ささやかな疑問
「あの……その、今更なんですけど、貴女達は一体、どういった立場の方なのですか?」
恐る恐る……といった感じに、モーリス君が尋ねてきた。
なお、使用人の皆さんの一部――部屋に残った人達。他はお仕事に戻った――も秘かに聞き耳を立てている模様。
……。
そりゃ、気になるわな。
自国の王子様と気安い関係だということくらい、これまでの私達の態度や会話で判るだろう。
そして。
一般的に、『高位貴族や王族と仲良し=同等の身分を有している』と解釈される可能性・大。
これはどの国も同じだと思う。ただ、そうなってしまう理由もあった。
何のことはない、身分が釣り合って年齢が近い子供達は将来の側近候補、もしくは婚約者候補のような形で、最初から幼馴染に『仕立て上げられているから』だ。
イルフェナだと、魔王様の傍にアルやクラウスが居るようなものだろう。
シャル姉様も幼い頃から交流していたようだし、割と魔王様に対して言いたい放題なところがある。
これはシャル姉様が『猛毒令嬢』なんて呼ばれているからではない。
素で、弟予備軍のような扱いをしているからである。
ま、まあ、シャル姉様は実弟であるアルに対しても、かなり辛辣なことを言ったりするので、魔王様には多少の手加減と言うか、王族への敬意めいたものはあると思うけど。
……。
た、多分ね? 私が知らないところで交わされた会話にまでは責任が持てん。
「あ、あの? 何か拙いことでも聞いてしまいましたか!?」
イルフェナの彼らを思い出して遠い目になりかけた私を引き戻したのは、モーリス君の焦ったような声。
私が黙ったままなのを『どう言おうか迷っている』とでも解釈したらしく、若干、慌てている模様。
「いや、大丈夫。今後のことを考えていただけだから」
さらりと誤魔化すと、モーリス君はあからさまにほっとした顔になった。
……。
そういうことにしてくれ。知らない方が良いこともある。
「さて、私達の立場ね……。とりあえず『シュアンゼ殿下の友人であること』と『他国の人間である』という二つは事実だよ」
「……?」
情報を制限するような言い方をしたのが不思議だったのか、モーリス君は首を傾げた。
ここで即座に突っ込んで聞くようなお馬鹿ではないらしい。それなりに好奇心はあるみたいだけど、意外と自制することができているみたい。
なお、ここで突っ込んで聞くような真似をすると、ガチで触れられたくない内容だった場合、『無礼だと怒って、会話を打ち切る』という手を使われてしまうことがある。
あくまでも相手に非があり、『親しくないのに、あからさまな探りが不快だった』という言い分……『会話を打ち切ったのは、相手が悪いんだよ! マナー違反でしょ!?』な主張が、部外者に受け入れられてしまうのだ。完全に悪手です。
ある意味、正論なので、探りを入れた方も謝罪するしかないわけですな。
余談だが、回避方法は『相手の興味を引くような話題を提供し、会話に持ち込む』こと!
会話を続けていれば、相手が唐突に会話を打ち切ったとしても、『〇〇のことを聞いて怒らせてしまったようですが、何が悪かったんでしょうか?』と無知な振りして、周囲の人に聞くことができるからね。
そのことに興味を抱いた『誰か』が第二の刺客……じゃなかった、会話相手となり、会話を引き継いでくれるかもしれないし。
以上、言葉遊びの重要性が判る一例だ。
仲間を会話が聞き取れる程度の距離に配置し、皆で獲物を追い込んでも楽しいぞ♡
「君は『自称・優しい人』の言葉に騙され、時間を無駄にしている。今後はそういった奴らを退けたり、躱したりするだけじゃなく、誘導したりしなければならない場面があるかもしれない」
「……はい。貴族ですから、そういったこともあるでしょうね」
「君はそれ以前の問題! いい? 君は既に『騙されやすい人』という認識を周囲にされていると思った方がいい。だから、友好的な付き合いをしたい人でも、最初は探ってくると思うよ。簡単に騙されるような人と共同事業なんてできないでしょ」
「な……」
「さすがに使用人達はそこまで介入できない。当主同士の話だってある以上、君が将来的に作らなきゃならないのは『同じ立場に居る味方』だよ」
そこまで言い切ると、予想以上に自分が置かれた状況が拙いと痛感したのか、モーリス君は顔を青褪めさせた。
反論もできず、返す言葉もないモーリス君の様子と私の話に、使用人の皆さんも顔色を悪くする。
……そんな彼らの姿に、私は秘かにほくそ笑む。
そうそう、危機感を募らせなさい。暫くは誰も信用せず、今居る味方だけで何とかする癖を付けなきゃね?
詐欺業者に出回っているというブラックリスト――引っ掛かりやすい人一覧――じゃないけれど、モーリス君の現状は『カモ』である。
そういった評価をしっかり払拭しないと、獲物を狙う目をした輩は無限に湧いてくるだろうし、当主としてのモーリス君が信頼されることもない。
モーリス君の場合、素直な性格が完全に仇になりそうなタイプなので、ここはしっかりと矯正していきたいものである。
大丈夫。素直で無邪気な赤猫だって、立派にウィル様の右腕と化した。
寧ろ、無邪気さを装い、周囲を騙す術さえ身に着けたじゃないか。
問 題 な い 。 や れ ば で き る 。
「ま、私がここに居る間はそこを徹底的に直すよ。そのついでに言葉遊びのお勉強もしようか。さっきの話に戻るけど、私達から情報を引き出したいならば、会話で誘導しなさいな」
「はい……はい、判りました」
強張った表情で頷くと、不意にモーリス君は表情を緩めた。
「わざわざ、このようなことに付き合ってくれるんです。シュアンゼ殿下と貴方達は仲が宜しいのですね」
――いつか、僕もそんな友人を持ちたいです。
そう告げるモーリス君に、私は微笑むことで肯定と応援を。
モーリス君は当主としては情けない印象だが、個人としては好青年という感じ。今はまだ自分のことで手一杯な印象だが、心配してくれる友人は居るだろう。
無事にこの家の当主となった暁には、友情込みの付き合いができる仲間ができるかもしれないね。
……が。
ヴァイスはともかく、私や灰色猫はかなり特殊なので、使用人の皆さんのためにも、同じ道を辿るのは止めておけと言いたい。
ええ、灰色猫とはめっちゃ仲良しだと思います。
仲良く『玩具』(意訳)で遊び、手に手を取って襲撃を乗り切った実績持ちですよ!
ただし、保護者が揃って胃を痛めたと思われるので、お勧めは致しません。
前話のおまけのような話なので短め。
主人公、鬼教官宣言。
今後、日常的な会話にてシュアンゼ側の人達から試されます。




