帰国とモーリス君の成長
――バラクシン・教会にて
バラクシン王からのお話も終わり、私は教会へ戻ってきた。勿論、モーリス君を拾って、ガニアへと帰還するためである。
アロガンシア公爵家が絡んだ案件への、バラクシン王家の方針も聞いたしね。
バラクシンは今後、キヴェラと秘かに連絡を取って、今回の件を『表向き』終わらせるのだろう。それで終・了☆
……いや、マジでもう、私がバラクシンでできることってないんだわ。
と、言うか。
私がアロガンシア公爵夫妻に喧嘩を売るのは、あくまでも個人的なことなのだ。
キヴェラとバラクシンはお互いに、『うちの馬鹿がごめんなさい!』と謝罪し合って、表向きは終わり。円満解決です。
……その後、その話を耳にした魔導師が反省の見られない彼らに怒り、『貴様ら、反省してないんかい!』と怒鳴り込みに行くだけで。
アロガンシア公爵夫妻への制裁は個人的なこと……ええ、本当に『個人的なこと』ですよ?
わざとらしい? 気のせいですよ、き・の・せ・い♡
アロガンシア公爵家は次代の筆頭公爵家となる家なので、処罰したり、没落させるわけにはいきませんからね!
精々が、妹夫婦の反省のなさに怒ったキヴェラ王からお説教される程度ですとも。当たり前じゃないですかー!(棒)
ただ、キヴェラ王が優先すべきはキヴェラという『国』。どんな状況であろうとも、それは揺らがない。
そんな『国』を守るため、偉大なるキヴェラ王が怒れる魔導師に対し、妥協案として、生贄よろしく当事者どもを差し出しても不思議はないわけで。
我、魔導師ぞ? 公式設定『世界の災厄』ぞ?
反省が見えないお馬鹿を、野放しにするわけないじゃないですかー!
私からすれば、リーリエ嬢の一件におけるアロガンシア公爵夫妻も立派に加害者側。
と言うか、『お前らがしっかり躾けてりゃ、こんなことは起こってねぇよ!』という言葉に尽きる。
そのために営業に同行させたのに、あの公爵夫妻は全く理解していなかったと証明されてしまったわけですからね!
処罰を考えた者としては、奴らを野放しにできんのです。他国からも応援を呼んだしね。
そして、それは当然、キヴェラ王も同じ気持ち(笑)なわけですよ。
で。
自分の甘さと妹夫婦を諫めきれないキヴェラ王は、己の不甲斐なさを深く、深~く反省し。
サイラス君を通じ、私へとお説教(笑)の機会を譲ってくれたのです。
……それでいいの。表向きの理由だろうが、建前だろうが、そういうことにしといてくれ。
勿論、具体的な話はまだしていない。だが、サイラス君の手紙を読む限り、『あの馬鹿どもが死ななきゃいい』くらい思ってそう。
サイラス君はキヴェラ王の忠犬なので、いくら自分が怒り心頭であっても、キヴェラ王の意思を過剰に盛ることはないだろう。
ただ、私も今はモーリス君のお勉強のためにバラクシンに滞在中。
よって、モーリス君を連れて一度はガニアに帰らなきゃならんのですよ。こればかりは仕方ない。
「とりあえず、目的だったお勉強は無事に終わったので、ガニアに帰国します」
「え、いいんですか? ミヅキさんはこちらでやることがあるのでは?」
「ん~、シュアンゼ殿下達にも報告したいからね。キヴェラに行くにしても、一度はガニアに戻らなきゃ」
……実のところ、シュアンゼ殿下とヴァイスに情報共有をしておきたいのよね。
二人とも、リーリエ嬢の騒動は知っている。と言うか、ヴァイスに至っては当事者だ。
『アロガンシア公爵家が没落するわけではない』ということも含めて伝えておかねば、其々の国が独自に情報収集した際に、余計な不安を抱かせてしまう。
「キヴェラに行って、キヴェラ王の意思を確認する必要はあるけれど……確定している情報はあるからね。モーリス君のお勉強の成果を伝えると共に、先に情報共有しておきたいんだよ」
「確かに……。お二人には王族と公爵子息という立場があります。情報を得ていた方がいいでしょうね」
そこまで言えば納得できたのか、モーリス君は素直に頷いてくれた。
そんな彼の姿に、ついつい、生温かい気持ちになってしまう。
……。
いや、そんなに重要な案件じゃないから、これ。
アホの所業に、キヴェラ王がブチ切れただけです。
『次代の後ろ盾となる公爵家の醜聞』と言えば物凄く重要な案件に聞こえるのに、実際には『ただのお飾りである公爵夫妻が馬鹿をやった』ってだけ。
リーリエ嬢の断罪があった夜会で初めて発覚したけど、あの夫婦、本当~に政に関わってないみたいなんだもの。
私はともかく、カルロッサの宰相補佐様とか、バラクシンのライナス殿下のことを知らないとは思わなかった。予想外です……!
王家に近い公爵家である以上、知っているのが『当たり前』。
あからさまに顔に出さなかったとはいえ、こちらの面子は呆気に取られていたじゃないか。
だが、そんな奴らでも、立場的には重要なポジションに居ると思われているのが現状。
今回の縁談騒動とて、アロガンシア公爵夫妻の立場を正しく知らなければ、各国にとって『明日は我が身』なのですよ。
そういったことを避けるためにも、早めの情報共有をしておかなければ。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい!」
モーリス君の表情はここに来た当初に比べて随分と明るく、気のせいでなければ、自信がついたように見える。
聖人様にも色々と聞いていたようだし、商人の小父さん達とも言葉を交わしていたようだ。この経験はきっと、彼の役に立つだろう。
「ミヅキ、また来てね! モーリス君も頑張って!」
アグノスのそんな声に見送られながら、私達は帰路についた。聖人様や教会の人達との出会いは、モーリス君に良い変化をもたらした模様。
※※※※※※※※
――ガニア・ブレイカーズ男爵家にて
「お帰り。……随分と良い経験になったみたいだね」
私達……いや、モーリス君の顔を見るなり、シュアンゼ殿下が満足そうに笑った。
ヴァイスや他の人達もモーリス君の変化を感じ取っているのか、どことなく嬉しそうだ。
「只今戻りました。聖人殿を始めとし、多くの方達に話を聞くことができました。……当主になると言いつつも、僕にはその計画も、覚悟もなかった。貴方達に呆れられるのも当然だったと、嫌でも判りましたよ」
「そんなことを言う割には、嬉しそうだね?」
「嬉しそう……ですか?」
「うん。自信がついたようにも見えるけど、自分自身の成長に気付けたことで、目指す姿が明確になったのかな」
「……そう、かもしれません。僕が目指したのは在りし日の父の姿ですが、実際には、理想を父の姿に当て嵌めていただけだったのかと」
それは聖人様から学んだ『優先順位』や『泥を被る覚悟』といったものが原因だろう。
『良い領主』と言えば聞こえはいいが、それが『個人として素晴らしい人』とは限らない。
前ブレイカーズ男爵は良き父だったようだし、モーリス君はそれを領主としての姿にも当て嵌めていた可能性がある。
その幻想を捨て去り、現実を見ることができるようになった……という感じかな。
「それに気付けただけでも大きな進歩だよ」
頑張ったね――とシュアンゼ殿下は嬉しそうに笑った。
シュアンゼ殿下は幼い頃から苦労してきた分、現実を見るだけでなく、その状況に於いて最善を目指すことの重要性を知っている。
何より、王弟夫妻の断罪はシュアンゼ殿下の協力があってこそ。
希望的観測や理想を排除し、只管、冷静な目で必要な情報を拾っていたからこそ、私も対策を立てられたのだから。
夢を見るな、とは言わない。だが、それだけでは理想で終わる。
政敵に立ち向かうのに必要なのは、他者を納得させられるだけの証拠。
モーリス君は人の善意や自分だけの正義に依存するきらいがあったから、私達は『お子様(笑)』と判断した。
絵本の中のヒーローならばそれで上手く事が進むだろうが、現実ではそうはいかない。
寧ろ、その甘さを突かれ、利用され、搾取される側になるのがオチだ。
モーリス君がファクル公爵の課題と成り得たのは、彼にそういったものを理解させることの難しさゆえだろう。危機感のないお子様には、理解しがたいことなのだから。
だからこそ、こう思う――
会った当初、私のこれまでの所業をばらしていたら、悪人認定待ったなし!
泥を被る覚悟のある皆様からも外道認定されていますが、何か?
間違っても、『ミヅキさん』と呼んで慕ってなどくれないだろう。現状は奇跡ですな。
理解ある人達から見ても、私の所業は『善人扱いするのは無理がある』と言われている上、魔王様に至っては、まず私の裏工作を疑うもの。
安定の信頼のなさなのです。いや、九割方は裏工作しているから、間違ってないんだけど。
そんなことを考えていたら、ふと、こちらに戻ってきた理由を思い出した。
「シュアンゼ殿下~、私、ちょっとキヴェラに行ってくるから」
「は?」
「キヴェラ王からお誘い貰った」
「え、ちょっと待って? また何かあったのかい!?」
ええ、ありましたとも。お馬鹿な夫婦にとっては、平常運転かもしれないけどなー!
灰色猫『は? え、キヴェラ? なんで!?』
黒猫『何ででしょーねー(棒)』
モーリスの成長を喜んだ後に、爆弾投下。
灰色猫は混乱している!
黒猫は遠い目になった!