煽り、見下し、敵を釣れ!
――アロガンシア公爵家にて
『私は爵位に相応しい実力と功績を求められる、イルフェナの者ですわ。相手の爵位が上であろうとも、ただ黙して敗者に成り下がるような無様は晒せませんの』
私がそう口にした途端、公爵夫妻の顔が引き攣った。
ですよねー、イルフェナに良い思い出なんて、ありませんよねー♪
いくらアロガンシア公爵夫妻が外交経験が殆どないような、自領運営オンリーの『超内政型』(超絶好意的に意訳)であったとしても、話くらいは聞いているだろう。
イルフェナ、『大国キヴェラ』の猛攻に耐えきった国なのよね。
これはマジなのである。つまり、私……魔導師に敗北する以前から、イルフェナへの苦手意識があっても不思議ではないわけで。
そこに加えて、『イルフェナ所属の魔導師に敗北した』『交渉でボロ負けし、農地を取られた』という追加要素ができてしまった。
ゆえに、いくらアロガンシア公爵夫妻の脳内がお花畑であったとしても、『イルフェナ怖い』くらいの認識はあるのだろう。
ただ……個人的な感情優先の元王女様(笑)が、そんな事情くらいで素直に『ごめんなさい』するはずもなく。
「ふ……ふん、だからどうしたと言うの」
あっさりと持ち直してくださった。
……。
微妙に顔が引き攣ったままとか、若干、腰が引けているのは見逃してあげようじゃないか。
大丈夫、大丈夫。煽ればきっと、いつもの調子を取り戻してくれると信じてる……!
「あら、どうもしませんわ」
「……え?」
「だって、私からすれば……『当たり前のこと』ですもの。自慢するようなものではなく、爵位に見合った功績は義務ですのよ。『その程度のこと』なのです」
クスリと笑いながら口にするも、公爵夫妻を馬鹿にするかのように、僅かに目を眇める。
その態度は、聡い者ならば『貴方達と違って』と言っているように見えるだろう。
あまりにも判りやすい挑発だったせいか、公爵夫妻にもそれはしっかりと伝わった模様。
特に公爵夫人は『小娘に馬鹿にされた』とでも思ったのか、怒りが顔に現れている。
「いくら功績があったとしても、年上や爵位が上の者に対する礼儀がなっていない令嬢なんて……どこの家の者なのかしら? さぞ、ご立派なお家なのでしょうねぇ?」
厭味ったらしく『ご立派なお家』と口にする公爵夫人は己が有利を確信しているのか、多少は余裕を取り戻しつつあるようだ。
そんな妻を諫めることもせず、おろおろとしている公爵に……ブラッドさんは厳しい目を向けていた。
どうやら、公爵の性格をそれなりに理解しているブラッドさんから見ても、この態度は失格なのだろう。現在進行形で、ガンガン評価を下げている模様。
そんな父と子の姿を視界の端に収めながら、私は改めて公爵夫人を観察中。
私の狙いは『公爵夫人に手を出させること』なので、一時であろうとも、彼女が理性を忘れて怒り狂ってくれなければ困るのだ。
ふむ、年齢は間違いなく私の方が下に見えるだろうし、家柄だって、公爵夫人は『大国キヴェラの王妹にして、次期王太子の最大の後ろ盾となる家の女主人』。
普通ならば、これに勝てる家はあるまい。少なくとも貴族は無理だろうし、他国の王家が相手だったとしても、それなりに敬意を払わねばならない相手だろう。
……ただし、『キヴェラ王が私の味方をしていなければ』。
こちらには公爵夫妻でさえ(普通は)敬意を払わねばならないキヴェラ王がついている。寧ろ、主導する勢いだ。
そこに加えて、この世界に柵のない『異世界人の魔導師』である私が対峙中。
結論:公爵夫妻に勝ち目無し。
落ち着きを取り戻そうとも、公爵夫人が前述した理由を切り札にする限り、勝ち目はないのであ~る!
『どんな状況だろうと、勝ち目はない』と言わないのは、公爵夫妻がイルフェナに対し、何らかの弱みを握っているとか、強気な態度に出られるカードを持っている可能性があるから。
公爵家なので、他国に圧力を掛けられるものがあっても不思議じゃない。事業とか、物流に関する案件とか。
そう、普通は何かしらあるはずなんだよねぇ……『普通なら』!
この夫婦はそういった案件が全くないらしい(※ブラッドさん情報)ので、脅迫材料にも乏しいのだろう。
もっと言うなら、そういった案件はブラッドさん&弟さんがしっかりと確保・運営しているらしいので、この二人が潰れてしまっても何の問題もないんだと。
ブラッドさんの『思いっきりやっちゃっていいよ!』発言はこれが理由。
そりゃー、こいつら夫婦が潰れようとも、大して困らんわな。
さて、考察と思考はこのくらいにして。そろそろ、私も真面目にお仕事いたしましょ。
どうも観察している限り、公爵夫人の方は『格下扱いされること』が怒りのトリガーになるっぽい。
内容はどんなものでもいいみたい。とにかく、『自分が下に見られる』ということが気に食わないというか、我慢できないような気がする。
ただ、それだけでは手を出すまでに至らない。……と言うか、イルフェナという国に対する警戒心が多少は活きている模様。
……。
つまり、『怒らせる』→『怒りのトリガー狙い』でいけば可能、かな?
まあ、物は試しだ。
駄目だったら、ブラッドさん――今は公爵の方に意識を向け、公爵がこちらの邪魔をしないように見張ってくれている――が参戦し、何らかの誘導をしてくれるだろう。
それでは、いってみよう♪ 公爵夫人よ、覚悟ぉー!
「礼儀、ですか……。ふふ、私が未だに若輩であることは事実ですが、敬うべき相手にはそれなりの態度を取りますよ」
「あ、あら、そうなの……」
「ええ。ですから、『この場には』当て嵌まりませんわ」
「なっ!?」
納得しかけた公爵夫人は、即座に顔色を変える。そこを私は更に畳みかけた。
「私もそれなりに情報収集はしておりますの。……忠誠を向けるべきキヴェラ王陛下にご迷惑をかけ、度々、お叱りを受けるような方に、『礼儀』などと言われましても、ねぇ?」
「そ、それは貴女には関係のないことでしょう!」
「あらあら、何を慌てていらっしゃるの? それらを恥と思っていらっしゃらないからこそ、繰り返しているのでしょう? ふふ……それを他国の者に指摘されるなんて、私ならば恥ずかしくてたまりませんわ」
――だって、国の恥に他なりませんもの。
「な……そのよう、な」
「大国ゆえに見逃されるのではありませんわ。大国の公爵家だからこそ、よりみっともないと判断されるのです。ああ、キヴェラ王陛下にも先の夜会で『恥ずかしくてたまらない』と言われていましたものね? あれこそまともな反応でしてよ」
クスクスと笑いながら、駄目な子を見る目で公爵夫人を見つめる。
公爵夫人の表情は怒りのせいか醜く歪み、辛うじて言葉を抑え込んでいるように見えた。
よしよし、もう一息か。
「あら、どうされましたの? 事実ですし、先ほどまでは全く恥じていらっしゃらなかったのに。……ああ、そのようにお顔を歪めてはいけませんわ。厚く塗った化粧に罅ができてしまっているじゃありませんか」
「何ですって!?」
「まあ、お気に障りました? 私はそのように厚化粧を好みませんし……若さもあって、必要ございませんもの。つい、珍しくて」
「な、な……っ」
「お年を召されていようとも、その年月に相応しい気品や実績を重ねた方ならば、より魅力的に映るものですわ。残念ながら、アロガンシア公爵夫人はそれに当て嵌まらないようですし、せめて見た目を取り繕っては如何です?」
「この、性悪小娘が……っ! あの子が連れて来ただけあって、生意気ね! 少しはあの子の母親である私を敬ってみせたらどうなの!?」
「性悪? あら、正直なだけですわ。貴女に関しては、敬う価値がないのですから、仕方がありませんでしょ。だって――」
「私が若いことも、貴女よりも遥かに価値ある存在……功績があることも、事実ではありませんか。ブラッド様も仰っていらしたでしょう? 『大切な人』だと」
(訳)
『若くて、お前よりも功績があるから、国にとっても価値があると判断されている! つーか、お前の息子も【大事な人】だと言ってただろーが。あれは【恋人】とかじゃなく【怒らせたらヤベェ!】的な意味だからな? 理解できてる?』
私は実績持ちの魔導師です。『貴方の身近な恐怖』を自負しているし、この国に勝利してもいます。
ブラッドさんは何一つ間違ったことを言っていないし、私が言っていることも事実。
それを覆したければ、自分が誇れる功績の一つや二つ、口にすればいいだけ。
本当に、本っ当に! それだけでいいんだけどなー♪ ほらぁ、簡単でしょ?
あ、性悪ってのも否定しないよ? 言葉をオブラートに包みまくって暈し、直球で言ってないから、『生意気な息子の恋人』とか思ってるのかもしれないけど。(笑)
……などと愉快なことを思いつつも、口には出さず。
「嫌ね、馬鹿って」
見下しまくった表情と声音で、それだけを言ってみた。途端に、公爵夫人の視線が鋭さを増す。
「無礼者!」
「……っ」
手にしていた扇子で、思いっきり私の頬……より少し下を引っ叩く公爵夫人。
派手な音とそれなりの衝撃。思わず叩かれた場所に手を当てれば、今の衝撃で切れたのか、扇子が当たったのかは判らないが、唇の端に血が滲んでいる模様。
「母上! 何ということを!」
「う、煩いわね! 無礼な小娘を黙らせただけでしょう!」
ブラッドさんが即座に公爵夫人と私の間に体を滑り込ませ、庇うように体を抱き抱える。
そんな状況の中、私は……計画の成功に、他の人達に見えないよう、ひっそりと笑った。
よっしゃぁ! 目的、達成……!
黒猫『♪(見下す言葉、馬鹿にする言葉オンパレード)』
公爵夫人『この小娘ぇ!(思わず暴力)』
ブラッド君『(庇いつつ)何ということを!』
黒猫『……(よっしゃぁぁ! 目的達成!)』
今話を四行で書くとこんな感じ。主人公、安定のろくでなし。
なお、夜会でのことを知っていたり、魔導師本人を匂わせる要素有り。
それも踏まえて『馬鹿は嫌い』発言。
主人公は上記の言葉を公言しているため、突かれても今更。




