襲撃 ~お勉強開始~ 其の二
「いいか、動くなよ」
感情の籠もらぬ声で低く告げる男――私を拘束している襲撃犯の一人――に、私は内心、大笑い。
いや、だってさぁ……殺すつもりなら絶対に、暗殺狙いになるはずでしょ?
わざわざ姿を曝して、誰の目から見ても『僕達はヤバいお仕事を請け負う人間です! 今回はブレイカーズ男爵家を脅すために来ました!』と力一杯主張する行動をとるって、どうよ?
灰色猫なシュアンゼ殿下は私が人質にされたことに笑いを堪えているようだけど、絶対に、こちらの意味でも笑いを堪えていると予想。
ヴァイスですら何にも心配はいらないと思っているのか、周囲への警戒――他の襲撃犯がブレイカーズ男爵家の人々を襲う可能性があるため――に重きを置いている。
三人組は……多少は慌てているようだけど、『え゛。教官狙い!? マジで!? 人質にするにしても、運がなさ過ぎだろ!?』といった表情だ。
こちらの面子は『誰も』私の心配なんてしていない模様。彼ら自身が私と過ごした時間と己の経験から、『命の危険さえなきゃOK!』な発想に至ったのだろう。
……。
ですよねー!
今更、ですもんねー!
本気で心配しているらしいブレイカーズ男爵家の皆様には大変申し訳ないのだが、私はこの程度の危険なんざ『今更』なのである。
何せ、魔術師にしろ、魔導師にしろ、『魔法を使う』と相手にバレている場合、先手必勝が常套手段なのだから。
……いきなり殺しに来るの。魔法を使われると厄介だと判っているのか、狙ってくるのよ、一番最初に!
そんな経験が腐るほどある私からすると、ねぇ? 正直、『脅迫でどうにかなると思っているなんて、おめでたい頭だな』くらいの印象。
なお、灰色猫なシュアンゼ殿下も似たような感じになると推測。ただし、こちらはより陰湿なことになるだろう。
『足が悪い』ということが知れ渡っているせいか、彼の場合は速攻で行動するより、言葉による脅迫――相手からすれば『交渉』になるのだろう――が行なわれるみたいなんだよねぇ……。
シュアンゼ殿下は『見た目だけは』華奢で大人しそうに見えるため、『脅せば何とかなる』と思う輩が一定数は居たらしい。
これはラフィークさん情報なので確実。王弟夫妻の一件でも『令嬢に襲われかける(未遂)』ということがあったので、あそこまで悪質ではなくとも、嫌味程度は日常茶飯事だったのだろう。
そんな日々が灰色猫を鍛えまくったことは言うまでもない。
該当者達は今後、どのような目に遭わされるのか楽しみである。
で。
残りの面子はヴァイスを除き、そんな灰色猫の周囲に居る人達なのですよ。
ラフィークさんは昔からシュアンゼ殿下の傍に居るし、今は三人組もシュアンゼ殿下の子飼いにして護衛担当。
ただ、ヴァイスにはサロヴァーラでろくでもない貴族達と遣り合ってきた上、私が戦えると知っているため、『この程度では問題ない』と判断している節がある。
……しかし、一般的には私達のような反応をするはずもなく。
「その人を傷つけるな!」
「それはお前次第だな」
私達の反応を色々と勘違いしているらしく、モーリス君と襲撃犯は大真面目に遣り取りをしていたりする。
ブレイカーズ男爵家の皆様も私達が巻き込まれたと思っているらしく、顔面蒼白だ。
私? 私は勿論、相変わらず人質役ですよ。正しい人質の在り方が判らないから、大人しくしているだけだがな。
……。
笑っちゃ駄目なのよね、この状況。
モーリス君……温かく見守ることにしたけれど、私は少々、退屈です。
と、言うか。
ちらりと、大真面目に襲撃犯と遣り取りをしているモーリス君を見て、ひっそりと溜息を吐く。
モーリス君さぁ……怖い気持ちを押し殺して自分が犯人との対話を試みるのはいいんだけど。
君、『自分が次期当主、もといブレイカーズ男爵家にとっては大将格に該当する』ってこと、覚えているかなー?
そもそも、この家を狙っているのは『親族』。つまり、『どこかで血が繋がっており、本家に当主が居ないならば、外部から当主になる人材を送り込める連中』!
確かに、今回は脅しだろう。穏便に家を乗っ取るならば、次期当主であるモーリス君を懐かせればいいのだから。
今回の襲撃は『生意気になったモーリス君』(意訳)への脅しみたいだし、『良い子にしてろ』という警告とも、『モーリス君が親族を頼る』という展開を狙っているようにも見える。
……が。
そう予想しているのは私達……所謂、『襲撃慣れしている人々だからこその予想』であって。
モーリス君にとっては『襲撃』という、経験したことのない事態なわけですよ。
当然、『命の危険はない』なんて判るはずもないし、警告だなんて思うはずもない。
モーリス君。お前、自衛の心得というか、戦う術があるのかい?
ないなら、客が人質に取られていようとも、出てきちゃ駄目だろー?
私の人質姿に笑いを堪えていたシュアンゼ殿下とて、それは判っているだろう。ヴァイスが周囲を警戒しているのも、警戒心が薄いモーリス君以下ブレイカーズ男爵家の皆様のためだ。
で? 当主になる決意を固めたはずのモーリス君は一体、どのようにするつもりなのだろうか?
『交渉する』なら、何らかの情報なり、交渉手段を持ってなきゃ不可能だよね?
『戦闘になる』なら、最低限、自衛できる強さが必要だよね?
この際、嘘でも『お前はあの人から依頼されたのか?』くらい言って、揺さぶりを掛けんかい!
……。
……。
いや、まてよ? もう一つ、物凄く嫌な可能性があるじゃないか。
もしや、このお子様は危機感がないどころか、優先順位がつけられない傍迷惑な正義感持ちだったりする?
お前、最悪の場合は妹を切り捨てる可能性があるってこと、理解できてる?
「うーん……これは……」
「主様……」
「まあ、教育はこれからだから。改善の余地はあると思いたいね」
主従がこそこそと話している遣り取りを聞く限り、やはり私と同じ懸念を抱いている模様。
気のせいでなければ、ヴァイスもどことなく苦い顔だ。こちらはサロヴァーラでの経験があるからだろう。
ティルシアは協力者以外に『貴族に逆らわない聡明な王女』という姿を演じきれていた。
重度のシスコンであっても己の感情を押し殺し、計画通りに事を進めることができていたのだ。そんな王女の姿を知るからこそ、余計に覚悟が足りないと思ったのかもしれない。
微妙な空気が漂う私達をよそに、モーリス君と襲撃犯は交渉にもならない会話を続けている。はっきり言って、時間の無駄。
私は一つ、溜息を吐く。……今回は無難にお説教して今後の成長に期待だな。今後の襲撃もあると嬉しいので、襲撃犯は拘束ルート決定でいいだろう。
つーか、マジでモーリス君はどうするつもりなのだろうか。君達、戦力と呼べるもの、ないよね!?
まあ、いいか。今回は自己紹介も兼ね、私達がサクッと終わらせよう。次はねぇぞ。見捨てる……は無理でも、説教確実だからな?
「はい、終了ー! 今回は練習ってことにしてあげるけど、次に同じことをしたら減点だぞ☆」
「え?」
「何だと? ぐ!?」
言うなり、パチンと指を鳴らす。疑問の声を上げたモーリス君と襲撃犯だが、襲撃犯は顎に衝撃を食らい、拘束が緩んだ。
その隙を逃さず拘束から逃れ、ついでに腹に一発蹴りを入れる。目を狙わないのがせめてもの優しさです。
ヴァイスや三人組も同時に動いてくれたらしく、次々と襲撃犯達は拘束されていった。あっという間に、襲撃犯達は蓑虫状態になっていく。
ほほう、私を拘束していた奴を含めて五人か。警戒心ゼロなブレイカーズ男爵家に対してそれなりに人数が居るのは、何かあった時の報告役も居るからだろう。
なるほど、なるほど、きちんとお仕事をする気はあったわけですか。もしかしたら、それなりに活躍(意訳)している人達なのかもしれないね。
「な、貴様……っ」
「ごめーん! 私、魔法が得意♪ 武器を持ったことがないと予想できる体つきであっても、油断は禁物だぞ☆」
こいつが私を警戒していなかったのは偏に、拘束した時点で『武器を扱わない』と判ったからだろう。
魔術師であっても、詠唱で魔法の行使がバレるしね。あれだけ密着していれば、詠唱にも即対応可能と踏んだのだろう。
魔道具による攻撃とか、万が一の場合を考えて結界の魔道具を持っているのかもしれないけれど、このゼロ距離では意味があるまい。
だって、『拘束』されているから。密着している以上、私も結界の内側です。
まあ、普通はあの状況から魔法で攻撃されると思わないんだろうな。この世界の魔法であっても、この距離だと術者自身も巻き添えを食らうもの。
……そして。
呆気に取られているモーリス君以下ブレイカーズ男爵家の皆様の前に、拘束された襲撃犯達が転がされていく。
そんな彼らのうち、私を拘束していた奴――『お話し』のため、こいつのみ簡易拘束にしてくれた模様――の胸倉を掴みながら、モーリス君へと笑顔を向ける。
……ビクッとモーリス君の肩が跳ねたのは、見ない振りをしてあげようじゃないか。ふふ、明日は我が身だぞ?
「さて、丁度いい教材も居るし、お勉強の時間だよ♪」
きちんと学んで、今後に備えような?
黒猫『今回は大目に見てあげようじゃないか、【今回】は』
個人としては善良であろうとも、この状況で自己犠牲は減点要素。
お説教を兼ねたお勉強が始まります。
※来週の更新はお休みさせていただきます。




