お勉強開始 其の二
「あの、ミヅキさん」
さて、始めるかー……と思っていたら、遠慮がちにモーリス君が声を掛けてきた。
「その、様々な状況を想定してくれているのは判るんですけど……さすがに王族の方を相手にすることはないと思うんですが」
なるほど。モーリス君はシュアンゼ殿下に頼んである『対王族用の受け答え』の必要性に疑問を持ったのだろう。
まあ、そう思うのも当然ですね!
なにせ、モーリス君のブレイカーズ家は男爵位。ぶっちゃけ、下位貴族というか、最下位の爵位である。
厳密に言えば、その下の準男爵とか騎士爵といったものがあるようだが、超大雑把に考えると貴族としては一番下。
『王族の誰かからお言葉を賜る』ということはあっても、夜会などで話し掛けられる機会はほぼないだろう。
勿論、爵位は低くとも超優秀な人とか、個人的な友人――身分をそれほど気にしないでいられる学生時代の親友とか――ということもあるので、全くないわけではない。
そう、ないわけはないんだが。
モーリス君はどちらにも当て嵌まらない。
新米当主が王族から話し掛けられる可能性は低かろう。
だからこそ、こう思ったんだろうな。『自分が王族への対応を学ぶ必要はあるのか?』と。
モーリス君の疑問も当たり前のことですな。特殊事情がない限り、モーリス君のように感じるのが普通。
……が。
非常に残念なことに、モーリス君はこの『特殊事情』に該当してしまっているのであ~る!
「……。間違いなく、話し掛けてくると思うよ」
「は?」
やや視線を逸らしながら、モーリス君へとお答えを。
う、うん、その反応も納得なんだ。寧ろ、モーリス君は『巻き込まれる被害者』だろう。
シュアンゼ殿下はその『特殊事情』を察したのか、こちらも視線を泳がせていた。
……。
そだな、灰色猫。原因、君だもんな。
私は一つ、溜息を吐く。これは事情を話してしまった方がいいだろう。下手に誤魔化しても困惑するだけだ。
「シュアンゼ殿下はこれまで表舞台に立ったことはない。それは歩けなかったことが原因だって知ってるよね?」
「はい」
素直に頷くモーリス君。やはり、この程度の情報『だけ』ならば、成人していなかった貴族達にも伝わっているのだろう。
「王家の恥を晒すようなことになってしまうけど、シュアンゼ殿下の実の親である王弟夫妻は、シュアンゼ殿下を『出来損ない』という風に認識していたんだよ」
「なっ!? え、あ、あの、それ、僕が聞いてもいい話じゃないのでは……?」
驚き、顔を引き攣らせるモーリス君。ちらちらとシュアンゼ殿下に視線を向けるあたり、かなり動揺している模様。
「うん、本当は良くないね。王弟夫妻がクズなんて、醜聞もいいところだもん」
「ミヅキ、正直過ぎ」
「いいじゃん、非常に判りやすい表現でしょ。一言で済む」
「……。否定できない」
モーリス君を憐れに思ったのか、私の説明にシュアンゼ殿下が突っ込む。しかし、他に言葉が見つからなかったらしく、苦々しい表情で溜息を吐いた。
当たり前だが、彼は王弟夫妻の評価に文句を言っているわけではない。『男爵家でしかないお子様が反応に困るだろう!』と言いたいだけだ。
い い じ ゃ な い か 、 マ ジ で ク ズ な ん だ し。
「……モーリス様。この場限りのことと思っていただけるなら、大丈夫でございますよ。大変に情けないことでございますが、私としても否定する言葉を持ちません」
できる従者・ラフィークさんがフォロー(?)すると、モーリス君はそれが事実だと判ったのだろう。
思わず、といった感じに、私やシュアンゼ殿下をガン見した。
「実子が障碍持ちというだけでなく、自分達の味方をしなかったこともそうなった理由なのよ」
「え?」
「だからね? シュアンゼ殿下は足こそ悪かったけれど、それ以外は問題ないの。性格的にも大人しくないし、いつまでも文句を言ってる愚か者に利用されるような馬鹿でもない。結果として両親に疎まれ、国王夫妻がずっと親代わりだったんだよ」
「そ、そのようなことが……」
王家の舞台裏を聞き、モーリス君は顔色が悪い。対して、シュアンゼ殿下は私の説明が的確過ぎるのか、頭が痛いと言わんばかりの表情だ。
ですよねー! あれが親とか、嫌過ぎる……!
多分、それなりに情報通でもない限り、下級貴族の未成年は『王弟は国王と国を二分する派閥のトップ』とか『王弟殿下は国の筆頭魔術師』くらいの認識しかないのだろう。
先代から続く王家の醜聞であると同時に、国の弱点――王弟を旨そうな餌で釣れば、ガニアの混乱を狙えるから――とも言える情報なので、未成年には伝わっていまい。
精々が『国王派と王弟派に分かれて権力争いをしている』程度の認識だと思うのですよ。
詳しい話は成人後、社交界に出てから知る……みたいな? どちらの勢力に与するかという問題も含め、他人事ではいられなかっただろうし。
まあ、モーリス君もこの情報を知らなければいけない立場になるんだ。そのうち後妻さんが教えるかもしれないけど、今、私達が教えてしまっても問題あるまい。
「まあ、王弟夫妻のことはもう決着がついてるから問題ないんだ。そして、シュアンゼ殿下は徐々に表舞台に立つことになる……ここまではいい?」
「はい」
「その一環と言うか、ファクル公爵からの課題が君の……このブレイカーズ男爵家の問題解決。……昔からシュアンゼ殿下を我が子同然に思い、過保護に育ててきた国王一家の皆様からすれば、まさに『初めてのおつかいに挑むシュアンゼ』って感じでしてねー……」
「……」
自分で言っておいてなんだが、大変微妙な言い方である。幼児ならばともかく、シュアンゼ殿下は成人男性なのだから。
いや、保護者が心配する気持ちは判るよ? 護衛の騎士だって付けてないし、ほぼ『お忍び』に近い状況での課題だからね?
テゼルト殿下あたりは、私が同行していることにも多大なる不安を覚えてそうだ。
こちらもまあ……仕方がないことと言えよう。王弟夫妻を処刑に追い込んだ過程をばっちり知られているので、『うちの子に悪影響がっ!』とか思われても否定できん。
「ま、まあ、そんなわけで! 今回の課題の成果の確認というか、当事者であるモーリス君に聞きに来る可能性が高いんだよ。……国王夫妻と王太子殿下の三人が」
「え゛」
あまりの豪華面子に、モーリス君が固まった。傭兵三人組は……ああ、その状況が予想できるのか、気の毒そうな表情をモーリス君へと向けている。
うん、ごめんねー。君からすれば、雲の上の立場の皆さんだもんな。そりゃ、ビビる。
しかし、彼らも家族として心配なのだ。さすがに『モーリス君が可哀想だから、話し掛けないでやってね』とは言えん。
後日、こっそり呼び出される方がモーリス君としてもダメージがでかかろう。
「すまないね。悪気はない……というか、本当に心配してくれているだけなんだ。だから、今回はよっぽどのことをしない限り、不敬とかを気にする必要はないと思う」
さすがに申し訳なく思ったのか、シュアンゼ殿下がフォローする。ただ、別の意味では心配なのだろう。
モーリス君の性格的に不敬罪とかの心配はなさそうだが、言葉に詰まる可能性・大。周囲からの視線も痛そうだ。
「とにかく誠実に。たどたどしくても、取り繕うような真似をしなければいいんだ。下手にすらすら答えても不審がられるしね」
「は、はい……。……。ええ、そうですね。僕は誠実にお答えすればいいんです。言葉選びに困ってしまうことがあるかもしれませんが、お世話になったことを話すだけなんです。取り繕う必要なんてありませんよね」
シュアンゼ殿下の言葉に、モーリス君も安心したようだ。王族、それも国の頂点に立つ人達への恐れ多さは消えないけれど、彼は元から真面目な性格。
これならば『微笑ましい』とか『初々しい新米当主』という方向に受け取ってくれそうだ。問題ないだろう。
……が。
それでも一応は心配なので、用意していた『あるもの』を徐にモーリス君へと差し出す。
それは一枚の紙である。
タイトルは『王族への受け答え一覧』。
何のことはない、私が製作した『無難なお答え一覧』だ。
目を見張るようなことも、興味を引くこともないが、不敬にならずに遣り過ごせる文章集。これを自分の言葉で言えばいい。
「ミヅキ、こんなものまで用意してたのかい」
シュアンゼ殿下は少々、呆れ気味な模様。煩いぞ、灰色猫。こんなものでも、ないよりはマシなんだよ!
「今回のように目的があって話し掛けられる場合は、誠実に答えるだけでいい。聞きたいことが判っているからね。ただし、様子見と言うか、本当にただ声を掛けただけの場合もある。これを見て切り抜けろ」
「……! ありがとうございます!」
「それで不審がられたりしたら、『ミヅキさんから習いました』で通せ」
「え゛」
「私の仕込みと知れば、下手に突っ込んで来ないから!」
唐突な『部外者への丸投げ宣言』に、モーリス君は固まった。対して、私のことを知る面子は納得の表情だ。
ええ、ええ、私は無駄に国の上層部と『知り合って』(意訳)ますからね……!
多分、こんな風に考えてくれると思うんだ……『あいつがまた何かやってるのか』って。
邪魔をされるのが嫌いということも知られているだろうし、下手に探りを入れてくることもないだろう。来るならば、私に話を聞きに来る。
「あの、ミヅキさんて一体……?」
「身分はないけど、お仕事で培った人脈はある」
「そ、そうですか……」
モーリス君、余計なことを聞いてはいけません。沈黙は金なり、ですぞ?
黒猫『この課題の弊害みたいなものなんだよねぇ』
灰色猫『居た堪れない……orz』
三人組『……(可哀想に)』
悪気はなくとも、心配になる国王一家。しかし、相手は新米当主。
憐れんだ主人公はカンニングペーパーを用意しました。




