悪役に勝つのが正義の味方とは限らない
一応、今回の騒動の決着。
「言ったじゃないですか? 『私が勝った』と」
笑って言い切った私に周囲は一瞬時を止める。
クラウスはある程度予想できているらしく無言。ま、情報通だしね。
「大口叩くじゃないか、小娘。自分が被害に遭っていなければ利用するとはな!」
「あら、自分が被害者でも利用できるものは利用しますよ?」
何を言ってるんだ、と呆れた顔をすればグランキン子爵は一瞬言葉に詰まった。
うん、貴様がやろうとしたことは最低だ。女性ならば絶対に隠しておきたい事だろう。
実際にクリスティーナが被害に遭っていたら絶対に利用しない。
だがね?
自分がそんな目に遭ったら泣くより復讐を考えますよ、間違いなく。
私は『魔導師』なのです。報復する術があるのに泣き寝入りなんて絶対にありえない。
しかも今は翼の名を持つ騎士の協力者。
優先事項は結果を出す事です。そうでなければ彼等に仲間と認められはしない。
魔王様の『配下』だと自称してるじゃないか、私は。配下が主に守られるだけなんてありえないでしょ?
それに私はこの世界で既に二つの選択をしている。
一つは『生き続けるか、終わらせるか』、もう一つは『人を殺せるか、殺せないか』。
その二つに比べれば命の危機でも無い傷なんて比べ物にならないくらい軽い。
……『加害者』であることを選べた私が『被害者』になったくらいで絶望するとでも?
「ふん、犬が!」
「美味い餌を求めて御主人様への恩さえ忘れる駄犬に言われたくないわね」
「何だと!?」
「はっきり言ってあげましょうか? 自分の利益を優先し仕えるべき主や国さえ平気で貶めるグランキン子爵?」
「貴様に何が判る!」
「判りたくないわね、爵位に固執するあまり貴族の在り方を捨てた奴の言い訳なんて」
勿論、私が貴族の生き方をしているわけじゃない。
だけど翼の名を持つ騎士達や魔王様は確実に自分を犠牲にしている部分がある。
彼等をあんたみたいに安っぽい貴族と同列にすることなんて絶対に許さない。
憤っていたグランキン子爵も私の怒りを察したのかやや青褪めながら押し黙った。
レックバリ侯爵は……どこか満足そうに眺めている。周囲の貴族達も半ば同意しているようだ。
実力者の国の貴族なのだ、思う所はあるのだろう。
「ふ……ふん、いいだろう! ではとっておきの秘密を暴露しよう」
顔を引き攣らせながらもグランキン子爵は邪悪に笑う。
まさに悪役ですね、本当にお約束を外さない人だ。
「ティーボルト子爵家の双子とクリスティーナ嬢はこの半月、ゴロツキどもに狙われていた筈だ。既に傷物だろう? クリスティーナは!」
ざわり、と周囲の貴族達が声を洩らす。
貴族にとって婚姻までの純潔は重要視されるものだろう。
ましてデビュタント前にそんな目に遭っていれば令嬢としての価値は下がる。
しかも本人がこの会場に居るのだ、話題にならない筈は無い。
「どうして貴方が知っているの?」
「私が依頼したからな! 報告も受けている! 実際、ここ数日は引き篭もって屋敷から出ないじゃないか?」
勝ち誇ったように笑うグランキン子爵に対しレックバリ侯爵は眉を顰めている。
堂々と言う事ではない上に犯罪の暴露だ、しかも十五歳の女の子に対して。
だが。
それに対し私は笑った。
グランキン子爵の切り札こそ私が用意した最大の駒なのだから。
「ふふっ! 皆様、聞きました? ここ半月のディーボルト子爵家への襲撃はグランキン子爵の仕業だったそうですよ? 犯罪ですよねぇ、これ」
「自白だな」
「そうよね、クラウス。主犯自ら犯罪を暴露したのよね?」
「な……何がおかしい!?」
その問いには答えずグランキン子爵に向けてにやりと笑う。
「襲撃対象は『明るい茶色の髪と瞳を持った少女と騎士二人』でしたっけ? ふふ、クリスティーナ様は食事会の夜からブロンデル公爵家へ御世話になっているのですけど?」
「何!?」
「でなければ彼女のドレスをブロンデル公爵夫人が見立てるなど不可能でしょう。貴方の依頼で生地を扱う商人も嫌がらせに協力していたんですから。それにドレスや装飾品製作に携わった職人達が証言してくれます。ブロンデル公爵夫人も、ですね」
これはクリスティーナにとっても辛い事だろう……あの子は報告を聞いてさえ「そこまでするなんて信じたくない」と言っていたくらいなのだから。
コレットさんがドレスを見立てたのは親心もあるけど、この期間のクリスティーナの所在を証明する為でもある。
噂に潰されないよう、明確な証拠を作ってくれたのだ。証人は幾らでも居るのでクリスティーナが無事なのだと貴族達とて知るだろう。
ごめんね、クリスティーナ。暫く好奇の視線に晒されるけど少し我慢して。
「私、この半月とても退屈でした。だから一つの遊びを思いついたんです」
くすくすと笑いながらグランキン子爵を見る私は間違っても断罪者には見えない。
どちらかと言えば悪女、もしくは悪の手先といったところか。
「魔道具で髪と瞳の色を変えるだけで襲撃に遭うんですもの! ちなみにクリスティーナ様の身代わりが私で双子の兄上の身代わりが翼の名を持つ騎士達と一部の近衛の方達です」
「なっ!?」
「髪型を似せて同じ位の身長の二人に一般騎士の服を着てもらってディーボルト子爵家と城を往復しただけなのに、全部で五十人近いゴロツキが現行犯で捕獲されたんです。治安向上の役に立ちました」
「ほ……報告は何だったのだ!? 確かに傷物にしたと……っ」
「捕獲したゴロツキの代表者に『依頼主に目的達成を伝えろ』って脅したんです。ああ、今は全員牢に入ってますよ」
「……屋敷に、引き篭もったのは……」
「そいつを依頼主の下に送り出した以上、『傷ついて屋敷から出てこない令嬢』を演出する必要があるでしょう?」
翼の名を持つ騎士や近衛が簡単に負けるわけないじゃない、馬鹿よねー……と続けると流石にグランキン子爵も黙り込んでしまった。
自分の切り札が読まれた上のものだったのだから当然か。
「グランキン子爵。相手に悟られ難い罠とは『相手の罠を利用し、尚且つ都合よく事が運んでいると思わせるもの』だと思いますよ? 貴方は自分に都合よく考え過ぎです」
「……だから言っただろう? 『全てミヅキに読まれていた』と」
クラウスの言葉にがっくりと肩を落とすグランキン子爵。
クラウスは言ったじゃないか……『全て読まれていた』と。その言葉を無視して自滅したのは貴方ですよ?
よく悪役が最後に自爆を選ぶけど、本当にお約束な道を辿ったね。
自分で暴露しなければ貴族達に知れ渡る事も自分で自分の首を締める事もなかったのに。
「魔導師、それだけではないのだろう?」
探るような表情をしつつ、レックバリ侯爵が話に入ってくる。
疑っているというより確信か。私の呼び方を『魔導師』にしてるし。
「あら、やっぱり判ります?」
「流石に儂もグランキン子爵を庇うことなどできん。じゃが、儂も敵だと言うならば他にも手札があると考える方が自然だと思わんかね?」
レックバリ侯爵の言葉に私は笑みを深める。
ええ、勿論そういう発想に行き着きますよね。
寧ろ私は白黒騎士が基準なので、そういう所は非常に念入りです。やり過ぎとも言いますが。
「先程言った襲撃の条件を覚えていらっしゃいます?」
「うむ、『明るい茶色の髪と瞳』じゃったかな。『二人の男性と一人の女性』ということもあるか」
「はい、その通り! ……ゼブレスト王のルドルフは私の親友なのですが、彼も『明るい茶色の髪と瞳』なんですよねぇ?」
「……は?」
「今回、ディーボルト子爵家の食事会の料理を担当するにあたり食材を提供してもらいまして。それなのにグランキン子爵が貶めたりするものですから、ディーボルト子爵が謝罪をしてくださったのですよ」
「……」
「お忍びですから紅の英雄と私が護衛を担当、ルドルフと紅の英雄は一般騎士服を身につけてもらいました」
「……」
「そうしたら襲撃されまして。他国がゼブレスト王を狙った可能性もありますし、お忍びという事からも正式な抗議は来てないのですよ。ただ巻き込まれただけなら私個人の謝罪で許すとは言ってくれていますが」
顔面蒼白という表現がぴったりですね、レックバリ侯爵だけでなく周囲の皆様。
まあ、そうなるわな……友好国の王を襲ったなんて外交問題になるもの。
実の所、ルドルフは『俺も参加したい!』という非常にアホな理由で来たので自業自得である。
宰相様も知ってるし、表向きの事情は私が言ったとおり。よく許したなー、と思っていたら『今までのゼブレストの方が余程危険だったし、レックバリ侯爵が相手ならこれくらいは必要』という御答えが返って来た。
ルドルフ曰く『襲撃の目的って傷物にすることだろ? 身代わりとは言えお前がその対象になっているから怒り狂ってるんじゃないのか』とのことだった。
……そういえば身内認定者には厳しくも優しい『おかん』でした、宰相様。
まあ、ルドルフも忙しい所為でお忍びも出来ずストレスが溜まっていたみたいだが。
間違ってもこの場では言えんな、こんな裏事情。
「ルドルフは確かに温厚なのですけど……流石に襲撃までされて黙ってはいませんよ? グランキン子爵とその繋がりのある悪党どもはどんな理由があれば許されるのかしら?」
「何とも……大それた事を……」
「貴方が自分に向けられた信頼や長年の功績を利用してグランキン子爵達を庇っているのですから、私も自分の持つ繋がりを使ったまでですよ?」
それに、と付け加える。
「貴方だって言っていたじゃないですか、『ゼブレストの血塗れ姫』と。そう呼ばれるに至った経緯を知っていればこの繋がりは予想できるのでは? 彼等は信頼できない無能者に『ゼブレストの』なんて付けませんよ」
私は現在、イルフェナに所属していることになっている。それを態々粛清に関わったと公言する呼び方をしているのは、私の味方でいてくれるからに他ならない。
ゼブレストでの繋がりがあるなら――イルフェナである程度の扱いは保証されるし、国の中核に組み込まれる事も無い。
危険視する者も居るだろうが、私が魔王様配下を公言し翼の名を持つ騎士が守護役に就いている事から黙らせる事もできるだろう。
イルフェナで利用されず隔離状態にあるのはそういった事情からだ。魔王様が庇えない部分をゼブレストが補ってくれている。
ルドルフ達もイルフェナの貴族達にそれを教える為に今回は動いてくれたのだろう。
「さあ、まだ何か言い分がありますか? 場合によってはゼブレストから正式な抗議がありますが」
「いいや。儂の負けじゃな」
「そ……そんな! レックバリ侯爵ともあろう方がっ」
「いい加減にせんか! 全てはお前の自業自得だろうが! 最後くらい己の非を認めたらどうじゃ」
見た目温厚な老人とは思えない迫力にグランキン子爵は顔を真っ青にして黙る。
格好良いな、大物は! それでこそラスボス様です!
レックバリ侯爵、グランキン子爵はあれでいいんですよ? 三流悪役の王道を突っ走る人ですから悪足掻きも重要なポイントです。
……おや、レックバリ侯爵は何か勘違いしてるような。
「レックバリ侯爵ー、何か勘違いしてません?」
「ふむ、何かね?」
「グランキン子爵は犯罪者ですけど、貴方は違いますよ?」
その言葉に意外、と言わんばかりに目を見開くレックバリ侯爵。
あれ、私もクラウスも『庇うな大人しくしてろ』くらいしか要求してないよね?
「儂を捕らえるには十分ではないかね?」
「貴方を糾弾する気はありませんよ? だって目的はグランキン子爵ですから」
「何だと?」
「貴方が庇おうとどうにもならない状況に持っていくことが目的なんです。実際、貴方は何もしていないじゃないですか」
「それはそうなのだがね……状況的に何の処罰もなしというわけには」
「襲撃を指示したわけでなく、悪事を働いたわけでも無い。そもそも貴方に発言力があったのは国の信頼が厚い方だからです。何故庇うに至ったかという状況説明はして頂く事になるでしょうが、それだけですね」
「随分と都合のいい解釈だな」
「都合が良くとも現実です。なまじ貴方自身の功績があるからこそ共倒れにはなりません。私が望むのは最良の結果ですから、これでいいんですよ」
そもそも魔王様が強行できなかったのは国がこの人を失う事を良しとしなかったからで。
そう言うとレックバリ侯爵は微妙な顔になった。
うん、気持ちは判る。だって『隠居駄目、まだ働け』って言われたようなものだもの。
それに重要なことを聞いていないのです。
「貴方は国に忠誠を誓っていますか?」
「……我が生涯、一度たりとも国への忠誠が揺らいだ事はない!」
「そうですか。ではこれが最良の結果ですね。貴方を失わず無駄な者だけを排除できたのですから」
それが最良の選択だよね、とクラウスに視線を向ければしっかりと頷かれた。
おお、合格点をもらえたようです。今回は説教回避か。
決着がついたついでに指を鳴らして私とクラウスが被ったワインを分離させ蒸発させる。
クリスティーナから少しでも興味を削いでおく為のパフォーマンスです、これくらいは許されるだろう。
その目論見どおり周囲の視線は私に集った。珍獣であることも役に立ちますね。
「ほう……無詠唱か!」
「完全に無詠唱ではないですけどね」
嘘だがな。
レックバリ侯爵には迂闊な事は言えません。危険です。
そんな心境を察したのか、それ以上の追及はせず満足げな顔を向ける。
「お前さんの見解を聞いても良いかね?」
「貴方が後ろ盾になることでグランキン子爵は増長し、更には表立って動かなかった連中が彼と繋がりを明確にしました。餌、ではないですか? 貴方の役割は」
「どうせなら儂も纏めて排除して欲しかったがね」
「何故ですか?」
「儂は長く中枢に関わってきた。老いた者が何時までものさばるより若く有能な者に譲るべきじゃろう。儂が居てはいつまでも保護者がいるようなもの。頼る者が居なくなれば自分達でやるしかなかろう?」
『普通に引退したら頼ってくるから頼れない状況にし、餞別代わりに悪党を国から排除。ついでに自分に勝ったという功績をプレゼント! 自信に繋げて今後を頑張れ』
簡単に言うとこんな感じだろうか。スパルタ教育と親心と国への忠誠心が見事に混ざってますね。
……ああ、周囲に俯いてる人達がいる。あれはレックバリ侯爵を頼ってきた貴族達だろうか。
「えーと。それで言うと私は出て来ない方が良かったんでしょうか?」
いや、間違いなく居ない方が良かったよね? あれ、余計な事をしちゃった!?
だがレックバリ侯爵は笑って首を横に振った。
「いいや? お前さんが独断で動いたのではなく、エルシュオン王子の配下としてじゃろう? ならば構わんよ」
「何故」
「あの方は儂の教え子の一人でな、配下に頼り切りになるような生温い教育はしとらんよ」
……爆弾を投下されたような気がします。
目の前の狸が魔王様の教育方針の元になったみたいです。
「え゛…… ってことはあの人の考え方の元凶!?」
「元凶……いや、それも正しいんじゃが」
「つまり魔王様の性格形成に大いに影響を及ぼしたと」
「い、いや。そこまでは儂の所為ではないと……思いたい」
焦るあたり非常に疑わしいですね〜、狸様?
あれか、この人の教え子って考え方が似るか全く逆方向に行くかの二択じゃね?
目を泳がせて冷や汗を滲ませる狸をジト目で見ていたらクラウスが頭を撫でてきた。
「原因が判ったところで現実は変わらないぞ?」
職人よ、事実だけを言うその口が今は非常に憎らしい。
まあ、狸は今後取り調べと言う名の説教&引退延期懇願タイムになるので今はよしとしよう。
ああ、一個だけ言っておかなきゃならない事があるか。
「レックバリ侯爵。一つだけ貴方の認識を訂正していただきたいのですが」
「……何かね?」
「ルドルフは内面に私とそっくりな部分があるのですよ。私が牙も爪も隠さぬならルドルフは必要な時以外は隠している、という違いはありますが」
「今回の事も儂の首一つでは済まないと?」
「いいえ? 私は穏便に収めるつもりですよ? ですが、協力してくれた友人の評価を見直してもらっても良いかと思いまして」
「……魔導師は己が基準の実力至上主義な者が多いと聞く。今回の事も含め、お前さんが親友と言い切り『粛清王』などと呼ばれる者が認められんと思うかね?」
「ふふ、今後は無いでしょうね! 今この場で話を聞いていたのなら特に」
「やれやれ……ついでに儂を利用するとは」
迷惑料としてそれくらいは我慢してください。
狸の首などいらないから今後も働け。
狸はある意味勝者、ある意味敗者。
黒い子猫は『牙や爪が役に立たないなら植木鉢を落として攻撃するような性格』でした。