妹さんの帰宅 其の二
目の前の少女――モーリス君の妹さんを、私は秘かに観察した。
ちらちらとヴァイスを気にしているのは単に、彼が妹さんの好みの男性……ということだろう。
ただし、その行動が彼女自身をお馬鹿に見せているのは言うまでもない。
だって、席に着いているのは私とシュアンゼ殿下であり、ヴァイスはその背後に立っている。
つまり、現在のヴァイスの立ち位置は間違いなく『護衛』。
この家の立て直しに力を貸す人ではない、ということだ。
なお、これは私提案の『罠』である。
ラフィークさんは常にシュアンゼ殿下の傍に居る上、服装から見ても、従者ポジションということが誰でも判る。年齢的にも食いつくことはないだろう。
そして三人組では王族の護衛として見られるか怪しいので、高位貴族にして騎士でもあるヴァイスに『あからさまな護衛ポジション』と言う立ち位置を取ってもらったのだ。
これならばヴァイスも妹さんと向かい合う形になるので、気が付くこととかあるかもしれないしね。
が。
妹さんよ……お前、家の立て直しに協力してくれる王子様を前に、その態度はどうよ?
今は好みの男に見惚れる場合ではないし、そんな態度を取って良い場でもない。感謝しつつも、必死さをアピールして助力を乞う時ですよー?
当たり前だが、ヴァイスは無表情を貫いている。気持ち的には不快に思っているだろうけれど、『妹さんには無関心』というアピールも兼ねて、表情には出していない。
ああ、灰色猫? こちらはモーリス君達へ『気付いているよ!』とアピール……もとい、苦笑中。
可 哀 想 に 。(大笑い!)
シュアンゼ殿下のこれまでの言動の数々を覚えているならば、怖くて仕方がない展開だろう。
事実、モーリス君と家令さんは顔を引き攣らせている。それでも口を出さないのは……私達が事前に『お願い』(意訳)しているから。
『妹さんがどんな反応をするか見たいの♡』
(訳)『妹がお馬鹿か見極めるから、邪魔すんな♡』
……こんな感じで、笑顔で脅は……いやいや、お願いしておきました。勿論、事前の暴露もNGです。
三人組が後退りしていようと、使用人の皆様が顔色を真っ青にしていようと、些細なことなのです……!
第一、妹を野放しにしたのは彼らである。そんな余裕がなかったのかもしれないが、後々、拙いことになると判っているなら、最優先で躾けるべきだろう。
その罪を自覚するためにも暫し、生きた心地がしない時間を過ごしてもらおうじゃないか。
なお、後妻さんは最初の話し合いが効いたのか、諦めモードで私達の提案に頷いてくれた。そもそも、彼女の言うことなど聞かないだろうしね。
私がそんなことを考えている間に、自己紹介を兼ねた一時は始まった。漂う紅茶の香りだけが、平穏さを醸し出している。
「第二王子のシュアンゼだ。ファクル公爵からの『お願い』で、君の兄上が当主となれるよう助力している」
初手は灰色猫。ファクル公爵からの課題を『お願い』と言ったあたり、早々に後妻さんの話題を出すつもりなのだろう。
ちなみにこれも『罠』である。
言い方は悪いが、現在のブレイカーズ男爵家に公爵家と繋がりがある、もしくはその伝手があるという人は居ないので、消去法で後妻さんの功績であることが判るだろう。
シュアンゼ殿下の言葉をきちんと聞いて、この家の状況を理解できていれば、後妻さんの悪口めいたことは言えなくなるはずだ。
後妻さんに反発していようとも、今現在、私達を繋いでくれたのは後妻さん。
間違っても、貶める内容のことは口にしてはいけない。
と、言うか。
私達は後妻さんの働きに拍手喝采――私とシュアンゼ殿下だけでなく、ヴァイスも含む――だったので、悪く言われて不快に思わぬはずはない。
私達が認めた人を明確な理由なく貶めるって、私達の価値観を否定することとイコールだから。
後妻さんの行動は『女性は貞淑であるもの』的な考えを持つ人からすれば受け入れられない。それは事実だし、否定する気はない。
ただし、後妻さんは『阿婆擦れと呼ばれても仕方がない行動』を好んでいるのではなく、『家を守るための手段』として使っている。
だから、彼女は自分の噂を否定しないし、何を言われても言動を変える気はなかったのだろう。だって、意味が全く違うのだから。
貴族である以上、家の存続は最重要案件じゃないか。
見方を変えれば、『体を張って家を守った女傑』だぞ?
なお、王族や貴族は彼女の行動を否定することができない。物凄く広い目で見た場合、政略結婚なんかもこれに該当しちゃうから。
支援と引き換えに婚姻を結ぶことなんざ、人身売買モドキですよ? 突かれて困るのはお互い様。
……まあ、後妻さんの行動の裏に気付いている人も居るから、彼女の悪評を口にするのは女性が多いのだろうけど。
後妻さんを警戒して、悪意ある噂を振りまいている場合もあるしね。『皆が阿婆擦れを嫌悪している』というのは間違いです。
妹さんはそこに気付いていないのかもしれない。だから、『私だけじゃなく、皆が言っている!』という主張の下、外でも当たり前のように批難していた可能性がある。
妹さんは未成年なので、『その可能性もあるよね~?』とは話していたんだ。だから、今回はその思い込みを壊すことも目的の一つ。
「私はミヅキ。シュアンゼ殿下の個人的な友人だよ」
「私は最近、表に出るようになったばかりだ。だから、心配して同行してくれたんだよ」
ええ、あくまでも私達は友人同士です。国から付けられた護衛とかじゃないぞぅ。身分や職業なんかも口にしませんよ、そこはモーリス君達と同じ扱いさ。
「あら……そうですの」
王子様には護衛が付くという認識だったのか、妹さん――マリアベル嬢はやや意外そうな顔になった。
ちらりとヴァイスに視線を走らせたのは、『もしや、この人もシュアンゼ殿下のご友人?』といった心境からだろうか。
……。
そだな、ヴァイスは近衛騎士と思うのが一般的か。
次点で『長男・次男ではない高位貴族令息』だな。
優良物件だけど、男爵家には手が届きそうにない立場……みたいな認識でもしたのだろうか。先ほどよりも少しだけ気落ちしたように見えますな。
……ただし、人によってはマリアベル嬢の態度が『期待外れ』とも受け取れてしまうわけでして。
モーリス君は盛大に顔を引き攣らせた。室内に居る使用人の皆さんも顔色が悪い。女性陣に至っては卒倒一歩手前の人も居るだろう。
そこを更に煽るのが、灰色猫なシュアンゼ殿下。
「おや、期待外れと思わせてしまったかな」
すまないね、と謝罪し、腰が低い様を演出。見た目だけなら『華奢で優しげな、淡い色彩の持ち主』なので、大変、説得力があります。
「い、いえ、そのようなことはっ」
「おや、それとも……私の友人『達』が気になるのかい?」
「え!? そ、それは……」
慌てて謝罪しようとするマリアベル嬢の言葉を遮って、シュアンゼ殿下は私とヴァイスに視線を走らせる。
……。
ああ、釣りですね? 判ります、釣りを楽しんでるんですね……?
食いつきそうな情報をちらりと流せば、予想通りに動揺した様を見せるマリアベル嬢。しかし、彼女は混ぜられた悪意に気付いていない。シュアンゼ殿下は『友人達』と言ったのだ。
そう、『友人達』。つまり、複数形。そこには当然、私も含まれるわけですよ。ヴァイスのことだけを指しているわけではない。
私とヴァイスは『シュアンゼ殿下にとって二人とも友人』と言っているわけです。対等というか、近い立場、みたいな?
そして、マリアベル嬢はヴァイスに好意だか興味を持ち始めている。となれば、ねぇ……?
「今、護衛を担ってくれている彼はヴァイスというんだが、ヴァイスはミヅキと『とても』仲が良いんだよ」
「え……」
曖昧な言い方に、マリアベル嬢の視線と興味が私へと向く。
「先日も二人だけで遊んでいたよね。狡いよ」
先日のこと=サロヴァーラでのあれこれ。私が個人的にサロヴァーラへと遊びに行ったし、護衛兼案内役としてヴァイスがずっと一緒に居たので、『超大雑把に考えれば』間違ってはいないだろう。
……ただし、それは恋人達や親しい友人同士が『キャッキャ♪』と遊ぶようなものではなく。
サロヴァーラのクソ貴族どもを締め上げ、脅し、女狐様に大いに貢献していただけだ。ヴァイスに至ってはお仕事である。
「すみません。お誘いできれば良かったのですが」
「いや、判っているから気にしなくていいよ。私も君達の邪魔をするほど無粋ではない」
ヴァイスが謝罪の言葉を口にすれば、更に誤解を招く発言をするシュアンゼ殿下。その瞬間、マリアベル嬢の視線が僅かに鋭くなった気がした。
……。
煽 っ て や が る な 、 灰 色 猫 。
なお、シュアンゼ殿下とヴァイスは別に嘘を言っているわけではない。単に、誤解するような言い方をしているだけである。
『君達の邪魔をするほど無粋ではない』
→『サロヴァーラの内部事情もあるし、他国の王族は関わらない方がいいよね。判ってるよ!』
何のことはない、『他国のことだから関われない』というだけである。
ただ、私が大人しくしているとは思っていないため、サロヴァーラ貴族への対処が通常のものとは異なっていること(意訳)をシュアンゼ殿下達は知っている。
そのことを言っているだけなんだけど、物の見事にマリアベル嬢は誤解したらしかった。
ちらりとシュアンゼ殿下に視線を向けると、どこか楽し気な青い瞳とかち合った。その目は間違いなく『煽れるだけ煽ったよ! 後、宜しく!』と言っている。
どうやら、シュアンゼ殿下なりに私がやりやすい環境を整えてくれた模様。しかし、それだけではない。切っ掛けは初対面時のマリアベル嬢の態度だろう。
マリアベル嬢は家のことよりも、ヴァイスに興味を示していた。
だからこそ、シュアンゼ殿下は煽ったのだ……『彼女が家のことを最優先に考えられるか』を見極めるために。
興味で終わればいい。だけど、家のこと以外の話題にあっさり乗ってくるようでは困る。
言い方は悪いが、私達はマリアベル嬢を信頼していない。ブレイカーズ男爵家の人々も似たようなもので、彼女に後妻さんの真実は伝えられていないという。
そんな子に対し、私達が説得なんて時間を割くはずはない。必要なのは『感情で物事を考えるか、否か』ということへの見極めだ。
はっきり言って、これが彼女の分岐点となるだろう。余裕がないブレイカーズ男爵家にとって、不安要素は排除すべきもの。
つまり……この場での遣り取りで、彼女の今後――ブレイカーズ男爵家に残せるか、否か――が決まるのだ。
まあ、折角、シュアンゼ殿下が整えてくれた見極めの場だ。この場での役割もあるし、ありがたく利用するとしましょうか。
「ふふ、いいでしょ。二人で色々と楽しんだの」
とりあえず、余計に誤解させるようにしてみよっかなー!
黒猫&灰色猫『キャッキャ♪』
忠犬『嘘は言っていない』
三人組『猫達に転がされてる……!』
言葉をよく聞いて、状況を理解できていれば、何の問題も無し。
その果てに待つのは、彼女の未来。
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