『彼女』の覚悟 其の三
意外過ぎる後妻さんの言葉と表情に、誰もが一瞬、言葉を失くす。
ただ、家令を含めた数名――割と年を取っている人達と言うか、長年この家に仕えてきたような人達は知っていたらしく、どこか微笑ましそうな表情だ。
そんな彼らの反応は、私達もちょっと予想外。
こう言っては何だけど、いくら後妻さんがこの家に尽くしてくれていようとも、亡くなった先妻さんのことを知るからこそ、多少なりとも複雑な思いを抱える気がするのだ。
別に、後妻さんを疎むというわけではない。
どちらかと言えば、『そちらの方が普通』と思うだけで。
妹さんが必要以上に後妻さんを拒絶する……いやいや、受け入れがたいと言うか反発してきたのって、使用人達の言動も影響してそう。
普通ならば自分の味方をしてくれそうな人達が、何~故~か『宜しくない経歴を持つ後妻』をあっさりと受け入れてしまった。
しかも、後妻さんに反発する自分を嗜めようとしてくるならば……妹さんが裏切られたように感じてしまっても不思議はない。
その悔しさも相まって、余計に後妻さんへの反発が強まったとかではなかろうか?
単純に『母親を過去の人にされた』とかではなく、『自分よりも後妻さんを選ばれたような悔しさ』も含まれていたり、とか。
まあ、だからと言って、妹さんには同情できないけどね。
これが民間の一般家庭なら、『うんうん、味方が居なくて寂しいわねー』くらいの同情が向けられるかもしれないが、ブレイカーズ男爵家は貴族なのである。
貴族は血を繋いでいくことが重要だし、家の存続は最重要項目のため、それに伴った政略結婚なんて『当たり前』。寧ろ、『常識』。だって、貴族の義務だもん。
再婚なんざ、『珍しいことではない』どころか、『よくあること』なのであ~る!
一々、そんなことで同情やら悲観していたら、その全てが『不幸なこと』になっちゃうじゃないか。第一、政略結婚の駒になるのは相手だって同じ。
一人だけ悲劇の主人公ぶったところで、説得力は皆無だろうさ。寧ろ、『貴族の婚姻を理解してないんかい!』と呆れられる可能性・大。
……。
妹さん、学園生活の中で政略結婚を批難してたりしねーだろうな……? もしも、やらかしていた場合、『貴族の在り方を理解していない、お花畑思考の令嬢』とか思われても不思議はないんだけど。
その場合は当然、縁談が減るだろう。誰だって……いや、どこの家だって、後々、足を引っ張りそうな奥方は要らないもの。
恋愛感情無しの政略結婚だったとしても、最低限、共に家を盛り立てるパートナーと言うか、戦友的な認識は必要だ。
感情優先のお馬鹿が相手だと、まず『政略結婚とは何か』という説明からしなければならず、その後も感情優先の言動をしかねない。はっきり言って、お荷物です。
モーリス君は『妹には自由な結婚を云々』とか言っていたけど、妹さんの持つ夫婦像や価値観に賛同してくれる家でなければ、叶うまい。
商人や民間人に嫁ぐという手もあるけれど、それだって、妹さん自身の努力が必要なはず。貰い手、あるのかなー?
「貴女の言葉は少し予想外だったな」
「あら、そうですか?」
「普通は私みたいに思うんじゃないかな」
そんなことを考えていると、シュアンゼ殿下が後妻さんに言葉を掛けた。
後妻さんは少しだけ考えるような素振りを見せた後、どこか悪戯っぽい笑みを見せ。
「気になるのでしたら、『全てが終わった後で』お話致しますわ」
そう返す後妻さんに、シュアンゼ殿下どころか、こちらの面子が面白そうな表情を浮かべた。勿論、私も同様。
凄ぇ! この人、こっちを煽ってやがる……!
『全てが終わった後』は『この家の問題が片付いた後』とイコールだ。多分、その条件にはモーリス君達の生存も含まれる。
つまり、彼女は暗にこう言っているのだ……『私の口からその答えを聞きたかったら、私が満足する形でこの案件を終わらせて見せなさい』と!
『全員生存』という条件があると予想したのは、後妻さんが『共に戦ってきた人達の死が悲しくて云々』と言い出す可能性があるから。
そんな状況で無理矢理聞き出そうとしても、生き残った人達が止めるだろう。『己を犠牲にして、家の存続に尽力してくださった奥様を追い詰めるのか!』と。
そうなった場合、私達はガチで悪者になってしまう。傲慢といった悪評を社交界に流されかねない。
シュアンゼ殿下は味方がほぼ居ない状況なので、これは結構なダメージだ。後妻さんもそれを判った上で煽り、『交渉』という形を取ったと思われた。
……。
良 い で す ね 、 こ の 人 !
そうそう、このくらいの強かさと賢さがなければいけない。恩人だろうと、馬鹿正直に従う必要なんてない!
だって、彼女の目的は『この家の存続』! そこに『全員生存』やら『できる限り要望に沿った決着』を望むならば、ここで引いては駄目である。
……私達は『手を抜くことができる』のだから。
言い方は悪いが、ファクル公爵からの依頼もかなり曖昧なものなので、『とりあえず依頼達成』でも問題ないのであ~る!
何故なら、『本来ならば、ブレイカーズ男爵家だけが対処すべき問題』だから。
自分達だけでそれが成し遂げられなかった以上、こちらを責めるのはお門違い。我ら、あくまでも『助力』なのです。追加オプションです。
……が。
その『交渉』が通じない生き物も居るわけでして。
「貴女の『交渉』、嫌いじゃないよ」
「あら、そうですか?」
「だって、私達が『それを理解できること前提』なんだもの」
周りの人達は呆気に取られているけど、後妻さんは笑みを浮かべたまま。その姿こそ、私の予想が正しかったことを物語る。
「でもね、何事にも例外はあるの」
「……え?」
「だって、私がブレイカーズ男爵家を『物理的に壊す』という方法があるじゃない。こういった言い方は悪いけど、たかが男爵家だし、情報の活かし方を知っている貴女を脅威に思っている人だっているでしょう。……証拠さえなければ、『不幸な事故』で片が付くと思わない?」
かなり力業なことになるけど、多分、私の予想通りになる。理由は簡単、『後妻さんを始末したい人が居るから』。
そもそも、元から潰れかけの男爵家なので、自分に火の粉が降りかからないならば、そこに便乗してしまったほうが得だろう。
「あ~……脅迫には脅迫で対抗ってことか」
「そう」
「まあ、ミヅキならば可能だろうね。味方だって多いし」
「……素直に『借りがある人が多い』って言って良いよ?」
「それも事実だけど、味方も多いだろう?」
私とシュアンゼ殿下の会話――灰色猫は多分、判っていてやってます――に、後妻さんは顔を青褪めさせた。私の言葉が事実だと理解できてしまった模様。
「あ、あの……」
「……ふふっ」
言葉は口に戻せません♪ 大丈夫! 私達だってそれは自己保身のための最後の手だし、無能扱いされる気はないからね☆
黒猫『世の中には例外があるんだよ♪(にこぉっ)』
三人組『……(可哀想に)』
悪女(後妻)VS外道(魔導師)の一幕になりかけるも、あっさり終了。
やってることは悪女でも、その根底にあるのは献身な後妻。
対して、主人公は奉仕精神・献身皆無な自己中。良心何それ美味い?状態。
勝負になるはずがなかった。
喧嘩を売る人を間違えると、手痛い報復が来るよ♪注意しようね♪
というお話し。




