襲撃 ~お勉強開始~ 其の一
――ブレイカーズ男爵家にて
イルフェナからのありがたい情報により、『数日以内に襲撃がある』と言う情報を入手した私達。
『少しは労わってやれ! 自分達を基準にするな!』と喚くカルドを綺麗にスルーし、『この襲撃をどうやって使うのが効果的かな♪』と和気藹々と相談した結果。
今回は放置! ということになりました。
元々、ブレイカーズ男爵家の皆さんに危機感を持ってもらう――これまでは言葉や噂による攻撃のみだったと予想――必要があったのだ。
『素直なモーリス君(=都合よく懐いているお馬鹿さん)』だった時は心配する必要はなかったろうが、今は違う。
『生意気なモーリス君(=当主となるべく覚醒した姿)』にクラスチェンジした以上、『暴力による脅迫』という手段が追加されてしまっている。
これは『(男爵家を狙う者達のために)良い子にしてろ』という場合だけでなく、『味方が居ないモーリス君を助けて恩を売る』という展開が狙えるから。
ぶっちゃけますと、もう一度懐かせるとか、借りを作らせる展開狙いだ。現在、ブレイカーズ男爵家にはほぼ味方が皆無なので、有事の際に頼れる大人は『優しい親族』のみ。
しかも、これが成功してしまうと……今後、様々なことに口を出してこようとも、『モーリスでは不安なので』という、言い分が通ってしまう。
保護者となるべき先代当主が亡くなっているため、親族のこの言葉は説得力抜群だ。モーリス君がこれまで親しくしていたこともあり、部外者な人々は何も言えなくなってしまう。
これらの予想を『考え過ぎ』と言われないためにも、この襲撃は好都合。
いくら私達が伝えたとしても、本当の意味で危機感は芽生えまい。
で。
今回は『とりあえず経験させて、危険を肌で感じてもらおう』ということになりました。
襲撃者達とてプロなのだ……この家の人達が唐突に警戒態勢を取ったりすれば、『どこからか情報が洩れている』と警戒するのは確実。
それでも襲撃してくれるような連中ならば問題ないけど、未遂のまま撤退されると、今後の教育が難しくなってしまう。
下手に、相手に知恵を付けさせてはいけない。
狙うは相手有責! 慰謝料はこちらが請求する側です……!
……そのついでに、襲撃を利用させてもらって、モーリス君達のお勉強に活かすだけですよ。
時間やイベントは常にあるものじゃないのです。この機会を幸運と捉え、利用するのはよくある事さ。
だって、今回は私達、完全に『被害者』じゃないですかー!(最重要)
ちょっと遣り過ぎたり、お小言を言われるような展開になったとしても、『私達、精一杯抗ったんです!』で通してやる。
悪いのは向こうですよ。過剰防衛だろうと、それが事実。痛い思いや恥ずかしい経験をしたくなければ、仕掛けてくんな。
そんな想いを胸に、ワクワクしながら襲撃を待ち構えていたのです、が!
「おい、こいつの顔に傷を作りたくないなら、こっちの言うことを聞け」
「……」
半ば顔を隠した男が一人の人間を拘束し、顔に刃物を突き付けている。
首ではなく顔なのは、この襲撃が脅し程度のものだからだろう。抵抗された挙句、不幸にも首に刃物が……という展開になってしまえば、殺人罪だからね。
さすがにそんな事件が起これば、国に報告されたり、騎士達が派遣されてくるかもしれないのだろう。
このブレイカーズ男爵家は現在、当主不在という状態なので、国が事件解決に出てくる可能性・大。
まあ、この屋敷を盗賊達の根城にされても困るので、男爵家のために動いたというより、国のためという理由だろうけど。
そして、気になる皆様の反応は以下の通り。
ラフィークさんは咄嗟に主を守る姿勢を見せた!
シュアンゼ殿下は驚愕の表情で人質を見ている!
ヴァイスは厳しい表情のまま、その他の襲撃犯達を警戒した!
三人組は驚愕の表情をしつつも、いつでも動けるよう隙を見ている!
モーリス君は顔を青褪めさせ、恐怖のせいか身動きできない!
使用人の皆さんは恐怖に支配されながらも、モーリス君を守ろうとしている!
そして、人質は……わ・た・し☆
繰り返すぞ。人質にされているのは、わ・た・し☆
……。
……。
犯人ども、アホじゃね?
「こ……この展開は予想外だったかな」
驚愕の表情でそれだけを言うと、シュアンゼ殿下は下を向いた。……笑いを堪えているようだ。肩を震わせているので、多分合っている。
対して、私もどうしようか思案中。だって、正しい人質の在り方なんて知らないもん! いつも瞬殺ですからね☆
なお、前述した各自の状況だが、補足すると以下のようになるだろう。
ラフィークさんは(巻き添えを避けるべく)咄嗟に主を守る姿勢を見せた!
シュアンゼ殿下は(予想外の展開に笑いが込み上げるも)驚愕の表情で人質を見ている!
ヴァイスは厳しい表情のまま、(逃がさないよう)その他の襲撃犯達を警戒した!
三人組は驚愕の表情をしつつも、(魔導師の反撃に使用人の皆さんが巻き込まれないよう)いつでも動けるよう隙を見ている!
モーリス君は顔を青褪めさせ、恐怖のせいか身動きできない!
使用人の皆さんは恐怖に支配されながらも、モーリス君を守ろうとしている!
うん、モーリス君と使用人の皆さんは見たままの心境だと思うんだ。
襲撃なんて慣れていないだろうし、次期当主であるモーリス君を守ろうとするのは当たり前。
……が。
私以下部外者組は絶対に、私の補足が正しいと思われる。
唯一、まともそうなヴァイスの行動――ラフィークさんの行動は当たり前なので、除外――でさえ、『襲撃犯をお勉強に使うから』という事前情報ありきのものだしね。
……実はですね、襲撃犯達をどうするか決まってないんだわ。
『拘束して騎士団に突き出すか、こちらで囲うか』という二択なんだけど、依頼主に恐怖を与えるのは後者の方。
自分が依頼したのに襲撃が行なわれた様子もなく、襲撃犯達が姿を消している。
これ、『金を持って逃走された』か『何らかの理由で依頼を達成できなかった』と思うのが普通。
前者ならば新たな依頼の下、襲撃第二弾が期待できるし、後者ならば……こちらを警戒される分、もう少し手の込んだことをやってくれそう。
また、ブレイカーズ男爵家の面々が今回の襲撃を黙秘した場合、『襲撃があった』と知るのは依頼者だけなので、そこを突いてボロを出させ、襲撃を依頼した証拠にしてもいい。
ああ、どういった方向に持っていくのが効果的だろうか。
この『使える』状況、教育者として悩みますね……!
そんなことを考えていると、漸く、硬直から脱したらしいモーリス君が動いた。……当たり前か。この子、シュアンゼ殿下が王族だと知ってるもの。
その流れで、『シュアンゼ殿下の友人=高位貴族か王族の可能性あり』と思っているので、私の顔に傷がつくことも怖いのだろう。
実際の私は民間人な上、仕事上、命の危機もしょっちゅうなので、怪我をしたところで気にしない。
『治癒魔法使えばいーじゃん?』という心境なのです。治癒魔法特化型のラフィークさんも居るので、『死ななきゃいい』程度の認識だ。転移魔法もあるから逃げられるし。
ただし、それは私のこれまでを知っている人だからこその判断でして。
結果として、モーリス君は動かざるを得なかったのだろう。……『この人に怪我を負わせたら、家として責任を取らなければならないかもしれない』と!
「その人を……放してください。目的は僕じゃないんですか?」
「……」
若干、震えているのはご愛敬。それでも恐怖を押し殺し、当主としての責任を果たそうとする姿は好印象。
予想外の状況だったけれど、襲撃犯は意外と良い働きをしたようだ。そう思ったのはシュアンゼ殿下も同じらしく、ちょっとだけモーリス君を見直しているような。
「……」
私は人質として、もしくはベストポジションに居る教育者の一人として、少年の頑張りを温かく見守ることにした。
灰色猫『ちょ、襲撃犯!(笑)』
黒猫『相手有責の証拠、もといお勉強の素材キター!(喜)』
忠犬『大事な教材、逃がさないようにしなければ』
三人組『馬鹿だ、馬鹿が居る』
心境的にはこんな感じ。
主人公サイドは誰一人、恐怖を感じていません。今更です。




