希望の光(笑)其の一
「私は……自分の家を守りたい。父や私の罪は自覚していますが、それでも貴方達に交渉することを望みます」
イクスに怒鳴られたことで覚醒したのか、『彼』の表情は先ほどとは違って見えた。
しいて言うなら……『必死さが窺える』。
イクスに怒鳴られるまでの『彼』は父親のやらかしがどれほどのものか理解できていたこともあり、どちらかと言えば『怯え』が勝っていた。
もしくは『諦め』。少なくとも、私達に対して『何かを望む』という雰囲気ではなかった。
それが今や、明らかに違っている。
家を守らんとする自負が、己を奮い立たせていると言うか。
そんな彼の様子に、私達は顔を見合わせ……楽し気に笑みを浮かべた。
そうそう、それでいいの。怯えたままの手駒なんて、私達に従順なだけのお人形でしかないのだから。
『従順』と言えば聞こえはいいのかもしれないが、言い換えれば、『指示されたことしかしない』という状況を招きかねない。
特に力関係が明確になっている場合、余計なことはしないだろう。
だけど、それじゃ困る。超困る!
私達はずっと面倒を見る気はないんだもん……!
私とヴァイスは他国の人間だし、シュアンゼ殿下だってこの件に懸かりきりというわけじゃない。
ある程度の状況を整えたら、自分で考え、動いてくれなきゃ困るのだよ。
勿論、何らかの不安要素が湧いた場合、面会なり、お手紙なりで、シュアンゼ殿下に相談するくらいは良いだろう。
シュアンゼ殿下とて、自分が初めて関わった案件――シュアンゼ殿下が主体になったもの、という意味で――なので、自分の評価のためにも動いてくれるはずだ。
まあ、その『動いてくれる』が『後始末』(意訳)になる場合もあるのだが。
その時はその時だ。誰にも迷惑をかけない形で潰えてくれ。
「そのために、君は何を私達に提示するのかな?」
交渉に乗る気がある、と思わせるシュアンゼ殿下の言葉に、『彼』の表情がさらに引き締まる。
「貴方達はブレイカーズ男爵家を立て直すことが目的と伺いました。ですから、私は新たに当主となるモーリスを支えます」
「今の君にどれほどのことができると?」
即座に返され、『彼』は唇を噛んで黙り込んだ。
しかし、俯くことはない。やがて、覚悟を決めたかのように『彼』は私達に……『王族であるシュアンゼ殿下を前に』言い切った。
「父を当主の座から追い落とし、私が新たな当主となります。それならば、モーリスを支持する『家』となれるでしょう」
「確かに、君の父上は愚かだね。私が言うのもなんだけど、己の力量以上の野心をお持ちのようだ」
「……ええ。誰の目から見ても、そういう評価になるでしょうね」
さすがに恥と思っているのか、少しは落ち込むらしい。『彼』の表情に憂いが宿るが、それは父親を想ってのことではなかろう。
どちらかと言えば、これまで他者に向けられた目を思い出している気がする。
だって、絶対に『彼』の評価に『あいつの息子か~』(侮蔑)的なものがあっただろうしね。
……が。
この時、私は……いや、私達は『彼』よりもシュアンゼ殿下に生温かい目を向けていた。
いやいや、すっげぇ『彼』の気持ちが判るでしょうね!
寧ろ、判り過ぎて居た堪れなかろう……灰色猫よ。
何せ、シュアンゼ殿下のリアル父親は処罰待ちの王弟殿下なのである。国王憎しのあまり、魔王様の誘拐を企てちゃった生き物なわけですよ!
あれが父親って、何かの罰ゲームじゃなかろうか? 個人的には『前世で何か悪いことしたのかな……?』とか悩んでも不思議はないと思う。
事実、誘拐事件(未遂)のことを聞いた際、シュアンゼ殿下は盛大にお怒りだった。
って言うか、殺意湧いてた! 冗談抜きに目がマジだった。
親代わりになってくれた国王夫妻への敬愛は勿論だけど、それ以上に情けなかったわけですよ。あれ以上の黒歴史って、ないんじゃあるまいか。
そして、『彼』以外の私達はそれを知っている。ゆえに、自然とシュアンゼ殿下に視線が向くわけだ。
「……君達、何か言いたいことでも?」
「痛ましいと言うか、どっかで見たなって言うか」
「……」
「気にすんなよ。親だろうと、別の人間なんだから」
さすがに『彼』に王弟関連の詳細を語るわけにはいかないので、それだけ言って、ポン! と肩を叩いておく。
ああ、三人組がシュアンゼ殿下へと向ける目が優しい。そだな、君達も王弟のクズっぷりを知ってるもんね……!
「……? あの?」
「気にしないでくれないかな。私も君と似たような立場だったから、少し思うところがあるだけだ」
「ああ……そういえば貴方は……。申し訳ありません。お辛いのは殿下も同じでしたね」
『いや、違うから!』
シュアンゼ殿下と『彼』以外の声なき声がハモった気がした。ああ、シュアンゼ殿下は微妙に顔を引き攣らせている……!
いやいや……シュアンゼ殿下は貴方と違うと思いますよ? 追い落とすために、嬉々として色々遣らかしてましたし!
「そう、だね。うん、辛いと思ったのはそれまでで、一度覚悟を決めた後は気分爽快だったかな」
「は?」
「ミヅキの言葉を借りるならば、自分の黒歴史は自分で消す。これまでのこともあったから、どうせならば一度、自分の手で殴りたかった」
そう言いつつ、私が進呈した杖を撫でるシュアンゼ殿下。穏やかなはずの笑みが何だか怖い。
なお、『拘束された王弟夫妻が煩かったら、私が会いに行くよ』と言っていたシュアンゼ殿下だが、どうやらその機会は未だ、訪れていない模様。(ラフィークさん情報)
ファクル公爵が適度に脅しているらしく、それで十分大人しくなるそうだ。煩い割に根性のない夫婦である。
もしも、シュアンゼ殿下が王弟夫妻に会いに行ったら……間違いなく、一発ぶん殴る気だったのだろう。自分の手というか、愛用の杖で。
何度『それは鈍器じゃない! 仕込み杖で魔法剣だもん!』と説明しても、シュアンゼ殿下は鈍器として愛用しているらしく、見る度に杖はつやつやと磨かれていっている。
その度に、テゼルト殿下の視線が痛いのですが。
私が渡したのは杖! 杖ですからね!?
「そ、そうですか……」
何かを察したらしい『彼』が、ドン引きしながらも口を噤んだ。……賢明な判断である。
そんな空気を払拭するように、シュアンゼ殿下がわざとらしい咳払いをする。
……そうですね、話を戻しましょう。
「話を戻すよ。……君に遣る気があるならば、まず、父親を追い落とすだけの証拠を揃えてくれないかな」
「え?」
「『当主』が罪に問われるのは拙いけれど、『悪事を息子に暴かれ、追い落とされた前当主』ならば、家を残せるだろう。勿論、私が利用するため、という建前は必要だけど」
「それは!」
「ああ、なるほどね~。そこに『利用することは私も提案しました!』とでも言っておけば、文句も出ないか」
「うん。ミヅキの邪魔をする方が怖いだろうし」
「黙らっしゃい! そう思わせておいて、私が帰った後に文句を言って来るのを待ってるんでしょうが」
「だって、そこを『納得』させるのが私の役目じゃないか」
楽しそうにしているシュアンゼ殿下を、『彼』は感謝の眼差しで見つめた。大方、『自分のために煩い貴族達を納得させてくれる』とでも思っているのだろう。
……が。
おそらくだが……多分、灰色猫の説得とやらは『納得させる』(意訳)だと思うんだ。
最終的には納得させると言うか、自分の性格を判らせるための餌としてこの案件を使うと言うか。
もっともらしいことを言っているが、自分のために使うだけである。感動している『彼』がシュアンゼ殿下を理解する日は遠い。
「とりあえず、まずは父の追い落としからですね」
遣るべきことが見えたからなのか、『彼』の表情や声に力が宿っている。それをシュアンゼ殿下は満足そうに見つめた。
「追い落とせるだけの証拠が集まったら、一度、見せてもらった方がいいね」
「そうですね、場合によっては追い落としだけでは済まなくなりますし」
叩けば埃が出る階級の皆様なのです。シュアンゼ殿下とヴァイスの懸念は当然か。
ただ、今後が確約されているならば、『彼』とて下手に隠したりはしないだろう。
いっそのことシュアンゼ殿下に洗い浚い提出し、良いように取り計らってもらった方が傷は浅かろう。
「それじゃあ、今後の方針を話しましょうか♪」
さあ、私達のためにしっかり働いてくれたまえ……!
イクス『……』
カルド『何か、感動しているみたいだけどよ。あれってさぁ……』
ロイ『カルドさん、黙って!』
必死なあまり、シュアンゼが優しさに輝いて見えている『彼』。
勿論、それだけが理由に非ず。




