予想外の乱入者
「まず、こちらが調べた結果なんだが……今回のことはアロガンシア公爵夫妻の独断であって、リーリエは関わっていない」
ルーカスからもたらされた情報に、内心、『そうでしょうねー』と頷く。
あの夜会の時、リーリエ嬢はキヴェラ王にか~な~り厳しくやられたと認識している。
それに加えて、彼女は『自分は何をしても許される』という傲慢さを見せ付けながらも、『狡賢い』という評価を得ていたはず。
……『狡賢い』なんて評価を受ける人間が、自己保身を考えないものか?
答えは当然、『否』だ。
私に『アロガンシア公爵家には最初から王家の手の者が入り込んでいるんじゃないの?』なんて予想を突き付けられた以上、普通は監視の存在を疑うだろう。
しかも、その監視が誰かは判らない。居るのかすら不明。
だって、アロガンシア公爵夫人が嫁いだ時から入り込んでるかもしれないじゃん。
自分が生まれる前から家に居た人物どころか、現時点で家に居る人物の背景までも調べなきゃならないのですよ。多過ぎて無理だろう。
……そもそも、その人物がアロガンシア公爵一家に信頼を得ている可能性だってある。
裏切っているのではなく、キヴェラ王への忠誠心ゆえに、信頼を得るような言動でもって傍に居るかもしれないのだ。
下手に疑って、今では数少なくなったであろう味方に去られたらと思うと、怖くて追及もできないだろう。
少なくとも、今のリーリエ嬢にそんな度胸はあるまい。仲の良かったお友達(笑)とて、あの夜会以降は大人しいだろうからね。
「まあ、予想通りね」
頷けば、サイラス君が意外そうな顔になる。
「あれ、そんな風に思っていたんですか?」
「『狡賢い』なんて評価を受ける奴が、自己保身を考えないと思う? リーリエ嬢はお馬鹿だと思うけど、だからこそ、あの夜会の時の叱責が怖かったと思うよ?」
「ああ……自己保身に走りたくとも、自分の味方が誰かすら判らないってことですか」
「そう。だから、『何もしない』ことで現状維持を。少なくとも、暫くは何もできないでしょうね」
私の言い分に、サイラス君も納得したらしい。ルーカス達も何も言って来ないので、彼らも私の言い分には納得できるのだろう。
「あの状況で、迂闊に我侭なんて言ってみろ。速攻で、お説教第二弾が来るかもしれないんだよ? 少なくとも、夜会の時の怯えっぷりを見る限り、暫くは大人しいでしょうよ」
あの夜会で、リーリエ嬢はキヴェラ王のことを『怖い存在』だと認識した。
漸く、理解したんかい! と言ってしまえばそれまでなんだけど、これまでの彼女は母親である公爵夫人同様、どこか王家の人達を嘗めていた節がある。
それが思い込みだったと理解した上で、私から『子供作れる? その価値を失わされてない?』なんて突き付けられたのだ。しかも、王からは否定の言葉なし!
嫌でも自覚するだろう。王家の……キヴェラ王の残酷さを。
「なんだ、そこまで予想済みか。まあ、当然だとは思うが」
「そりゃ、断罪が始まる前までの態度を見てたらね。あれはどう見ても、『王家』というより、『親族』として見てたでしょ」
どこか呆れたようなルーカスの言葉に、深く頷く。やはり、ルーカス達も夜会での彼女達の態度には思うところがあった模様。
ルーカスのことを『甥』としか見ていないかのような公爵夫人。
ルーカスのことを『お兄様』呼ばわりしていたリーリエ嬢。
いくら血の近い親族だろうと、他国の者達の目がある前であれはない。そもそも、不敬罪というものを理解できていたら、あんな態度はとるまいよ。
公爵位は貴族としては最上位にあるし、王家と血が近いだろうけど、それでも王家は別格だ。『仕える立場』なんだよ、公爵家の人間であろうとも!
まあ、たまに王家よりも力を持つ貴族というものも存在するけど、キヴェラに限ってそれはない。少なくとも、現キヴェラ王は間違いなく、この国の最高権力者だ。
「公爵夫人は未だ、陛下を『兄』として見る気持ちの方が強いのだろうね。まあ、状況的に仕方がなかったとはいえ、先代がご存命の頃は野放し状態だったから。陛下のことも『我侭を許してくれていた』と思っているのかもしれないよ」
「ヴァージル君……普通、可愛い妹なら、躾けるんじゃないの? そもそも、キヴェラ王ってそんな性格だったっけ」
「はは! 公爵夫人はその……自分の都合の良いように考える方だから。自分に被害が来なかった以上、周囲のことなんて見えていなかったと思うよ」
呆れているのか、ヴァージル君は乾いた笑いを漏らす。なるほど、それが王家を嘗めているとしか思えない公爵夫人の言動に繋がるのか。
「ってことは、公爵夫人に言葉で理解させるのは無理って感じ?」
念のために聞くと、男達は顔を見合わせて。
「無理だろうな」
「公爵だけならば、何とかなるような気もするけど……奥方に引き摺られるだろうね」
「陛下の言葉を聞き流す真正の馬鹿ですよ、あの方。アンタの言葉が届くと思います?」
ルーカス、ヴァージル君、サイラス君の順に、其々が『無理じゃね?』と言い切った。……微妙にサイラス君が辛辣なのはご愛敬。
ただ、状況は理解できた。ほほぅ、人が良さそうに見えた公爵も夫人同様にアウトな感じか。
「公爵の方は大人しいと言うか、人が良いだけに見えたけど」
「アロガンシア公爵はなぁ……」
若干、困ったような表情でルーカスが話し出した時、ノックの音が響いた。
思わず、私達は顔を見合わせる。私が来る以上、人払いなどはされているだろう。ぶっちゃけ、こちらの計画が漏れても困る。
「……誰だ?」
警戒を滲ませながら、ルーカスが問いかける。……即座に入室許可を出していないところを見ると、彼らにとっても予想外の訪問者らしい。
その『誰か』は、警戒心を露わにする私達を察したのか……笑ったような気配がし。
「失礼します。無関係じゃないんで、私も混ぜてくださいよ」
許可を得ないまま、楽しそうに部屋に入ってきた。
整った顔立ちに人好きのする笑みを浮かべた背が高い青年は、長く伸ばした赤い髪を首の後ろで一つに纏めている。
服装から騎士ではないようだけど、何故か、腰には剣を下げていた。ただ、細身ながら筋肉はついているように見える。
んん? この人、イルフェナの商人の小父さん達のように、裏でこっそり動く立場か何かの人、かな?
……が。
私の疑問をよそに、ルーカス達は驚きの表情になった。
「ブラッド!?」
「お久し振りです、ルーカス様」
ブラッドさん? は機嫌良さげにルーカスの前まで来ると、茶目っ気たっぷりに一礼する。
ず……随分と親しげな態度ですね? ブラッドさん。ルーカスは一応、王族なんですが。
呆気に取られる私に気付いたのか、ルーカスは困惑気味の表情のまま、こちらを向いた。
「ああ、こいつは大丈夫だ。ブラッド……ブラッドフォードは……」
そう言い掛けたルーカスを無視し、ブラッドフォードさんは上機嫌で私の手を握った。
「君が魔導師殿か! 私はブラッドフォードだよ。ブラッドと呼んでくれ!」
「は……はぁ?」
困惑する私をよそに、にこにこと笑いながら自己紹介したブラッドさん。
……。
あの、ブラッドさん? 貴方は何故に、そんなに私に好意的なのですか?
と言うか、手を離してはくれませんかね!? ガニアで灰色猫に捕獲された時――両前足を掴まれた猫、と呼ばれた奴ですな――を彷彿とさせるんですが!?
見ろ、サイラス君も生温かい目を向けながら小さく、『捕獲された猫……』と呟いてるじゃないか。聞こえてるよね!?
「……ブラッド。お前が楽しそうなのは構わないが、そいつは困惑しているぞ?」
私を憐れに思ったのか、ブラッドさんに呆れたのかは判らないが、溜息を吐きながらルーカスがブラッドさんを諭す。
そんなルーカスに対し、ブラッドさんは――
「いや、ここで魔導師殿と仲良くなっておきたいなと思いまして」
さらっと拒否した。
「せめて、手を放してやれ。前足を掴まれた猫ではないのだから」
「お断りします。言質を取るまで放しません」
「いや、わざとかよ!? この状態は!」
暴露された本音に、思わず突っ込む。おいおい、マジで灰色猫と同じく捕獲だったんかい!
ジトっとした目をルーカスに向ける。視線の意味は勿論、『何とかしろ!』である。
この場で最も身分が高いのはルーカスだし、どうやらブラッドさんとも親しいようだ。
ほれ、ルーちゃん! 呆れてないで、さっさとこの人を何とかしなさいってば!
だが、現実は無情だった。
「あ~……その、魔導師殿、彼はね……」
我に返ったヴァージル君が事情説明を口にしかける。だが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
何とも言えない表情をした、ルーカスの言葉によって。
「今は伯爵位を得て家を出ているが……そいつはアロガンシア公爵家の長男だ」
「は!?」
思わぬ情報に、勢いよくブラッドさんの方を向く。……彼は上機嫌のまま、真意の読めぬ笑みを浮かべていた。
「あの盆暗夫婦の長男!?」
「いや、アンタ正直過ぎでしょう!」
煩いぞ、玩具。今まで黙っていたくせに、突っ込みだけは早いじゃないか。
だが、ブラッドさんは私の暴言――身分的に考えれば、十分過ぎるほど暴言です――に怒ることもなく、笑顔のまま頷いた。
「うん、ルーカス様の言っていることは事実だよ。宜しくね?」
……。
あの、私達は今から、貴方のご両親を〆るための話し合いをするんですが!?
ブラッド君『仲よくしようね! 魔導師殿♪』
黒猫『は!?』
ブラッド君『【うん】って言ってくれるまで、離さない♪』
乱入者は突然に。そして、黒猫の捕獲も唐突に。




