襲撃の後の一時
――シュアンゼ達が集っている部屋にて
襲撃第一弾――今後も予想されるため、この認識で良いと思う――も無事に終了し、私達は一先ず、与えられた部屋の一室に集っていた。
なお、三人組の内、イクスとロイは別室に閉じ込められている襲撃者達の見張りである。これは単に、くじ引きの結果によるものだ。
シュアンゼ殿下は論外だし、ラフィークさんはシュアンゼ殿下の傍仕えなので除外となった結果、三人組とヴァイスが担当してくれることになった。
私は魔法関連のことがあるので、必然的にこちら側。魔術師が襲撃してくる可能性があるからね。
ヴァイスも他国とはいえ公爵家の一員なのだが、本人曰く『個人的にシュアンゼ殿下を訪ねたことになっている上、現在は休暇扱いなので、日頃から騎士として対処に慣れている自分も加えて欲しい』とのこと。
……。
確かに、サロヴァーラでの扱いって、通常の公爵子息様じゃなかったわ。
いや、一応、『公爵子息』という身分は認識されている。されてはいるんだけど、エヴィエニス公爵家は国王派の筆頭みたいだし、貴族達からは目の敵にされていた。
そのせいか、ヴァイスの扱いって、微妙に悪かったのよねぇ……。
一番最初にサロヴァーラを訪れた時、サロヴァーラ王陛下の命で私の護衛に付いたのは『信頼できる騎士だから』というもの。
これはいいんだ。貴族達がイルフェナ勢に何をするか判らない以上、実力と身分を併せ持つ騎士を直々に任命しておけば、こちらも『サロヴァーラ王陛下はきちんと対処してくれました』という報告ができるのだから。
……が。
ヴァイスは不幸属性でもあるのか、中々に貧乏くじを引きがちだ。
私と一緒に罠に落ちて、命の危険を味わったり。
そのせいで、自国の馬鹿どもの代わりに、私に謝罪する羽目になったり。
挙句の果ては、罠に落とした張本人の侍女が死んだ際、何~故~か、イルフェナ勢の下に謝罪に向かわされたり。
最後の項目に至っては、『いや、それお前は関係ないじゃん!』と突っ込みましたよ。こちらが好意的に接する数少ない人だからと言って、代わりに謝罪に向かわせるとかありえない。
そして、今現在ではシュアンゼ殿下や私といった『災厄モドキなお猫様』(※片方は予定)のお友達に認定されているという……。
当のヴァイスはそれを幸運なことのように捉えているけど、私やシュアンゼ殿下の本性を知る人々にとっては、とても微妙なポジションだ。
少なくとも、魔王様と騎士sはヴァイスを哀れんだ。ハーヴィスの一件でのこともあり、魔王様はヴァイスにはちょっと優しく接してくれると思う。
……そんなこともあり。
今回、ヴァイスは労働力扱いされることが決定した。粗野な感じだが根は真面目なイクス&最近、微妙に私の影響が出てきたロイ、気遣いのできる子カルド&真面目人間ヴァイスという、中々にバランスの取れた組み合わせだ。
なお、ヴァイスの存在は『罠』である。
彼はサロヴァーラの公爵家の人間なのだ……万が一、ガニアの高位貴族がこの件に関わっていたとしても、十分に対抗できる。
王族とはいえ、まだまだ立場の弱いシュアンゼ殿下だけでは微妙なところだが、女狐様の後押し付き(重要!)でガニアに来たヴァイスならば、間違いなく勝てるだろう。
まあ、それでも文句を言ってきたら、私が『遊びに来たら、攻撃されたんだけど?』とでも言えばいい気がする。
私とて個人的に遊びに来ただけだが、今回はきちんと保護者の許可を得てこちらに来ているのだ……文句を言われる筋合いなどないし、大事にすれば、保護者が出てくることになるだろう。
そうなるとガニア王達にも迷惑が掛かるため、今回はヴァイスの身分に縋ることになっていた。私達とて、シュアンゼ殿下が気に病む展開は避けたいしね。
で。
とりあえず『モーリス君は妹を切り捨てる覚悟がある』ということが判明し、私達は一安心、というわけだ。
こう言っては何だが、モーリス君が妹擁護の姿勢を崩さなかった場合の方が遥かに大変なんだもの。
『批難だけは一人前の役立たず(=妹)なんて、どうしろっつーんだよ!?』
その場合、私達の心境はこれに尽きる。政略結婚の駒としても使えなさそうだし、自発的に家に貢献する……という展開も期待できまい。
そもそも、『家が危機的状況にある』ということは判っているはず。理解できないほど幼くはないものね。
それを義母の悪評のせいと考える――無意識に、他の問題から目を逸らしたかったのかもしれない――なんて、目を曇らせているにもほどがある。
そして。
兄であるモーリス君の言葉に耳を貸さないことからも、私達はこう考えていた。
妹さんは『義母は悪である』という前提を崩す気はない、と。
言い方は悪いが、義母である後妻さんの評判は宜しくない。それを全ての理由にしてしまえば、それ以外のことから目を背けられるから。
その思い込みを徹底的に崩さなければ、今後の共存は有り得ないだろう。こちらとしても付け入る隙になりそうな存在は遠慮したい。
「やっぱり、問題は妹の方みたいだね」
シュアンゼ殿下の言葉に、その場に居た全員が大きく頷く。ですよね、そうとしか言いようがない。
「モーリス君や使用人の人達は教育次第で何とかなると思う。あの人達は『家を守ること』が最上位にあるみたいだし、後妻さんの遣り方を受け入れたのも、その点が共通していることが大きかったでしょうね」
「確かに。モーリス殿だけでなく、使用人達もその方向に考えているように見受けられました。妹殿に対しても、厳しい対応を考えているようでしたし」
私の言葉に、ヴァイスが頷きつつ補足する。やはり、貴族社会に慣れた彼から見ても、この家の人達は『家を守ること』が最上位になっているのだろう。
「その点だけは良かったよね。第一、私がファクル公爵から依頼されたのは『ブレイカーズ男爵家に関して』なのだから」
「でもよ……その『家』には先代の遺した子供二人が入ってるんじゃねぇのか?」
「カルド、やっさしーい!」
「茶化すなよ、教官」
どことなく安堵した様子のシュアンゼ殿下の言葉に、カルドが待ったをかける。善良な彼らしい言い分に、部屋の空気が微妙に和んだ。
……が。
善良なカルド君には大変申し訳ないのだが、私達はそれほど面倒見が良いわけではない。
「私は『自分の今後のことも考えて、ファクル公爵の提案に乗っているだけ』だよ、カルド」
微笑みながら告げるシュアンゼ殿下の言葉は、その表情に反するように冷たい。
「ファクル公爵様はそのような甘い方なのでしょうか? もしもカルドの言い分が正しいならば、彼ら兄妹の今後のことも含めて提案されるのでは?」
直接、ファクル公爵は知らないまでも、その功績や遣り方は知っているらしく、ヴァイスが首を傾げながら問い掛けて来る。
彼の視線は私やシュアンゼ殿下、そしてラフィークさんに向いていた。私達は顔を見合わせ――
「いや、そんなに甘い人じゃないよ。第一、実績皆無の私にこの案件を振ってくるくらいだからね」
「そうですね、私も主様と同意見です」
ファクル公爵に最も接したことがあるであろう主従が即座に否定の言葉を返す。ラフィークさんも同意するあたり、これまでもそういったことはないのだろう。
それに。
ファクル公爵がそんな人なら、シュアンゼ殿下とて、とっくに救済ルートが用意されていたはずだ。しかし、そんな話は聞いたことがない。
おそらく、ファクル公爵には『興味を抱かせる切っ掛け』が必要なのだ。シュアンゼ殿下の場合、ガニアの王弟夫妻の追い落としがそれに該当。
しかし、そこまでやっても無条件の甘やかしが来ることはない。精々が『事態が好転する切っ掛けを与える』程度。
今回のこととて、その一環だ。シュアンゼ殿下も言っているじゃないか……『実績皆無の私にこの案件を振ってくるくらいだからね』と。
多分、ファクル公爵は基本的にスパルタ教育。
現状を見る限り、魔王様と良い勝負のような気が。
「いや、ないない! あの爺さん、そんな無条件の優しさはないって! 努力する姿勢を見せれば、後妻さんの時みたいに面白がって手を貸してくれるかもしれないけど、あくまでも『手を貸す』ってレベルだよ。後見人になるとかないでしょ」
ひらひらと手を振って否定すれば、シュアンゼ殿下も深く頷きながら同意する。
「少なくとも、今の兄妹の状況では後見人になる気はないだろうね。都合よくファクルの名を使われたり、べったり頼られても困るし」
「だよねぇ」
二人揃って『ないわー』と言い切ると、カルドが顔を引き攣らせた。
「貴族って……それに馴染んでいるあんた達って……!」
「ちなみに、こちらがそのファクル公爵のリアルお孫様になります」
すちゃ! とシュアンゼ殿下へと手を向ける。
「あ? あ~……そういえば……」
「そして、お前らの上司であり雇い主」
「わざわざ言う必要ないだろ!? 教官!?」
何さー! 忘れているみたいだから、思い出させてあげたのに!
第一、シュアンゼ殿下はノリよく笑顔で、手を振ってアピールしてくれているじゃないか。私だけを悪者にするでない!
「まあ、今後のことは明日にでもモーリス君達と話し合うとして」
パン! と手を叩き、徐に用意していた袋を皆の前に出す。
「ミヅキ、これは何?」
「くじ引き。番号を書いた紙が中に入ってる」
不思議そうに尋ねたシュアンゼ殿下に対し、さらっと答える私。ええ、本当にそれだけです。
「これは何に使われるんです?」
予想がつかないのか、ヴァイスも不思議そうな表情だ。カルドも同様……だが、彼は直前の会話のせいか、私の性格を知っているせいかは判らないが警戒しているらしく、微妙に腰が引けている。
「襲撃犯が素直に情報を吐くとは思えない。いや、寧ろ吐かないままで良いと私は思っている」
「何故」
「長く遊べるから」
「おい!」
即座に突っ込むカルド。はは、相変わらず善良だな、君。
「まあ、それは冗談だけどね。『ブレイカーズ男爵家を襲えば、ヤバいことになる』っていう認識を持ってもらいたいのよ。こういった情報は洩れるだろうし、多少の虫除けにはなるでしょ」
「虫除け……襲撃者が虫扱いかよ」
「他には暇な貴族達かな。シュアンゼ殿下が関わっていることであっても、手を出してくる輩が居るかもしれないからね。だから、『仕掛けたら怖い目に遭う』と思わせれば……」
「自動的に魔導師殿に辿り着くわけですね」
納得、と言わんばかりの表情でヴァイスが頷いた。
「私が出てきた理由が『シュアンゼ殿下の依頼』なのか、『何か目的があって、ブレイカーズ男爵家のことに関わった』のかは判らない。しかも今回は、イルフェナに問い合わせても『仕事じゃなく、友達の所に遊びに行った』としか言われないよ」
どちらとも取れる状況だけど、決定打は得られまい。だから、結果的に『どちらにも手を出しにくくなる』。私が狙うのはそれだ。
「私にしろ、ブレイカーズ男爵家にしろ、迂闊に手を出せば魔導師が出てくると思わせるわけか。しかも、ミヅキは王弟夫妻のことがあったから……」
「関わらないことが一番だと、あの時のことを知っている連中は知っているでしょうねぇ」
ガニアに滞在した際、私の目的は王弟のみだった。それ以外の被害者が出たのは、自発的に喧嘩を売ってきた連中の自業自得である。
「折角、この件に関わっているんだもの。私とて、それを利用してもいいじゃない。ブレイカーズ男爵家にとっても悪いことじゃないんだしさ」
からからと笑いながら告げれば、カルドは複雑そうな顔で黙り込んだ。結果的には守りに繋がることであっても、胸中は複雑な模様。
「お嬢様は何だかんだ仰っても、お優しいですから」
微笑ましそうに言うラフィークさんには悪いが、私は『無条件に優しい』というわけではない。思わず、そっと視線を逸らす。
照れているわけではなく、ラフィークさんの好意を否定し辛いのだよ。どちらかと言えば、これは『シュアンゼ殿下がブレイカーズ男爵家に対して持つカード』なのだから。教育の下準備とも言える。
「私はモーリス君に言ったじゃない。『私達から情報を引き出したいならば、会話で誘導しなさいな』って。対抗手段も同じだよ。味方して欲しいならば、こちらが協力したくなるような『何か』を提示しろってこと」
「その判りやすい例が今回の襲撃を踏まえた、魔導師殿なりの『守り』なのですね」
「そう! 現状、この家に襲撃や他家からの圧力に対する『守り』はない。そして、私は『この家には関係ない』。ならば、彼らが交渉すべき相手は……」
「私、ということだね。やれやれ、ミヅキ達には頼りっぱなしだ」
私とヴァイスの解説に、溜息を吐きながらシュアンゼ殿下が肩を竦めた。仕方がないこととは言え、多少は自分を情けなく思っているのだろう。
「気にするなよ、灰色猫。大丈夫、これは先行投資の一環だ」
「そうですね。こちらとしても、北の大国の王族と繋がりがあることは有難いですし」
「そうそう」
特に、ヴァイスは今回の『灰色猫からのお手紙』で十分、その威力を知ることになるだろう。顔面蒼白になる奴は一体、何人になるのだろうか。
「まあ、気を取り直して! ほれ、さっさと引け。ああ、一人一枚ね。シュアンゼ殿下は五枚くらい引いてもいよ」
それまでの会話を綺麗に無視して、袋を皆の前に出す。
「ちなみにこの番号って……」
「対応した魔道具を襲撃者達に使う。大丈夫! 退屈なんかしないし、(私的に)楽しい時間を夢という形で過ごすだけだから!」
すでにサロヴァーラで実践済みさ。楽しい夢で精神がガンガン削られた後は、私達とお話ししような?
そんな考えを察したのか、シュアンゼ殿下が生温かい視線を向けてくる。
「じゃあ、全員にこれを引かせる意味って……」
それは勿論、『連帯責任にするため』です! 誰が一人でお説教されるものか。
同時刻、別室に閉じ込められた襲撃者達と見張り。
襲撃者達『……っ!?(何故か、寒気を感じた)』
イクス&ロイ『……(可哀想に)』
三人組もそろそろ、自分達の教官の遣り方が判ってきた模様。




