黒猫からのお手紙
――某日・某所にて(とある人物視点)
『やっほぅ♪ 皆は変わりなく過ごしてる?』
『ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、お願い聞いてくれると嬉しいな♪』
『実はね、今現在、私はガニアでとある新米当主(予定)の社交デビューに向けての教育をお手伝いしているんだけど』
『そっちに【いい感じに死にかけの貴族】とか居ない?』
『卒業が確定しているとはいえ、つい先日まで学生をやっていたお子様に、いきなり本番っていうのは厳しいと思うんだ』
『この子、ちょっとばかり訳ありでねー……数年前に父親を亡くしてから、その跡を継ぐことを目標にしてきたらしいんだけど』
『つい一年ほど前まで、家の乗っ取りというか、都合よく動かしたいことを狙う【自称・優しい親族】(笑)の言いなりだった模様』
『社会経験のないお子様の懐柔なんざ、優しい言葉と態度で十分ということですね! 甘えたい年頃ですしね! 未成年だもんね!』
『……』
『勿論、そこらへんのことは説教済み。【亡き父親の跡を継ぐ】という目標があるのに、あっさり騙されてるんじゃねーよ。馬鹿じゃね?』
『血縁者って、王族・貴族にとっては一番の警戒対象でしょ。って言うか、正直、よくある話だと思うんだ』
『それなのに、家令に説教されるまで己の置かれた状況に気付かなかったって、警戒心なさ過ぎだと思う』
『なお、この家がギリギリのところで持ち堪えていたのは、父親の代から仕えてくれている使用人の皆様一同と後妻さんのおかげ』
『特に、この後妻さんの働きは凄い。自分を犠牲にして情報を集め、それらを活用することで、家にも、子供達――先妻さんの子――にも、手を出させなかったんだから』
『彼女の名誉のために詳細は伏せるけど、その方法は……まあ、多くの人から良く思われないもの。彼女自身も色々と言われているし、守っている子供達からも嫌悪されていた』
『ただ……跡取りの嫡男は気が付いた。家令に叱られたことが切っ掛けとはいえ、ちゃんと後妻さんの働きを理解した』
『それを踏まえ、後妻さんの働きを素直に称賛していた某貴族は少しだけ手を貸してやろうと思った模様』
『当たり前だけど、それは後妻さんのため。ついでに、彼女の献身を知った嫡男がどう化けるか興味があったと思われる』
『そんなわけで』
『嫡男の教育を任された――課題として出されたらしい――友人のお手伝いとして、私ともう一人の他国の友人勢も参戦。豪華面子ですよ! つーか、説明なしに呼ばれた。最初は【遊びに来ない?】って話だった』
『まあ、私達全員、お貴族様同士の蹴落とし合いやら、探り合いといった【嗜み】に理解があるからね。寧ろ、それらを制して生き残ってきたからね!』
『当然ながら、そこまで鍛えろとは言われていない。ただ、教師役にはなれる』
『そんなわけで、先ほどのお願いなのですよ。いやぁ、まだそこに来るような奴なら、未だに情勢を読めてないか、じわじわ牽制したいかの二択じゃん?』
『他には探りに来るくらいでしょ。貴族としては死にかけというか、没落コースまっしぐらというか、あんまり賢くなさそうな連中だよね』
『ただ、素人の練習台としては最適だと思うのですよー。もしも、こちらが遣り込められたとしても、大したダメージはないもの』
『勿論、ただとは言わないので、考えてみてね』
「……。何をやってるんだ、あいつは……」
『友』からの手紙に目を通し、私は溜息を吐いた。
世話になったことは事実だし、依頼された内容――どういう経緯でそのような発想になっているかを含む――も割と理解できる。
父親を亡くした後、親族の悪意に騙されてきた子供も気の毒だ。信頼していた親族の裏切りを知った時はとても傷ついただろうから。
……が。
とてつもなく不安を覚えることも事実ではあった。
あいつが教師役……?
王族だろうが、貴族だろうが、敵対者を玩具扱いする凶暴猫が……?
……。
はっきり言おう。彼女にはとても感謝しているし、その才覚には大いに助けられもした。定期的に送られる物資とて、ありがたい。
それは私だけでなく、『ここ』に暮らす全ての者達が理解しているだろう。だからこそ、日々、感謝の祈りを捧げるのだから。
しかし、それらの事情と彼女の性格は全くの別問題であって。
とてつもなく不安になったのも事実である。しかも、同じく教師役を務める友人達の性格は全く判らない。
おい、本当にまともな教育を施しているんだろうな!?
教育を受ける子……すでに青年になりかけだろうが、騙されてないだろうな!?
「不安だ……。いや、教育に馴染み過ぎて、あいつの類似品になるのもどうかと思うが……」
そうは思えども、私も貴族社会がどういったものかを薄らと理解している。
隙あらば、追い落とされる……その危険がある階級なのだ。権力や財を欲するあまり、野心一色になる愚か者とて珍しくはないのだろう。
そうでなければ、あいつの所業の数々が許されるはずはない。
嫌な方向に賢く、予想外の人脈を持つ魔導師は……『ある意味』、救世主なのだから。
王族や貴族には柵も多く、正しい選択ができないこともあるだろう。少なくとも、王は『正義』ではなく、『国のための行動』を選ばなければならない。
それは貴族であっても同様で、家や仕えてくれる家臣達を守るため、意に沿わぬ選択をしなければならない時もある。
それは私にも当て嵌まることであり、信じて付いて来てくれる者達を守るためならば泥を被ることも厭わないと、考えるようになった。
善良な人々を守るために、私は今後も泥を被る選択をするだろう。
それを批難されようと、後悔はない。全ては愛すべき者達のため。
だが、だからと言って、それを言い訳にするつもりはない。
今は無理だが、将来的にここが安全な場所になった際、私の行ないが糾弾されるならば……潔く去ろうと決めている。
ここでの生活を追われようとも、立場を失くそうとも、私の信仰は消えはしない。
どこに行こうとも、愛すべき者達のため、神に祈ろうではないか。神への敬愛は私自身の胸にあるのだから。
手にした手紙に再度、目を向ける。教育を受けている者もまた、いつかは己の選択に苦しむことがあるのだろう。
ならば、少しでも手を貸してやりたかった。それに……性格には難ありだが、私とて、あいつの世話になったのだから。
「手頃な奴は居ただろうか……」
探りに来る輩はまだまだ多い。ただ、以前とは違ってこちらを脅迫したり、無理な要求を突き付けてくることはなかった。
目的は様子見というか、情報収集だろう。フェリクスが居る以上、こういった輩が消えることはない。
だが、それも承知の上だ。そういった未来を察していながら、私は彼をここに招き入れた。
あの素直過ぎることがある青年は最愛の伴侶を得、日々、成長しているじゃないか……その健やかな成長を見守り、憂いを払うのは私の仕事であり、喜びでもある。
そう思うと同時に、苦笑が浮かぶ。この状況を整えたのも彼女だった。平気で外道なことをする割に、彼女は意外と情が深い。
そういった意味では、この依頼も『彼女らしい』と言えるのだろう。
……。
どういった方向に教育されるかは別として。
※※※※※※※※
――ガニア・ブレイカーズ男爵にて
「さて、それなりに慣れてきたみたいだし、そろそろ実戦いってみよっか♪」
「え゛。あ、あれ、本当だったんですか……?」
「勿論♪」
ミヅキが笑顔で告げた内容に、モーリスは顔を引き攣らせる。
モーリスとて、ミヅキの言葉を信じていなかったわけではない。そう、信じていなかったわけではないのだが。
その内容がちょっとばかりアレなものであるため、『そんなことに協力してくれる人なんているのかな?』と思ったりした。
当たり前だが、この場合はモーリスの方が一般的な発想だ。
しかし、そこは異世界人凶暴種。妙な人脈をお持ちらしかった。
「許可は取っているから、問題ないよ。じゃあ、行こうか……バラクシンへ!」
聖人『……(あいつは一体、何を……)』
アグノスちゃん『ミヅキが来るの!?』
聖人『……。君達が良い子にしていたからですよ(にっこり)』
アグノスちゃん『わーい♪』
教会は多分、こんな感じ。
黒猫『〇ナド〇、〇ナド〇、〇ーナー♪』
モーリス『……?(何故か、連行されているような気が……)』
モーリス君、バラクシンの教会へ運搬中。拒否権はない。
※活動報告に『魔導師34巻』の情報を載せました。




