今後の予定
――間借りしている一室にて
「……以上が、襲撃犯達からの情報になります」
ロイの報告に、皆は一様に考え込む様を見せた。
「ふーん……やっぱり、まともな親族も居たんだぁ」
報告によると、襲撃犯達の依頼主の息子さんは話が通じそうな感じみたい。
ただ、父親のしていることに反対していると言うより、『我関せず』という姿勢を貫いているだけのような気がしなくもないが。
それでも十分、話し合いをする価値はありそうだ。少なくとも、父親よりは冷静に今後のお話ができそう。
「まともと言うより、王弟達の一件があって、下手に野心を見せている場合じゃないと気付いた……ってだけじゃないのかな」
「わぁ、シュアンゼ殿下辛辣!」
「だって、本当にまともだったら、最初から父親を諫めるだろう?」
『ああ……』
皆の声がハモった。前述した『王弟殿下の一件が原因』ということも含め、実に説得力のあるお言葉である。
「ですが、現在のガニアの危うさ……いえ、『嵐の前の静けさ』とも言える状況に気付いているだけでも、父親より優秀そうですね」
「そうだね、ヴァイス。私もそう思っている。ミヅキだって、それだけは同意見だろう?」
「うん、『それだけ』はね」
こっくりと頷くも、私の答えに、シュアンゼ殿下は苦笑する。
何だよー。良いじゃないか、疑い深いのは悪いことじゃないぞぅ。
「教官はそいつを信じるべきじゃないって考えなのか?」
「ん~……『自分に火の粉が降りかからない限り、静観する』って感じに思えちゃうんだよね。だから、何か不都合が生じたら速攻でモーリス君達を切り捨てたり、盾にしようとしかねないかなって」
「つまり、信頼がないってことか」
「はっきり言えば、そうなるね」
イクスは私の意見を確認したかっただけなのか、反論する気はないみたい。他の二人もそんな感じらしく、反論めいた言葉はなかった。
「とりあえず、今後の行動で最優先になるのは、お説教……もとい、話し合いという名の脅迫を行なうのは、その息子ってことになるのか」
「教官、脅迫って……」
「カルド、建前ってのは大事なんだよ。暴力沙汰になった場合だって、それを『犯罪』として扱うか、『ちょっと気が高ぶって、手が出ちゃっただけ』で通すかで、その後の対処が違ってくるじゃない」
『犯罪』……騎士様、カモン! 加害者はこいつです!
『ちょっと気が高ぶって、手が出ちゃっただけ』……喧嘩しただけです。騒がせてごめんなさい。
ほれ、これだけ違う。当然、貴族社会での認識も然り。
なお、今回みたいに向こうが先に手を出した後では、『お説教』で通してしまった方が互いにダメージが少ないだろう。
と言うか、ガニアでは『魔導師=おっかない』(意訳)的な認識が根付いているため、手を出した家は間違いなく、避けられるようになる。
誰だって、巻き添えは怖いのだ……誰が魔導師から敵認定されたいものか。
そういった事態を避けるためにも、今回は元凶である父親に全ての罪を背負わせた挙句、隠居に追い込む……という形がベストかな。
今回、襲撃を画策したのが父親だけっぽいから、奥方&息子さんには是非とも追い落しをお願いしたいところ。
ブレイカーズ男爵家との関係改善のためにも、『私達は父親とは違います!』と盛大にアピールして、元凶たる父親をポイ捨てしていただきたい。
なに、金も能力も地位もない、戦闘能力さえない野心家なんざ、ポイ捨てしたところで怖くない。
万が一を考えて、『魔導師の敵です』と言う噂を流せば、味方をする物好きも居ないだろう。
「ということは、まずはその家への抗議でしょうか?」
その場合の準備があるためか、ラフィークさんが珍しく口を挟んできた。……が、私は首を横に振る。
「こっそり息子さんと接触する方が良いと思う」
「おや、あちらの家に非を持たせないおつもりですか?」
「うん。息子さんがどれほど家の内部を掌握しているか判らないけど、『貴方だって、自分の家の評価を下げたくないでしょう?』って感じに交渉するからね」
「なるほど」
ラフィークさんの言い分は、貴族社会では正しいのだろう。人の家を訪ねるにも、先触れを出すのが普通だしね。
内々に収めることを希望していたとしても、襲撃沙汰なんざ、抗議されて当然です!
ただ、正式な抗議として襲撃の一件を使ってしまうと……最悪、その家がなくなる可能性が出てしまう。
一応、モーリス君達と血の繋がりのある家だし、今回の交渉次第で味方(?)に引き込む可能性も出てきたため、それは遠慮したい。
「シュアンゼ殿下もあの襲撃の被害者である以上、抗議するだけでも効果はあると思うよ? だけど、そうすると『何故、王族がブレイカーズ男爵家に居たのか?』って疑問の方が話題になるだろうし、嫌でも目立っちゃうでしょ」
現在、ブレイカーズ男爵家は立て直しの真っ最中。モーリス君が未熟なこともあり、下手に注目を集めて時間を取られるより、ひっそり目立たずにしておきたい。
目立つならば、もう少し後になってから。最低限でもお貴族様同士の会話をかわせるようにしておきたいし、逆に、そこから『モーリスというブレイカーズ男爵家の新当主』を知ってもらってもいいだろう。
「まあ、私もミヅキの意見に賛成かな。今は極力、目立たない方がいいだろう。モーリスがもう少し力を付けているなら、そこから会話を広げて人脈を作ることも可能なんだけどね」
「そうですね。モーリス様が努力されていることは判るのですが……やはり少々、頼りない印象を抱かれてしまうでしょう」
シュアンゼ殿下の言葉に、ラフィークさんが言葉を選びつつも同意した。
ラフィークさんはこれまでシュアンゼ殿下に向けられた悪意を言葉でかわしてきた実績があるので、『お貴族様同士の会話は怖い』(意訳)と知っているのだ。
こんなところにも、モーリス君の行動の遅さによる弊害が表れている。
前々から準備していたならば、人脈作りの良い機会になったろうに。
「まあ、ないものを惜しんでも仕方ないよ。今後、必要だったら、私が何かしらの理由を付けて機会を作ればいいんだし」
「きちんとした会話ができることが前提だよね?」
「当然。私に恥をかかせたいならばともかく、人脈を作る機会を得たいならば、必死になるんじゃないかな?」
「わぁ……」
「当然でしょう。折角、その機会を作って頂いたというのに、無駄にするなどあり得ません」
灰色猫、いい笑顔である。男爵家の新米当主が、王子様(笑)に招待された上に恥をかかせるなんてとんでもないので、モーリス君は必死になるしかないだろう。
……シュアンゼ殿下は『好意で機会を作ってあげる』的な言い方をしているけれど、何のことはない、単なるスパルタ教育である。
ヴァイスは『当然!』とばかりに賛同しているが、意味が判ってしまっている三人組は顔を引き攣らせていた。
ですよねー、『王族からの招待』ってことでも気が重いのに、そこが人脈作りや会話術のテスト会場なんだぜー……喜ぶ人はあまり居なかろう。
哀れなり、モーリス君。今後のスパルタ教育は確定だ。
「さて。じゃあ、気分を切り替えて」
パン! と手を打ち鳴らし、皆の視線を集中させる。……これ以上、この話題に触れたくないからじゃないぞ。違うったら、違う!
「あの襲撃犯の一人に、息子さんへの伝言を頼もうか」
「逃げませんか? 裏切る可能性もあるかと」
ヴァイスは心配しているようだが、私はにやりと笑って首を振る。
「私から……魔導師から逃げられると思う?」
ぶっちゃけ、無理だと思うんだ。
勿論、お使いに行く際には発信機モドキな魔道具――以前の誘拐事件の際に、私が身に着けた奴ですな――を着けてもらうけど、それと同時にこう言おうと思う。
『逃げたら、各国で指名手配をしてもらう』
『その後の身の安全は保障しないし、温い対応はないと思え』
『きちんとお仕事をして帰ってくれば、襲撃の件も温情を願おうじゃないか』
……実のところ、襲撃犯達はか~な~りアウトな状況なのである。
理由は簡単、『襲撃した中に、シュアンゼ殿下という【王族】が居たから』!
私は民間人だし、ヴァイスも個人的な休暇中。ただし、シュアンゼ殿下のみ『王家公認で、ファクル公爵の課題中』。
公務とは言わないが、休暇で遊びに来たわけでもない。どちらかと言えば、男爵家の立て直しという『お仕事』なのだ。
そんな状況の王族を襲っていれば、ねぇ……? まず、助からねぇぞ?
「何だよ、殿下のことを切り札にするんじゃねぇのか?」
当然、そのことに思い至っていたらしいカルドが不思議そうに尋ねる――彼らとて、重罪に該当すると知っている――も、私は笑顔で首を横に振った。
「それは最終手段。その前に私が個人的に報復した方が怖いと思うよ?」
「……。何をするつもりだ?」
「え~? まあ、色々と」
証拠さえ残らなきゃ、いいんです。そもそも、先に手を出してきたのは襲撃犯の方だし、私は人質にされてますからね!? 誰がどう見ても、『被害者』よ?
「ミヅキを人質に取った以上、報復されても『誰も』同情しないだろうからね」
そう言うならば、生温かい目で見るのは止めれ。灰色猫よ。
黒猫&灰色猫『逃ガサナイヨ』
うっかり冷静な対応をしてしまったため、
息子さんは猫達のターゲットになりました。
ただし、家が無事に済む可能性も浮上。




