『彼』の帰り道(表)
――ブレイカーズ男爵家からの帰り道・馬車内にて(『彼』視点)
「……」
今後のことを思いながら、ぼんやりと馬車の外を眺める。もう少し走れば町を抜けるだろう。
夜に該当する時間帯とは言え、まだ開けている店や酒場などがあるためか、窓から見える風景はそれなりに明るかった。
ただ見ているだけだったならば、人の賑わいや街の明かりは安心するものなのだろう。
だが、私の心は安心とは程遠いものになっていた。思い出すのは、先ほどまでの遣り取り。
愚かな父親が裏社会の人間達に襲撃を依頼したせいで、我が家は洒落にならない状況となっていたのだ。
その襲撃が『脅すためのものであり、怪我をさせる気などなかった』などと言ったところで、何のお咎めも無しに済むはずはない。
……いや、ブレイカーズ男爵家の住人達だけだったら、大したことにはならなかった可能性が高いか。
下手に騒げば、あの家の危うさが浮き彫りになってしまう。その流れで、他家からの干渉を受ける可能性があるのだから。
モーリスが成人したとはいえ、親族達が『当主を務めるには不安が残る』などと言い出してしまえば、当主こそモーリスであっても、事業などに煩く口を挟まれたことだろう。
要は、自称・後見人の傀儡扱いだ。折角、これまで守って来たのに、ここで隙を作るのは悪手であろう。
……だからこそ。
だからこそ……父が多少の行動を起こそうとも、『大したことにはならない』と思っていた。
王弟殿下の派閥が事実上崩壊し、ガニアが今後、荒れることが予想されている以上、高位貴族どころかどんな家だろうとも、他所の家の事情に関わる暇などないだろう。
結果として、父が誰かに助力を願おうにも、手を貸してくれる者が居なくなる。
その予想は当たっていたようで、父は他家に頼ることができず、裏社会の人間達を雇ったのだから。
……だが。
父は日頃の行ないが悪かったのか、とことん運に見放されていたらしい。
何故、『あの』第二王子殿下がブレイカーズ男爵家に居たのだ。
何故、足が悪い筈なのに、お忍びのような状況が許されるのだ。
何故、他国の高位貴族達まであそこに居たのだ……!
予想外を通り越して、悪夢である。
シュアンゼ殿下が通常の王族のように扱われていたならば、警備の騎士達がそれなりに守りを固めていたはずだ。
そんな状況を目にすれば、いくら依頼を受けた襲撃者達だろうとも仕事を中断し、父に判断を仰いだろうに。
……その場合、かなりの確率で、父は襲撃を中断したはずだ。父が小心者であることに加え、襲撃を依頼したことがバレれば、ただでは済まないのだから。
この場合、狙われたのがシュアンゼ殿下ではなかったとしても、問答無用に拘束されたに違いない。
重要なのは『王族が滞在している場所に襲撃を掛けたこと』であり、狙いが誰であったかなどは二の次だ。
そもそも、襲撃を許した時点で、護衛を担当していた騎士達にも何らかの処罰が下る。王族とはそういう存在なのだから。
そんなことを思い出す度に、私へとチャンスと助言をくれた彼らは、確かに優しかったのだと、つくづく思う。
『謝罪する意思があるのは認める。だけどね……【行動が遅過ぎる】のよ』
『……貴方にとって、父親の愚行は都合が良かった。【愚かなことを仕出かした当主に、妻と息子が責任を取らせる】。こんなシナリオかな?』
憶測と言うには、あまりにも的確で。
どう言い訳しようとも、私の謝罪程度で済む問題ではないのだと、嫌でも理解できてしまった。
いや、この場合は『許さない』という選択以外にないのだろう。
私も、父も、この一件を利用することを考えていた。つまり、『彼らがこの状況を黙認すれば、【王族が利用された】という事実が出来上がってしまう』。
顔面蒼白になるのも当然だった。どう考えても、下位貴族がして良いものではない。
その後、最後の悪足掻きとばかりにこれまでのことを語ってみたが、『ただの自分語り』という一言で済まされてしまった。『どうでもいい情報だ』と。
確かに、ブレイカーズ男爵家を主軸にした場合、私の行ないもまた、『利用しようとした』と言いきれてしまう。
そこに加えて、ヴァイスと名乗った男性は隣国――サロヴァーラの公爵家の人間という暴露。
終わった……我が家は私が当主になるまでもなく、没落する。
そう痛感するも、予想外の所から助言がもたらされた。
助言……いや、叱責か? とにかく、私の情けない姿に同情したのか、言葉をかけてくれたのはシュアンゼ殿下の護衛らしい傭兵だった。
『お前は【この家にとって加害者】だ。そして、父親はそれ以上に救いようがねぇ。けどな、お前が自分の家を立て直したいって思っているなら、この二人と交渉すればいいじゃねぇか』
『権利がある・なしじゃねぇ。この二人の目的が【ブレイカーズ男爵家の立て直し】だと判っているなら、自分を売り込めばいいんだよ! てめぇはそれが可能な立ち位置に居るだろうが。足掻け!』
……その言葉を、シュアンゼ殿下達は否定しなかった。
寧ろ、苦笑しながら呆気に取られる私を見守ってくれたように思う。
『私に……交渉する余地は残されていますか?』
やっとのことで、それだけを尋ねる。そして、その答えは――
『貴方があると思えば、あるんじゃない?』
『私達は身分差よりも、互いに利のある話の方が価値があると思っているからね』
足掻いてもいいのだと……交渉に応じてくれると、暗に言われた気がした。
同時に、僅かながら期待してくれているのだと思ってしまう。『居なくてもいい存在』ならば、こんな風に交渉に応じる必要なんてないじゃないか。
「……感謝、致します」
目を閉じ、未来を望める切っ掛けをくれた方達へと感謝を告げる。
ただ温情を与えるのではなく、彼らは私自身が家を守るために奮起する機会をくださった。
遣り遂げた時、それは私自身の誇りであり、戒めとなるだろう。必ず父を追い落とし、あの方達の期待に応えてみせる!
「……覚悟は決まったか」
馬車に同乗していた襲撃者達が、雰囲気の変わった私へと言葉をかけてくる。
彼らは私の手助け――護衛も含む――を命じられていた。彼らから見ても、私に変化が見られたのだろう。
「ええ。我が家が没落するかは、今後の私の行動に掛かっているのですから」
力強く頷けば、彼らは顔を見合わせ、同時に頷いた。どうやら、認めてもらえたらしい。
彼らとて、今後の行動次第で温情を得られるはずだ。できるならば、仕事を全うしただけの彼らにも救いがあれば良いと思う。
――街の明かりが徐々に遠ざかっていく。……人々の営みが遠ざかる。
次に馬車が止まった時から、私の戦いが始まるのだ。それは自己保身のためであり、家のためであり、領民達のためでもある。
その戦いに必ず勝利してみせると、私は一人、決意を固めた。
『彼』「必ず、期待に応えてみせます!」
遣る気は十分な『彼』。
救いが見えた&期待されてる!&父親への殺意が合わさった結果、
シュアンゼ崇拝路線に。
状況を考えると、主人公達の言葉や対応はとっても優しいので、
あっさり騙されました。
カルド『俺達もそんな風に思ったことあったな……』
現実は勿論、こんな感じですが。




