愚かな野心家は憤る
――とある貴族の館にて(子息視点)
「何故、何の連絡もないんだ!」
怒鳴り散らす父の見苦しい姿に、私は内心、呆れ果てていた。
そもそも、父が依頼したのは裏社会の人間――所謂、表に出せない案件を扱う者達。
そんな奴らと父の繋がりは金だけであり、元から信頼関係にないのだ。いや、信頼関係にないどころか、依頼内容がそのまま脅迫材料として使われる可能性すらある。
最初から、そういった類の危険性を考慮すべきなのである。
『気付かなかった』『知らない』なんて言い訳は通らない。
と、言うか。
本当に信頼できるような組織――依頼料を受け取った分、仕事を完遂する、という意味で――を雇うならば、はした金で済むはずはない。
彼らはプロとして仕事をこなしているため、その仕事ぶりに対する評価というものも重要なのだから。
よって、仕事熱心と言うよりも、自分達の価値を高めるために、依頼主を裏切らない。
依頼料が高額になるだけのことはあるのだ。依頼内容が公にできないことである以上、その依頼料には守秘義務に対するものも含まれているのだから。
「クソッ! やはり、信頼ならない相手だったか!」
憤る父は只管相手に文句を言っている。そんな姿に、私は益々、気持ちが冷めていくのを感じた。
この男が自分の父であることは事実である。幼い頃はそれなりに怖い存在であったし、その在り方に疑問を抱くこともなかったと思う。
しかし、私とてそれなりに変化……外見だけでなく、内面も子供から大人へと成長するものであって。
成人した今となっては、どうにも父の小物ぶりが目に付くのだ。そもそも、父に人を見下せるような才はない。
今となっては、私も次期当主として、父を追い落すことを検討中。
『私に』仕えてくれている者達も居る以上、家を没落させるわけにはいくまい。
そう思う度に、今は亡き先代ブレイカーズ男爵……叔父のことを思い出す。
父とは違って野心もなく、男爵家に婿入りした叔父。性格は穏やかで、仕事ぶりも堅実であったことから多くの人の信頼を得、それなりに財を築いて見せた人。
父としては『格下の家に婿入りし、小賢しく立ち回ってみせた弟』なのだろうが、父が我が家の当主になれたのは偏に、『長男だったから』という一言に尽きるだろう。
まあ、家を傾けるような愚か者ではなかったようだし、子も成せる健康体だったので、祖父母も無理に廃嫡するようなことはしなかったようだ。
と言うか、それも母の存在込みの評価だったような気がしなくもない。現に、私は母や祖父によって、教育を施されてきたのだから。
これ、暗に『父親と同類に育ててはいけない』と判断されてないか……?
そう思うも、馬鹿正直に口にすることはなかった。そんなことを考えていると父に知られた日には、どのような扱いを受けるか判らない。
女主人として支えてくれた母にさえ、高圧的な態度を崩さなかった人なのだ。息子に負けるなど、プライドが許さないだろう。
「いい加減、落ち着いたらどうですか」
喚き散らす父の姿に頭痛を覚え、とりあえず落ち着かせようと言葉を掛ける。
喚いたところで、どうにかなるものでもない。第一、彼らを訴えることさえできないのだから、どうにもなるまい。
「詐欺にあったも同然なのだぞ!? お前は悔しくないのか!」
「私はその依頼に関わっていないので。第一、父上がなさろうとしたことは犯罪です。下手に情報を売られたり、弱みとして脅迫材料にされなかっただけマシかと」
「く……! 下賤な輩如きが、よくも……!」
冷静に諭すと、さすがに父も反論できなかったらしい。
それでも見下すことは止めないのだから、この人には呆れてしまう。
「表に出せない依頼ならば、仕事ぶりに定評があるところを選ぶべきでしょう。こういった案件は危険がつきものです。金でしか繋がっていない上、信頼関係などないでしょう?」
「……っ」
私の言葉に、父は反論できなかった。それでも悔しさはあるのか、私をきつく睨み付ける。
……。
単に、息子である私が自分の味方にならないことが、腹立たしいのかもしれないが。
どちらにせよ、情けないことに変わりはない。余計な野心などを抱く方が間違っているのだと、いい加減に気付いて欲しい。
「今後、すべきことは情報収集です。本当に金を持ち逃げしただけならばマシですが、ブレイカーズ男爵家の反撃に遭って、囚われていたらどうするんですか」
寧ろ、この展開が一番拙い。私が無関係なことも含め、多少の言い訳ができる場を整えてくれればいいのだが……それがなかった場合、我が家が負う傷はそれなりに大きいだろう。
そう思いながら提案すると、父は馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ! あの家のどこにそんな力がある? 確かに、使用人達の忠誠は厄介だろう。だが、奴らは使用人であって、家を守る騎士ではない。いいか、あの家は武力に対抗する術がないのだ。お前もそれくらいは知っているだろう」
「ですが、協力者がいる場合も……」
「恩を売って、何になる? あの小僧にそんな人脈があると思うか? いいか、貴族社会はそのように甘いものではない。まして、王弟殿下の一件があったばかりなのだ。誰だって、己の家を守ることで手一杯だろうさ」
「……」
確かに、と思う。父の言っていることは事実であり、私もそれらを否定する気はない。
何より、先の王弟殿下の一件はガニアに大混乱をもたらしたと言っても過言ではないだろう。そんな状況下で、他家のことを気に掛ける『善人』が居るとは思えなかった。
それこそ、父が動いた最大の理由であろう。
モーリスが成人することも含め、これが最後の好機なのだから。
「モーリスの奴は甘い。使用人達が命の危険に晒されるとなれば、頭を下げてでも守ろうとするだろう。その際、最も頼れるのは我が家だ」
自信ありげに笑う父。けれど……けれど、私はどうにも、嫌な予感が拭えなかった。
「先代男爵夫人が誰かに『お願い』する可能性は?」
「あの阿婆擦れのどこにそんな価値が? まあ、何かしようとしても、あの女は恨まれてもいるからな。味方は少なかろうさ」
元高級娼婦という経験を活かし、家を守ってきた女傑。
父は『ただの阿婆擦れ』と彼女を酷評しているが、私は彼女の立ち回りは見事だと思っている。
現に、ブレイカーズ男爵家は『誰からの干渉も受けなかった』。
空席となった当主の座を守り通したのは多分、使用人達だけではない。そう考える理由もあった。
表面的な噂こそ酷いものだが、数多の男を誑かしたと言われる彼女は現時点でも『無事』なのである。
嫉妬深い貴族の奥方達が黙っているとは思えないし、情報を握られた男達が何の手も下さなかったとは信じられなかった。
だからこそ、私はブレイカーズ男爵家において、彼女を最も警戒すべき存在だと認識している。判らないことが多過ぎるのだ。
「とにかく、今は情報収集することをお勧めします。父上が野心を抱くのは勝手ですが、私はこの家を没落させる気はありませんので」
――お祖父様や母上に顔向けできなくなってしまいますから。
「煩い!」
私の言葉が気に障ったのか、顔を赤くして怒鳴る父。
そんな父の言葉に肩を竦め――内心では、勝手なことをした父に嫌味を言えたことに留飲を下げつつ――私はその場を後にした。
「さあ、私も情報収集をしなければ」
――追い落とされる可能性があるのは、貴方も同じなんですよ? 父上。
そこそこの能力だろうとも、家を傾けることをしなければそれで良かった。
しかし、下らぬ野心に家を巻き込もうとするならば、次期当主たる私が追い落そう。
それが貴族たる者なのですから。……相応しくない者が退場させられるのは『よくあること』なのですよ? 父上。
割と冷静な子息。父親を見限る日も近し。
しかし、ブレイカーズ男爵家には吃驚な人々が滞在中。
謝罪する意思を見せれば、生き残れる……かも?
※活動報告に『魔導師33巻』の紹介を載せました。




