その後の彼ら ~シュアンゼ達の場合~
その後の彼ら ~シュアンゼ達の場合~
――間借りしている一室にて
「とりあえず、何とかなりそうね」
マリアベル嬢の見極め終了! とばかりに宣言する。未成年を切り捨てることに抵抗を覚えていたらしい三人組も、どことなく安堵の表情だ。
……が。
それはあくまでも『速攻でポイ捨て&ブレイカーズ男爵家の立て直しに邪魔にならないようにする(意訳)』という未来を回避しただけである。
ぶっちゃけ、首の皮一枚程度繋がっただけ。
あと数年あると言っても、マリアベル嬢ができることってかなり少ない。
立派な淑女を目指すことなんざ、大前提。婚活に燃えるお嬢様達は数少ない良縁を得るためにもっと早くから努力しているだろうし、家の伝手だってあるだろう。
つまり、今から頑張ったところで、良縁獲得レースからは外れている。
そもそも、より良い相手と婚約を結びたいのは向こうも同じ。
家同士の繋がりのために幼い頃から婚約している人達は除外するとしても、我が子に良縁を結ばせたい親達は優良物件の情報収集に勤しんでいるはずだ。
これは我が子の将来を案じているというばかりでなく、家の今後にも関わってくるので、手を抜けないとも言う。
……いくら本人がまともでも、借金塗れの家とか、家族に問題がある場合は遠慮したかろう。最悪の場合、共倒れが待っている。
で。
マリアベル嬢の場合、『家』という括りではそれほど問題はない。
モーリス君が覚醒したこともあり、このまま行けば『大きな問題を抱えていない男爵家』程度の評価は得られると思う。
言い方は悪いが、可もなく不可もなくといった同格程度の相手ならば問題なし……という感じになる。
少なくとも、モーリス君の場合はそうなるだろう。家の後継ぎということもあり、嫁いでくれる人はいると思う。
『継ぐべき実家がある』ということは、一種のステータスなのだから。借金もないようなので、贅沢を言わなければ大丈夫だと思われる。
対して、マリアベル嬢の場合。
彼女は今後次第ではあるけれど、現時点では『特に旨みのない令嬢』なのだ。
特出した才能を発揮しているわけでなく。
事業を起こし、財を築いているわけでもない。
顔は……貴族としてはまあ、普通。
お貴族様って、親を後見にして商会を運営しちゃう未成年とかいるからね? 他には研究に勤しみ、何らかの成果を出しちゃったりとか。
ここら辺が民間人との大きな違いだと思う。民間人は大人であっても『まず金ありき』なの。金がなければ、商売にしろ、研究にしろ、最初の一歩が踏み出せない。
次点で人脈だろう。貴族は良い師に教えを乞うことが可能ということもあるけど、才能を見せ付ける機会に恵まれるもの。
貴族の場合は最初のハードルがなきに等しいため、才能があった場合は、未成年と侮れない。情報収集の大切さがよく判る一面です。
残念ながら、マリアベル嬢は現時点でそのどちらにも当て嵌まらず、誰もが見惚れる美貌でもない。
勿論、民間人基準ならば、十分に可愛いと思う。……が、王族や貴族って、『血筋』か『才能』か『顔』で婚姻を結んできた人達なので、顔立ちが整っている人が多い。
彼女とて、ヴァイスに見惚れていたじゃないか。あれは公爵家の血筋というものも大いに影響していると推測。
だって、ヴァイスは男性、それも騎士。その上、サロヴァーラはこれまで『あの』状況だった。
身なりに気を使うと言っても最低限だったろうし、容姿を磨くような性格でもないため、素の状態で『お嬢様に素敵と思われる顔立ち』なのだよ。
……。
まあ、ヴァイスは王家派だったこともあり、それほどモテなかったようだが。
貴族のご令嬢とて、自分の今後が掛かっているのだ……将来性は重要だってことですね!
……話を戻して。
そういった感じなので、マリアベル嬢は婚活にかなり出遅れていると思われる。
いくらマリアベル嬢が『素敵!』と思っていようとも、相手に断られたらお終いだ。
多分、その時の『お断りの言葉』に後妻さんのことが挙げられるだろう。元は令嬢とは言え、元高級娼婦の居る家はお断り……みたいな?
マリアベル嬢は後妻さんに反発していたみたいだけど、こういったことも反発した理由なんじゃないのかなー? と思うのです。
そりゃ、相手からしたら便利な『断る理由』だもん。マリアベル嬢に諦めさせる意味でも、『断った理由は貴女じゃないの』(意訳)と言われたら、諦めるしかない。
「何とかなると言っても、それはこの家のことに関して、だよね?」
「うん」
苦笑しながら尋ねてくるシュアンゼ殿下に、きっぱりと頷く。シュアンゼ殿下とて、私と同じ考えに至っているだろう。単に、確認をしただけだ。
「あ? そりゃ、どういうことだ?」
「マリアベル嬢に縁談があるかは別問題ってこと」
訝しげなイクスに即答すると、三人組は顔を引き攣らせた。ただ、ラフィークさんとヴァイスは苦笑するのみ。
彼らは貴族階級の人なので、私達がどうしてそう判断したか気付いているのだろう。
「選ぶならば、良縁を。……そう思うのは誰だって同じだろう?」
「まあ、そりゃそうだが」
「貴族令嬢は幼い頃から必死になる者も多い。自分の人生が掛かっているからね」
「出遅れているどころじゃないっていう話だよ、イクス」
苦笑しながら説明するシュアンゼ殿下に、追い打ちする私。ただ、そこまで言えば理解できたのか、三人組は複雑そうにしながらも黙り込んだ。
「そもそも、この家にそんな余裕などないだろう。家の立て直しで精一杯……モーリスが若いこともあるけど、彼も家のことで手一杯なんだ」
「それも含めて、彼女は自分で動かなければならなかったはずなのですが」
「まあね。兄の負担を考えたら、自分でできることは自分でやるべきだった」
ヴァイスも同情する気はないのか、中々に辛辣だ。だが、ヴァイスの言葉が全てである。モーリス君に余裕がないことくらい、マリアベル嬢だって察せただろうにね。
「高望みしなければ、縁談はあると思う。だけど、この家に彼女が頼るだけの余裕はない。……実家を頼れない・実家に価値がないと婚家に思われる令嬢って、割と大変だと思うよ? だから、個人的には民間人との婚姻推奨。商人の奥方ってのも、今の彼女には厳しそう」
厳しいようだが、これが現実だ。ただ、マリアベル嬢はヴァイスに見惚れるような『夢見る乙女』的な一面がまだあるので、そういった現実に向き合えるかどうか。
「ええと……それ、本人に伝えなくていいんですか?」
控えめながら、ロイがマリアベル嬢を案じるように口を出す。そんな彼に対し、私とシュアンゼ殿下は顔を見合わせ――
「厳しい現実に直面した方が理解できると思うからね」
「しいて言うなら、『後妻さんを理由に断られる可能性があるけど、それは都合よく後妻さんのことを言い訳にしているだけだから。貴女自身に価値がない』って伝えるくらい」
「シュアンゼ殿下はともかく、教官は酷くね!?」
「だって、それが現実だよ。血が繋がっていない上に、仲良くもないじゃない。そこで後妻さんのせいにすれば、彼女はまた成長できない子に逆戻りだよ」
カルドの突っ込みは理解できるが、全てを後妻さんのせいにするのは無理がある。
寧ろ、後妻さんと仲が良ければ淑女教育は問題なかったろうし、縁談も取り付けてもらえたかもしれない。
まあ、その場合は後妻さん予備軍みたいな認識をされるので、それなりに有能でなければならないだろうけど。
「判りやすく言うと、『現実を見ろ』。要は、一度は痛い目を見ろってことだよ。必要ならば、知り合いに頼んで盛大に振ってもらおうか。ヴァイスとか、どうよ?」
「ふむ……構いませんが、折角の機会ですから、私が判る範囲で駄目出しでもしますか。ただ、泣かれても困りますね」
「泣くだけで終わるような子なら、修道院にでも行った方が平穏に過ごせるんじゃないかな」
意外にもヴァイスは乗り気だが、続いたシュアンゼ殿下の言葉に三人組は顔を引き攣らせた。
ただ、これはシュアンゼ殿下が意図的に脅かしているのではない。王弟夫妻の一件があるため、ガニアの貴族社会は本当に荒れることが予想されるからだ。
「一年後の王弟夫妻の処刑後、多分、貴族社会は荒れるよ。何せ、最大勢力だった王弟一派が崩壊するんだ。今は誰もが様子見だけど、今後は野心を見せる者が出るかもしれない」
「ちなみに私はシュアンゼ殿下のお友達枠だから。味方するから。って言うか、王家派じゃないからね? あくまでも『個人的なお友達』」
「……うん。ありがとう」
「微力ながら、私もお味方させてください。実家に縋るのは情けないですが、他国の公爵家との繋がりは無視できないはずです」
私とヴァイスの言葉に、シュアンゼ殿下は少しだけ照れて、それでも嬉しそうに笑う。
……あの、ラフィークさん? 感涙するほどのことじゃないですよ? つーか、私の『助力』って、魔導師が暴れることとイコールですからね!?
覚えてますよねぇ……私がガニアでしたことを!
灰色猫『本人に欲してもらうだけの価値があれば良いねぇ?』
首の皮一枚で繋がっても、今後が安泰とは限らない。
なお、ヴァイスは生まれた時から王家VS貴族の状態だったため、
『様々な意味で強くなければ生き残れない』を痛感している人。
そのため、言うことが意外と厳しいです。




