お勉強開始 其の三
そんな感じで、モーリス君のお勉強はスタートした。
フローチャートを作った上、いざという時の最強の言葉『ミヅキさんに習いました!』(意訳『仕込んだのは魔導師です。文句があるなら、あいつに言え』)があるのだ。
よっぽどのポカをやらかさない限り、大丈夫だろう。シュアンゼ殿下の保護者達もこちらの味方だろうし。
で。
話の内容や持って行き方はともかく、モーリス君には『貴族同士の会話(=腹の探り合い)』という経験が皆無なのである。
彼の年齢を考えれば仕方がない状況なんだけど、保護者不在でこれは拙い。
すでにカモ認定されている可能性も考えると、モーリス君がまず鍛えなければならないのはこれだろう。
勿論、今回は私達が会話相手になって練習するのだが、それだけで足りるはずはない。
結論:スパルタ教育、いってみようかぁっ♪
勘違いしないで欲しいのだが、これはモーリス君を案じているからこその行ないである。
自分の経験から『間違いない』と知っている方法である。
百パーセントの善意である……!
効果が出るまで、それらを自覚できないとしても、だ!
私も魔王様のスパルタ教育については『一歩間違えれば、心を病む可能性があった』と言われているので、イルフェナとしても思うところがあるのだろう。
確かに、アリサのような『大人しいお嬢さん』だときついかもしれない。
……。
私 、 楽 し ん で い た ん だ け ど な … … ?
なにせ、いくら魔王様が善良な性格だったとしても、生産地はイルフェナなのだ……当然、その気質も『実力者の国』と呼ばれるイルフェナ基準。
ぶっちゃけ、『遣られたら遣り返せ!』が基本。泣き寝入り、なし!
そんな状況で、玩具(意訳)が沢山の状況に放り込まれればねぇ……?
『勝てば正義』、『望まれた決着に辿り着けば、無罪』というルールが判りきっていたので、大変楽しく学び、人脈を作りましたとも。
さすがにモーリス君にそこまではしないと言うか、必要ないのでやらないが。
それでも、嫌味や腹の探り合いをこなせる打たれ強さは必須。そのための『練習』なのだ。
そう、これは『練習』……。
この後、『各国実戦ツアー』が待っているだけで。
前述した『用意してある場所』をクリアしたら、彼には実戦の旅が待っている。
階級だけじゃなく、色んな国の貴族達をぶち当て……じゃなかった、相手をさせてみようという目論見です。
なお、その建前は『シュアンゼ殿下のお付き』。できる子になったら、側近への昇格の可能性あり。
私の人脈を活かし、『シュアンゼ殿下を紹介してもいい?』と各国にお伺いを立てるつもりなのだよ。
相手もシュアンゼ殿下の情報が欲しいだろうし、荒れるガニアよりも先に、各国にお披露目&人脈作りをしてしまおうという魂胆だ。
シュアンゼ殿下も足が悪いことを利用する人なので、『気の毒な王子様』という噂で釣る気満々だろう。
嫌味を言ったところで、泣くのは間違いなく相手の方。それもまた、シュアンゼ殿下の評価に繋がるので問題なし。
そもそも、私が『灰色猫』呼ばわりしているのだ……勘のいい奴は異世界産猫の同類だと気付くに違いない。
『灰色なのは、腹黒さが滲み出ているせいかよ!』と!
……そんな感じで、シュアンゼ殿下&モーリス君の予定が組まれているのです。
ただし、ガニア国王一家にはまだ言ってないけどな!
今回の課題で信頼を勝ち取り、『最初から嘗めてかかるガニアの連中より、他国に人脈作りませんか?』と提案する予定。過保護、良くない。
また、下手にガニアで有能さを見せ付けた場合、『テゼルト殿下の対抗馬、再び!』という、夢を見るアホが出る可能性がある。
王弟の派閥が完全崩壊したとは言えない上、『テゼルト殿下への忠誠ゆえに、シュアンゼ殿下を排除する!』という国王派が出ないとも限らない。
そう考えると、まずは他国の人脈作り&評価の改善がいいだろう。そこにモーリス君をお付きとして組み込んでおけば、様々な経験(意訳)が積めるに違いない。
間に合えば、『彼』――モーリス君の従兄弟も連れて行きたいんだけどねぇ。
当主になったとしても、転移魔法を駆使した日帰り旅行ならば大丈夫だと思うんだ。シュアンゼ殿下やモーリス君もそれくらいが理想だしね。
駄目な父親に苦労していた『彼』も、のびのびと学べると思うんだ。なに、その隙に悪さをしそうな父親には、私が『きっちりとお話し』(意訳)をしてやるから問題ない。
証拠がなければいいんだよ、証拠がなければ!
もっと言うなら、『権力、万歳!』(笑)!
私、人質にされたもの……文句の一つや二つ、報復の十や二十は覚悟してもらおうじゃないか。
この国の最高権力者とて、愛する息子が危険に晒されたのだ……きっと、大目に見てくれるさ。
それが駄目なら、お貴族様の伝統『不幸な事故』があるじゃないか。
貴 族 だ も の 。 覚 悟 は で き て る よ な ?
貴 様 は 加 害 者 だ 、 逃 げ る な よ ?
……そんなことを考えつつ――表情には出していない。……が、何だか三人組が怯えているような?――モーリス君達に視線を向ける。
モーリス君は現在、シュアンゼ殿下を相手に会話の練習中だ。
今回のことがシュアンゼ殿下の課題ということもあり、国王一家がモーリス君へと悪感情を抱くことはないだろう。
寧ろ、微笑ましく新米男爵のことを見てくれるのかもしれない。
……が、実のところ、この『好意だけの会話』が罠なのである。
国王一家にそんなつもりはないのだろうが、端から見れば、『新米男爵風情が王族に目を掛けてもらっている』ように見えてしまう。
だからこそ、私の役目が『敵』なのよね。ヴァイスは身分&騎士ゆえの威圧感から、ファクル公爵対策要員だ。
あの爺さん、会話の雰囲気を『気さくな感じ』・『狡猾な感じ』・『大らかな感じ』と変えてくることに加え、唐突に『力のある公爵』と言わんばかりに凄んでくるんだもの。
安心した直後とか、要注意ですよー……まあ、今回はモーリス君の成長を見るだけだろうけど。
余談だが、ファクル公爵の攻略法は『相手のペースに巻き込まれないこと』だと思っている。
もしくは、自分主導で会話の雰囲気を持って行くことだろうか。予想外の回答をするとか。
真面目なモーリス君は一々ビクつきそうなので、ヴァイスに担当してもらった。面白みのない受け答えをしていれば、ファクル公爵もそのうち飽きてくれるだろう。
「……そこは言わない方がいいかな」
「え、そうですか?」
「周囲の人達は聞き耳を立てているだろうからね。課題のことを知っている人の方が少ないだろう」
……なるほど。モーリス君は会話の中でこの課題のことを口にしたのか。
どうやら、シュアンゼ殿下にそれを注意されたらしい。特別扱いのように聞こえてしまった場合の影響を考えると、確かに止めた方がいいか。
「私達が知り合った経緯なら、『友人と出かけた先で雨に降られ、滞在させてもらった』とかでいいんじゃない? それなら、国王一家が言葉をかけてきても誤魔化せるし」
「……ああ、そういえば数日降ったね。いいね、それでいこうか」
「え!? あの、いいんですか? 王族の方ですし、出かけるにしても、予定などは把握されているんじゃ……」
「私だから大丈夫だよ。人数も『お忍び』と言ってしまえる状況だし、『友人達と出かけた』というのも嘘じゃない」
さらりと言い返すシュアンゼ殿下に、私は温~い目を向けた。
「確かに、『今』なら第二王子でも、重要視されていないと言ってしまえるでしょうね。……で? それ、これまでの扱いに対する嫌味?」
勿論、その対象は散々に見下してきた貴族連中に対してだ。対して、シュアンゼ殿下は意味深に笑みを深めるのみ。
……。
予想は大当たり、だな。寧ろ、私が余計なことを言ってしまったか。
そいつらが今回の外出を知って、『王族でありながら、勝手な行動を云々』とか言い出そうものなら、即座に『君達、私を王族扱いしてたっけ?』とでも返す気だろう。
さすが、長年の嫌がらせを耐えきった灰色猫。中々に性格が悪い。
「ええと……その……」
「大丈夫だから、それでいこう。ミヅキ、丁度いい言い訳、ありがとね」
「……。気に入ったようなら、何より」
この外出の件でシュアンゼ殿下を突こうとする貴族どもよ、灰色猫は虎視眈々と待ち構える気だぞ。
過去に要らん事をしていたならば、喧嘩を売るのは止めとけ。灰色猫は報復する気、満々だ。
モーリス『折角の機会、学ばなければ……!』
灰色猫『(私にも旨みがあるし、頑張ってね)』
黒猫『(モーリス君、霞むかもなー……灰色猫のせいで)』
三人組『(自業自得とはいえ、貴族ども哀れ……!)』
仲良しのお友達(と米)のため、色々と考えている主人公。
ただし、その基準は魔王殿下のスパルタ教育。




