とある公爵へのお手紙
――王城・テゼルトの執務室にて(ファクル公爵視点)
『やあ、ファクル公爵』
『貴方からの課題は中々に楽しいね』
『今更だけど、これは私の手腕……その遣り方を見極めるものだったと痛感しているよ』
『だって、私は王族だ。そして、ブレイカーズ男爵家やこの家を狙う者達は下位貴族』
『――王族として私が出ていくだけ、そして権力を振り翳すだけという方法だって【ある意味では正しい】からね』
『……だけど、そんなことをすれば貴方はさぞ失望しただろう』
『権力で黙らせることなんて、誰だってできる。私へと与えられた課題がその程度の決着で良いのならば……私は間違いなく【お飾りの王族】という扱いをされただろう』
『まあ、あの断罪は魔導師の功績と考える者が大半だから、それも仕方ない』
『ただ』
『侮られている【今】だからこそ、私が学べる時でもあると思っている』
『たかが男爵家の相続問題と言ってしまえば、それまでだ』
『だけど、【王族が関与しつつ、彼ら自身が結果を出したように見せること】を望むならば、頭を使う必要があるだろう』
『当主となる予定のモーリスは若い上に、実績がない。それに加えて、これまで親族の言いなりだった過去がある』
『彼を新たな当主として、貴族社会に認めさせるならば……モーリス自身とブレイカーズ男爵家に属する者達が、その状況を整えなければならないだろう』
『そういった意味では、結構難しい課題だよね? ブレイカーズ男爵家における本当の実力者というか、貴族達が警戒したのは、後妻である前ブレイカーズ男爵夫人のみ』
『言い換えれば、モーリスの当主就任と共に、彼女が表舞台から去る可能性が高い。寧ろ、それを待っている者達だって居るだろう』
『……だけど、運は私に味方してくれたらしくてね?』
『脅迫と言うか、警告のために、襲撃を指示した愚か者が居たんだよ』
『まさか、男爵家で襲撃されると思わなかったなぁ……【私達】が!』
『多分、客を人質に取って、モーリスに立場を判らせる……という狙いだったんだろうけど』
『人質にされたのってさ、【ミヅキ】なんだよね』
『あ、ミヅキは全く怖がってなかったから。本人曰く、【正しい人質の在り方が判らないから、温かく見守ることにした】とのこと』
『いやぁ、笑いを堪えるのに苦労したよ! こちらの面子は【誰も】心配してないし』
『と言うか、私達全員、脅し目的の脅迫なんて珍しくはないからね』
『勿論、襲撃犯はあっさり捕縛して、ミヅキがお仕置きをしていた。その後はとても従順になってくれたので、何があったかは察してくれると思う』
『ただ、この襲撃に対する私達の対応と説教で、モーリスを始めとするブレイカーズ男爵家の人々は、私達への認識を改めたのだと思う』
『言い方は悪いけれど、彼らから見た私は【国王一家に守られた王弟の実子】でしかない。私の状況なんて知りようがないから、いくら言葉を尽くそうとも、単なる綺麗事としか思えなかっただろう』
『【自分達のような苦労をしたことがないくせに】。そんな風に思われても、不思議はない』
『実際はそれだけではなかったし、ミヅキやヴァイスだって【苦境を生き残った者】だ。三人組だって傭兵だった以上、それなりに苦労があっただろう』
『その片鱗を、ブレイカーズ男爵家の人々は感じ取ったんだ。だから、私達に教えを乞うようになったのだと思う』
『後から合流した前ブレイカーズ男爵夫人は、当然ながら、私達を軽く見たりはしなかった』
『この辺りは流石だね。まあ、だからこそ、彼女がこちらに来るのを遅らせてもらったんだけど』
『最初から彼女が居たら、私達への警戒心を他の者達に植え付けただろうからね。ああ、私達から情報を引き出したり、交渉できるような状況に持ち込まれたかもしれないな』
『……だけど、彼女にも予想外だったのが、ミヅキの存在だ』
『実績のない王族の私や、公爵家と言えども他国の貴族であるヴァイスだったら、できることは限られたと思う。だけど、ミヅキには【様々な意味で】柵がない』
『……いくら何でも、物理的な破壊と隠蔽工作が可能な人間を敵に回そうとは思えなかったんだろう。まあ、私としては助かったけど』
『それ以上に、ミヅキは言葉にも制限がない。言いたい放題したところで今更と言うか、それが通常と言うか』
『まあ、そんな感じで、最難関と思われていた前ブレイカーズ男爵夫人も味方にできたと思う。持つべきものは理解ある友人だね』
『ああ、そうそう! そのうちブレイカーズ男爵家に干渉していた家の当主が代わるかもしれない』
『この家の御子息――モーリスの従兄弟に当たる青年は非常にまともでね? 父親の所業を苦々しく思っていたらしいんだ』
『そこで、私達も【何も知らないままなのは気の毒だ】という話になって、彼を呼んで事情を説明したんだよ。彼の父親が、この家の人間達への襲撃を指示した、と』
『彼は驚いていたねぇ……まさか、王族と隣国の公爵家の人間を巻き込んでいるとは思わなかっただろうから』
『ああ、ミヅキのことは未だ、内緒にしてるんだ。必要以上に怯えて、死にたくなっても困るし、ミヅキは友人として私に付き合ってくれているだけだから』
『魔導師がブレイカーズ男爵家の味方をしていると思われても困るしね? 同じ理由で、ブレイカーズ男爵家の人々にも伏せたままだよ』
『ミヅキ曰く【私が王弟夫妻を追いこんだ魔導師と知った時、怒らせたと思って絶望するか、教えを受けたと頼もしく思うかは、今後の彼ら次第……という展開を狙っているから】とのこと』
『敵対行為を行なった場合は暗雲立ち込める今後を想って死にたくなるだろうけど、教えを受けたと感じた場合は頼もしく思うだろうねぇ……実際に、王弟夫妻を追い落とした実績があるのだから』
『まあ、襲撃を指示した某当主の今後はお察しだよね。それも踏まえて、私は青年に父親を徹底的に追い落とし、その味方さえも放り出して、家の全てを掌握しろ、と言ったのだけど』
『青年が当主になるまで、もう少しかかるだろう。その間、私達はブレイカーズ男爵家の人々をできる限り教育しておくつもりだ』
『力がなくとも、情報と知恵で切り抜けられる……【私達はそれを知っている】。これは前ブレイカーズ男爵夫人も含まれるから、理解してもらえると思う』
『そんな感じで、中間報告とさせてもらうよ。部分的に曖昧な言い方になっているのは、今は詳しく語る気がないからだ。詳細は報告書として終わった後に提出するから、問題ないよね』
『私達は【楽しく】課題をこなしているよ。そろそろ、新たな派閥の形成に動く輩が出るかもしれないし、そちらも情報収集を抜からないようにね』
「おやおや……随分と楽しそうなご様子で」
ついつい浮かんだ笑みをそのままに感想を述べれば、目の前の王太子殿下は頭を抱えていた。
まったく、真面目過ぎるのも問題だな。シュアンゼ殿下はこれまで殆ど動けなかったのだから、これくらい『遊んで』もいいだろうに。
そもそも、シュアンゼ殿下に同行している者達は、苦境に慣れているような者達ばかり。
特に、友人として同行している二人は、苦難を『様々な実力』(意訳)で乗り越えてきた猛者であろう。
苦難を乗り切ってきたのは、魔導師ばかりではない。
サロヴァーラの公爵家の青年とて、まともな高位貴族としての扱いなど、受けていないに違いなかった。
……ほんの少し前のサロヴァーラという国を知っているならば、嫌でも判る。
王家に忠誠を尽くす数少ない家の者達、忠誠を誓う騎士……彼らがどのような扱いを受けていたかは想像に難くない。
今回とて、あの青年はブレイカーズ男爵家の未来の当主に対し、安っぽい同情など向けていないだろう。
寧ろ、一番厳しい目で見ているのではないかと思う。彼の比較対象はきっと、自国の王族達だろうから。
「シュアンゼ……これは一応、課題だったはずなんだけど」
「立派に務められているではありませんか。ブレイカーズ男爵家の者達との関係も良好なようですし、意識の改善も順調なようです。ああ、煩い親族の家も味方に付けたようですな」
「いや、味方に付けたって言うか、それしか家が残る道はないように仕向けたとしか思えないけど!?」
「それも事実でしょうな。まあ、愚か者が早まったことをした挙句、取り返しのつかないことになったのです。寧ろ、家が残る道を提示されたのは温情でしょう」
さすがにそれを反対する気はないのか、テゼルト殿下が顔を上げる。そして、深々と溜息を吐いた。
「判っているよ。しかも、これはこの国の王族であるシュアンゼにしかできないことだろう」
「サロヴァーラのご友人は公爵家の人間と言えども、部外者。魔導師殿とて同様でしょう。しかし、だからこそ、其々の国から抗議される可能性がある。……シュアンゼ殿下はそれを取り成してくださったのでしょう」
だからこそ、このような状況になっている。それは理解できているらしく、テゼルト殿下も頷いた。
友人二人が気にしないと言っただけでなく、王族であるシュアンゼの介入がなければ、『なかったこと』にはできないだろう。
最悪の場合、ガニアが誠意を見せるためにも、家ごと潰す可能性もあったのだ。
シュアンゼは正真正銘、この『家』の恩人なのである。
……そうなるまでが『誰か』の策だったとしても、かの家が愚かな真似をしたことは事実。
まあ、襲撃を都合よく利用した……というのが本当のところなのだろう。
今回、シュアンゼ殿下には報復することに慣れた黒猫が同行しているのだし。
物は言いようと言うか、建前は大事と言うか……中々に『遊んで』いるようだ。それは手紙の文面の節々から感じられた。
「良いではありませんか。結果が全て、ですぞ」
「いや、私はシュアンゼの方向性を心配しているのであってね……」
「案じるだけ、無駄でしょう。そもそも、最初に『救い』となり、『遊び方』を教えたのは、あの魔導師ですぞ?」
「魔導師殿に感謝はしているが、複雑だ!」
本気で『弟』を案じ、再び頭を抱えてしまったテゼルト殿下の姿に、安堵と微笑ましさが胸に浮かぶ。
我が孫の一人は親から愛情を与えられず、長い不遇の時間を過ごしていたと思っていたが、それだけではなかったと痛感して。
過保護過ぎることは少々、問題だが、シュアンゼ殿下があの魔導師の類似品と化すならば、そのくらいで良いのだろう。
この王太子殿下が善良な分、シュアンゼ殿下は彼の足りない部分を担うことになるだろう。だから……苦難を楽しめるくらいの性格の方がいい。
「まあ、彼らの帰還を待ちましょう。報告書が楽しみですな」
同じくらい、彼の成長が楽しみである。その時の騒々しさを想い、私は楽しげに笑った。
(灰色猫からのお手紙)『楽しくやってるよ♪』
王太子『シュアンゼ……orz』
老公爵『頼もしいじゃないですか♪』
お手紙という名の中間報告に、頭を抱えるテゼルト。
これが予想できたため、ファクル公爵へのお手紙となりました。
なお、ファクル公爵には色々とバレている模様。経験の差です。




