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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
イルフェナ編
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『お約束な嫌がらせ』は相手を選べ

あの二人を連れていたらこうなりますよね。

 華やかな世界の裏側は嫉妬に満ちている。そんなものは誰だって予想がつく。

 ふふ……御嬢様方?

 ゼブレストで側室を殲滅したと言われるほど手加減が無かった私が、何の予想も対策もしなかったと思うのかね?

 娯楽に溢れた世界の『お約束』は押さえてあるつもりだよ?


「ミヅキ、お前は悪魔か」

「酷いわ、カイン様! 可愛い可愛いクリスティーナの敵を事前に排除するだけよ」

「その呼び方やめろ。……いや、それはいいんだけどな。方法が」

「女の嫉妬は陰湿だよ? やられたらやり返す、これ常識。二度と刃向かわないようにしなければ」


 『対策』を話した直後に騎士sに悪魔認定されました。

 失礼な奴だな、馬鹿はきっちり躾ないと報復してくるんだぞ。

 なお、その対策も向こうが仕掛けてこなければ意味が無い。先に手を出した方が悪いんですよ。


「ま、見てなさいって。絶対に会場に入る前に決着つくから」


 だってこの二人目立つもの。しかも片方はあからさまに私を愛でてますもの。

 私としては目立った方が都合がいいけど、クリスティーナには酷だろう。

 

「クラウス。私、間違ってる?」

「存分にやれ。何をしても許す」

「それ物凄く個人的な感情だろ!?」

「アンタ騎士でしょうが!?」

「……。アル、何か問題があるのか?」

「いいえ?」


 白騎士も止めるどころか同意しちゃってます。

 もしかしなくても君達社交界嫌い? 集う奴等を人間として見ていなくね?

 ……自分で言っておいてなんですが。

 君達、本っ当〜に『憧れの騎士様』ですか?



※※※※※※※



「まあ……アルジェント様とクラウス様だわ」

「珍しいわね」

「隣の方達は一体どなたなのかしら?」


 会場に入る前から敵意と好奇と嫉妬の視線がビシバシきてます。

 やっぱりねー、来ると思ってたんだ。

 二人とも貴族の装いしてますからね、黙っていれば非常に素敵です。中身は変人ですが。

 そんな二人にエスコートされて注目されない筈は無いわな。

 廊下を歩くだけでこれかよ。2人が大人気だってことを今更ながら痛感しますねー。


 さあ、存分に羨むがいい!

 その視線全てが私達にとって有利になるのだから!


 なお、心配だったクリスティーナはそんな視線に全く気付いていない。

 寧ろ着飾った御嬢様方に目を輝かせていたりする。

 この子は天然か。


「クリスティーナは呑気なところがあるからな……」


 アベルがぽつりと呟くのが聞こえたので本当に気にしていないのだろう。

 これで母親譲りの才能があれば安心だな。下らない中傷は気にしないし、嫌味を言っても自然にスルーするだろうから。

 実害有りの場合のみ心配だが、これは私が潰せば問題無し。

 ……ほら、早速。


 ごきっ


「い……痛あいっ! う、うう……」


 ぴしり、と周囲の空気が凍った。好奇の視線も囁きも一斉になりを潜め驚愕が浮かぶ。

 ……やり返されないと思っていたのか?

 痛みのあまり蹲り呻く令嬢に冷めた視線を送りつつ、眉を潜める。


「あら、わざわざ足を出してくるから踏まれたいと思ったのですけど」

「な、何を……貴女がっ……わざと、踏んだんでしょっ!」

「俺が抱き寄せて歩いているのに、か? 明らかに足を出して転ばせようとしていたが」

「我々が騎士だということを忘れているのでしょう。それともその程度見抜けぬと思っているのでしょうか」


 Q:転倒させるべく足を出された! どうしますか?

 A:そのまま骨を砕く勢いで踏み付けます

 ※騎士達から援護射撃付き


 避けるなんて選択肢はありません。踏む一択です!

 『ドレスの裾を踏んで破く』か『足を引っ掛ける』のどちらかが来ると踏んでましたが、本当にやられると呆れます。

 踏んで破く方は悪者になっちゃうから、足を引っ掛ける方にしたな。

 ああ、靴はしっかり強化済みです。中は履き心地良いけど、外は硬いから体重かければ骨に皹くらい楽勝。

 実際は踏まれても平気なように強化したんだけど、思わぬ所でお役立ち。


 ガラスの靴という物が御伽噺の中にも登場するのです、靴は立派な武器だと思います!


 ……ガラスの靴って踏んだり欠けたりしたら十分凶器だぞ?

 蹴っても痛いし、欠けた部分でザクっといったりする可能性・大。

 何て恐ろしい物を履かせてるんだよ、魔法使い。


「言いたい事があるなら下らない嫌がらせなどせず言えばいいでしょう、みっともない。これが貴族の嗜みかしら?」

「とんでもない。淑女にあるまじき行為ですよ」

「そう。ならば淑女の皆様はこんな馬鹿な真似はしないのね?」

「当然だな」


 素敵な騎士様達に『淑女はこんな真似しない!』と言い切ってもらえば。


「そ……そうよね。あんな真似できないわ」

「なんてみっともない」

「育ちが知れますわ」


 こうなる。周囲の人々は思い出したように口々に彼女に対し批判的な事を口にし出した。

 『立派な』貴族としては絶対に彼女の味方は出来ないわけです。

 二人に失望されたくないっていう感情もあるんだろうけどさ。


「ふうん。色々言われるのは嫌だから治して差し上げますよ」


 ぱちり、と指を鳴らして蹲ったままの女性の足を治す。突如無くなった痛みに驚愕の表情を浮かべる彼女は『私が詠唱せず魔法を使った事』に気付いているのだろうか。


「さ、行きましょ。下らない事に時間を取られてしまったわ」

「そうだな、行くか」


 歩き出す私達に好奇の視線は尽きない。ただし、先程とは微妙に違っている。

 『あの女は容赦が無い』、『彼女達に手を出せば騎士達が黙っていない』。

 この二点が新たな情報として流れれば仕掛けてくる輩は随分と減るだろう。素敵な騎士様達に嫌われては元も子もないのだ、表面的な部分だけでも悪意を隠さなくてはならない。

 火の粉が降りかかる可能性があるなら、初めから沈静化させればいいのだ。一時的なものであったとしても。


「クリスティーナ。私があげた魔道具は身に着けている?」

「え? はい、ちゃんと身に着けています」


 そう言ってイヤリングを触る。勿論、私が作るのだから普通である筈はない。

 クリスティーナだからこそ必要になると思うんだわ、これ。

 会場に着くと視線は尚一層! さっきの事が伝わるまでにまだ少し時間がかかる。

 暫くは盾としてクリスティーナと一緒に居るべきだろう。


「これは一体どんな効果があるんだ?」

「ん? 反射」

「反射?」

「直に判ると思うよ?」


 さっきからクリスティーナを睨みつけてる御嬢さん達が居るからね。

 私? 勿論、睨み付けられてますとも! ただし、私の場合は守護役ということも知られているから必要以上の干渉は無いだろう。

 そうなると狙われるのはクリスティーナだ。アルがどうにもできないような手で仕掛けるとしたら……。

 そんな風に考えていると二人のお嬢さん達がこちらに近づいて来ていた。その視線は明らかに好意的なものではない。

 そして。


 パシャン!


「あら、ごめんなさ……きゃ!?」

「え!? い……一体、何が!?」


 嘲笑と共にわざとらしくクリスティーナのドレスにワインをかけた御嬢様達は次の瞬間、驚愕し固まった。

 彼女の手には空になったグラス、そしてワインは自分が被ったのだから。


「あらあら、判り易い苛めですね。本当にやる人がいるとは思いませんでした」

「何ですって!? 貴女の所為なの!?」

「いいえ? 貴女が彼女にワインをかけたから跳ね返っただけですよ? グラスも貴女の手にあるし、貴方自身も謝罪していたじゃないですか」

「そ……それは」

「それに私は貴女に感謝されるべきなのですけど」


 すい、と瞳を眇め威圧と共にとっておきの事実を告げてやる。

 理想的な行動を起こしてくれた貴女に感謝しているからですよ?


 見せしめとしては十分だもの。


「クリスティーナ様に迷惑をかけず本当に良かったですね。貴女が汚そうとしたそのドレスはブロンデル公爵夫人が彼女の為に誂えたものですから、きっと悲しまれたことでしょう」

「娘の様に可愛がっているからな」


 その公爵夫人の息子の発言にざわり、と周囲に衝撃が走る。

 本当にドレスを駄目にしなくて良かったなー、御嬢さん。あの人、絶対に只では済まさないぞ?

 私は『お約束な展開』を見せて貰ったから満足だが。

 

「それから先程の現象ですが……私の作り出した魔道具の効果ですわ。向けられた攻撃をそのまま相手に返す、といえばいいかしら。自業自得ですよね」


 『お前達が仕掛けたからこうなったんだよ』と暗に言ってやれば周囲の反応も手伝って真っ青になった。

 ドレスを汚す事こそしなかったが、クリスティーナへの悪意は知れ渡ったのだから当然か。

 当然、公爵夫人の耳には入るだろうね。公爵夫人を怒らせた、などという噂が立てばとばっちりを恐れて離れる人も居るだろう……嫁ぎ先はあるのだろうか。

 

「まあ、随分と楽しそうね」


 そこへ追い討ちをかけるように美女が声をかける。アルと同じ色彩を纏った美女は状況を理解しているだろうに『楽しい事』だと言って来た。

 そして青褪めたままの御嬢様達に笑って告げる。


「この二人は私にとって妹同然ですの。貴女は一体何をなさっているの?」

「姉上……」

「アルは黙ってらっしゃい」

「シャル姉様」

「なあに? ミヅキ様」


 反応が全然違います。シャル姉様、大変判り易いです。

 あ、シャル姉様の連れてた人達がクリスティーナを周囲の視線から守ってくれてる。クリスティーナも楽しそうに話しているし、知り合いだったのか。


「魔道具の性能を自身を以て試してくださったのですよ、その方」

「あら、下らない苛めに見えたのだけど」

「道化になってくださったんですよ……多分」


『庇ってない! 突き落としてる、絶対!』


 周囲の心の声が聞こえる気がしますが幻聴です。

 シャル姉様&ブロンデル公爵夫人の連合軍にやられるか、私に突き落とされるかの差ですよ。

 それに忘れているみたいなんだけどさ?

 謝ってないよね、君達。さっきの謝罪は口だけのものだしカウントしないぞ?


「結果だけ見ればクリスティーナは無事ですし、彼女達は自分の事で精一杯のようですから今後一切近づかないでもらった方が良いかと」

「あらあら、ミヅキ様はそれをお望みなのね?」

「ええ」


 にこりと笑ってシャル姉様に頷くと私の意図を察したらしく、笑みを深めて頷いた。

 流石です、気付いてくださいましたか。


「わかりました。……貴女達もそれでいいのね?」

「ええ!」

「し……失礼します」


 慌てて去ってゆく彼女達も後に続いた会話を聞いていたら戻ってきただろう。

 

「『今後一切近づかない』って『謝罪の場を与えない』という意味もあるわよね?」

「ええ。だって嫌がらせをした事に関して一向に謝罪の意思を見せないんですもの。逃げ道なんて必要でしょうか?」

「必要ないわね。私は『なかった事にする』とは一言も言っていないのだけど」

「ブロンデル公爵夫人もお怒りになるのでは? 私が魔道具を渡していなければドレスが駄目になっていたのですし」

「そうね! ふふ、さすがだわ」


 にこやかに交わされる会話に周囲の人々が絶句し怯えていたけど問題無し。

 やだなあ、私は魔王様配下の魔導師ですよ? それくらいの情報は伝わっていますよね?

 予想される『お約束な展開』を利用して敵を黙らせることくらいしてみせますよ?

 謝罪できない以上は報復されても文句は言えません。謝っても許されるとは限らないけど。


 クリスティーナのドレスは淡い緑を基調とした少し落ち着いたもの。

 ピンクとか華やかな色と思ったら意外にも大人っぽく纏められている。

 コレットさん曰く


『アリエル様はデビュタントの時に少し背伸びしてみたくてこの色を選んだの。可愛らしい色だと彼女自身の雰囲気もあってちょっと子供っぽかったのよね』


 という思い出の色だそうな。

 クリスティーナも母の思い出話を喜び同じ色を纏う事にしたらしい。

 そのドレスはクリスティーナにとてもよく似合っている。このことからもコレットさんの本気が窺えるだろう。

 ……無事に済むとは思えんぞ、そんな気合の入ったドレスを汚そうとした奴は。


「ミヅキ様、私達がクリスティーナ様を御守りしますわ。どうぞ、お仕事をなさってくださいな?」

「え?」


 きょとん、とシャル姉様を見返すと悪戯っぽく微笑んでクリスティーナを取り巻く人達を振り返った。


「私達、今日は可憐な姫君を守る騎士ですの。アルだけでは頼りないでしょう?」

「姉上……初めからそのつもりでしたね?」

「私達だって参加したいのよ! ずるいわ、貴方達ばっかり」


 呆れて溜息を吐くアルにシャル姉様は拗ねたように言い返す。

 シャル姉様のお友達らしき人達に視線を向けると笑顔で『大丈夫よ!』とばかりに頷いてくれた。

 状況を判っていて助けてくれるんですか? 折角なので甘えちゃいますよ?

 実際アル一人に任せるということに不安が無かった訳じゃないのだ。

 アルは目立つ。確実に仕掛けてくるだろうアメリア嬢だけではなく、さっきみたいな御嬢さんもいるだろう。

 アルが庇えば庇うほど敵を作ることになると考えなかったわけじゃないが、とりあえずは今日を乗り切る事を優先させたのだ。


「姉様達にお願いしてもいいですか?」

「ええ、勿論よ! そのかわり今度はお茶会に参加してね? 彼女達も楽しみにしてるわ」

「わかりました。お茶菓子を作って伺います」

「約束よ? 先日の『たると』もとても美味しかったし期待してるわ」


 報酬紛いを提示する事でこちらの申し訳無さを和らげてくれるあたりに優しさを感じますね。

 アメリア嬢の事もあるし、ここは素直に御願いしておきますか。

 シャル姉様達に任せておけば大丈夫だろう。クリスティーナも今後の為に先輩達から学ぶべき事がある。


「やれやれ……これでは私の出番は無いかもしれませんね」

「いいじゃないの。……ミヅキ様、まだ大丈夫かしら?」

「まだ来ていないみたいです。絶対に来ますよ、私達の所へ」

「そう、絶対に来るのね」


 暗に『何かやったのね』という含みを持たせた言い方だった。

 ええ、やりました。半月ほど前に。今夜はトドメです。


「では暫くお話しましょう? ……ところで」


 ちら、と私の背後に視線を向け、お友達と同じように生暖かい目になる。

 皆さん事情を知ってるんですね、理解があって何よりです。 


「嬉しそうねぇ……クラウスは」

「やっぱりそう見えますか」

「誰が見ても溺愛しているようにしか見えないわね。ブロンデル公爵夫妻もさぞ喜ぶことでしょう」


 御願いですからクリスティーナには言わないでやってください。

 気付かない方がきっと幸せです。

 

 

嫌がらせは相手を不快にさせるものですが、

稀に自分の首を締めることになります。

そして目立つ割に見せ場の無い男ども。

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