妹さんの帰宅 其の六
「皆が必死になって、家を守ろうとしている。ねぇ、貴女は……『何をしてきた』の?」
そう問いかけると、マリアベル嬢は判りやすく動揺した。即座に反論が浮かばないといったところか。
……実はこれ、ちょっとばかり意地悪な問いかけなのである。
マリアベル嬢のような貴族のご令嬢って、当主や父親が婚姻を決めることが大半だから。
勿論、恋愛結婚をしても良いと言ってくれる場合もあるけど、跡取りでない限り、大抵は『家を出る』ということになるだろう。
家で何らかの仕事を担当しているとか、家の事業に携わっているといった理由があれば違うのだろうが、成人したてのご令嬢がそういった状況になっていることは稀だ。
と言うか、女性が積極的に事業に携わることを良く思わない人も居る――男性優位と言うか、小賢しいと思われてしまうため――ので、結果を出すまでが茨の道だろう。
私がほぼノーマーク扱いなのはこういった事情が原因。
見た目から『小娘に何ができる?』と思われているわけですね!
なお、私はありがたくその扱いを受け入れつつも裏工作に勤しむため、彼らの思っている『小娘』とは別物である。
敵を陥れてなんぼというのがお貴族様なので、隙を見せた相手の過失であり、私に非はない。……ないったら、ない!
……話を戻して。
実のところ、マリアベル嬢が『兄が縁談を探してくれる』と思っていたとしても、彼女の年齢ならば何の不思議もないのであ~る。
それで済まないのは偏に、このブレイカーズ男爵家の事情が原因だ。
マリアベル嬢の場合、特殊なケースなの。しかも、親族が頼りにならないというマイナス要素も追加されているため、更に厳しい。
マリアベル嬢がそういった危機感を抱かなかったのは、モーリス君と同様に『意図的に誘導されていたから』だろう。
優しい親族がいるならば、面倒見てもらえると思うよね。
両親存命時からそれなりに親しくしていれば、期待するよね。
……本来ならば『二人が頼るべき大人達』なのよ、ブレイカーズ男爵家を狙っている奴ら。
しかも、傍目には保護者よろしく面倒を見ているように見えるため、第三者が下心に気付いても抗議し辛いというおまけ付き。
マリアベル嬢の友人達が彼女の置かれた状況――ブレイカーズ男爵家の事情あれこれ――を知っていたとしても、当のマリアベル嬢が楽観的なことを口にしているため、『ああ、きちんと考えてもらっているのね』と思われていた可能性もある。
そう思ってしまうことの方が多いのだ。民間人だったとしても、血が近い親族が未成年の面倒をみることって割と普通だもん。
後妻さんが親族ではない全く無関係の貴族達を相手にしたのも、こいつらに対抗できる手段がそれしかなかったからだと推測。
使用人達が味方していなければ、後妻さんは追い出されていた可能性もあるからね。寧ろ、一番の邪魔者は後妻さんだ。
彼女が元高級娼婦ということもあり、それを全面に出した上で『子供達も拒絶している』と言ってしまえば、どうしたって子供達に懐かれている親族に軍配が上がる。
それが成されなかったってことは……後妻さんの読みは見事に大当たりした、ということだろう。ファクル公爵のように動いてくれた人が居たかもしれない。
貴族だからこそ、血の繋がりって厄介なのだ。マリアベル嬢に危機感がなさ過ぎるのも事実だけど、親族達が『他者からの視点』や『一般的な保護者代理の対応』を上手く利用できる人だったことも大きな理由。
一言で言えば、『お子様達にとって、相手の方が上手だった』。
まあ、そういった『お家乗っ取り』的な問題はちょくちょく起きるらしいので、そこまで同情しないけど。
見事に乗り越えた人達だって居るだろうし、敗者となっても腐らずに新たな家を起こしたりする根性のある人も居るので、精々が『大変だったね』と気遣う程度です。
余談だが、『大成した後、復讐する』という愉快な人達もいらっしゃるようなので、モーリス君には是非ともこのルートを歩んで欲しいものですな☆
……そんなわけで。
私達にもマリアベル嬢に対する多少の同情はあるわけですよ。だから、今後の展望と言うか、どうしたいのかを聞きたいってのが正直なところ。
ぶっちゃけると、最低限ブレイカーズ男爵家の敵にならない……いや、後妻さんやモーリス君の邪魔をしなければ問題ないと私は思っている。
そのために厳しいことを色々言って、危機感を持たせているわけですよ。要約すると『自分の未来は自分で勝ち取れるようになりなさい』。実家に期待するな、ということです。
「私は……何もしていませんわ」
反発するかと思われたマリアベル嬢だが、意外と素直に自分の非を認め出した。
「ミヅキ様は『子供だから』という言い分で許す気はない。そういうこと、でしょう……?」
「……。まあ、そんなところだね」
どちらかと言えばシュアンゼ殿下の方が厳しいのだが、彼女は無意識なのか、意図的なのかは判らないが、『ミヅキという民間人に対して』今の答えを示している。
マ リ ア ベ ル 嬢 、 そ の 判 断 、 大 ・ 正 ・ 解 !
灰色猫なシュアンゼ殿下は『この国の王族』であり、『ファクル公爵から課題を出された張本人』。そして、私達はあくまでも『協力者』。
つまり、『私に間違ったことを言っても、即アウトにはならない』!
この一件、決着は完全にシュアンゼ殿下次第。よって、シュアンゼ殿下が『モーリスとブレイカーズ男爵家【は】何とかするよ。あ、妹はやる気がないみたいだし除外で』と言ってしまえば、それもまた一つの選択された未来なのだ。
ファクル公爵も中々に厳しい人みたいだし、マリアベル嬢に同情することはないだろう。そういった厳しさもまた、王族や貴族には必要なのだから。
私がそんなことを思っているなど知らず、マリアベル嬢は考えながらも言葉を紡いでいく。
「私はずっとお兄様が縁談を考えるものと思っていました。家のためになるような縁談、という意味ですが。ですが、私自身に売り込む価値……政略結婚の駒としての価値があるかと問われてしまうと……全く思い至らないのです」
「……」
自覚、できたんだー!?(驚愕)
あら、割と理解力がある。もしや、誘導次第で何とかなる扱いやすい人種……じゃなかった、教育次第で何とかなる素直なお嬢様だったんだろうか。
おお、これならポイ捨てしなくてもいいかもしれない。良縁は無理でも、裕福な民間人とか同格の三男あたり――騎士か文官になって、家を出ている人――なら、何とかなるかも。
あ、ヴァイスは止めとけ。彼はもれなく反王家な貴族の敵&王家最優先という、夢見る乙女には厳し過ぎる地雷持ちだから。
現状、あの国の王家派騎士の家族って、自衛できないと報復で死ぬ。いや、割とマジに。
「今からでも間に合うのでしょうか……」
「厳しいんじゃないかな、良縁とかは早い者勝ちだし」
「……っ」
灰 色 猫 よ 、 本 人 の や る 気 を 潰 す な よ 。
「君が自分の置かれた状況に気付けたのは喜ばしいけど、これまでの君の姿を周囲の人達は知っている。変わったと思われたいなら、結果を出すしかない」
バッサリと言い切ったシュアンゼ殿下の言葉にマリアベル嬢が固まるも、続いた内容に納得できてしまう。
うーん……確かに、今からでもできることって、猛勉強して才女の片鱗を見せるとかしかないような。
マリアベル嬢が何らかの才能を持っていれば、それを売りにすることも可能だろう。しかし、その才能を伸ばしたり、結果に繋げる時間はない気がする。
「高望みをしないこと。そして、実家の不利になるようなことはしないよう心掛ける。今の君ができるのはそれくらいだろう。寧ろ、まずはそこからだよ」
「あ~……『感情優先の言動の自粛と、物事を広い視野で見れるようになれ』ってことね」
「うん。ミヅキは理解が早くて助かる」
にこりと笑うシュアンゼ殿下だが、マリアベル嬢は顔色が悪い。……『その程度のことすらできていない』と言い切られたからだな、これは。
ただ、言っていることは間違っていない。こんな言葉が出るってことは、シュアンゼ殿下も『とりあえず救済ルートでいい』と判断したってことだろう。
ただし、あくまでも『とりあえず』という程度。
やる気がないなら、即座に切り捨てられる立場に置くってことだもの。
「君次第、ということだよ。貴族は迂闊な言葉で足を掬われることも多い。自衛できないならば、文官や騎士との婚姻の方が安全だからね」
……落としているんだか、救い上げているか非常に微妙なところですが。
とりあえず妹さんは大丈夫みたいだよ? 良かったねー、モーリス君。
灰色猫『補欠合格程度で、今後次第って感じかな』
黒猫『確かに、今のままだと貴族に嫁ぐのは拙いかも』
なまじ貴族同士の蹴落とし合いを多々経験しているため、これでも救済案。
灰色猫の言葉はきつめだけと、嘘は言っていない。




