何を聞いても気の所為・酒の所為
赤毛の謎と今回の裏事情。
あれから。
アリエルさんの肖像画が飾ってある食堂に屋敷中の人間が集い、クリスティーナの誕生祝の宴となった。
人数が多いので立食形式だけど、皆で話したいならその方がいいよね。
残っていた料理に私が作り置きしておいた誕生日ケーキ代わりのタルトなどが並べられ、和やかな雰囲気に包まれている。
料理人が自発的に作っておいたクリスティーナの好物や、私が慰労会用に作っておいた居酒屋メニューなどもあるので酒のつまみに困る事は無い。
ルドルフ提供のワインもサングリアにしておいた1本を除き皆に飲まれている。
女性用のカクテルなんて無いし、主役が飲まないのもどうかと思ったので作っておいたサングリアはクリスティーナ含む女性達に好評のようだ。
料理長から提供してもらった赤ワインでも作ってあるので二日酔いしない程度に飲んでおくれ。
「そのまま味わった方がいいんじゃ?」と言う人も居ましたが。……お祝いだからいいんだよ。酒は皆で飲むものです。
それに高価な酒だと判ったら使用人の皆様は遠慮して飲まないだろうしね。
「……で? 酒も入った事だしそろそろ聞きたいなあ?」
ワイングラス片手にアルに問い掛ける。
うふふ、絶対に聞きたかったんだよね。事情を知ってると匂わせた以上は黙秘は認めませんよ?
「おや、何を?」
「赤毛が近衛になれた事情を聞きたいなあ?」
知ってるよね? と暗に聞けば穏やかな笑みが苦笑に変わる。
現在、周囲には守護役連中と騎士sにヘンリーさん。クリスティーナとディーボルト子爵はアリエルさんの肖像画の前で使用人達に囲まれている。
大丈夫、どんな事情を聞いても納得するから。
だって、『あれ』が近衛騎士ってだけで何かの冗談みたいだもの!
「聞いてどうするんですか?」
「とりあえず屋敷に居る人達に暴露する」
「何故」
「口に出せなくても心の中で嘲笑うくらいは許されると思う」
次に見かけた際には生温い視線や憐れみたっぷりの視線を送られる事だろう。睨むより余程ダメージがあると思いますよ? 使用人に哀れまれるなんて。
「ミヅキ、お前はそれだけで済むのか?」
「ううん」
「「即答か!?」」
「一人くらい復讐する奴がいてもいいと思うんだ。立場的にも問題無し」
「いやいやいや! あるから! 気持ちは物凄く判るが!」
騎士sよ、煩い。どのみちアル達の怒りをかってるから只じゃ済むまい。それに魔王様に報告が行くから無事だとも思えませんてば。
「治癒魔法使えるし、騎士だから体力あるよね? 力尽きるまで付き合ってもらうつもり」
「血はどうするんだ? 服に付くぞ?」
クラウスの疑問ご尤も。でもね、それって既に犯行前提の質問であって赤毛に対する優しさは無いよね?
赤毛よ、職人は復讐に賛成みたいです。心配する所が既に違います。
「ああ、それならば大丈夫ですよ。私が以前、全身血濡れになっていても綺麗にされましたから」
「……綺麗に『された』?」
「ええ。池に突き落とされて、水と共に汚れを分離させたみたいです」
「そうか、では問題ないな」
「「納得しないでください!」」
セイルが実に愉快そうに過去の経験を話すとクラウスは頷きそれ以上心配はしなかった。
それどころか「そんな方法があるのか」と呟いているあたり興味はそちらに移った模様。
赤毛……お前の扱いって……。
「いやあ、楽しそうだねえ」
「兄上も煽らないで下さい!」
「いいじゃん、遅いか早いかの違いだよ。目指せ、完全犯罪」
「ミヅキ、物騒な事を言うんじゃない!」
「証拠隠滅って素敵な言葉だよね」
あら、黙った。いや、溜息を吐いて諦めた?
騎士s、いい加減色々と捨てろよ。常識的に生きてると私を含め周囲の連中とはやっていけないぞー?
……という慰めをしたら更に落ち込んだ。何故。
君達だって『助けてくれ!』と民間人でしかなかった私に縋ってきたじゃないか。何を今更。
「構いませんよ。お話しますが……ミヅキの出番ははっきり言って無いと思いますよ?」
「へ?」
「彼は相応の扱いをされますから」
くすくすと笑うアルの一言に、騎士sに顔を向けると勢いよく首を横に振った。知らないらしい。
クラウスは無言でワインを飲み、セイルは興味深そうにアルを見ている。
おやあ? 話せるけど極一部しか知らない事情、ですか?
「彼はね、おそらく『近衛試験に受かっただけ』なんですよ」
「……家柄が受験資格で実力が試験で試されるってこと?」
「ええ、それが『正規の近衛騎士になる資格を得た状態』です。余程大っぴらでない限り個人の性格や勤務態度など判りませんから」
つまりは一次試験突破ということね。赤毛が知らないって事は当事者達には隠されているのか。
「近衛騎士は王族達の警護を主に担当するので、実力だけでなく人柄も当然求められます。信頼できない者など傍に置いておく訳にはいきませんので。ですが、不適格とされてもそのまま部署移動ということにはならないのですよ」
「何か警告されたり監視がついたりするの?」
「いいえ。基本的に一年間を近衛として在籍させ、先輩騎士達がある程度の期間監視します。その報告によって最終的な判断は各隊の隊長が行なう筈です。ですが……」
「ですが?」
「不適格とされるような人物でも近衛に所属していた事実は残ります。ですから、部署移動前に徹底的に性根を叩き直されるのですよ」
「「「うっわぁ……」」」
限りなく棒読みで声を上げたのは私と騎士s。実力者の国としては大変納得できる決まりですが、その実力者の皆様直々の躾も怖過ぎます。
絶対、普通にお説教とかじゃないよね!? 性格改善ってそんなに簡単じゃないよね!?
「今回の事はエルに報告されますし、間違いなく隊長達の耳に入るでしょう。彼は挽回できるのでしょうかね?」
「アル、笑いながら言っても説得力無い」
「おや、失礼」
突っ込むも全然反省していないようだ。密かにお怒りだったらしい。
おい、セイル。そこで「我が国にも取り入れましょうか」とか感心してるんじゃない!
そんな人員割けないでしょうが、今の人手不足な状態だと。
「ミヅキ、どうしても復讐したければお前にしか出来ない方法があるぞ」
酒を飲んでいたクラウスの言葉に一斉に注目が集まる。
職人、一体どんな情報を隠し持って……いや、そんなことはどうでもいい。
「教えて欲しいな♪」
上機嫌で問えば肩にぽん、と手を置かれ。
「寮の食堂に来る近衛騎士達にこの事を教えてやれ。ついでに近衛騎士に対して不信感を覚えたと言えば完璧だ」
……よく判らない事を言われた。
近衛騎士さん達は仲良くしてくれるけど、個人的感情では判断しないんじゃないかな?
それにあの人達は違うと判っているんだけど。
「ああ、それは良いですね! 彼等も自分の立場に誇りを持っている筈ですから、隊が違っても指導してくれるでしょう」
「彼等も憤る筈だ。民間人にさえ不信感を持たれるなんて耐えられないだろう」
「ああ……そういうことね」
なるほど。民間人にさえ失望されるような奴と同類なんて死んでも嫌だろう。
手間をかけさせるようで申し訳ないが『指導』してもらうよう頼んでおくか。
「わかった、話してみる。その方が赤毛も納得するよね」
「先輩騎士に恥かかせるとは思ってなかったろうな、あいつ」
「ミヅキが犯罪者になる心配も無さそうだし、それでいいんじゃないか?」
騎士sも納得したようだ。二人とも近衛の『指導』が楽なものだとは思っていないらしい。
まあ、普通はそう思うわな。実力者の国の近衛騎士って最強クラスだもの。徹底的に教育がなされるとなるとスパルタ教育は確実だ。
「ところで、ミヅキ。私も聞きたい事があるのですが」
「何? アル」
「今回のエルの思惑にどうして気が付きました? 貴女にそれらしい情報は一切齎されなかった筈ですが」
あら、守護役連中も気になることがありましたか。
確かに『ディーボルト子爵家に協力する事』としか言われてないもんね。
騎士sやヘンリーさんもそれは知らなかったらしく、先を促すように私を見ている。
「今回、魔王様は『彼等の立場や人脈を利用するのは構わない』って言ってたよね?」
「ええ、確かに言いましたね」
「それ、おかしいから」
「え?」
驚きの声を上げてもアルはそれほど驚いてはいないようだ。
騎士sよ、首を傾げるんじゃない。よく聞けば理解できる筈だよ?
「『個人的な地位や人脈を利用するのは構わないけど、翼の名を持つ騎士としての権限や立場は利用してはいけない』って言うんじゃないの? 普通は」
翼の名を持つ騎士=国の所有する剣=国の意思。
個人的な貴族としての権限や身分に頼るのは構わないけど、翼の名を持つ騎士という立場は絶対に使っては駄目だろう。にも関わらず彼等は翼の名を持つ騎士として動いている。
現在は魔王様が彼等を動かす権限を持っているというだけであって、個人的に所有している私兵ではないのだ。
彼等だってそれは十分自覚している筈。そんな彼等を『使って良い』と許可を出すという事は。
「アル達が私達の協力者ってことだったけど、本当は逆じゃないの? 表立って動くには理由がないから『私の協力者』ということにして『従った』。私が気付かなくても協力者として巻き込まれていれば十分だもの」
「ふふ、正解です。報告の義務がありますからね、貴女の行動に関しては」
嬉しそうに頭を撫でられてもねえ……。
ああ、騎士sとヘンリーさんが気の毒そうに私を見ている。ふ……いつもなんだぞ? これ。
私の保護者は教育係でもあるのです……教育係様は常に生徒を試します。近衛とは別の意味でスパルタです。
「それから、セイル。あんた最初から魔王様の協力者でしょ!」
「おや、何故でしょう?」
「内部事情に関わる以上、『何も知らない』なら権力を行使しても絶対に関わらせないから!」
びし! と指差すとにこやかに「人を指差しては駄目ですよ」と言いつつも否定はしなかった。
くそう、腹黒め。ジト目で睨んでも何処吹く風かよ。
「ミヅキがゼブレストへ来るのと入れ違いに訪ねるよう指示があったのですよ」
「ルドルフ経由で?」
「ええ、ルドルフ様の指示で」
ルドルフ、お前も同類か。ま、前回の事があるから協力を求められれば否とは言い難いんだろうけど。
「ルドルフ様は私をイルフェナへ向かわせる役を負っただけですよ。それ以外は何もしていませんし、知りません」
ですから嫌わないでいてあげてくださいね、と続けるセイル。
……安心しろ、それくらいで人を嫌っていたら私はとっくに魔王様の所から家出している。
それに。
何かあるんじゃないかと疑問を抱き易いのは魔王様の教育方針をある程度理解しているからなのだ。
「あと、決定打。魔王様が優しい。これに尽きる」
『は?』
おお、全員が綺麗にハモった!
この言い分にはアル達も予想外だったか。
「あのね、あの人は身分制度を碌に知らない私をゼブレストに放り込んだ人なの。『支援はするけど基本的に自力で頑張れ』っていう教育方針なんだよ? 今回、至れり尽くせりじゃない! 裏があるに決まってる!」
「それは……確かに……」
「否定できんな」
「貴女は当初、ルドルフ様以外信頼していませんでしたからね」
どうよ、否定できまい!? 『自分達にも事情があるから手伝ってあげるね!』なんつー優しさ……いや、甘さは持ち合わせていないだろうが。
民間人に結果を求める人なのです、あの人は。獅子が我が子を谷底に落として這い上がってくるのを期待するような教育方針なのです。
「……ああ、あの人だもんな」
「疑うなって方が無理か」
騎士sよ、賛同ありがとう! 君達も今後一層巻き込まれると思って覚悟しとけ。
※※※※※※※
「……先程の話なのですが」
クリスティーナ達の元へ行ったミヅキ達に一瞬視線を向け、セイルはアルに向き直る。
今現在、ここに居るのは守護役達だけだった。
「一部の近衛騎士達がミヅキに友好的、というのは一体?」
他にも何かありますよね? と半ば確信をもって尋ねるセイルにアルとクラウスは顔を見合わせると苦笑を浮かべる。
「我が国の近衛はね……かなり独身率が高いのですよ。仕事を何より優先せねばなりませんし、女性に対し冷めた目で見る方が多いというか」
「近衛は花形だからな、女どもは勝手に騒ぎ勝手に失望する」
「ああ、どこも同じなんですね」
近衛とは王族の護衛を担当するエリートである。家柄・顔・実力が揃った者達に熱を上げる女性は少なくはない。
が。
言い換えれば『仕事人間』なのだ。『常に命の危機』『家族より立場を優先』『自分以外の高貴な女性に跪く』という現実を受け入れる貴族の女性がどれほどいるというのか。
親達もそれを知っているのだ、未亡人になりやすく放置される可能性が高い男など娘の夫には選ばない。
また、彼等も女性の我侭な部分を見せ付けられることもあって期待しなくなる。
憧れと現実は違うのだ。故に元から婚約者でも居ない限り独身のまま過ごす事になる。現在の団長は運良く女性騎士の伴侶を得たが、完全実力主義なので女性騎士は少ない。
ついでに言うなら騎士になるのは家を継ぐ可能性が低い者が多い。自分より下の兄弟が居ない者も多かった。
「そんな癒しの無い彼等にとってミヅキは娘か妹のような認識をされているのです」
「あいつは寮に住んでるからな。近衛の連中が時間外に食事を求めてきても嫌な顔をせず受け入れるし、怪我をしていれば治癒魔法を使う。頼まれれば差し入れを持っていくこともあるぞ」
「……あれですか、『仕事を頑張る家族を労わるできた娘さん』なんですね」
「そんな感じです」
「貴族にとっては家族の手料理を味わう機会などないだろう。数少ない女性騎士達も似たような状態だな」
「王妃様付きの方達ですね」
「寮に食事に来る近衛の中に夫である騎士団長が居るからな。その繋がりで知り合ったらしい」
実際、これは庶民と貴族の差なのである。庶民ならばミヅキの行動は決して珍しいものではない。
ところが近衛騎士達は貴族で構成されている為、『当たり前』ではないのだ。
白黒騎士達もミヅキの味方は多い方が良いだろうと敢えて教えていないので、好感度は勝手に上がってゆく。
尤もミヅキが騎士という存在に過剰な期待をせず、自分の立場を弁えているからこそなのだが。
「なるほど。そんな『兄上達』にとって『妹』に失望されるのは耐えられないでしょうね」
「同じ近衛としても許せないだろうがな」
「私達も詳細を聞かれれば『詳しく』教えて差し上げるつもりです。……ミヅキに勝手に触れた事も含めて」
自称・(父)兄達は特に怒るだろう。守護役達にさえ時々ちくりと小言を言うくらいなのだから。
しかもアンディには再教育を行なうという名目もある。期間終了までいびられ続ける事は確実だ。
「では私もゼブレストの自称・兄に伝えておきますか」
「おや、そちらにもいらっしゃるんですね」
「ええ、宰相が」
行動に呆れつつもしっかり保護対象にしている宰相ならば、表には出さずとも彼の実家に小言を言うくらいはするだろう。
そうセイルが付け加えると守護役達は意味ありげに笑い合う。
一見、にこやか・和やかに会話する彼等を眼福とばかりに眺めるメイド達に聞こえなかったのは幸いだったろう。
……世の中には知らない方が幸せなこともあるのだ。
大変な仕事だからこそ労わってくれる人の好意が嬉しいものです。
主人公にとっては『気にかけてくれる近衛騎士さん達』。
庶民思考な主人公にとっては『お疲れ様です』という一言も当たり前。
ただし、貴族にとっては騎士が守るのが当たり前。