舞台裏 ~身内限定~ 其の二
「彼女の足止めはテゼルトに頼んでおいたんだ。彼女自身の伝手を使われて、何らかの方法で回避されてしまわないようにね。王族、それも王太子が動いているんだ。聡い貴族ならばまず、動かないだろう」
微笑んだまま語るシュアンゼ殿下に、裏工作をした罪悪感めいたものは見られない。
……。
正確に言うと、『仲の良い従兄弟……いや、忠誠を誓ったはずの王太子を利用することへの罪悪感が感じられない』。
これは少々、予想外。三人組も意外だったらしく、少し驚いた顔をしている。
「さっきの遣り取りを思い出す限り、その判断は正しかったようだ。もしも、彼女が最初から……いや、私達と同時期にここに戻っていたら、遣り難いことこの上なかっただろうね」
「遣り難い?」
「うん。間違いなく気付かれて、モーリス達への『誘導』は妨害されただろう」
シュアンゼ殿下の意図するものが判らなかったのか、カルドが問い掛ける。その問いかけの答えを貰ったにも拘らず、カルドは訝しげな表情のままだった。
「遣り難いって言うけどよ、結局はあの女とあんた達が目指している決着とやらは同じなんじゃねぇか?」
「そう……ですね。多少の差はあれど、教官達がファクル公爵からの課題をこなす以上、目指すものは前男爵夫人と同じですよね。それでは駄目なんですか?」
カルド同様に不思議に思ったのか、イクスとロイが続けて問い掛けてくる。そんな三人の姿に、私とシュアンゼ殿下、ヴァイスは顔を見合わせた。
「うん、そう思うのも無理はない。物凄~く広い目で見れば、『同じ決着』を目指していると思うよ?」
「教官、その含みのある言い方は何だよ?」
「だから、『物凄~く広い目で見れば』って言ってるじゃない。さっきも言ったけど、私達はファクル公爵からの課題をこなしたいだけ。対して、後妻さんはブレイカーズ男爵家を守りたい。似ているようだけど、これ、意味が違う」
「ああ?」
カルドは未だ、理解できないらしい。……当然かな。この三人組って基本的に、善良な性格をしているのだから。
つまり、その違いは『善良ではない人間目線』ってこと。言うまでもなく、それは私達だけでなく後妻さんも含まれる。
「私達はモーリス君が当主に就任すれば、それで課題達成。だけど、ブレイカーズ男爵家にとっての苦難はそこで漸くスタート地点に立ったようなもの。……『今後』があるの。重要なのは……大変なのは『これから』なんだよ」
私達は部外者なのだ。モーリス君に『当主就任、おめでとー! じゃ、さよなら』で終わってしまっても問題なし。
寧ろ、それが当たり前だろう。王族であるシュアンゼ殿下が男爵家の新米当主と懇意にする旨みはないし、私とヴァイスはシュアンゼ殿下に協力しているだけ。
「それにさぁ……ぶっちゃけて言うと、私とヴァイスはシュアンゼ殿下という接点があって、初めてこの家に関われる。他国の人間が色々口を出しちゃ駄目でしょ」
「あ~……そこらへんは何となく理解できる。教官やヴァイスにそんなつもりはなくとも、ガニアに恩を売ったとか、シュアンゼ殿下に貸しを作った、みたいに捉える奴が居そうだよな」
納得できるのか、頷くカルド。どうやらシュアンゼ殿下の傍に居ることで学習しているらしく、こういった話題にも付いて行けるようになった模様。
イクスとロイも納得できるのか、カルド同様に頷いている。彼らが面倒見のいい性格だろうとも、そこらへんの区別はつくらしい。
順調に教育されていっているようです。子飼いとして成長しています。
「だからこそ、ファクル公爵は『課題』という形を取ったのだろうね。私が見返りによる配下を欲したのではなく、安っぽい同情を向けたわけでもない、と言い切れるように」
「こういったことは流石、ファクル公爵様だと思わざるを得ませんね」
「あの爺さん、本当に素直じゃないわ。気付かないならそのままだけど、気付いた場合は立ち回りに気を使わざるを得ないもの!」
ヴァイスは素直に感心しているようだが、私からすれば意地悪なことこの上ない。
気付かなかった場合は後々、付け込まれるようなポカをやらかしかねないが、気付いていれば、その点を踏まえた行動ができる。
しかも、どちらに転んでも完全に自己責任。
シュアンゼ殿下へのスパルタ教育は既に始まっている模様。
「……あんた達を見てると、あのお坊ちゃんには不安しかねぇよな。甘いっつーか、馬鹿正直っつーか」
「イクスさん、モーリスさんは成人したばかりなんですから……」
「そうは言っても、頼りないことは事実だろうが。……。なるほど、あの後妻はそれが判っているから、殿下達を今後も利用しようと狙うと思ったんだな?」
これまでの会話でピンときたらしいイクスが、探るような目を向けてくる。そんな彼に対し、私は――
「正解! あくまでも予想だけど、後ろ盾になってもらうよう誘導するとか、弱みになるような情報を握って、後ろ盾になってもらうように『交渉』したかもね」
笑顔でパチパチと拍手すると、イクスは嫌そうな顔になった。
「貴族って奴はそれが普通なのかよ」
「まあ、自分第一に考える人も居るけど、あの後妻さんは家を第一に考えているみたいだったし」
「ですが、周囲から向けられる目が厳しいことになりませんか? 男爵家を王族が気に掛ける……なんて」
ロイの疑問、ごもっとも! しかし、その点は大丈夫(?)だったりする。
「その場合はモーリス君達じゃなくて、後妻さんに疑惑の目が向けられるでしょうね。だって彼女、得た情報ですでに色々と遣らかしているみたいだし」
「あ……!」
「厳しい目どころか、泥を被るなんて今更でしょうよ。しかも、これまでの自分への認識を利用して『あの悪女はついに王族にまで手を出したのか』って言われるよう、誘導するかもしれないじゃない」
……実際には予想どころか、ほぼ確実にそうなるだろう。
恩知らずと言われようが、シュアンゼ殿下が『悪女に何らかの弱みを握られた王族』と見られようが、お構いなしに仕掛けてくると予想。
「そんな噂が流れれば、私は払拭すべく動かざるを得ない。そして証拠隠滅と思われないためにも、ブレイカーズ男爵に手は出せない。結果として、私は『盾』の役割を担うことになるんだ」
「主様は今後、お力を付けねばなりません。逆に言ってしまえば、興味本位で接触してくる輩を黙らせてしまえ……ということなのやもしれませんね」
「ああ、その機会をくれてやるから、ブレイカーズ男爵を宜しくってことか」
「はい。そういった意味も含めての行動になるかと」
主従の会話に、三人組は揃って微妙な表情になった。単純に利用するだけではなく、シュアンゼ殿下にとっても利があることを踏まえるからこそ『交渉』なのだと、気付いたのだろう。
「ってことは、あの後妻の到着を遅れさせたのは……」
「こちらの弱みを握る機会をなくすため、だよ。だって、ここは彼女の……ブレイカーズ男爵家のテリトリーなんだよ? しかも、使用人達は彼女に絶大な信頼を置いている。ミヅキみたいに『弱みを仕立て上げればいい』なんてことになったら、大変じゃないか」
「おい、その教官みたいにってのは何だ」
「必要ならば、ミヅキはやるからね。だから、ミヅキは各国の要人達に恐れられているんだよ。自分が泥を被ることになろうとも、『必ず』結果を出すから」
「誉め言葉でしょ。結果が全てだもの、異世界人凶暴種で合ってるわよ」
「だよねー。あれを侮辱としか思わない輩って相当、視野が狭いと思う」
からからと笑いながら話す私達に、深く頷いているヴァイス。三人組は呆れるべきなのか、感心すべきなのか判らず、とても微妙な表情になっていた。
「まあ、馬鹿な話は置いておいて! ……後妻さんの到着を遅れさせたのは『使用人達を巻き込んで小細工させないため』だよ。この家のためと言うのも嘘じゃないから、私達がやったように誘導されてしまえば、この家の人間全てが『敵』になる。課題をこなす以上、余計な手間は避けたいじゃない」
「先ほどの遣り取りを振り返っても、それが単なる予想とは思えないからね。やはり、テゼルトに頼んでおいて良かった」
「随分と頭が回る女性のようでしたし、それを踏まえて、魔導師殿はあのようなことを仰ったのですね」
パン!と手を打って結論を述べると、シュアンゼ殿下が同意を示す。そして、ヴァイスの言葉により、再び私へと視線が集中した。
「正解♪ お互いを深く理解し合う時間なんてないんだし、手っ取り早く『余計なことすんな♪』と判ってもらうために脅した」
「身も蓋もないことを言うなよ、教官……」
「あはは! でも、効果は絶大だったでしょ? 泥を被るのが平気な奴は彼女だけじゃないし、悪巧みするのも彼女だけじゃない。ただ、私には魔法(物理)というカードがあっただけ。こちらを利用しようと考えなければ、無事なんだよ? 問題なし」
後妻さんとて、ブレイカーズ男爵家がなくなっては困るのだ。しかも、モーリス君に尋ねたところで私の立場は判らないので権力者という線も捨てきれず、否定する要素がない。
第一、私達もファクル公爵からの課題はきっちりこなすつもりなのです。欲をかかなければ何の問題もない。
「ま、あの場で話を聞いていた人達も顔色を変えていたし、少しはお勉強になったでしょ」
「仕掛ける相手はよく見極めろ、ということですね」
「私が居なくともシュアンゼ殿下は国王一家と仲良しなんだから、行動する前に気付けて良かったね」
自国のことを思い出しているのか、ヴァイスは何度も頷いている。そんな彼の姿に何かを察したのか、三人組も漸く納得したようだ。
ただ――
「教官か、国王一家か……何て言うか、どちらに転んでもシュアンゼ殿下に喧嘩を売ってたら、この家は終わったよな」
そういうことです。でも、わざわざ口にする必要はないと思うよー? イクス。
……この会話、誰かに聞かれているかもしれないからね☆
黒猫『物理で脅しましたが、何か』
灰色猫『あれは必要な警告だよね』
最も警戒されていたのは後妻さん。
しかし、猫達の対策は万全でした。




