救いか、地獄か 其の五
幻影の紙吹雪が舞う中、クローゼットの扉が開く。
そこに居たのは――
「やあ、初めまして」
とても楽しそうな灰色猫……じゃなかった、シュアンゼ殿下と。
「このような形となり、申し訳ございません。ですが、必要なことであったと理解して頂きたく思います」
こんな登場にも拘らず、側仕えとしての姿勢を崩さないラフィークさん。
そんな対照的な二人の姿に、ついつい生温かい視線を向けてしまう。
いやいや……すっげぇ楽しそうですね、シュアンゼ殿下?
対して、ラフィークさんは相変わらず平常運転。まさに従者の鑑であろう。
……が。
何の説明もなく、そんな二人の登場を目にしてしまった『彼』は物の見事にフリーズ中。
まあ、こちらも予想の範囲なので放っておくが。『盛大に驚く』か『状況に付いて行けずに固まる』ってのが、予想されていたからね。
しかも、私の幻影魔法による紙吹雪付き! 酒が入った面子相手の宴会芸ならば受けるところだが、普通は対応に困るだろう。
そんなことを考えている間に、シュアンゼ殿下達はこちらに移動してきた。そして、当然のように私達の側の席に座る。
あ、ラフィークさんはシュアンゼ殿下の背後に立っている。この人、基本的にここが定位置なんだろうな。
……。
その場所はどんなに些細な主の言葉も聞き洩らさず、いざという時はシュアンゼ殿下を庇えるから。
これまでのシュアンゼ殿下の扱いを知っていると、ついついそんな風に思えてしまう。
いくら状況が変わったと言っても、そう簡単に染み付いた習慣や警戒心が薄れるものではない。
護衛担当の三人組もそれは察しているのか、特に何かを言うつもりはないみたい。
「ほれ、さっさと正気に戻れ」
パン! と手を打ち鳴らすと、『彼』は盛大に肩を跳ねさせた後、ぎこちなく顔をこちらに向けた。
その表情は困惑、混乱といった感情が判りやすく表れており、ちらちらと新たな登場人物である二人へと視線が注がれている。
「え、ええと? その、このお二人は……?」
「この国の第二王子様と側仕えさん」
「は!?」
ぎょっとして、『彼』は二人をガン見した。貴族としては不敬罪に問われても仕方がない態度だけど、今はそんなことを気にする余裕もないのだろう。
ああ、『彼』の慌てぶりを見たシュアンゼ殿下がめちゃくちゃ楽しそうですねー……この一幕の言動だけでも、『彼』だけは助かるかもしれないな。
『面白かったから』という理由で。その後、側近という名の手駒コースかもしれないけど。
「マジ。つい最近、王弟夫妻が罪に問われたでしょ? その功績の一端を担った人であり、王弟夫妻の実子であり、現在は国王夫妻の養子になったシュアンゼ殿下だよ」
「そこまで言う必要、あるかい?」
「実績というか、噂になっただろうことも踏まえて紹介した方が、理解できると思って。だって、当主ならばともかく、貴族全体にはまだまだ顔を知られていないでしょ?」
灰色猫なシュアンゼ殿下は、表舞台に殆ど立ってこなかった。そのため、普通に紹介した程度では本人と信じてもらえない可能性がある。
だからこそ、先にヴァイスの身分提示が必要だった。サロヴァーラにお問合せしてもらえば、確実に確認が取れることだもの。
まあ、他国の公爵家の人間を騙ろうものなら、罪人一直線ですからねー……いくら詐欺師であっても、そんなアホはそうそう居まい。
公爵家の人間なんて、数が限られている。偽った場合の罪の重さも含めると、普通はやらん。
「君は私達の立場を気にしていただろう? そして、私はエヴィエニス公爵家の四男だと名乗った。家に問い合わせてくれても構わない。身分的にも、シュアンゼ殿下と繋がりがあっても不思議ではないだろう?」
「……っ」
ヴァイスの援護射撃に、『彼』は今度こそ私の言葉が事実だと理解したのだろう。顔色はもはや青を通り越して白くなっている。
そして。
当然のように、その視線はゆっくりと私の方へと向いていく。
「さっきも言ったけど、『私は貴族でも、王族でもない』よ」
嘘ではありません。身分的には民間人扱いの異世界人、というだけで。
「だから、私に関しては不敬罪とかないから、安心して」
「そ、そう、ですか……」
「ふふ、自国の王族だけでなく、『二ヶ国の高位貴族に襲撃をかました』なんてことになれば、一族郎党、未来はないものねぇ」
コレでしょ! と言いながら、立てた親指でクイっと首を切る動作をすると、途端に『彼』の目が潤んだ。
……苛めてしまったようだ。事実を言っただけなのになぁっ♪
「こら、ミヅキ。話が進まなくなるから、あまり苛めないでくれないか」
「ええ、ただの事実でしょ!」
「事実であっても、気付かなければ怖がることもない。この場での話し合いがスムーズにできるだろう?」
「……」
微妙に酷いな、灰色猫。それ、『話し合いは重要だけど、こいつらの処罰に口を挟む気はない』ってことじゃね?
しかし、灰色猫には予想外の援軍が存在した。
「まあ、そうですね。国によって定められた処罰というものは、そうそう例外を出せるものではありません。第一、シュアンゼ殿下の幼い頃から、我が子に等しい扱いをなさっている両陛下が納得されるかどうか」
真面目人間ヴァイス、その人である。しかも、助けるどころか、とどめを刺す勢いのお言葉だ。
――なお、ヴァイスは決して嘘を言っているわけではない。
これまでのサロヴァーラがおかしかっただけであって、法による処罰というものは『基本的に』揺らがないからだ。
王家が極端な弱体化でもしていない限り、無罪放免ということはない。絶対に、お叱りの言葉がある。
まあ、処罰対象がとても影響力がある存在だったり、周囲が温情を願うだけの理由があったりした場合は、罪を軽減される可能性もある。
『処罰対象に力がある場合』
・単純に派閥同士のパワーバランスを考慮。その人や家がなくなると国が混乱したり、他国からの干渉を防ぐ存在がなくなるから、居なくなると国として拙い。
『周囲が温情を願った場合』
・非常に真っ当な理由があり、処罰覚悟で行動したから。下手に処罰を強行すると、王家の評価がガタ落ち&内乱の可能性が出る。
こんな感じで、『例外』(意訳)はあるのだよ。まあ、基本的に『他にも影響が出るし、それを避けたいから処罰を軽減』ということだ。
ただ、全くのお咎めなしというわけではない。『処罰を受けた』という事実が重要なので、些細なものだろうとも罰は与えられると推測。
……が。
これは国というか、大人の事情というものが多大に影響している場合であって。
弱小貴族の『彼』のお家はこの『例外』には全く! これっぽっちも! 当て嵌まらないのであ~る!
つまり、『彼』の家はすでに詰んでいる。真面目人間なヴァイス君としては、騎士としての職務もあり、『彼』に状況を理解させようとしたのだろう。
それが結果的に、シュアンゼ殿下の援護射撃になってしまっただけである。……悪意はないと思いたい。
……。
いや、本当に悪意はないよね!? そういうキャラじゃないし!
「さて、今の私達の会話を聞いていたならば、楽観的に考えることなんてできないと理解してくれたと思う」
「……っ」
言葉もない『彼』のことを気にする素振りさえなく、シュアンゼ殿下は穏やかに話し出す。
その口調や表情は優しいと言ってもいいものであって……『彼』だけでなく、三人組も恐怖を覚えたようだった。
ただし、私とヴァイス、そしてラフィークさんは怖がるどころか満足げ。
だって、シュアンゼ殿下は『王族』じゃないか。
それも『テゼルト殿下のため、忠誠ある悪役を目指す』と言っている。
いくら優しそうに見えたとしても、その本性が優しいとは限らない。側仕えであるラフィークさんとて、主のこういった姿は誇らしいだろう。
寧ろ、これくらいの厳しさや残酷さを見せてくれたことは、私達にとって好印象&評価爆上げだ。
だって、私とヴァイスには報告の義務があるからね?
其々の国に『シュアンゼ殿下がどういう人なのか』という情報を持ち帰れることは喜ばしいことなのです。
まして、私達は友人同士。仲良しのお友達が王族として相応しい態度を取れることが素直に嬉しいのだ。
――シュアンゼ殿下の決意が言葉だけのものではなかったと、はっきり判るのだから。
「それじゃ、話し合いを再開しようか」
私達の胸の内を知ってか、シュアンゼ殿下はどこか嬉しそうに笑った。
従者『主様、ご立派です……!』
黒猫『やっちゃえー♪』
三人組『やっぱり、教官の同類だった!』
登場の仕方はアレだし、見た目は優しげですが、中身は別物・灰色猫。
明けましておめでとうございます。
今年も宜しければお付き合いくださいね!




