まずは言葉で殴り合え
――アロガンシア公爵家にて
「あら……」
アロガンシア公爵夫人は部屋に入って来るなり、意外そうな声を上げた。
恐らくだけど、『ブラッドフォードが帰って来た』としか聞かされていなかったのだろう。
なお、私が頼んでおいたように、この家の使用人達には事前にブラッドさんが説明済みだったりする。
その指示を出したブラッドさんに忠誠を誓っているのか、リーリエ嬢の起こした事件で当主夫妻のヤバさを痛感したのかは判らないが、古参の使用人ほど協力的だそうな。
まあ、『家』の存続を望んでいるなら、当然だわな。
アロガンシア公爵夫妻とリーリエ嬢、この国の最高権力者に叱責されたもの。しかも、今回はそれに加えてやらかしている。
いくら側室様の実家であり、第二王子の最大の後ろ盾とはいえ、危機感が芽生えるに決まっているだろう。
そもそも、誰かまでは判らないが、ここには王家の手の者が絶対に入り込んでいるはず。
ブラッドさんがそういった事情を知らないはずはないし、今回の案件はキヴェラ王も関わっているので、事前に動いてくれたとしても不思議はない。
事実、記録用の魔道具が屋敷のあちこちに仕掛けられていると聞いている。
今回は基本的に客室での出来事になるはずだけど、もしかしたら、ブラッドさんと引き離されてからのバトル勃発(笑)となるかもしれないからね。
腐っても公爵夫妻なので、証拠の確保は必要なのです。私がこの国の人間ではないこともあり、ガチガチに証拠固めが行なわれていたり。
なお、そこを公爵夫妻に突かれた場合、『この国を滅ぼし掛けた魔導師が行くから』という理由が使われることになっている。
あれですよ、キヴェラを敗北させた折の死霊召喚(笑)。あれが恐怖の的なんだと。
実際には無害な幻覚なんだけど、一定数の人達には『魔導師が得体の知れない召喚術を行ない、王都を死霊だらけにした』と信じられているんだってさ。
悪戯を仕掛けた私としては、感無量である!
裏を知ってると、物凄く馬鹿っぽいけどなー!(笑)
で。
そんなこともあり、今回は既に私が公爵夫妻を怒らせればいいだけになっているんだよね。
ブラッドさんは家を出ていたこともあり、『いきなり女連れで実家に帰っても、不審がられるかなー?』とか心配していたんだけど、二人の反応を見る限り、全く問題なかった模様。
余談だが、陰の功労者と言うか協力者になってくれたのは、この屋敷に住んでいるブラッドさんの弟さん。
仕掛ける私が申し訳なく思うほど、弟さんは最初に謝罪をしてくれ、協力を申し出てくれた。
曰く『あの人達は一度、本当に痛い目を見なければ理解できないから』。
普通はキヴェラ王からの叱責だけでも十分に『痛い目』だと思うんだけど、公爵夫妻にとっては本当に『お兄様に叱られた』程度だった模様。
そりゃ、弟さんも両親を見限るってものですね! こいつら、駄目だ! と。
こいつらのせいで自分の主(=第二王子殿下)とその母親が肩身の狭い思いをしているのだ、弟さんも怒り心頭だろう。
そんなことを考えていると、公爵夫人はじろじろと私へと不躾な視線を向けてきた。
「ふん……どこの田舎貴族の娘かしら? 見たことのない顔だけど」
「そのようなことを言うものではないよ」
早速、マウントを取り出した公爵夫人に、僅かに困ったような顔をしながら宥める公爵。
公爵夫人がそう判断した理由が『身に着けている物(※ドレス含む)』らしいので、『ろくな物も買えない弱小貴族』と判断したと思われた。
ほうほう、これがこの夫婦の常か。公爵が一応は宥めるけれど、夫人をきつく叱ることはないのだろう。
……。
役 立 た ず が 。
「失礼なことを言わないでください、母上。私の『大切な人』なのですから」
「何ですって!?」
むっとした表情のまま、私を庇う発言をするブラッドさん。だが、それは酷く公爵夫人の気に障ったらしく、公爵夫人は怒りに顔を歪めた。
そんな二人の様子を眺めながら、私は内心、大笑い……!
ちなみに、ブラッドさんの発言は事前に打ち合わせ済みであり、嘘でもない。
『私の(主の苦境を見抜き、助け、状況を改善してくださった方であり、今も助力してくれている)大切な人』(意訳)
解説すると、こんなところ。ちょっと言葉が足りない上に、勘違いしがちな発言だけど、目の前でそんな存在を侮辱されたので、つい……という感じだろう。
と言うか、ブラッドさんの主はルーカスなので、何も間違ってはいないのであ~る!
ブラッドさんは己の親の失礼な発言に驚き、感情的になるあまり、焦って言葉を省略してしまっただけだ。
ええ、本当にそれだけなのですよ。公爵夫人がブラッドさんの言葉をどう受け取ったかは知らないけどなー♪
さてさて、それでは私も参戦しましょうか。
「あら……キヴェラの方とは以前にもお話したことがありますけど、アロガンシア公爵夫人は『随分と』独特な礼儀作法を身に付けておられますのね」
『キヴェラの知り合いがいるけど、こんなに礼儀がなってない奴は初めてだわ。これで公爵夫人かよ!』(意訳)
貴族らしく言葉を濁しながらも、手にした扇子で口元を隠しながら、クスリと笑う。
当然、本音は意訳の方だ。いくらあちらが公爵夫人であろうとも、初対面でこれはない。
「な……」
言い返されたのが予想外だったのか、絶句する公爵夫人。公爵もまさかこうなるとは予想していなかったらしく、おろおろと女同士の戦い(笑)を見つめている。
「すまない。母が失礼なことを」
「宜しいのですよ、ブラッド様。貴方と弟様『は』きちんとしていらっしゃると、私は存じております。……貴方方一族郎党が『これ』と同類とは思いませんわ」
大丈夫ですよ、ブラッドさん。貴方や弟さん、側室様や第二王子殿下はまともだと知ってますからね。
いくら何でも、『これ』と同類扱いは気の毒だ。碌な教育を受けていないのかと疑われてしまう。
「生意気な小娘ねっ!」
「ふふ……この状況で貴女からそういう評価を頂くならば、恥どころか誉ですわね」
「な!? 何を……」
「だって、非常識なのはどちらかなど、明らかでございましょう? きちんと教育され、身に付いているならば、貴女の言葉に黙ったままなど、ありえませんわ」
――イルフェナに属する者、ですもの。
「え……」
「イ……イルフェナ……」
「はい。私は爵位に相応しい実力と功績を求められる、イルフェナの者ですわ。相手の爵位が上であろうとも、ただ黙して敗者に成り下がるような無様は晒せませんの」
『イルフェナ』という単語に顔を引き攣らせた公爵夫妻を眺めながら、私は笑みを深める。
さあ、始めましょうか。
黒猫『イルフェナ所属だもの、黙っているわけないでしょ』
公爵夫妻『え゛』
愛情深い親猫の教育上、泣き寝入りは有り得ない。




