『彼』の帰り道(裏)
――ブレイカーズ男爵家からの帰り道・馬車内にて(元襲撃者視点)
「……」
向かいの席に座っている青年を、俺はじっと見つめた。流れゆく景色を眺めているように見えるが、内心、今後のことを考えているのだろう。
何だかんだ言っても、こいつは真面目に家のことを考えている。
ある意味、こいつも気の毒な奴なのだろう。父親がろくでなしのせいで、母親と先代である祖父からは期待を掛けられているようだしな。
そもそも、その『期待』というのは、父親を追い落とすこととイコールだ。
覚悟を決めるまでに、色々と考えることだってあったろう。
特権階級だ何だと言われている王族や貴族だが、下手をすれば、俺達のような裏社会の人間以上に血腥い歴史を抱えている。
奴らが最優先に守るのは『国』や『家』。そのためならば、血の繋がった親兄弟だろうとも追い落としてみせる連中なのだ。
今回のこととて、血縁同士の争いだろう。血の繋がった甥を傀儡にし損ねた男が、自分を頼ってくるように仕向けるための茶番――俺達が依頼されたのはそういうことだ。
しかし、今回は相手が悪かった。
……いや、正確に言えば、あの頼りないお坊ちゃんと使用人達ならば、何とかなっただろう。
ここ一年ほどは考えを改めたとはいえ、所詮は『甘やかされたお坊ちゃん』。脅せば、それなりに効果があったに違いない。
妙に結束力のある使用人達とて、同じこと。
自分達ならばともかく、あのお坊ちゃんを人質に取られれば、こちらの言うことを受け入れただろうことは想像に難くない。
……ただ。
今回は俺達にとって、予想外の『客人』が、件の男爵家に滞在中だったことが災いした。
何故、王族が男爵家なんかに居るのだ。
何故、他国の公爵家の人間なんて連れているんだ。
何故、あんなおっかない女と第二王子が知り合いなんだ……!
……。
ま、まあ、これに関しては依頼主を責めるつもりはない。誰だって、こんな状況は予想できるはずがない。例外中の例外だ。
そもそも、あの王子様達もおかしいのだ。
通常、王族には護衛の騎士が付くはずだ。それがお忍びであろうとも、変わりはない。
少なくとも、最低限の警備に必要な人数は連れて来るだろう。屋敷の内外に、護衛の騎士達が配備されるはずだ。
……が。
今回は屋敷の周囲どころか、屋敷内部にすら、騎士の姿は見えなかった。だからこそ……俺達も気付かなかったのだ。
いくら何でも、騎士に警備された男爵家になんて手は出さない。要人が居る、と言っているようなものじゃないか。
仕事の失敗が俺達の評価に直結するものであったとしても、さすがに躊躇っただろう。
あの依頼主に対して、俺達は組織の今後を犠牲にするような義理なんてないのだから。
それでも依頼を継続させたければ、もっと高額の依頼料は必須である。もしくは、もっとヤバい連中に依頼し直してもらうしかない。
……まあ、決行することを選んだ俺達にも運がなかったんだろうな。そもそも、あの見た目では、あいつらが王子様ご一行だとは思うまい。
部屋に居たのは、車椅子に座った優男に従者、妙に仕立てが良い服を着た男女。
護衛らしい三人は騎士ではなく、傭兵のようだった。
誰が『王子様ご一行』なんて思うのだ。いいとこ、『貴族の御子息ご一行』だろうが!
連れていた護衛達が家に仕える騎士ではなく、明らかに雇いの傭兵だったこともそう思わせた一因だった。
だからこそ、俺達はあいつらを『貴族であっても、上位ではなく下位の者達』とすら判断したのだから。
……実際には、俺達の想像は大きく外れていたわけで。
俺達は自分達の運のなさを、嫌というほど痛感する羽目になったのだ。
あの傭兵連中と騎士のような男はまだいい。あれくらいならば想定内だし、従者だって俺達の予想を大きく外れた戦闘能力は有していないだろう。
しかし、問題は人質にした『はず』の女と、車椅子の優男。
武器など扱ったことがないと、一目で判る体型の女は……実のところ、あの面子の中でトップクラスにヤバイ奴だった。
刃物を突き付けられているのに、『全く』怯えていない時点でおかしいとは思ったのだ。
……いや、怯えるどころか、楽しそうだった……ような?
まあ、とにかく。
似たような仕事をこなしてきた俺達の目から見ても、女の反応は意外だった。
ただ、貴族は感情を表に出さないよう訓練するとも聞いたことがあったから、その時点では『慣れているだけ』とも思えた。
貴族、特に令嬢は、幼い頃から誘拐の危険に晒されるらしいしな。命の危機だってあるだろう。
そんな生活に慣れているならば、表情を取り繕っているだけ、ということもあるじゃないか。
……実際には、慣れているのは『誘拐』ではなく、『修羅場』だったわけだが。
確かに、あの女は武器を使えないだろう。体型も華奢で、体術が得意なようにも思えない。
しかし、この女は無詠唱の魔法を使う化け物だった。もっと言うなら、魔導師だ。しかも、その性格がヤバ過ぎる……!
つい最近も、王弟夫妻を極刑――執行は一年後だそうだ――に追いやったというじゃないか。話半分に聞いていたが、あれは紛れもない事実だったのだろう。あの女ならば、遣りかねん。
そして、車椅子の優男は正真正銘、この国の第二王子だった。当然、こいつも怯えてなんかいない。
この時点で、俺達の未来は決まった。間違いなく、あの世行きだ。
王族に手を出して、お咎めなしで済むはずはない。魔導師にしたって、聞いた噂は物騒なものばかり。
半分くらいは称賛されていたような気もするが、それを各国の王族が容認している時点でおかしいと思うのが普通だ。おそらくだが、情報操作の一環なのだろう。
……それを裏付けるのが、あの女曰くの『お仕置き』。
得体の知れない化け物達に襲われ、逃げ出せない、『覚めない悪夢』。夢であろうとも、その恐怖は本物なのだ。
どうやら、魔道具で悪夢を見せているだけのようだが、信じられないことに、それは『あの魔導師の世界においては娯楽』だという。
……。
あの魔導師、魔界や修羅の国にでも住んでいたのだろうか?
どう考えても、あれを娯楽という世界はおかしいと思うのだが。
しかし、あの王子様は妙に魔導師と似た感性をお持ちだったらしく。自ら、その魔道具を使った結果……物凄く楽しんでいた、らしい。
見た目こそ華奢で、優し気な微笑みを浮かべているくせに、『あの』恐怖体験が『とても興味深く、斬新で、面白かった』だと……!?
この時点で、王子様に期待するのも止めた。
あれは魔導師と同類の、『ヤバい王子』だ。
そんな連中に目を付けられたのが、目の前の青年。
父親の所業の他に、こいつも従兄弟であるお坊ちゃんの状況を放置していた罪があるようだが、それにしたってあんまりな状況であろう。
……まあ、王族に手を出した事実は消えないから、家を守りたければ、あいつらの期待通りの働きをするしかない。
あいつらも言っていたが、青年とその家を潰さないためには、王子様達の計画に組み込まれるしかないのだから。
温情ではなく、対価を以って交渉し、『必要な駒』として生き残る。
それは温情などではなく、ただの等価交換だ。青年が差し出せる唯一の交渉材料であり、王子様達が欲するものなのだから。
ただ、それは必ずしも必要ではない、とも王子様達は言っていた。確かに、あいつらならばそれがなくとも遣り遂げるのだろう。
しかし、何事も良い方向に捉える奴は居るもので。
「……感謝、致します」
そんな言葉を聞き、遠い目になる。他の奴らも、俺と似たような心境だろう。
青年は示された条件と温情――かどうかは、判らない――に深く感謝し、今や、その期待に応える気満々だ。忠誠を抱いていると言ってもいいほどに。
家を守るため、父親を追い落とす覚悟は本物だろう。しかし、現在ではそれを成し遂げることを、王子様達に認められるための手段のように捉えている……ような?
まあ、いいだろう。こいつの人生だ、好きなように生きればいい。
「……覚悟は決まったか」
あの王子様達の手駒になるための。
そういうつもりで聞いたはずなのに、何を勘違いしたのか、青年は覚悟を決めた顔で深く頷いた。
そうか、諦めがついたのか。まあ、他に生き残る道はないものな。
「ええ。我が家が没落するかは、今後の私の行動に掛かっているのですから」
それも事実なのだろう。だが、この青年は気付いているのだろうか……『どうして、これまで行動に移さなかったのか』を。
おそらくだが、この青年にも父親に対する情というものがあったのだろう。それが最終的な決断を下せずにいた理由。
しかし、今はそれがない。あの王子様達が言葉で誘導し、『家が生き残るための方法』を示し、『ブレイカーズ男爵家の力になる』という存在理由まで与えてしまった。
青年はこの二つに、提示した奴らに、魅せられたのだ。
……『不可能』を『可能』にしてもらったと、そう理解して。
それが悪いこととは言わないが、微妙に心配になるのも本音だった。あの王子様や魔導師は間違いなく……善人ではないだろうから。
まあ、いいさ。俺達も生き残るためにしなければならないことがある。そのための同行だったが、この青年の力になってやりたくもあった。
あの王子様達に乗せられたような気もするが、俺達に後がないのも事実。
……今はあんた達に従ってやるよ、王子様。
襲撃者達『……(こいつ、大丈夫かなー)』
主人公達のヤバさを知っているため、微妙な反応になる襲撃者達。
※来週の更新はお休みさせていただきます。確定申告の季節ですね~。




