馬車は走るよ、王城へ
――バラクシン・王城に向かう馬車にて
「ヒルダから話を聞いた時は、頭が痛くなったものだが……」
珍しく馬車に同乗しているのはバラクシンの第三王子レヴィンズ殿下。
今回、ちょっとばかり無視できない情報を入手してしまったので、ヒルダん経由で話を付けてもらったのだ。
私は基本的に、各国の友人達とは常に連絡が取れるよう、転移法陣を持ち歩いている。いつ、どんな情報を入手するか判らないからね。それもない時はイルフェナ経由。
今回のようにイルフェナから情報を貰う時は、『魔導師が勝手に伝えた・情報を使った』ということになるので、説教は私オンリーさ。
しかし、この対応の早さは流石である。連絡を取ったの、数時間前だぞ?
さすがはヒルダん、持つべきものは有能かつ真面目な友である。
なお、ヒルダんは公爵令嬢であり、レヴィンズ殿下の婚約者。大変、初々しいカップルです。
婚約者からの『お願い』に、懐きまくっている大型犬の如く意気込んだだろうレヴィンズ殿下には、実に申し訳ない状況だ。
だって、その『お願い』って仕事だもん。
滅多にそういったことを言わない可愛い婚約者からの『お願い』がこれではねぇ……。
さすがに申し訳なく思い、謝罪しましたよ。『国が関わることとはいえ、何かゴメン』と。
……が。
レヴィンズ殿下も教会派貴族のやらかしには慣れているのか、逆に謝罪されてしまった。
『こちらこそ、気を使ってもらって申し訳ない! 貴女は教会に用があっただけだろうに』
……。
うん、本当にな。
マジで、小父さん経由で情報を貰った時は、目が据わりましたとも。
だって、私は馬鹿が嫌いである。
幾度となく私によって痛い目に遭わされ、『教会と聖人様に手を出すと危険』と認識する機会はあっただろうに、この始末。
だいたい、ブレソール伯爵が私を見て怯えたってことは、私がバラクシンでやらかした『あれこれ』(意訳)を知っているはずなのだ。
しかも、顔を覚えていたということは、魔王様について出席した最初の夜会の時に居た可能性もある。
それならば、その後のことも含めて、私はがっつり警戒対象。聖人様との繋がりだって当然、知っているはず。
それなのに、この馬鹿は『わざわざ』聖人様をイビリに来たんですよー!
そりゃ、王家だって『要らねっ!』とばかりに、教材として提供するわな。
一応、財布……じゃなかった、教会の財源としての存在価値があるので、教会派貴族は現在、見極めの真っ最中。
こう言っては何だが、『余計なことはせず、良い子にしている』という態度が最善。
高位貴族や力のある貴族はそれを判っているため、慎重に行動するようになったと聞いている。
それができない奴=無能。
今回の教材提供もあっさり許可が下りるあたり、順調に選別が行なわれている模様です。
国王夫妻、『これまでの恨みを思い知れ!』とばかりに、精力的に動いているようで何より。
まあ、ブラコン夫婦の夢である『幼い弟と交流しつつ幸せに過ごす』という時間をぶち壊したのは事実なので、やらかした教会派貴族達に幸せな未来はないだろう。
特に、王妃様の方は里帰りしたカルロッサでガチ泣きした(※宰相補佐様情報。彼は王妃様の従兄弟だそうな)らしいので、簡単には許してもらえまい。
で。
そんなお馬鹿さんを王城に連れて行くため、レヴィンズ殿下が駆り出されてきたわけですよ。
私の登場に固まっていた馬鹿――ブレソール伯爵は、自国の王子様の登場に崩れ落ちた。
まあ、当然だわな。私ならば個人的な報復だけど、王族が出てきたら、処罰ありの連行だと悟るもの。
そして、荷物と化したブレソール伯爵はレヴィンズ殿下の部下に抱えられ、馬車に放り込まれたのだった。
なお、『まだ』拘束はされていない。今はあくまでも『魔導師がイルフェナから情報を持って来た』というだけだから。
ただ、逃げられても困るので、私とレヴィンズ殿下が同じ馬車に乗っている。
パッと見、まるで圧迫面接のようです。
もしくは狩猟種族(※肉食)に囲まれた獲物。
何も知らない人が見たら、ブレソール伯爵に同情しそう。それくらい、ブレソール伯爵の顔色は悪い。
そんな彼の姿を見ながら、早めに手を打てたことを喜ばしく思う。それくらい、もたらされた情報は無視できないものだったのだから。
「見つけたのがイルフェナで良かったですねー。私が関わっていたことも幸いでした」
「本当に! はぁ……まったく、魔導師殿には頭が上がらないな。ヒルダも無視できない情報だと即座に察し、私に伝えてくれたのだから」
「愛しの婚約者を伝書鳩代わりに使ってすみません」
「気にしないでくれ。君とヒルダが繋がっていたからこそ、こうして早い段階で動けるんだ」
頭が痛いとばかりに苦々しい表情のレヴィンズ殿下は、それでも私に頭を下げた。
レヴィンズ殿下のこういったところは高評価。ヒルダんは真面目過ぎて誤解を招くこともあるみたいだし、是非とも彼女の緩和剤要員になって欲しいものである。
……ちなみに、私と親しい人達は基本的に手紙用の転移法陣を所持している。
これは其々が別の国に暮らしていることと、今回の時のような時間が勝負の時のため。
王族や高位貴族がほいほい国を抜け出せるはずはないし、やらかす奴は基本、自国の者を警戒するからだ。
黒騎士達が凄いということもあるけど、私や他国の方が情報を得られる場合があるのだよ。
私があちこちに出掛けてもあまり咎められないのは、ちゃんと理由があるのです。
報告の義務もあるけど、場合によっては国単位のスピーカーと化し、友人達に情報をばら撒いております。
……それにしても。
「随分と静かになったわねぇ? モーリス君や聖人様と一緒に居た時は、煩いくらいお喋りだったはずだけど」
「……っ」
ちらりと視線を向けながら話すと、ブレソール伯爵は盛大に肩を跳ねさせる。
はは、そんなに私が怖いか。それとも、自分の企みを知られていたからかなぁ?
「黙秘しても無駄だぞ。父上……いや、陛下が王城でお待ちだ。きちんと答えてもらうから、そのつもりでいるがいい」
レヴィンズ殿下もまた、ブレソール伯爵には厳しい目を向けている。
……当然かな。ブレソール伯爵としては『王家への対抗手段』くらいの認識かもしれないけど、『状況を正確に把握している者』にとっては、厄介事でしかないのだから。
そう、マジで『厄介事』なのである。『とある件』に関わる機会を得た者ならば、関係者達の怒りも理解できるだろう。
ぶっちゃけ、バラクシン王家が迷惑を被ります。
実現前に気付いて、マジで良かった! イルフェナ、優・秀☆
「何のことだか……私にはさっぱり……」
「あのさぁ?」
見苦しく言い訳しようとするブレソール伯爵の言葉を遮り、私は言葉を続けた。
「アンタ程度なら、詳しいことを知らないだろうけど。一つだけ、教えてあげる。……あいつら、私『達』と揉めたから」
「は……?」
「だからね? 理由もなく、優良物件が残っている……なんて、あるわけないと気付け!」
笑顔のまま話す私に、ブレソール伯爵は漸く、滲む怒りに気付いたらしい。
だが、その理由までは判らないのだろう。怯えつつも首を傾げている。
「まあ、いいわ。どうせ、これから知ることになるんだもの」
その時に気付いたとしても、もう遅い。
私は今回、『とある国』にもお知らせをするつもりだ。ただ、どうせならばバラクシンの対処を含めた上で……というのが望ましい。
ゆえに、今回は私も王城に行くのです。他国でも起こる可能性があるからね。
そんなことをしているうちに、馬車が速度を落とし始めた。
「ああ、そろそろ着くようだな」
「待ってくれているみたいだし、沢山お話ししようねぇ♪」
「「素直に吐けよ?」」
「ひっ」
綺麗にハモった私とレヴィンズ殿下に、ブレソール伯爵は小さく悲鳴を上げたのだった。
親猫『事前に企みを潰せて良かったね』
白騎士『ミヅキも実にタイミングよく、バラクシンに居たと言いますか』
黒騎士『しかも、【あの一件】の当事者と言うか、主犯格だぞ』
親猫『……。あの子、本当にどうなっているんだろうね?』
白騎士『さあ?』
黒騎士『双子のような特殊能力持ちかもしれないな』
三人『……(ありえそう)』
――一方、某国にて
玩具な騎士『……!? 何か、嫌な予感が』
ある意味、主人公の強運が発揮されたため、双子のような特殊を疑われていたり。
勿論、そんなことはありません。
※8月12日に魔導師34巻が発売予定です!




