押し付けられることが常の近衛騎士達にとって不快にならない女性は大変貴重だった。

 女嫌いとは言わないが、彼等は一様に女性貴族に失望する傾向にあったのだ……現実なんてそんなものである。

 そして現在、異世界の少女は彼等の『妹』的扱いになっているのだった。今後も良好な関係でありたいものだ。

 更に騎士団長夫妻はある野望を心に秘めている。


 『是非あの子をうちの娘に!』 

 

 実際、婚約者達が全員公爵子息ということから見ても貴族との養子縁組は必須なのだ。

 婚姻の際には一度貴族の家に養女に入り、そこから嫁ぐという形になるのが一般的。

 相手の男は騎士なのだ、しかも婚姻しようと今の状態は維持されるだろう。決して悪い話ではない。

 勿論、ここまでの考えに至ったのは理由がある。

 そもそも団長夫妻は女の子も欲しかったのである。特に可愛い物好きの妻にとっては夢だった。だが、立場上息子二人が限界だったのだ。

 その息子も必要な教育を施したとはいえ家族として接する時間は他家に比べて圧倒的に少ない。

 結果、自立心逞しいままに育ち全く性格の似ていない親子になった。よくぞ捻くれず育ったものだと周囲に評価されている。

 そんな前例があり、女の子が生まれたところで『可愛い』という言葉が似合う子に育つのだろうか?


『無理。絶対想像とは違う方向に育つ』

『俺達が女になって可愛いと思える?』


 互いの意見どころか息子二人に言われる始末。しかも実に説得力がある。そんなわけで諦めていたのだが。

 神は二人を見捨てなかった。性格的にも状況的にも文句無しの人物が存在したのである。

 今現在、夫婦の野望はミヅキに『父様・母様』と呼ばれる事。徐々に信頼関係を築き養女に、という計画だ。

 そして婚姻の際には夫婦揃って相手の男に『泣かせたら命は無い・月に一度は里帰り』という要求を突き付ける事を夢見てもいる。

 ミヅキにとってある意味最高に頼り甲斐のある親候補とも言えるだろう。

 兄様呼びされたい一部の近衛騎士達は団長夫婦の野望を心から応援中。

 知らぬは本人ばかり、なのだ。外堀は徐々に埋まっている。


 が。

 事態は思わぬ方向に転がっていく。


 次々に声を上げ『躾直し』に賛同する騎士が大半の中、一人の騎士が呑気な声を出す。


「あ、言い忘れてた。俺、昨日あの子に『兄様』って呼んでもらったんだ」

「「「「何だと!?」」」」


 一斉に振り返り、その人物に殺気にも似た視線を向けるが当の本人は何処吹く風。

 この一見軽そうに見える人物、信じ難い事だが団長の息子なのである。

 『あの二人から生まれてどうしてこうなった!?』と初対面時には誰もが首を捻るほど雰囲気は似ていない。

 ただし、似ていないのは表面的な部分のみだ。若干十九歳で近衛に配属される確かな実力を持ち、内面は……。


「ディルク……伝えたい事があるならば遠回しな言い方をしないでくださいね」

「いやあ、随分と真面目な話をしているので個人的な話をするのはどうかと」

「おや、貴方の事ですからタイミングを計っているのかと思いましたが」


 苦笑しつつ副団長が告げると、ディルクはにやりとした笑みを浮かべた。

 一見親しみ易い彼は実はあまり性格がよろしくない。今の台詞もより注目を集める事を狙ってのものだろう。


「実はディーボルト子爵家への嫌がらせって続いてるらしいんですよ。で、クリスティーナ嬢は安全な場所に避難させてるらしいんですが……身代わりを立てて襲撃者達を捕まえてるそうなんです」

「ほう。グランキン子爵が考えそうな事だな」

  

 ディルクの言葉に騎士達は嫌悪を露にした。

 そして更に爆弾は投下される。


「しかも襲撃者の目的というのがクリスティーナ嬢を傷物にすることらしくて。双子の兄二人の身代わりは騎士達が引き受けてるんですが、クリスティーナ嬢の身代わりはミヅキなんですよね」

「……」

「……」

「……」

「……。ディルク? この父にもう一度言ってはくれないか? よく聞こえなかったようだ」

「ですからー、傷物にしようと狙ってくる襲撃者達の脅威に我らの妹が晒されてまーす!」


 ディルクが笑顔で言い切ると同時にアルバートの手の中にあったペンが粉々に砕け散る。

 だが、誰もそんな事を気にする者など居なかった。手の中にペンがあったら同じ行動をしていただろう。


「髪形が似ていて身長が近い騎士二人が兄役なんで昨日早速参加してきました。クズを〆る事が出来て更に妹に良い所も見せられる! しかも半日兄様呼びです!」


 そのまま手料理振舞ってもらいましたよ、最高の非番でした! と続けるディルクは楽しそうだが目が全く笑ってはいなかった。

 寧ろ態々仲間達の怒りを煽るような言い方をするあたり悪意全開である。

 十五歳になったばかりの少女をそんな目に遭わせようとするだけでも嫌悪の対象なのだ、それが妹の様に思う存在ならばどうなるか。

 当然、全員の目が据わった。敵意どころかもはや殺意だ。武器に手を伸ばさないので一応自制心は残っているらしい。 



「ディルク……その襲撃者達は捕らえてあるのだろうな?」

「ええ。あの騎士達が説教してるんで泣いてるかもしれませんが」

「そうか。……仕事が終わり次第、様子見に行ってくるか」

「あ、俺ちょっと母上の所に寄ってくので休憩延長で宜しく」

「いいだろう。親子の会話だ、遠慮は要らん。じっくり、詳しく、話して来い」


 ゆらり、と怒りのオーラを纏わせたまま告げる団長にディルクは「了解!」と告げると颯爽と部屋を後にする。

 間違いなく女性騎士達にも事の次第を告げるだろう。残念ながら彼女達は騎士寮へは行けないが、女ならではの情報網を駆使して味方してくれるに違いない。

 しかも更に襲撃者達の不幸は続く。


「では私は義弟に詳しい話を聞きに行きましょうか。妻もあの子を気に入っているので、場合によっては襲撃者達に少々お説教をしなくては」

「副団長の義弟というと……」

「アルジェントですよ。義兄であり、騎士である私に情報提供は渋りませんよね」

「仕事内容は無理では?」

「ああ、勘違いしないでくださいね? 私が聞くのは未来の妹を害そうとしたクズの身元です。……治安維持の為にお仲間ごと消えて貰った方がいいですし」


 にこやかに告げる副団長に反対意見を言える奴などいなかった。知的な笑みがとっても寒々しい彼の言い分は騎士として正しい。正しい、のだが。


 近衛の仕事に治安維持は含まれていない。ついでに言うなら『消す』という単語が非常に物騒だ。


「そうだ……、忘れてました。アンディ・バクスターの件ですが、夜会が終わってからにした方がいいと思います」

「何故だ?」

「妻がとてもやる気になっていまして。彼女の楽しみを奪うのはどうかと思うのですよ」


 今から再教育しては当日使い物になりませんしね、と続ける声はいっそ優しげですらあった。

 美女に甚振られた果てに待つのが鬼教官直々の性格矯正プランなのだが誰も止めないし助けない。

 さぞや問題児はズタボロになるだろう。




 その後。

 何人かは囮作戦に参加し、残念ながら不参加だった者は食事のついでとばかりに説教に参加。

 実力者の国のエリート達による説教は非常に恐ろしかったらしく、襲撃者達は心の底から己の愚かさを悟ったのだった。

 そして一時的なものだが城下町の治安がかなり良くなったにも関わらず警備の者達は皆顔を青くして口を噤み、二度と彼等が出てくる事が無いよう願ったという。



 余談ではあるが。

 団長の妻であるジャネットは今回の経緯を知るや盛大に憤り、家では事件が終わるまでタヌキのぬいぐるみが簀巻きにされて逆さ吊りにされていたとか。

 口に出さずとも、国の為だと判っていようとも、お母様(予定)は大変お怒りだったようである。



彼等の怒りの矛先は赤毛→襲撃者→グランキン子爵→狸と伝染中。

狸に関しては納得できる部分もあるので実害無し。

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― 新着の感想 ―
何周も読んでるけど、この話で吊られてしまうたぬきのぬいぐるみが可哀想…… たぬ「ぼくは関係ないのに……」
[良い点] 今までの回でこの回が一番面白かったです。 [一言] 近衛騎士さん達良い人達ですね。
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