ブラッドフォードという人 其の二
私の予想を否定する要素を思いつかないのか、ルーカス達は黙り込む。
うん……まあ、その気持ちも判る。
だって、ブラッドさんの言葉が暗に、それを肯定しているように聞こえるんだもん。
『当事者だけで済ませてもらった安堵ゆえ、だろうね。魔導師殿の予想が当たっていたならば、無関係だった家族や家は守られるし、周囲からの目も同情的だ。いやぁ、我らが陛下は恐ろしいお方だねぇ』
……確かに、私はキヴェラ王が動いた可能性を示唆した。
あの当時、逃亡中に出会ったクズ連中とその家への対処法が、あまりにも早過ぎたから。
個人の処罰ならばともかく、奴らの『家』までそこに含まれているとなれば、『クズを家ごと始末したくて、狙ってたんじゃね?』と疑うのが普通。
まあ、あの当時はセシル達をコルベラに送り届けることが最優先だったし、クラレンスさん達も来てくれたから、お任せしてしまったが。
暫く彼らと共に居れば、きな臭い話の一つや二つは聞けたんじゃないかな~? と思ったり。いや、割とマジに。
その後は何だかんだとキヴェラ王に関わることが多くなってきたこともあり、詳しく聞くことはなかったんだよねぇ……。
黙って、気付かなかったことにするのも、大人の対応です。
私、超できる子。余計ナコトハシナイ主義。
「ブラッドさん……貴方が口にしていることの意味、解ってます?」
念のために暈して問い掛ければ、ブラッドさんはにやりと笑い。
「さて、どれのことかな? 詳しく言ってくれなきゃ、判らないよ」
質問で返してきやがった。ついつい、目を眇めてしまう。
ほほぅ、いい度胸だ。あれか、ここは私を話し相手にして巻き込み、ルーカス達を『偶然、聞こえてしまった人達』扱いする気かい?
ブラッドさんは私を面白そうに眺めている。言葉遊びを仕掛けた自覚があるのか、それとも私の出方を窺っているのか……。
どちらにせよ、簡易の能力テストでもされている気分だ。人から話を聞くのではなく、自分で見極めたいのかね?
だが、しかし。
私もそう簡単に乗ってやる気はないのだよ。
「じゃあ、いいです♪」
「え゛」
ザ・会話、終・了☆
「ええと、その、魔導師殿?」
「はい、何でしょう?」
「君はそれでいいの? ほら、キヴェラの内情を知る機会でもあるんだよ……?」
一瞬固まったブラッドさんだが、取り成すように促してくる。
うんうん、そうですねー。魔王様への報告もあるし、私も食いつく価値がある話題でしょう。
でもね、今回の訪問はアロガンシア公爵夫妻がアホなことをしたせいであり、今現在、灰色猫の課題をお手伝いしている最中なんだわ。
ぶっちゃけますと、緊急性のある問題のみ解決して、ガニアに帰りたい。
もっと言うなら、ブラッドさんを警戒する気持ちもある。
彼は『ルーカスが忠誠を誓う主であり、最優先するもの』と言っている。ならば、その言葉通り、主のためならば、どんなことだってやるだろう。
だから、彼自身が『ルーカスやキヴェラにとって、害となる者の排除』に関わっていても不思議はない。
それが『ルーカスを害する者』に限定されているなら彼個人の判断だろうが、そこに『キヴェラを害する者』が含まれるなら、キヴェラ王からの密命かもしれないじゃないか。
だから……私はブラッドさんを警戒する。
彼がキヴェラ王公認の、国の暗部を担う立場、もしくはそれに近い状況にある可能性があるから。下手に関わるのは、御免です。
さて、それでは最強の逃げを打ってみましょうかぁ♪
「だって、他人事ですし」
「……え?」
「他人事です。キヴェラ所属じゃないし、本来ならば、気にする立場でもない! めっちゃ部外者じゃないですかぁ♪」
マジでーす! 我、部外者ぞ? 民間人ぞ?
『関わらなくてもいい立場の人間』、もしくは『関わる必要のない人間』ですぞ?
これ、興味を示したら最後、絶対に『使える駒』認定される流れじゃねーか! 阻止です、阻・止!
「ええと、その……」
「他人事です♪ 魔導師だもの、安易に利用できるとか思ってるんじゃねーぞぅ♪」
「え……うわっ!」
お馬鹿さんねっ! と言いつつ、指を鳴らして、ブラッドさんの頭に少しの水を落としてみる。
精々が髪が濡れる程度だけど、膠着状態を脱する切っ掛け程度にはなったらしく、唖然としながら私達の遣り取りを眺めていたルーカス達が動き出した。
「ちょ、アンタ、何をやってるんですか!」
「煩いぞ、玩具。関わらせようとするから、牽制しただけでしょ」
「ブラッド……お前も無理にこいつを巻き込もうとするんじゃない」
「はいはい……ああ、やっぱり、その場のノリとか好奇心で巻き込まれてはくれないか」
残念、と言いつつも、ブラッドさんはそれほど残念そうには見えなかった。
それはルーカスも同じだったのか、溜息を吐きながら私に向き直る。
「すまんな。こいつは基本的に、自分の目で確認をせずにはいられない性分なんだ」
「あ、やっぱり見極めというか、能力テストだったか」
「気付いていたのか?」
「私は日々、イルフェナで教育されてますが」
「……」
「……」
「そうか……」
何となく日常を察したのか、ルーカスは黙った。……おい、ルーカス以外の男ども? 揃って可哀想なものを見る目を向けてくるんじゃない!
ジト目を向けると、ブラッドさんは声を上げて楽しげに笑いだした。
「あはは! ごめんね? だけど、君の功績が特出し過ぎていることも原因なんだから、許してほしいな」
「ああ、イルフェナのスパイじゃないかって?」
「もっと言うなら、エルシュオン殿下の手駒という感じかな。君はとても有能だけど、君を国の問題に関わらせるということは、表に出せない情報を共有するということでもあるからね」
「……」
ブ ラ ッ ド さ ん 、 大 ・ 正 ・ 解 !
ええ、がっつり使えるカード扱いしております。時には各国の王すら、ヘルプ要員として協力してもらいましたとも!
ただ、一つ思い違いをしているのは、そのカードを使うのが私自身ということだろうか。
まあ、これまで全く関わってこなかったのだから、私の背後に魔王様やイルフェナがいると考えるのが一般的な思考だろうな。
なるほど、ブラッドさんとしてはこちらを警戒したわけか。確かに、他国に借りを作ったように見えるかも。
いくらルーカスの価値を上げるためとは言え、魔導師に内部情報を握られるのは困る、と。
「まあ、それくらい警戒心が強い方が、ルーちゃんの側近としては安心かな。この国、キヴェラ王を妄信するあまり、王子達を見下すお馬鹿さんが居るみたいなんだもの」
パチリと指を鳴らし、濡れていたブラッドさんの髪を乾かす。水分の蒸発と髪を揺らす軽い送風に、ブラッドさんが呆けたような表情になった。
「今の……」
「私、無詠唱の魔導師なんですよ。ついでに言うと、術の複数行使が可能です。ただ、元の世界の知識を使って組み上げた魔法なんで、この世界の魔法とは別物と思ってくださいな。あと、私はこの世界の魔法が使えません」
「使えない?」
「詠唱を正しく聞き取れないんですよ。異世界人特有の、言語の自動翻訳のせいで」
「……」
一気に教えたせいか、ブラッドさんは真剣な表情で考え込んだ。彼なりに、伝えられた情報の真偽を精査しているのかもしれなかった。
やがて、先ほどまでのように穏やかな表情を作ると、私に問い掛けた。
「そこまでの情報をくれたのは、意味があるのかい?」
「等価交換といきましょう。私が求めるのはブラッドさんの立ち位置とその役割。勿論、正確なものを。私は今後もルーちゃんの味方をしますが、忠誠を誓っているわけじゃない。だけど、ブラッドさんがルーちゃんの側近になるならば、時には『利用』することもあるかなって」
にこりと微笑んで、こちらの欲しい情報を提示する。
ブラッドさんは私を好意的に見てくれてはいるが、信頼できる仲間として見ているわけではない。
ならば、互いに正確な情報を開示し合って、時には共闘するくらいの距離感が丁度いいだろう。
って言うか、この人、絶対に厄介そうなんだもん……!
だったら、最初から『お互い、敵にはならず、利用できるお友達でいましょうね♡』と言ってしまった方がいい。共闘するなら、頼もしそうだ。
「ふ……ははっ! うん、乗った! いいよ、中々に魅力的なお誘いだ」
「いいのか? ブラッド」
「ええ、ルーカス様。……それにね、私達は『すでに魔導師からの情報を聞いてしまっている』んですよ。もう逃げ道は塞がれています。しかも、ルーカス様の味方をするという宣言付き。確かに、ルーカス様の味方をするなら、部外者である彼女が派手に動くよりも、側近である私が共犯になった方が周囲は納得できるかと」
ブラッドさんの言葉に、サイラス君は生温かい目を私に向けてきた。
「お誘いどころか、拒否権なしじゃないですか」
「そうとも言うね。でも、悪い話じゃないでしょ?」
「確かに、そうなんですけどねぇ……!」
煩いぞ、玩具。と言うか、こんなことをしなきゃならない自国を恥じろよ。お馬鹿さん達、王子達に対してやらかしてるんだぞ!?
ヴァージル君とて、頭が痛いと言わんばかりな表情じゃないか。それでも否定の言葉が上がらないのは、ルーカスの置かれている状況に危機感を抱いているからじゃないのかい?
「それじゃあ、まずはブラッドさんがルーちゃんの傍を離れていた間、何をしていたか聞きたいな♡」
絶対に、『何もしていません』は有り得ない。
そう確信を持って尋ねれば、ブラッドさんは一つ頷くと、ルーカスの方を向く。
「まずは、主であるルーカス様に報告させてほしい。と言うか、『君が聞いていても構わない』」
「……了解。お気遣い、ありがと」
あれですね、私がキヴェラに与したとかではなく、たまたま拾った情報という扱いにしてくれる模様。
「ルーカス様。私がお傍を離れたのは、自分の功績で爵位を賜り、家を興すためなのです。そして、同じように貴方の傍を離れた者達を篩に掛け、王にならずとも変わらぬ忠誠を持つ者達だけを集め、纏めております」
「……なんだと?」
「家を出た者は何らかの手段で爵位を得ており、場合によっては、実家と縁を切る覚悟があります。ルーカス様が表舞台に戻られる際、我らは貴方の派閥として動く準備ができておりますよ」
「……」
マジか。
ど……どうりで、ブラッドさんが情報を持っていると思った。
騎士寮面子みたく一か所に纏まっているんじゃなくて、あちこちに自称ルーカスの配下達が散らばってるんかい。
サイラス君『……(にこやかに話しているだけなのに)』
ヴァージル君『……(何故、腹の探り合いにしか見えないんだろう)』
ルーちゃん『……(何をやっているんだ、あいつら)』
傍観者達には主人公達が腹の探り合いをしているようにしか見えなかった。
当人達は『楽しく』お喋りしているだけ。




