襲撃 ~お勉強開始~ 其の四
――襲撃があった部屋にて(モーリス視点)
ミヅキさんから突き付けられた現実に、僕は即座に答えを返すことができなかった。
『妹を切り捨てなければいけない可能性』――それは頭のどこかで理解しつつも、無意識に目を逸らしていた問題だったから。
……だけど。
『妹さん、何もしてないよね? それに、このままだと都合よく利用される可能性もある。……言いたくないけど、君が死んだら、妹さんの伴侶が当主になるでしょ。妹さんは領地経営とか、家の立て直しのことなんて、全く考えていないみたいだし、丸投げするでしょうね』
シュアンゼ殿下とて、暇ではない。ここにやって来た以上、それなりに調査をされているだろう。
その過程で、妹のことも当然ながら調べられている。それならば『妹が僕にとっての障害になる』という可能性に気付いていたはずだ。
妹が特別悪い子だとか、意図して僕に悪意を向けてくるわけではない。
ただ……無知なままでは『そうなる可能性がある』というだけのこと。
咄嗟に『妹はまだ成人していない【子供】』ということを言い訳に使ったけれど、当然、ミヅキさんにそんな言い分が通用するはずもない。
何より、僕はまだ甘い考えが抜けていなかった。それはこの襲撃にも表れている。
ミヅキさんがどのような立場の人なのかは未だに判らないけれど……彼女は襲撃されようと、人質にされようと、平然としていた。
……そう、『その程度のこと』なのだ、ミヅキさんにとっては!
そして、それはミヅキさんだけではなかった。
シュアンゼ殿下を始め、一緒に来た人達は……『誰も』慌ててはいなかった。
王族であるシュアンゼ殿下や従者であるラフィークさんならば、まだ判る。言い方は悪いが、これまでのシュアンゼ殿下の立場上、狙われることがそれなりにあったと予想できてしまうから。
護衛の人達は少し動揺していたようだが、『慌てる』と言うほどの姿は見られなかった。
そして、ヴァイスさんに至ってはミヅキさんを案じることより、周囲のことに気を付けていたように思う。
ミヅキさんの強さを知っているにしても、少々、おかしな反応だ。女性が人質にされている以上、気遣うのが当たり前ではないのだろうか?
……その理由が判明したのは、ミヅキさんの反撃と僕に対する問いかけゆえ。
『さて、モーリス君。お勉強……もとい、反省会のお時間です』
何のことはない、彼らは……僕や使用人達の出方を窺っていただけ。
今後、予想される妨害の中に『襲撃』という命の危機があることを踏まえ、僕らの対処方法を見ようとしていたのだろう。
その結果が、『反省会のお時間』と、先ほどの耳に痛い言葉。
僕が出てきたことを叱られるとは思っていたが、そこから妹のことを言及されるとは思ってもみなかった。
「君は妹さんとこの家を比べて、家を選べる? ……状況によっては、妹さんを切り捨てなきゃならない場合があるからね」
にこやかに問いかけてはいるけれど、その眼差しは『逃げることは許さない』という圧に満ちている。
胸倉を掴まれたままの襲撃犯とてそれを感じ取ったのか、やや表情を引き攣らせているようだ。
視線を使用人達に向け、一度目を閉じる。この選択を誤れば、彼らとて僕を支えることを止めてしまうだろう。
……僕は。
僕の答え、は。
「僕は……家を選びます」
「できるの?」
即座に返された言葉に、僕はしっかりと頷いた。それを見たミヅキさんは、僅かに目を眇める。
ああ、そう言われることも予想していた。これまでの僕の甘ったれた考えと、先ほどの軽率な行動を見ていれば、信じてもらえなくとも当然だ。
「きっと悩むでしょう。その選択が正しかったかを何度も自分に問いかけ、後悔にも似た感情を抱く未来すら予想できるんです。だけど、過去に戻れる魔法があったとしても、僕は『家』を選ぶ。……もう間違えません」
「それが妹さんを切り捨てることであっても?」
「はい。……僕に時間や遣り直す機会があったように、妹にもあったんです。僕だって、幾度となく告げてきました。けれど……妹を変えることはできなかった」
「……」
『自分よりも年下だから』、『まだ子供だから』、『家を継ぐのが僕だから』……言い訳ならば幾らでも思いつく。
だけど、『知らなかったから』という言い訳だけは使えない。
僕が幾度となく説明し、使用人達だってそれとなく告げてきたはずだ。だけど、家令が妹に義母の真実を告げていないのは……『不穏分子と判断したから』ではないのか!?
「僕が変わったように、妹にも変わる切っ掛けがあった。だけど、それを無視するならば、『味方』に数えるわけにはいかない。……そんな余裕などないのだから」
自嘲気味に呟くと、ミヅキさんは納得したような顔になった。
「なるほど~! 自分のこれまでの怠慢も、甘ったれた考えも、そこに行き着いたからこそ理解できたってとこかな?」
「ええ。もしも僕が最初から覚悟を持って、様々な努力をしていたら……きっと、『できること』は今以上に多かった。妹に幾つかの道を選ばせてやることもできた。それが不可能になったのは、次期当主としての自覚が足りなかった僕のせいでしょう?」
気付いた時は遅かった。『敵』か『味方』ではなく、どこかに逃がしてやる選択肢――父の伝手を使い、どこかに養女に出す選択など――だってあったはずなのだ。
だけど、僕自身がそのための努力を怠った。
結果として、妹の扱いは『凝り固まった考え方を矯正できなければ、切り捨てる』という一択のみ。
選択肢がないというよりも、僕自身にできることがないというのが現実なのだ。養女に出したり、婚姻という形で家を離れさせたりするには、『それが可能な伝手や能力』が必須。
若輩どころか、当主となることも危うい僕では、そのどちらも叶えてやれないだろう。第一、そういった縁を結ぶにしても『信頼できる家』でなければならないじゃないか。
「ふぅん。……まあ、いいか。『今回は』その考えに至った過程に免じて、自己犠牲の件は見逃してあげる。だけど、心に留めておいて。『自己犠牲は私達から見放される最大の理由になる』ってことを」
「!」
「そんなに驚くこと? 忘れているみたいだけど、君は私達に『当主になる』と宣言しているの。それを第一に選べないなら……君の覚悟って、『その程度』ってことでしょう? 現状、最も重い宣言のはずなのにその程度のものならば、『私達が命を懸ける価値』なんてある?」
「あ……!」
そう……だ。現に今、僕達は襲撃され、ミヅキさんは人質にされていた。
そうなった『原因』は何だ? 今回は余裕があったけれど、今後が同じ結果になるとは限らないじゃないか。
「今回が失敗した以上、『次』があるなら、更に強い相手が送り込まれてくるでしょうね」
あっさりと口にするミヅキさんだけでなく、シュアンゼ殿下達もそこは予想済みだったらしい。特に驚いた様子は見られない。
そんな彼らの姿に驚いていると、シュアンゼ殿下は軽く首を傾げて僅かに笑う。
「そんなことは最初から判っていたじゃないか。『誰かを頼る』ということは『誰かを巻き込むこと』と同じだよ」
「ですが!」
「その切っ掛けを作ったのが君の義母殿であり、この家を守ろうとする使用人達だ。そして、君は私達が助力する機会を得た。だから、今度は君が試される番ってとこかな」
「……。僕は未だに認められていない、ということなんですね」
「認められるだけのことはしていないだろう? それに、言い方は悪いけど、こんな問題は『よくあること』じゃないか。もっと複雑で、状況が悪い場合だってあるしね」
何でもないことのように告げるシュアンゼ殿下に、僕はこれまでの己を恥じた。
僕の周囲にそう言った話はなかったように思うし、友人達からも聞いたことはない。だけど、それはきっと『表に出さなかっただけ』なのだろう。
「ミヅキなんて、毎回、よくぞ勝てると思える案件ばかりだものね」
「いや、だからこそ私に回ってくるんだってば」
「はは! そこは信頼されているって思おうよ」
「結果を出すこと前提で回ってくる案件だからね。私は自分や保護者の評価を落とす気はないわよ」
……その後に続いたミヅキさんとシュアンゼ殿下の遣り取りに呆れはしたけれど。
どう考えても、笑いながら話す内容ではない。というか、シュアンゼ殿下がそこまで言う以上、僕のような弱小貴族の問題ではなく、本当に表に出せない案件なのでは。
え、いや、その、ミヅキさんって本当に、どういった立場の人なんだろう……!?
※※※※※※※※
――その頃の蓑虫……もとい、襲撃者達(襲撃者視点)
「……っ」
何とか藻掻こうとするも、俺の胸倉を掴んだ女の手が外れることはない。おそらく、身体強化の魔法でも使っているのだろう。
そんな俺をよそに、こいつらはガキの教育とやらを始めやがった。
……。
いや、教育と言うか……この家が生き残る術ってやつか? まあ、貴族連中は誇りを第一にする奴らも一定数は居るから、家の乗っ取りでもされたら、失意のうちに死ぬこともあるのだろう。
しかし、と俺は女とその仲間らしき奴らに目を向ける。
こいつらは襲撃に対し、全くと言っていいほど動揺しなかった。人質にした女に至っては、欠片も恐怖を感じてねぇ。
それが判った時、俺はこの仕事を受けたことを後悔した。同時に、依頼人に怒りを感じもした。『何故、こいつらが居ることを黙っていた』、と!
襲撃をものともしない理由なんざ、そう多くはない。
『慣れている』か『返り討ちにする実力がある』かのどちらかだ。
あの王子様はともかく、他の奴らも動じなかったってことは……まあ、そういうことなのだろう。
現に、今も俺には、あの育ちが良さそうな割に鋭い気配を纏った男が注意を向けている。
俺が迂闊に動けない理由はこいつが原因だ。下手に動けば、即座に攻撃してくるだろう。
他の奴らは俺以上に身動きが取れない姿にされているが、動いたところで勝機はあるまい。
何せ、護衛――と言うには、騎士ではないようだが――らしき三人が秘かに監視していやがる。こちらも迂闊に動けば、即座に反撃してくるに違いなかった。
そんなことにも気付かず、あのガキと使用人達は女の話に耳を傾けている。奴らの呑気な姿に苛立つも、そうできる状況であることも事実であって。
……俺は、この計画の失敗が王子様達にあることを悟った。大人しそうな顔をして、とんでもねぇ。今更だが、本能的な部分でヤバそうな気配を感じるのだ。
「随分、元気みたいだね。退屈?」
そんなことを考えていると、いつの間にか女が俺の方に向き直っていた。
「ふふ、大丈夫、判っているから! どうせ、任務は失敗なんでしょ。情報を吐けなんて言わないわ……あんた達みたいな輩に、そんなことを期待するだけ無駄だもの」
「……」
「だからね、ちょっとだけ監禁されてね♡ 大丈夫! この案件が終わるまでだから! 絶対に、退屈させないから!」
……その割には、女が楽しそうなのは何故だろう? 大丈夫どころか、とてつもなく嫌な予感しかしないのだが。
「さあ、未知の世界が待ってるぞぉ♪」
だから、その『未知の世界』って奴は一体、何なんだ!?
ちょ、お前の仲間だか、王子様の護衛だか判らん三人組が、俺達を可哀そうなものを見る目で見て来るんだが!?
「貴重な経験ができると思うよ。良かったね」
そう思うなら、この女を止めろや、王子様!
黒猫『最初だし、今回はこれで許すか。次はないけど。襲撃者達は許さないけどなー♪』
襲撃者達『……?(何となくヤバい気配を察知)』
三人組『……(可哀想に)』




