其々の思惑+α
後妻さんの笑みが引き攣ったことを確認し、私は内心、大笑い!
彼女の警戒対象はシュアンゼ殿下――王族なので、あらゆる情報を得ていると思っていただろう――だったろうが、唐突にダークホースが湧いたのである。
しかも、私はモーリス君ですら『他国の人間』ということしか知らない。
後妻さんが物凄~く優秀な情報源……もとい、高位貴族と繋がりがある可能性もあるけれど、魔道具に記録していない限り、私が以前やらかした『あれこれ』(意訳)とは繋がるまい。
理由は簡単、私の見た目が原因だ。
残念ながら、私はカルロッサの宰相補佐様に『小娘』と呼ばれる見た目なのである。
ぶっちゃけると『威厳がない』。例を出すなら王や高位貴族の当主とかだろうか。
彼らとかはその地位に相応しい能力があるだけでなく、他者を圧倒するようなオーラ? がある場合が多い。
それらを前提にすると、噂に聞く『異世界人の魔導師様』と私がイコールにならんのだ。
『足掻く者に手を差し伸べ、国を正しい形へと導いた断罪の魔導師』
『泥を被ることを厭わず、最良の決着に導いた功労者』
こんな噂が流れてるんだぜー……誰が聞いたって、私とイコールにならんだろ。
騎士sと揃って、『誰のこと?』と首を傾げたのも良い思い出さ。だって、私は自分を善人路線で策に組み込んだことなんてないんだもん!
聖人様とか、ティルシアとか、『頑張る人達(意訳)の協力者』になったことは事実である。それは事実なんだ、嘘ではない。
……が。
私の言動は表に出せないものばかりなので、彼らもほぼ『魔導師殿には世話になりました』くらいしか言えないのだよ。
我、裏方。ついでに言うと、半分以上、売られた喧嘩を買っただけ。
『バレなければいい!』とばかりに、善人とは真逆の行ないをしております。勿論、後悔したことなし。
咎められないのは、『結果と功績をあげるから見逃して♪』(=互いに利があるなら、黙ってろ!)となっているからであり、各国の協力者達が共犯のような立ち位置になるからだ。
国とは一枚岩ではない。そして、善行が良い結果をもたらすとは限らない。
重要なのは『国にとって最善の結果』であり、正義じゃないのだ。
そういった思惑が絡み合った結果、『玩具をあげるから遊んでいいよ♪ 結果を出してくれたら、罪には問わないからね♡』(超大雑把に意訳・たまにそのまま)という暗黙のルール的なものができているのであ~る!
私が恩を売ったり、人脈を作ったりできるので、これは根が善良な魔王様も公認さ。
お叱りは単に、私を案じてくれているだけ! 敵を作ったり、良いことばかりじゃないからね!
恩を売ったり、貸しを作ったり、弱みを握るのはいつものこと。
私も毎回、情報はしっかり得ているので、今後も仲良くしようじゃないか。
私は『お知り合い達』(意訳)に頼みごとをするけど、それはお互い様なのだ。
お互いを上手く利用し、今後も問題に取り組んでいきたいものである。
……そして、そんな状況だと知っているのは当事者と周囲の極一部だけでして。
結果として、後妻さんのように『噂程度の情報は得られるけど、直接目にするような場には参加できない』という立場の人だと、まず間違いなく私が魔導師とはバレない。
後妻さんが王弟夫妻の断罪の場に居たら、一発でバレていただろう。彼女に他家の味方が少なかったことも、私達に有利に働いた。
「ふふ、安心して? 私達はファクル公爵からの『宿題』はきっちりこなすつもりだから」
「宿題……」
「こちらも試されている、ということだよ。まあ、あの人はそういう人だから」
「そ、そうですか」
『宿題』発言に微妙な表情になった後妻さんは、続いたシュアンゼ殿下の言葉に顔を引き攣らせる。
しかし、これはシュアンゼ殿下の優しさなのだ。後妻さんにとっては救世主にも等しい救い手なのだろうが、あの爺さんはそんな優しい人ではない。
後妻さんやシュアンゼ殿下のことを気に掛けてくれたのは事実だけど、あの爺さんの遣り方は割と放任なのである。
冗談抜きに『切っ掛けは作ってやるから、後は自力で頑張れ!』という感じ。魔王様とは別の意味でスパルタ傾向です。
「良い方向に捉えればいいじゃない。少なくとも、貴女は目を掛けてもらえたんだから」
結果を出すことも期待されてるけどな。
「ある意味、この家を知ってもらえたってことでしょ」
無能振りを晒せば、興味を失くす可能性もあるけどね。
「実際に、シュアンゼ殿下を派遣してくれたじゃない」
シュアンゼ殿下への課題が半分以上の意味を持ってると思うけど。
「だから、貴方達は『自分のすべきこと』をやればいい。私達はあくまでも助力程度であり、貴方達に遣る気がないなら……まあ、それなりの働きにはなるでしょうけど」
い い か 、 サ ボ る な よ … … ?
最後だけちょっと目が笑っていなかったのはご愛敬。ついつい、心の声が表面化しただけです。悪気は全くございません。
しかし、こちらもシュアンゼ殿下の評価向上と実績獲得を狙っているため、嘘偽りない本心だと察していただきたい。
……。
まあ、最悪の場合はブレイカーズ男爵家の人々を放置し、勝手に動かせてもらうけど。
その場合は、ブレイカーズ男爵家の人々の評価が著しく下がる上、新たに当主となるモーリス君への期待も消えるだろう。
貴族社会の繋がりは意外とシビアなので、『価値なし・期待するだけ無駄』という評価が下されてしまうと、あっさり疎遠になる。
まして、ブレイカーズ男爵家は下位貴族。資産はそこそこあるみたいだけど、それはあくまでも『下位貴族にしてはある方』程度。
政略結婚したところで、家の立て直しと当主教育を担ってくれるかは疑問である。言い方は悪いが、奥方として才女を送り込み、半ば乗っ取り紛いの状況にした方が未来があるような。
無条件に協力してくれる人が居ないからこその現状だと、後妻さんとて理解できているのだろう。
その結果が、先ほどの『交渉』。
煽って、一時的とはいえ、こちらを『安全な協力者』(=男爵家に対する野心ゼロ)という立ち位置のまま、味方に引き込みたかった模様。
現実的な目をお持ちの方が居て嬉しいです。こう言っては何だけど、モーリス君は頼りないんだもの。
是非とも、表舞台から退いた後は、モーリス君の教育の一端を担ってやってくれ。あの子には交渉術と強かさが必要。
「……私達次第、ということで宜しいの?」
そんなことを考えていたら、後妻さんが戸惑いながらも問い掛けてきた。
「貴方達次第と言うか……本来ならば、自分達だけで解決すべき案件だよね」
「それが一番、安全だからね。まあ、今回の私達に限って言うなら、後腐れのない協力者ってところかな」
私とシュアンゼ殿下の言葉に、モーリス君達は俯いてしまう。
さすがに『何故、今後も助けてくれないんですか!』というお花畑な発言は出なかったが、改めて味方を得る難しさを実感してしまったらしい。
「君達が必死だったのは判るよ。だけど、最初から跡を継ぐ権利を持つ者達が努力する姿勢を見せていなかったことが、現状に大きく影響しているのだろうね」
シュアンゼ殿下の言葉は厳しい。しかし、それは紛れもない事実だった。
モーリス君はそこに気付いているからこそ、後悔も半端ないのだろう。時間を無駄にしたというだけでなく、自分こそがこの家を貶めていたと気付いただろうから。
「必死になればいいではないか」
唐突にヴァイスが口を開く。
「私や同僚達は理不尽な状況に置かれながらも、自分ができる最善を目指した。嘲笑や侮辱とて受けた。悔しく思わぬはずはない。しかし……それらを超えて『今』がある」
「……」
「モーリス殿。君は今後、様々なことで傷つくだろう。しかし、それはただの自業自得。本当に悔しい思いをするのは、君に当主となる道を残してくれた者達の方ではないか」
「そう、ですね。僕に傷つく資格なんてありませんよね」
「そうではない。負担や迷惑をかけたと思うならば、彼らが誇れるような主を目指せばいいだろう。いいか、余計なことを考えるな。どのように行動することが最善かを考えるんだ。支えてくれた者達が居るならば、意見を求めてもいいだろう。確かに、外部の味方は居ないだろうが、君の居場所を守ってくれている者達は居るのだろう?」
サロヴァーラの状況、そしてヴァイスのような王家に忠誠を誓う者達の苦難を知っていると、非常に説得力のある言葉である。
何せ、彼らは『王家に忠誠を誓う』という『当たり前のこと』が、当たり前ではなかったのだから。
何度も理不尽な目に遭っただろうことは、想像に難くない。安全な場所なんて、無きに等しかったろう。
それでも耐えてきたのは、いつの日か状況が改善されることを諦めなかったから。
それはきっと、モーリス君達兄妹を除くブレイカーズ男爵家の人々も同じ。
同じ状況にあったヴァイスだからこそ、重要なのは一人で後悔することではなく、支えてくれる者達の期待に応えようとする姿勢だと語る。……それが好転する未来に繋がるから。
ヴァイスの状況は全く知らないながらも、その言葉には何か感じるものがあったらしく、モーリス君は黙って聞いている。その表情からは先ほどまでの後悔に満ちた雰囲気が消えていた。
「僕に……できるでしょうか。いつか、彼らに報いることが」
肯定の言葉が欲しいのか、疑問を口にするモーリス君。そんな彼の姿に、私が背中を蹴り飛ばす勢いで押してやろうと決意。
「できる・できないじゃないでしょ。……やれ」
「……え」
「やれ。後がないんだから、めそめそしている場合じゃないでしょ。悪意をぶつけてくる奴らがいたなら、『覚えていやがれ、いつか〆る!』と心の中で決意すれば、遣る気も出るってものじゃない!」
「あの……? えっと、そ、それは……」
顔を引き攣らせて、モーリス君は戸惑っている。しかし、私とて無茶苦茶なことを言っているわけじゃないのだ。
「怒りとは活力だ。復讐することを決定事項にしておけば、必然的に相手の弱みを探るようになる。後はそれを活かすタイミングを見計らえ」
「そ、それは何方の教えで……」
「え、自分の経験。これが出来なきゃ、多分、私は生き残ってないよ?」
さらっと返すと、ブレイカーズ男爵家の人々が凍り付いた。まさか、そんな指導をされるなんて思っていなかった模様。
「いいか、逆に考えれば今の君の状況は大チャンス! 悪意をぶつけてくる奴って、大抵はこちらを見下しているからね。自分を上位に見せるために、余計なことをべらべら話す! そこを魔道具で記録し、使えそうな情報と証拠を確保。必要ならば煽って、更に喋らせる! そして、報復した時に一言二言、見下し発言をしてやれば気分爽快! 報復の完了と共に、君の実績が増えるぞ☆ だから、『文句言わずに、やれ』」
「ああ……ミヅキの場合、それで最初にがっつり証言とか証拠を掴まれるもんね。見た目は無害だし」
「いくら優位に立ちたいからって、言葉を選べない奴がそれをやっちゃ駄目よね」
「頭が悪いとしか言いようがないんだけどね、それ。言葉と状況を組み合わせて、隠したいことに辿り着く人はそれなりに居るし」
「馬鹿が頑張ったところで『それなり』だけど、自分から弱点を暴露してくるってどうよ? ちなみに、見下していた奴にやられたのが気に食わないのか、大抵は吠えてくる。そこで心を折っておくと、今後が非常に楽になるよ♪ 法的に見ても私が正義だ」
「はは、吠える駄犬は躾けるべきだろう?」
楽しげに言葉を交わす私とシュアンゼ殿下に、モーリス君達は唖然としたままだった。ヴァイスが深く頷いて賛同しているので、余計に混乱した模様。
そんな彼らを気の毒そうに眺めていた三人組が、哀れに思ったのか声を掛けた。
「あのよー、教官達はマジで言ってるからな? つーか、実際にやってるから、あの人達。特に教官」
「まあ、教官達の言い方はアレだが、今のお前にゃ必要かもな。できる範囲で頑張れ」
「ええと……その、身に付けば、貴族社会でもやっていけると思いますよ」
「そ、そうですか……」
三人組は嘘を言っていないぞ、モーリス君。お貴族様なんて、邪魔者を蹴落としてなんぼでしょ?
黒猫『私はこうやって生きてきましたが、何か?』
灰色猫&ヴァイス『正しい』
三人組『可哀想に(でも、こいつには必要だろうな……)』
モーリス君、鬼教官達の過去を垣間見るの図。
武力がないなら、こういった強さを持つしかないのです。




