襲撃と娯楽は紙一重
目には目を。罠には罠を。
「さて、説明してくれますよね?」
食事会の翌日、魔王様の執務室に呼ばれました。アルとクラウスも一緒。
まあ、『予想は正解』だって言った以上は説明してもらわないと動けんわな。
異世界人とはいえ民間人、下手な事をすると婚約者や保護者にも迷惑が掛かります。そうなると絶対に『最良の結果』は望めないだろう……現に今、私を協力者に仕立て上げているくらいだし。
「自力で真相に辿り着くのは君らしいけど……うん、辿り着いた理由がね……」
「御自分が今回に限り優し過ぎた自覚は無しですか」
「そんなに厳しいかな?」
「基本的に『武器をあげるから自力で狩って来い』という方針ですよね?」
「……」
「……」
「ええと……一応、ごめん」
「今更ですから御気になさらず」
ええ、本当に今更ですとも。寧ろ過保護にされても不気味です。
御自分のキャラを考えてくださいよ、魔王様。
優しさ溢れる人物なら『魔王』で通じませんしね、普通。日頃の行いって重要。
「まあ、そろそろ本題に入ろうか。君の推測どおり、今回は君に協力してもらうしかない」
軽く溜息を吐くと話し出す魔王様。
おや、随分と苦戦しているようです。何て珍しい。
「グランキン子爵の背後に居る人物、ですか?」
「何故そう思う?」
「アル達が公爵家の人間だと知って簡単に黙るような三流悪役ですよ? あの人。それに今回のディーボルト子爵家関連で十分潰せるでしょう」
そもそも後が無い。公爵子息様達が揃って『不愉快だ』と言ってしまえば本人達の人気も手伝って関わる奴は居まい。
昨日見た限り人望無さそうだし、親族連中も絶対に手を貸さないだろう。
あ、親族連中は意外に良い働きをしました。早速グランキン子爵が悪評を流そうとしたみたいだけど、その場で事実を突きつけられ言い負かされたみたい。
事実を広める事と同時にグランキン子爵達を徹底的にマークして、何か言い出したら即潰す方法をとったらしい。
確かに確実です、しかも参加者自ら正しい情報を提供するので逆にグランキン子爵の立場が悪くなるだけですね!
……今更っぽいけど。
「君の言う通りグランキン子爵だけならば問題は無い。だが、ある人物がグランキン子爵を庇っている限り手は出せない」
「……『庇っている』?」
「そう。長年国に尽くし、王や側近達の信頼も厚い人物でね。今回の事が無ければ私達も信頼するだろう」
へえ? 魔王様達が信頼するってことは相当だ。
そんな人が何故『あれ』に味方してるんだろう? 価値があるようには見えないけど。
そんな疑問が顔に出たのか、魔王様は深く溜息を吐く。
「うん、私達にもそれが判らない。だけど、彼があちら側に付いている以上は手が出せないんだ」
「それは身分的な意味で、ですか?」
アル達は公爵『子息』なので本人達の身分は騎士だ。魔王様はあくまで『彼等の背後に居る人』であって、行動できるわけじゃない。
王族が権力を振り翳して強行するような真似をすれば、それに倣う貴族が出てくるかもしれない。
悪の手本になるわけにはいかないのです。そうなったら『あの方だとてやったではないか!』という言い訳に使われるのがオチだ。
「身分もそうなんだけど、どちらかといえば彼の実績と周囲の信頼の方が厄介だね」
「その人に何らかの落ち度は無いんですか?」
「無いんだよね……本当に今回の事は謎なんだ。王の信頼さえ得ている人物の言葉は無視できないし、彼が何らかの悪事に関わっている形跡も無い」
謎だ。何その状況。
逆に言えばグランキン子爵が増長したのはその人の所為だと思うのだが。
「我々は既に警戒されているから絶対に隙を見せないだろう。唯一の例外が君なんだよ」
「ある意味正しい表現ですけど、それ以前に相手にされていないと思います」
「いや。グランキン子爵が必死になっているからね……嫌でも君の情報は入ってくるだろう。しかも君の情報は制限されているから知ろうとするなら一度は接触するしかない」
「その接触が私にとって最初で最後の機会なんですね? 私がその人を『捕まえる』機会であり、同時に向こうが私の評価を下す場でしょう」
「そのとおり。少なくとも君は我々が用意した証拠でグランキン子爵を追い詰めているわけではないからね、後はどれだけ興味を引いて負けを認めさせるかだ」
「うっわあ、難易度高っ!」
接触するだけなら確実だろう。ただし、逃げられる可能性も十分あるわけで。
話を聞く限り相当頭が回る人物のようですねー、立ち回りも上手いとみた。
あれ、私って保護されている居候だった筈……何故そんな面倒な人の相手をする事に?
「どのみちグランキン子爵を何とかしない限りディーボルト子爵家は今後も迷惑を被ると思うよ? というわけで頑張って」
「そこで『私達の為に』とか言わないあたり罪悪感はあるんですか」
「うん。でも結果を出す方が優先」
にこり、と天使の微笑で魔王様は鬼畜な発言をなさった。
でしょうねー。優先すべきは国ですよね、やっぱり。
優しさ全開の貴方なんて魔王様じゃありませんしね、期待はしてません。
「苛立ち・葛藤・各種八つ当たりはグランキン子爵に向けたいと思います」
「死なない程度に自由にやっていいよ。証拠さえ消しておけば追求しないから」
それくらいは許されますよね? と暗に問えば頼もしい御答えが返って来た。
いいのか、それで。しかも大変いい笑顔なのですが、実はお怒りでしたか。
アル、クラウス。そこで『自分達は何も聞いてません』的な態度をとってる以上は了承したとみなすぞ?
「何か問題が?」
「手伝って欲しい事があれば言え」
ああ、報復には賛成なの。しかも余計な事なのに無駄に協力的ですね?
……それ、騎士としてじゃなく個人的な感情じゃね? やっぱり怒ってた?
「それから一応伝えておくよ。グランキン子爵を庇っている人物はレックバリ侯爵。高齢で一見温厚だが嘗めて掛かると痛い目を見る人物だ」
侯爵、ね。確か公爵の次に偉いんじゃなかったっけ。
高位の実力者か……ま、やるだけやってみますか。
※※※※※※※
そんな会話があったのは数日前。
グランキン子爵は予想通りのクズでした。
「ぐ……かはっ」
「な、何だ、こいつら。騎士といっても大した事無いんじゃなかったのか!?」
呻いて転がる数名を焦りの表情で見る残り一名。こいつがリーダーですかね?
「おいおい、弱過ぎるだろ」
呆れを滲ませながらも踏み付ける足に力を込める男性一人。
「仕方ない人達ですね、本当に」
手際よく拘束しながら時々痛めつける男性が一人。
彼等の共通点は『一般騎士の服装』をしていることと『髪と瞳が明るい茶色』であること。
「お馬鹿に期待する方が間違ってますわ」
口調も服装もいつもとは違う上に、二人と全く同じ色彩の髪と瞳になっている私が呟く。
そう、『全く同じ色』。
双子はともかく妹まで同じ、ということは滅多に無い。若干の差は出る筈である。
それ以前に兄妹でも本人達でも無いしな!
あまりに単純に引っ掛かる襲撃者の皆様よ、少しは疑えよ。
冗談で仕掛けた悪戯にこうも引っ掛かると受け狙いかと思うじゃないか。
いや、ウケ狙いでやってるのは私達の方なんだけどね!? 宴会芸的なノリだし。
同じ位の背の一般騎士二人+小柄な女性+全員明るい茶色の髪と瞳
まさかこれだけの条件で身代わり可能だとは誰も思うまい。
襲撃を予想して身代わりやらかしたら見事大当たり!
『馬鹿だな』と思いつつも本物達に接触されても嫌なので娯楽の一つにしてみました。
題して『クイズ! 私達は誰でしょう?』!
『参加にあたっての注意事項』
・男性騎士は同じ位の身長で相棒を決める
・魔道具で髪と瞳の色を変えること
・髪型は騎士sを参考に
・服装は一般騎士で(貸し出し有り)
私の場合は
・的になる時は貴族令嬢の装い
・同行の騎士達を『兄様』と呼ぶ
・基本的に攻撃しない
……といった条件だったりする。完璧に遊んでます。
だって、寮とディーボルト子爵家の往復だけなのに毎日襲撃あるからねぇ……普通に拘束しても退屈だし、遊んだっていいじゃないか。
なお、髪型や身長の関係で参加できない人は使用人に扮して御供ということになった。
アルは先日のクラウスカラー+眼鏡で執事になっていたり。……楽しそうだな、公爵子息。
しかも非番の近衛騎士さん達(食堂に来る人達です)も混ざっていたりする。
『一応身分詐称になるんじゃ?』と思って魔王様に聞いたら、あっさり許可がでました。
「襲撃されている以上、彼等を守るのも役目だよ」
という言葉と共に『ディーボルト子爵家の人間を警護せよ』という命令が下った。これなら『囮として偽ってました』という言い訳が立つ。
よし、これで正式に御仕事です。飛び入り参加した近衛騎士は『お手伝い』ですよ、ええ。休日出勤扱いで給料出してくれとも御願いしておきました。
遊んでいるようにしか見えない? 翼の名を持つ騎士の行動じゃない?
私達の性格を知らなければ仕事に見えます! 気の所為ですよ、気の所為。
ちなみに。
あまりにお粗末な襲撃者達を不審がっていたら、騎士達があっさり答えてくれた。
「足がつかないよう、ゴロツキを金で雇っているんでしょう」
……なるほど。写真なんて無いし、下手に肖像画とか魔道具使ったらバレるだろうね。持っている人が限られるもの。曖昧な部分を補う意味で数が多いのか。
それでなくても『ディーボルト子爵家に出入りしている明るい茶色の髪と瞳の男女』と言っておけば外れは少ない。
使用人と貴族って明らかに違うし、あの家の使用人達は誰も明るい茶色の髪をしていなかった。
特に騎士sは確実な的である。妹付きなら更に外れはあるまい。
此処ら辺が内部を良く知る者の依頼だと思わせる要素なのだが、グランキン子爵は気付いていないだろう。……お馬鹿。『一家に恨みを持つ』という事と合わせて容疑者一直線だろうが。
尤も、それを予想し遊ぼうなどと言い出す奴が居るとは向こうも予想外だっただろうけど。
単なる護衛としての同行だったら襲撃者達も襲わなかったかもね。
クリスティーナにはブロンデル公爵夫人が付いているから絶対に大丈夫だとクラウスが言っていた。
ディーボルト子爵以下御子息達は仕事の都合と偽って同行者という名の護衛が常に付いているので問題無し。
消去法で私達の『遊び』が成り立つわけです。
ああ、騎士s? 今も食堂の隅でいじけてますが、何か?
参加者達に癖などを研究されて落ち込んでますが、何か?
妹の為なんだから協力を惜しむんじゃない!
「……こんなことで騙されるなんて。仮装じゃないか、これ」
「焦っているのかアホなのか良く判らん……」
「暗殺目的じゃないから本職雇えないんじゃないの? 雇ったらバレるし」
「「だからって娯楽に仕立てることはないだろーがっ!!」」
煩いぞ、騎士s。人生にはちょっとした遊び心というものが必要なのだよ。
八つ当たりの許可も出ていることだし、恥ずかしい失敗談が増えても今更じゃないか。存在自体が既に恥ずかしい人なんだしさ。
「あのな、俺達は血の繋がりがあるんだが……?」
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
確かに嫌だ。そんなアホと血の繋がりがあるなんて。
でも報告の義務があるから魔王様は今頃大笑いしてるんじゃねーの? と言ったら黙った。
まあ、元気出せよ。
「いいじゃん、犯罪者どもは捕獲次第『事情聴取という名の脅迫』が行なわれてるから洗い浚い暴露してくれるし」
「お前、少しは暈して言えよ」
「暈したよ? 正しくは『待機組と飛び入り参加の近衛達が防音完璧な部屋に襲撃犯達と共に篭って武器・魔法何でも有りの脅迫という名の説教をしてる』だもの」
マジなのです。命惜しさと恐怖に自主的に話してくれるから事情聴取とはなっているけど。
そんなに怖いかねー? ああ、でも先日の近衛騎士達直々の事情聴取は怖かったらしく酷く怯えていた。やっぱり近衛だと慣れてるんだろうか。
白黒騎士は娯楽の意味が強いもんね。事情聴取といっても温度差がありそうです。
……尤も襲撃者にはほんの少しこちらに協力してもらうつもりなんだけどねー?
クリスティーナの居場所を探られても嫌なので襲撃されるまま実行犯捕獲の日々。
ブロンデル公爵夫人が付いている上、屋敷の守りもあるのでクリスティーナは安全です。