決意の言葉
――ブレイカーズ男爵家にて
ブレイカーズ男爵家の人々を大混乱に陥れた『シュアンゼ殿下の訪問』。
お忍びというには少々、おかしい状況であることを察したのか、使用人の皆様は様々な想像――しかも、悪い方向へ――をしていらっしゃる模様。
まあね、普通はそう思うよね。
よっぽどのアホじゃない限り、良い方向には考えないわな。
そもそも、ブレイカーズ男爵家には絶賛、問題が発生中。
当主となる予定のモーリス君はここ一年ほど心を入れ替えてまともになったようだが、世間的に問題があるのは義母である前男爵夫人な後妻さん。
後妻さんは彼女なりに物凄く頑張っているのだが、それを知らない人々――主に女性貴族達――からすれば、ただの阿婆擦れ。
後妻さんもそう見えるように振る舞っているだろうし、『問題のある前男爵夫人』というイメージを根付かせることも狙っているため、彼女の計画としては問題ないのだろう。
――そう、『後妻さんの目的を知っているならば』。
知らないと、やはり普通は『阿婆擦れ』という評価になってしまうのです。
共に家を守っている使用人の皆様としては非常に悔しい現実だが、どう頑張ってもそうなってしまう。
で。
そんな評価がある前男爵夫人の住処に、お忍びとは言え王族――それも正式に『第二王子』という地位を得た人物が突撃したら、どう思うか。
前述したように、彼女に纏わる噂や評判は宜しくない。
しかも、義理の息子であるモーリスが卒業と同時に家督を継ぐことが確定している。
そんな状況ならば、こう考えてしまってもおかしくはないじゃないか……『正式な当主就任に伴い、前男爵夫人の愚行への調査が入った』と。
ブレイカーズ家は男爵位なので、普通は王家が動くことなんてないだろう。言い方は悪いが、『身分差があり過ぎて、わざわざ男爵家の問題に首を突っ込むはずがない』。
寧ろ、それならば『何か、別件で用があったのか?』と思えるし、たまたま立ち寄っただけ……という解釈も可能だ。しかし、今回は意味不明。
不安になるのも当然です。……だけど、そこは灰色猫なシュアンゼ殿下。
使用人さん達に『君達も大変だね。ファクル公爵に言われて、手伝いに来たよ』なんて、素直に言うはずもなく。
「この家の使用人達にまで話が伝わっているか判らないから、改めて言っておくよ。先日、私はモーリスと会い、この家の問題に介入すると告げた。また、モーリスが私と面会したことはファクル公爵からの頼みであり、その切っ掛けを作ったのは君の義母である前男爵夫人だ」
「は、はい、その通りです」
「……モーリス様から直接、お話を伺ったのは私だけですが、一部の者達には『シュアンゼ殿下の介入がある可能性がある』と伝えております」
家令さんの言葉に、シュアンゼ殿下の笑みが深まった。多分、合格点だったのだろう。
勿論、私としてもこの家令さんは十分合格だ。ヴァイスも家令さんの慎重な態度に、僅かだが雰囲気が和らいでいる。
ほほう、この家令さんは使用人達の司令塔の役目を果たしているのか。
モーリス君がお花畑の状態であっても、後妻さんの計画が実行できた理由が垣間見えた気がした。
間違いなく、この家令さんが居たからだろう。そして、家令さんの信頼を勝ち取ったからこそ、後妻さんは『噂に惑わされない味方』を得たのだと推測。
実はこれ、超大事。内部に理解者が居ないと、『あの阿婆擦れを追い出しませんか?』という、外部からの誘いに乗っちゃう場合があるから。
一番困るのは、これである。スパイの真似事をされ、計画が露見したらアウトですよ!
後妻さんの外での言動が敵を作ることに繋がるのは、どうしようもない。
そんな状況であっても、『家を守る者達』には味方であってもらわねばならない。
モーリス君やその妹があっさり騙されていることからも、情報収集や懐柔を狙って、接触してくる者達は居ただろう。
それでも、正常化したモーリス君が何の問題もなく当主になれるのは……そういった輩を、この家の使用人達が退けてくれたからじゃないのか。
「モーリス君。君、家令さんや義母さんだけじゃなく、この家の人達全員に感謝しときなよ」
「え? それは勿論、感謝してますが……」
唐突に話し掛けた私に驚いたのか、モーリス君はちょっと困惑気味だ。
ちらりとシュアンゼ殿下に視線を向けると、苦笑しながらも頷いてくれた。……教えてもいい、ということらしい。もしくは、教える役目を譲るってとこか。
「ただ家を守ってくれただけじゃない。君が無駄に時間を過ごしていた間、絶対に探りを入れたり、懐柔しようとした人達が居たはずだよ。彼らはそれを退けただけでなく、上手くかわしてくれたんじゃないかな」
「え!?」
驚きの声を上げるモーリスに、私は……いや、こちら側の全員が生温かい目を向けた。
おいおい、そこは驚くところじゃないでしょ!? 言われる前に気付けっての!
「あのね、ファクル公爵がシュアンゼ殿下に話をもって来た意味、判ってる? 君がまともになってから動いた連中が居るから……とは考えなかった?」
多分だけど、この予想は当たっていると思う。いや、もっと突っ込んだ言い方をするなら、『現在の味方だけでは力不足だと懸念されたから』。
「君には現在、頼れる大人や権力者が居ない。……ああ、下心満載であろう『優しい大人達』は論外ね。そう考えると、残るのはこの家の人達のみ。後妻さんが味方を作るのは難しいのは、ファクル公爵だけが例外だった時点で判るでしょ?」
「う……」
さすがにそれは判っているのか、モーリス君は黙り込む。家令さん達もそれが事実であるため、フォローができない模様。
「そうなると、家令さんを始めとする使用人達の人脈になるけど……そんな人が居るなら、最初から君に紹介してるよね。そんな人、居た?」
「……。いいえ、居ません……」
モーリス君は項垂れるが、これは教えておかないといかない『現実』。使用人達もそれが判っているのか、悔しげに俯いている。
ただ一人、家令さんは黙ってモーリス君を見守っていた。それは不甲斐ない主を責めるのではなく、成長を見守る教師のよう。
……。
よし、この家令さんに『理解ある保護者役』を引き受けてもらおう。
今後、モーリス君はそれなりに厳しい現実と向き合うことになる。
私達は優しい言葉なんか掛けない――我々の優しさはスパルタ教育です――だろうし、お子様の泣き言に付き合っている暇もないだろう。
義母さんは女性だし、思うところもあるに違いない。そもそも、彼女に対して、モーリスが泣きごとや悩みを打ち明けるとは思えない。
私達なら自分で何とかしちゃうだろうけど、モーリス君にはまだ厳しかろう。潰れてもらっても困るので、ここは妥協しとこうか。
「だから、だよ。権力、人脈、能力……それらがどこまで必要かは判らないけれど、今の君達では勝てないと判断したんだろうね」
「まあ、あの人だからね……。前男爵夫人の計画にも気付いていたし」
「素直じゃないのよ、あの爺さん! そこで『力になってやってくれ』とか言えば、まだ可愛げがあるものを……!」
「ミヅキ、そんなファクル公爵を見たいの?」
「ううん、要らない」
「……。話を戻された方が良いのでは?」
「ごめん」
「すまないね」
脱線し出した猫達の会話を、ヴァイスがさらりと元に戻す。……思わず素直に謝ってしまったのは、ご愛敬。
ああ、黒猫&灰色猫が並んで『ごめん寝』と言われるポーズを取っている姿が思い浮かぶ。
「ま、まあ、ともかく! 君はそれだけ守られていたってこと。その期待に応えようと思うならば……厳しい選択をする可能性も視野に入れなさいね」
「……はい」
呆気に取られていたモーリス君以下ブレイカーズ男爵家の皆さんだが、私の言葉に、モーリス君は覚悟を決めたような表情で頷いた。
……おや、初めて会った時と比べて、それなりにまともになったみたいじゃないか。シュアンゼ殿下も少し彼を見直したようだ。
そう思ったのは私達だけではないらしく、使用人の皆さんも少しだけ驚いたような顔をしている。
それでも『ご立派になられましたね』という言葉がないのは、モーリス君が未だ、結果を出していないからか。
「さて、覚悟は決まったかな? 私達が力を貸すか、否かは、君の選択次第だ」
試すような口調で、シュアンゼ殿下がモーリス君に問う。モーリス君は使用人達と視線を交わし合い、はっきりと頷いた。
「はい。元々は僕の至らなさが原因ですが、僕は父の跡を継いで当主になります。ですから、お力をお貸しください」
「判った。……王族への言葉だ、途中で投げ出せるほど軽いものだと思わないでね」
「勿論です!」
やる気に満ちるモーリス君と使用人の皆さん。家令さんはどこか嬉しそうに目元を綻ばせていた。
そんな彼らを微笑ましく見つめながら、私達は視線を交わし合う。
……。
よし、言質は取った。逃げることは許されねぇぞ? モーリス君。
逃げ道が塞がれました。
これでもう舞台を降りることは許されません(笑)




