小話集36
小話其の一『襲撃者達のその後』
――ブレイカーズ男爵家の一室にて
「ぐ……!」
「や、止めろ、来るな……!」
強制的に睡眠状態にさせられた――人はそれを『一服盛った』と言う――襲撃者達は多少の差こそあれど、全員が魘されている。
そんな彼らの様子を魔道具で撮影しつつも、私は彼らの様子を観察中。
そっかー、裏のお仕事をする人達でも『これ』は駄目かー。
一応、この世界にもアンデッド系を専門に扱う『死霊術師』と呼ばれる魔術師が存在するため、そこまで効果があるとは思っていなかった。
しかも、この世界は魔法あり、魔物ありといった、私から見るとガチでファンタジーな世界なのである。
だからこそ、あくまでも想像の産物でしかない『異世界版ホラー系各種』はそこまで効果がないと思っていた。
いや、興味は引けると思ったよ? 騎士寮面子は毎回、子供の頃に戻ったかのようなはしゃぎっぷりを披露してくれるし、娯楽方向に捉えているからさ?
……まあ、あまりにも『キャッキャ♪』とばかりに遊び過ぎて、魔王様から説教を食らうまでが定番になりつつあるけれど。
で。
騎士寮面子が基準の私としては、正直、この悪夢を見せる魔道具――通称ナイトメアも、一発芸に近いものだと思っていたわけですよ。
事実、魔王様には『悪戯の一環』として認識されている。
最初から『異世界で娯楽として楽しまれていたものですよ』と説明していることに加え、あくまでも人の想像力の産物だと、馬鹿正直に説明しているから。
第一、私が楽しく遊んだからこそ、所謂『ホラー』に該当する記憶があるわけで。
……ああ、勿論、皆には『【ホラー】と言っても、オカルト方向だけではなく、化け物だったり、人の狂気が怖かったり、色々あるからね☆』(超大雑把に意訳)と説明済み。
実際、心霊系のものばっかじゃないしね。どちらかと言えば、アクションや探索要素が多いものって、『ヤバい実験の産物で化け物誕生』か『敵の正体は化け物ではなく、殺人鬼』な展開が多いような。
なお、私は『ホラージャンルの殺人鬼=変質者』だと認識している。
だって、物理攻撃が通じるじゃん!
サイコな思考回路全開で色々と遣らかしてくれるので、あまりにも遭遇率が高い場合、『煩せぇよ、引っ込んでろ!』とプレイヤーに思われるし。
『ホラーゲーム』って頭を使う必要があることも多いので、純粋に怖がるプレイヤーって、あんまり居ない気がするのよね。そもそも、怖がっていたらクリアできません。
そんな感じで『異世界ホラーゲーム事情』も魔王様や騎士寮面子に暴露済み。
同時に、『道具として使って良し・武器として使って良しな、【バールのようなもの】(通称エクスカリバール)』の説明をしたところ、騎士寮面子は揃って興味を持ち、魔王様&騎士sにはドン引きされた。
『つまり、「相手が化け物だろうと、人だろうと、邪魔をするなら殺す!」という、殺意に満ちた世界観なのかい?』
『いやいやいや! お前……お前、何て物騒なものを好んでるんだよ!?』
『怖がるどころか、殺る気満々じゃねーか!』
以上、魔王様と騎士sのお言葉である。
……。
確かに、間違ってはいない。『ホラーゲーム』というものが果てしなく誤解されたような気がしなくもないが。
「ふーん……つまり、彼らが魘されているのは、当時のミヅキ視点で見ていることも一因なわけか」
魘されている襲撃者達を軽く杖で突きつつ、シュアンゼ殿下が興味深そうに口にした。
「ミヅキの場合、『逃げる』という選択肢がないような楽しみ方をしているみたいだからね」
「……全てじゃないけれど、否定はしない」
ぜ……全部じゃないぞ!? 『戦っても勝てないから、とにかく隠れるか気付かれないようにしろ』ってやつだって遊んだもん! ステルス、頑張ったよ!?
ジトっとした目を向けるも、シュアンゼ殿下の興味は魘されている襲撃者達に移っているようだ。
……。
まさか、これを『欲しい』とか言うまいな?
その場合、絶対にウキウキしながら試すよね!?
「しかしよぉ……これは見てる方も怖くねぇか?」
「え?」
「教官は慣れてるし、事情を知ってる奴らも、こいつらが魘される理由を理解できてるだろう。だが、何も知らない奴からすれば、何が起こっているかすら判らん」
真面目に観察していたらしいイクスとしては、そちらの方が気になる模様。
あれですね、『判らないからこそ怖い』っていうやつですか。しかも、事前に『魔導師がイルフェナの黒騎士達と作りました』と聞いているので、無条件に警戒する、と。
「サロヴァーラでも試したんだろう? どんな感じだったんだい?」
「効果覿面と言いますか……その罪人に合ったものを選んだことも良かったのでしょうね」
「罪人に合ったもの?」
「彼ら自身が行なったことが原因のように思える、と言った方がいいでしょうか。勿論、未知なるものへの恐怖という意味もあったと思います」
シュアンゼ殿下とヴァイスの会話を聞きつつ、サロヴァーラでのことを思い浮かべる。
……。
あれか、王女達の全面協力による『亡き王妃と側室のゴースト』のことか。
ただ、ヴァイスが言うように、あれは部屋中に仕掛けられた魔道具による怪奇現象があってこその成果、という気がしなくもない。そこらへんのことは今後の課題だろうな。
「で? 彼らはどんな夢を見てるのかな?」
魘されている奴らへの同情など欠片もなく、ウキウキとシュアンゼ殿下が尋ねて来る。今は自分が引いた番号に対応した魔道具ということもあり、興味津々なのだろう。
予想通りの姿に、思わず生温かい目を向ける。……そういや、こいつは自分がぶん殴った令嬢の心配さえしていなかった。今とて、自責の念など欠片も感じられないし。
だからと言って、諫める気は欠片もありません。
寧ろ、『いいぞ、そのまま逞しく育て!』と思っていますが、何か。
「ええと……人より大きい、凶悪な見た目の爬虫類モドキが襲ってくるやつ……かな?」
言うまでもなく、エ〇リ〇ンである。寄生された被害者から誕生する場面――私の年齢的に当然、規制なし――も入っているので、この世界にそういったものが居なければ怖かろう。
灰色猫、何~故~か凶悪なクリーチャーの夢が見られるものばかり選んだので、襲撃者達は地獄を見ていると予想。
くじ引きに使った紙はただ番号を書いただけだったので、意図して選んだわけではない。選んだわけではないと……思いたい。
「ふうん……よく判らないけれど、ちょっと興味あるかな。後で私も見せてもらいたいんだけど」
「……構わないけれど、自己責任で! あと、ラフィークさんは見ない方が良いと思う」
「……。何となくだけど、どういうものか薄ら察したよ」
多分、グロ耐性とかあんまりない気がするのよね。逆に、灰色猫なシュアンゼ殿下は全く平気そうな気がするけど。
※※※※※※※※
小話其の二『ミヅキさんは不思議な人』(モーリス視点)
――ブレイカーズ男爵家の一室にて
「あの……聞きたいことがあるんですが」
図々しいとは思いつつ、僕はミヅキさんに問い掛けていた。ミヅキさんを選んだ理由は……一言で言ってしまえば『身分』だろう。
シュアンゼ殿下は王族だし、その傍仕えであるラフィークさんも貴族だろう。当然、男爵子息でしかない僕よりも身分が上であることは確実だ。
護衛らしき三人はシュアンゼ殿下の子飼いだと言っていたから、話せる内容に制限があるかもしれない。
ヴァイスさんは……多分だけど、あの人は近衛騎士……のような気がした。
動きというか、雰囲気が騎士を目指していた友人達に似ているのだ。それに、近衛騎士ならば、身分は必須。立場的にも、シュアンゼ殿下と知り合う可能性は高い。
結果として、消去法でミヅキさんが残った。ミヅキさんだけは本当に判らないのだ。
だけど、ミヅキさん自身が『自分の身分について語らないこと』を選んだ以上、僕はその好意を利用させてもらおうと思う。
……。
きっと、ミヅキさんが僕に教えてくれようとしたのは、そういったことも含まれるだろうから。
交渉することを学ぶという意味もあるけれど、『情報収集をする』ならば、彼らのうちの誰かに話し掛けるしかない。
その選択によっては、聞けない情報だってあるはずだ。現に、僕は護衛らしい三人組を話し掛ける相手から除外しているじゃないか。
「いいよ、何が聞きたい?」
答えてくれるつもりらしく、ミヅキさんは僕に促した。……その表情がどこか楽しげなのは、僕に学ぶ姿勢があることを喜んでくれているのだろうか。
「襲撃者達の取り扱いについてです。本来ならば、騎士団にでも届けるべきなのでしょう」
「ふうん……じゃあ、そうすればいいじゃない」
ミヅキさんの言葉は当たり前のもの。だけど、僕は首を横に振った。
「依頼主が血縁者だった場合は、こちらも無傷ではいられません。寧ろ、もっともらしい言い訳をして、逆に、僕の次期当主としての不甲斐なさを訴えるかもしれません」
こう思ってしまうのは、これまでの僕自身の行動が拙かったからだ。勿論、襲撃は犯罪なのだけど……今回は誰も傷ついていない。
それを踏まえ、『何故、そのようなことが起こったか』という方向にもっていかれてしまうと、僕自身の不甲斐なさが浮き彫りになり、『やはり、まだ当主は無理ではないか』と言われかねなかった。
後見人となる、などと言われてしまう可能性もある。そうなった場合、当主は僕であったとしても、都合の良い傀儡にされてしまう可能性が高いだろう。
逆に、ブレイカーズ男爵家を乗っ取ろうとしている者達には……悔しいけれど、味方をする貴族達が居る。
同じ派閥に属しているのか、何らかの旨みを提示されたゆえの協力なのかは判らないけれど、間違いなくそういった者達が居るだろう。
僕は本当に、何も判っていなかった。
それがここまで僕自身を追い詰める要因になっている。
「今更ですけど、僕の愚かさを痛感しているんです。家を守ってくれていた者達だって、僕の知らない苦労があったはず。そして、義母は……」
そこまで言って、一度言葉を切り。
「……あの方法でしか、家を守れなかった。だけど、それは噂どおりのものじゃなく、本当に凄いことだったんだと、今なら判るんです」
後悔を滲ませながら、項垂れる。その行ないは問題のあるものだったのかもしれないが、あの人は家を守り切ってくれたじゃないか。
僕自身がその厳しさを理解できるようになったからこそ、そう思う。家のため、次期当主となる僕のために自ら、醜聞に塗れてくれたのだ。
「なんだ、理解できてるじゃない」
パチパチとミヅキさんは手を叩く。その表情はどこか嬉しそうだ。
「その程度も考えられないような馬鹿なら、この先、当主になっても潰されるだけだよ。……一つ教えてあげる。後妻さんの行動を聞いた時、私とヴァイスは彼女のことを絶賛したのよ。後ろ盾もないのに、醜聞となるような過去を強みに変え、彼女は『勝者』になってみせたんだもの」
「勝者、ですか?」
「勝者じゃない。事実、彼女は凄腕の間者みたいな状態になっている。……『得た情報の活かし方を理解できる女だと知ったから、誰も手が出せなかった』ってことでしょ。情報を持っているだけなら、消されて終わり! という可能性だってあるじゃない」
「あ……!」
ミヅキさんの言葉は、僕の胸にストン、と落ちていった。
……ああ、そうだ。あの人は噂こそ酷いものだったけれど、『誰からも手を出されていない』。それはミヅキさんの言うように、彼女が恐れられていたからだとするならば。
義母は間違いなく、自分の願いを叶えた勝者だったのだ。
ファクル公爵とて、彼女のそんな一面を評価してくださったのだから。
「そうそう、話を戻すけど。今回の襲撃者のことならば、私達が対応するから問題ない。『私達には報告書を提出する義務があるから、今回の一件の一部として伝えられる』。当然、私達の上司からの追及はあるでしょうね」
その『上司』が誰かは判らないが、ミヅキさんは楽しそうに笑っている。どうやら、襲撃の依頼主がその追及をかわせるなんて、欠片も思っていないらしい。
「それに……ある意味、私に喧嘩を売ったようなものだもの。襲撃者達にはきっちり理解してもらいましょう。まあ、歯向かうだろうから、そこは『教育』すれば問題ない」
「へぇ……。ん?『教育』、ですか?」
そこまで面倒見なくても良いような。
そう伝えると、ミヅキさんはとても楽しそうに目を細めた。
「大丈夫。『教育』も『躾』も『調教』も大差ないから」
「え゛」
今……何か、とんでもない単語が聞こえたような……?
硬直した僕をよそに、ミヅキさんは上機嫌で言葉を続けた。
「対象者に学ぶ意思があるならば、『教育』。対象者に学ぶ意思がなく、反発するならば、強制的に身に付けさせる。これが『躾』。対象者に遣る気がなく、反発しかしない上、こちらも『貴様の意思など関係ない。体で覚えろ』となるならば『調教』。まあ、最後のは『素直になるか、社会的に死ぬか選べ』とも言い換えられるけど」
「え……? え!?」
ミヅキさんって、本当によく判らない!
灰色猫『なんだか楽しそう……!』
三人組『(嫌な予感が)』
ヴァイス君の上司さん(女狐様)『あらあら……』
ミヅキちゃんの上司さん(魔王様)『おやおや……』
上司が出てきた方が拙いことになる可能性・大。




