襲撃 ~お勉強開始~ 其の三
床には蓑虫状態の襲撃犯達。彼らは一様に私達――特に私を睨みつけており、反省する素振りなんて皆無だった。
うん、まあ当然かもね!
だって、私がお前らのリーダーらしき奴の胸倉を掴んでいるから!
しかも笑顔で。繰り返すが、私は笑顔であ~る。怯えた様子なんて欠片もない。
襲撃犯達が怒っているのは明らかだ。一撃で沈めたことも一因だろうが、それ以上に、彼らは自分達が馬鹿にされていると感じているのだろう。
しかし、私は彼らにこう言いたいんだ……『お前らが(様々な意味で)弱いだけ』と。
いくら依頼人がブレイカーズ男爵家の皆様を嘗めていたとしても、それを馬鹿正直に信じちゃ駄目だろうが。
確かに、『ブレイカーズ男爵家の人々』という括りでは、戦闘慣れしている人なんていなかったみたいだし、助けを求められるような伝手もないのだろう。
……が。
それはあくまでも『モーリス君が従順だった頃の話』であり、ここ一年ほどは距離を置いていたはず。
その切っ掛けになった出来事があった、もしくは苦言を呈した人が居たならば、状況が少々変わってくる。
何より、ブレイカーズ男爵家には最強義母様がいらっしゃるのであ~る!
後妻さんがやっていることを『正しく』知っていたならば……私達みたいな協力者が居ても不思議はあるまい。
そもそも、襲撃を依頼した親族とて、貴族の一員のはず。
つまり、依頼人にも敵が居る可能性・大。
潰すならば、ブレイカーズ男爵家に味方すればいいだけさ。
だって、『爵位や財産を掠め取ろうとする不届き者を許せず、正当な跡取りに味方した』という『誰もが納得する言い分』があるのだから。
お貴族様は誇りや家の存続を重視する人々なので、家の乗っ取りなんかは重罪だし、印象最悪なのですよ。
分家なのか、血の繋がりがあるだけなのかは知らんが、そんなことを仕出かそうとした当人や家に対して向けられる視線は冷たかろう。
今現在もブレイカーズ男爵家を狙っている輩って、多分、そちらのことに気付いていない気がする。
もしもそういったことを気にするならば、掌返しと言われようとも、モーリス君が立派な当主になれるよう、応援するだろうからね。
これまでのことがある以上、疑いの目は向けられるかもしれないが……まあ、それはあくまでも『疑惑』であって『証拠がある事実』ではない。
さらっと『我が家はブレイカーズ男爵家の正当な跡取りを応援してますよ』という姿を見せ付け、上手く立ち回れば問題なし。
引き際を見極めることとて、ある種の才能なのだ。少なくとも、私達が居るブレイカーズ男爵家に仕掛けてきた奴は、無罪放免というわけにはいくまい。
で。
さてさて、犯人サイドの事情に想いを馳せるのはこれくらいにして。
大本命のお説教……もとい、『モーリス君(とブレイカーズ男爵家の皆様)のお勉強』といこうじゃないか。
「さて、モーリス君。お勉強……もとい、反省会のお時間です」
「えっと……?」
にこやかに告げる私――片手に襲撃犯――に、モーリス君は……いや、ブレイカーズ男爵家の皆様は困惑気味だ。
しかし、私サイドの面々は当然といった顔をしている。理由は簡単、モーリス君が一番やってはいけないこと――所謂、自己犠牲という姿を見せてしまったからだ。
「君はこの家の当主になる。私達にもそう言ったはずだよね?」
「は、はい」
「そうか、そうか。……で? 先ほど、君は自己犠牲としか言いようがない姿を見せたわけだけど、その場合、どうするつもりだったのかな?」
襲撃犯を片手に、にこにこと笑いながら問い掛ける私の姿が異様だったのか、モーリス君は一歩だけ後ろに下がった。
あはは、嫌だなー! この程度でドン引きしてたら、これからやっていけないぞーう。
「えっと、それは……た、確かに、対抗する術はありませんけど! ですが、貴方達に怪我をさせるわけにはっ」
「はい、駄目ー! それ、一発でアウトな発想です。少なくとも、未来の当主としては失格」
必死に言い募ろうとするモーリス君の言葉を、ばっさりと切り捨てる。
「シュアンゼ殿下以外、私達が自分の立場を明かさなかったのは何のため? いい? 『知らなかった』ことと『知っていて無視した』ってのは、全く違うの。知らなかった以上、優先すべきは自分でしょうが」
「で、ですが、貴女はシュアンゼ殿下のご友人なのでしょう!? 何もしないというのは問題です!」
モーリス君は不敬罪やら外交方面のことを気にしているのか、納得していない模様。
うん、まあ、モーリス君の立場からすれば怖い状況でしょうね。自分達は男爵家であり、貴族としては下位。対して、王族であるシュアンゼ殿下のお友達ならば、他国の高位貴族や王族という可能性があるのだから。
だが、今回は少々、事情が異なるのだ。
「正式な通達でも出して、身分を明かした上での滞在ならば、気を使う必要があるかもね。だけど、『立場を明かしていないのは私達』であり、非はいきなり訪ねて来た私達にある。知らない振りも十分、できるでしょう。こう言っては何だけど、君達が気にするべきなのはシュアンゼ殿下くらいだよ」
『抜け道のごとく【知らなかった】で通せよ』と告げる私。しかし、そこでシュアンゼ殿下から待ったが入った。
「いや、今ならば私が王族であっても、そこまで問題にはならないかもね」
「あれ、そうなの?」
「こう言っては何だけど、こちらは通達も無しに押し掛けた身だ。それにね……私を疎む者はそれなりに居る。もしも、ここで騒ぎを大きくすれば今後、襲撃がし辛くなっちゃうじゃないか。多分だけど、有耶無耶にできると思うよ」
なるほど、そういった意味もあるか。なお、如何にも悲劇の主人公のような状況なのだが、シュアンゼ殿下が狙っているのは同情を買うことではない。
シュアンゼ殿下は大人しくはない。寧ろ、殺る気満々で、元王弟派・国王派問わず、状況を見極められない愚か者達を篩に掛けるつもりと見た。
『騒ぐと今後、襲撃されなくなっちゃうから! それは拙い! 【王族への襲撃】って、貴族であろうとも有責にできる上、物凄く使えるカードなのに!』
……こんな感じだろうな、多分。三人組が死んだ目でシュアンゼ殿下を見てるもん。
灰色猫は順調に、腹黒くお育ちのようだ。力や功績がない弱小王族であることは事実だけど、今しかないその状況を利用して、元気いっぱいに色々と画策している模様。
楽しそうで、何よりです。ラフィークさんもニッコリですね!
「情勢を慮って……というやつですね。シュアンゼ殿下は未だ、その立場が安定しておりません。各国の王達が証人となった宣言があると言っても、それを素直に信じる者ばかりではないでしょう」
ヴァイスが大真面目に言うと、モーリス君達は納得したような表情になった。その中に、シュアンゼ殿下への同情が滲んでいるのは気のせいではあるまい。
そんな素直で善良な彼らの姿に、私と三人組はそっと視線を逸らす。
……。
あの……ヴァイスは一般論を口にしただけであって、多分、灰色猫なシュアンゼ殿下にそんな悲劇の主人公的要素はないからね……?
あの人、大人しそうな見た目のくせして、鈍器で令嬢の顔をぶん殴る生き物よ……?
「ミヅキ、何か言いたいことがあるの?」
「ウウン、何デモナイヨ!」
「そう」
ええ、何もありませんとも。少なくとも、今はシュアンゼ殿下の本性を暴露する場じゃないですからね!
さて、気を取り直して次に行きますか。
「まあ、ともかく。君の次の当主候補が決まっていない以上、自己犠牲は絶対にしちゃ駄目。極論になるけど、私達や使用人達を盾にしてでも生き残れ。君が死ねば、この家は乗っ取られるでしょうね」
「僕が駄目でも、妹が……」
「悪いけど、妹さんは信用できない。こちらも君に手を貸す以上、それなりに情報収集をしているからね。『都合の悪いことを【誰か】のせいにする子』であり、自分で何もやろうとしてないでしょ」
その『誰か』が当然の如く後妻さんなのよね。
後妻さんの噂もあるし、そう思っても『ある程度ならば』(重要!)仕方がないことなんだけど、彼女は『先代男爵夫人』であり、ぶっちゃけて言うと『過去の人』。
モーリス君の当主就任と同時に表舞台から退いても何の問題もないし、本人もその気だろう。
彼女と妹さんが懇意にしていれば、後妻さんの醜聞の流れ弾が来る可能性があるかもしれないが、誰がどう見ても仲は険悪。
『母親らしいことをしてもらっていない』とか妹さんが言ったとしても、関わる全てを拒絶しているのは妹さんの方なので、そんな言い分は通るまい。
正直、非常にもったいないことだと思うんだけどなぁ……後妻さんのテクニック各種を伝授されれば、将来、とても優秀な女主人になれるだろうに。
「ですがっ! 妹はまだ成人していなくてっ」
「甘いことを言うんじゃない。子供だから? そう言えるほど、妹さんは幼いわけじゃない。もしも本当に家のことを憂いているなら、自分の価値を高めて精力的に活動し、良縁の一つや二つ勝ち取ってくるんじゃないの?」
モーリス君が自己犠牲を絶対にしてはいけないもう一つの理由。それは彼の妹の存在だ。
この妹さん、同性ゆえの反発なのか、自分の母親は一人だけという理由なのかは知らないが、当然の如く後妻さんを嫌っている。そして、それは周知の事実。
これ、嫌っているだけならいいんだ。義母が嫌いだろうとも彼女を反面教師の様に捉え、『私は貴族令嬢として恥じない生き方をします!』とばかりに、立派な淑女になってくれるなら。
欲を言えば、『下位貴族だろうとも、爵位が上の者に望まれる存在』になるべきだろう。
だって、政略結婚は貴族の義務。
その義務を活かして、次期当主であるお兄ちゃんに有利な縁を結べるじゃない。
……が。
モーリス君が甘やかされていたのと同様に、この妹さんも同じ状態だった。
しかも、都合の悪いことは主に『あの義母が居るせい』ということにしている。これは周囲に誘導されたこともそうなった一因だろう。
しかし、私はこう言いたい。『義母に醜聞があろうともその本人じゃないんだから、お前に価値があれば良いだけだ』と!
そう言い切れる根拠は私であ~る!
洒落にならない醜聞持ち(しかも本人)でも、大人気さ。
勿論、淑女といった意味ではない。しかし、各国の王族達や高位貴族達に縁を持つ上、功績持ちなので、『守護役を付けて縁を繋いでおこう』的な発想になるのである。
まあ、その守護役達も『それはヤバい奴って言うか、事故物件って言わない?』な人達ばかりだが、一般的には『身分良し、顔良し、能力良しの優良物件』。
黙っていればヤバい部分はバレないとばかりに、取り繕うことにも慣れた連中なので、ご令嬢の皆様は割と憧れていたりする。
情報収集って大事だな、と痛感する一コマです。
奴らは間違っても、『自分をお姫様にしてくれる素敵な男性』ではない。
「妹さん、何もしてないよね? それに、このままだと都合よく利用される可能性もある。……言いたくないけど、君が死んだら、妹さんの伴侶が当主になるでしょ。妹さんは領地経営とか、家の立て直しのことなんて、全く考えていないみたいだし、丸投げするでしょうね」
「……」
反論できないのか、モーリス君は悲痛な表情で黙り込む。これは使用人の皆さんも同じだけど……こちらは少々、苦い顔をしている人も居た。
皆が一丸となって家の立て直しに必死になっているというのに、未だに現実を見れていないのだから、失望するのも当然だろう。
第一、政略結婚という貴族の義務で、大いに役立てる可能性があるのに、そのための努力もしていない。後妻さんの必死さを知っている以上、嫌でも比べてしまう。
「後妻さんへの反発があってもいい。だけど、反発するなら、自分なりに家の役に立つ方法を考えるべきじゃないの?」
「……妹には自由な結婚をさせてやりたいんです」
「じゃあ、都合よく家を頼ることもさせないんでしょうね。嫁いだ後で、婚家の誰かに『やっぱり、あんな後妻の居る家の娘は~』って言われたら、反省するどころか、後妻さんが悪いとか言い出しそうだけど」
「それは……」
黙った。やはり、兄から見てもその可能性があると思える要素があるらしい。
「だからね、君に聞きたいの」
にこりと笑って、問いかける。さあ、モーリス君? これがまず、君にとって最初の試練。
「君は妹さんとこの家を比べて、家を選べる? ……状況によっては、妹さんを切り捨てなきゃならない場合があるからね」
この問いかけが残酷だと思うならば。……それが嫌ならば。
君は後妻さんほどの覚悟も持たず、まだ現状を甘く考えていたってことだよ。
まあ、『どちらも取りたい』とか言うならば、それが可能になる条件を見出すとか、その状況を整える必要があるけどね。
だけど、今の君にそれができるかなー? ねぇ? モーリス君?
鬼教官、本領発揮。
まずは自己犠牲禁止の理由と、覚悟を問う問い掛けから。




