アロガンシア公爵家の人々 其の二
ブラッドさんの話から、とりあえずアロガンシア公爵夫妻のことが知れた。
と、言うか。
『実の息子だし、ちょろっと甘い評価するかもな~』などと思っていた私の予想を大きく裏切り、辛辣と言うか、かなり正確な言葉で語られたと思う。
勿論、感情的になった様子はなし。完全に第三者のような視点である。
リーリエ嬢が可愛がられていただろうし、口煩かったであろう息子に対し、公爵夫妻が苦手意識を持っていたかもしれない……という予想は立てていた。
そう、『家族間の問題とか、個人的な感情が影響する評価』とは思っていたんだよ。
……が。
このブラッドさん、そういった姿が欠片も見られないんだよねぇ……。
何て言うか、『多少の情はあるけれど、仕事優先』という感じ。ぶっちゃけ、そのまま報告書が書けそう。
「あの、ブラッドさん? 一応、聞いておきたいんですが……家族の仲って、あまり良くない?」
「おや、どうしてそう思うのかな?」
「いやぁ……これ、一応、公爵夫妻の今後に関わる情報ですよね? 何て言うか、個人的な感情が感じられないと言うか、事務的と言うか」
馬鹿正直に尋ねると、ブラッドさんは納得したような顔になった。
「ああ、魔導師殿は私が家族を庇わない……庇うような表現をしないことが不思議なのかい?」
「そんなところです」
私にはアロガンシア公爵夫妻の情報がほぼない。精々が『困った人達』(意訳)というくらい。
ブラッドさんが話してくれたのは、身近な人間からの印象。もっと言うなら、家族からの評価となる。
ブラッドさんとて言っていたではないか……『自分達は王家寄りだ』と。
アロガンシア公爵夫妻は王家の人達から良い印象を抱かれていない。そして、この部屋に居るブラッドさんを除いた三人――ルーカス、ヴァージル君、サイラス君――は彼らを嫌っている。
この中では、ルーカスが一番中立な意見を持っていると思う。立場的にも、本人の性格的にも、悪意を盛った情報を、私へは流すまい。
なにせ我、魔導師ぞ? しかもキヴェラに対し、勝利を収めた前科持ち!
ここで私に、アロガンシア公爵夫妻へと悪印象を抱かせるような情報を流したりすれば、対象者がガチでヤバいことになると容易に想像できるだろう。
その場合、今回の件において『ボランティア精神溢れるお手伝い』(意訳)である私への評価は、マジで災厄扱いになると予想。
そんなことになったら、さすがに保護者様が怒ると思うのです。情報を貰った以上、私も事の顛末を報告しなければならないので、下手をすれば魔王様から抗議が来る。
そうなってしまうと今後の二国間の関係にも響きそうなので、ルーカスならば絶対に避けるに違いない。
だって、尊敬するキヴェラ王がそんなことを望んでいないから。
反省後の言動を見る限り、個人の感情よりも国を選べる人ですぞ? ルーカスは。
サイラス君だけだと、個人的な感情からうっかりやらかしそうなので、この人選なのでは? と思っている今日この頃。
第三者、それも本来ならば無関係の人間に公爵夫妻のことを任せる以上、情報は正確に。嘘や過剰な悪口はいけません。
嘘や大袈裟な表現で盛れば、『利用するつもりで協力者に仕立てた!? 悪者に仕立てる気だった!?』とか疑われちゃいますからね! アウトです!
「うーん……君が疑うのも当然と言えば当然だよね。ただ、私は純粋に協力者として家族の……アロガンシア公爵家の事情を話したよ」
「……自分と弟さんのため、ですか?」
「いいや。……ああ、それも少しはあるかな。だけど、一番の理由は『優先順位がはっきりしているから』だね」
「へぇ……?」
私が疑う理由を察しているだろうに、ブラッドさんはすらすらと答えてくれる。
……。
やっぱり、嘘を吐いているようには見えないな。寧ろ、『優先順位がはっきりしている』と告げたことを誇っている、ような……?
そんなことを考えていた私に、ブラッドさんは微笑んで言い切った。
「私の最優先はルーカス様だからね。もしくは、ルーカス様への忠誠心かな。だから……邪魔をするならば、家族であろうとも容赦しないよ。多分、弟も同じだと思う。まあ、弟の場合は第二王子殿下がその対象なのだろうけど」
さらりと……本当にさらっと告げられた言葉に、ブラッドさんを除いた全員が唖然となった。
ブラッドさんはそれをおかしそうに眺めているけれど、彼の言葉はそうなっても仕方がないほど重いものだった。
「ブラッド……お前達はそれでいいのか?」
あっさりと『家族は嫌いじゃないけど、自分の忠誠心を偽ることはしたくないので、協力します』(意訳)な発言をしたブラッドさんに、ルーカスが問い掛ける。
王家は家族仲が良いみたいだし、自分達のために公爵一家が分裂し、道を違えたように感じたのかもしれない。
「ええ、勿論。そもそも、国の恥となるようなことを仕出かす方が悪いのです」
「それは、そうだが……お前達を意図的に王家寄りにしたのは俺達だぞ?」
……ああ、ルーカスは公爵家の兄弟の選択を、王家が植え付けたもののように感じたのか。
だが、ブラッドさんは首を横に振った。
「違いますよ、ルーカス様。王家……陛下は私達に選択肢を増やしてくださっただけです。そして、それはあの人達にも与えられていた。これは其々の選択の結果です」
「……」
誰かを責めることも、嘆くこともなく、ブラッドさんは穏やかに語る。
あくまでも『其々の選択だ』と、その矜持を踏み躙るなと言うように、否定の言葉を許さない雰囲気がそこにはあった。
それは彼の言葉を受けたルーカスだけではなく、二人の騎士にも伝わったのだろう。
ヴァージル君は静かに目を閉じ、サイラス君は軽く頷くことで、受け入れていた。
選ぶものが『国』である以上、『正義』の数は一つではない。
アロガンシア公爵夫妻とブラッドさんは望むものが違った。……それだけのこと。
「ってことは、公爵夫妻がどんな道を辿ろうと、どういった評価を受けようとも、関与しないってことでいいですか?」
パン! と手を打ち鳴らして、暗くなった空気を払う。皆の視線が私に集中するけど、誰の顔からも憂いは消えていた。
こういったところは本当に、彼らが優秀なんだと感じる。即座に気持ちを切り替えれるんだもの。
「アロガンシア公爵家は弟が継ぐから、過ぎる醜聞は困るけど……基本的には二度と馬鹿な真似ができないようにして欲しい」
「了解! じゃあ、ブラッドさんだけでなく、公爵になる予定の弟さんとも私が顔合わせをしておきましょうか。私の報復は基本的に、当事者だけだもの。人の目がある場所で『両親が迷惑をかけた』とでも謝罪してもらえば、『まともな人は居るんだね』と広めておきますよ」
「あ~……確かに、アンタは揉めた奴の家族とかには手を出してませんね」
「うん、『私』はね? そのままだと風評被害と言うか、周りの野次馬連中が勝手に噂をするから……」
にこりと笑えば、ヴァージル君が納得と言わんばかりに苦笑した。
「その場で『他は違う』と口にしておくんだね。その口調だと、他国にも広めるのかい?」
「当然! アロガンシア公爵達の醜聞を面白おかしく語った上で、『息子二人はまともでした』と言っておくよ。多分、誰かが確認のために接触してくるだろうから、そこは自力で頑張ってもらう」
今回の私の役割は二つ。
一つはアロガンシア公爵夫妻を黙らせること、もう一つは周囲への情報拡散。
アロガンシア公爵家の関係者相手ならば、探りや無責任な噂はどうしたって出るだろう。
しかし! その相手が私ならば、キヴェラに属する者達は口を噤むだろう。
だって、私はマジでキヴェラにとって災厄なのです。
迂闊な行動をとれば、その災厄に獲物認定されてしまう。
煩い野次馬には、嬉々として遊びを仕掛けてあげようじゃないか……話題が欲しいのでしょう?
「お前、遣り過ぎるなよ」
「いいじゃん、ルーちゃん。人はより面白い話題に食いつくものなんだよ? 人の家のことをあれこれ無責任に噂するなら、自分が主役になっても楽しんでくれるでしょう?」
「アンタ、それ見せしめと話題の摩り替え……」
「サイラス君、ステイ! 今回のことは私が頼まれた『お仕事』なんだから、後のことも含まれるんだよ。邪魔をするなら弄ぶのみ!」
「くぅ……! そう言われると、否定できない!」
「魔導師殿は相変わらずなんだね……」
「お前達、こいつに何を期待してるんだ……」
呆れるでない、ルーちゃん! 遠い目をしている騎士二人はともかく、キヴェラ王はすでに想定内だと思いますよ!
ところでね?
「そこで肩を震わせながら笑っている、ブラッドさんにお尋ねします」
「な……何かな? ……っ」
「いや、そこまで笑うなよ。……気を取り直して。ルーちゃんへの忠誠が最上位にあるならば……貴方は今まで何をしていたんですか? 貴方の姿、これまでルーちゃんの傍で見たことは一度もないんですが」
そう尋ねると、ブラッドさんはうっすら涙の滲んだ目のまま――別離の涙か、笑い過ぎかは判らない――、笑みを深めた。
ブラッド『一番大事なのはルーカス様』
騎士一『……(家族は……?)』
騎士二『……(これまで何をしていた……?)』
黒猫『……(いるんだ……騎士寮面子みたいな人)』
苦労人ながら、切り捨てる時は躊躇わないブラッド。
冷たい人というわけではありません。価値のない人を切り捨てるだけです。




