助言と脅しは解釈次第
「あのさ、君が情けな~い嫡男だってことは知ってるし、凄いのは後妻さんということなんて、今更なの。皆、知ってるの。反省だけなら、誰だってできるでしょ」
「え゛」
物凄く当たり前のことを口にした私に、嫡男――モーリスがピシリと固まった。
対して、私は呆れ顔。あからさまに顔に出てはいないが、ヴァイスやシュアンゼ殿下も似たような心境だろう。
いやいや……何故、そこで固まるんだよ?
私はその反応の方が信じられないっての!
「後を継いで当主になるなんて、父親が亡くなった直後から判っていたことでしょうが。第一、父親の葬儀には親しくしていた人達だって来ていたんじゃないの?」
「え? え、ええ、それは、まあ……」
「だったら、そこで顔を繋いでおくなり、『成人後は当主となるべく努力しますので、ご指導していただければ幸いです』とでも言って頭を下げておけば、何かの際に気に掛けてくれる可能性があったんじゃないの?」
父親との関係が友人なのか、仕事上の付き合いなのかは判らないが、亡くなった男爵の人柄は良かったと聞いている。
ならば、その息子が父親の跡を継ぐ未来を目指すならば、一人か二人は面倒見の良い人が居たと思うんだ。
親しいと言うか、それなりに味方をしてくれそうな人がね。
そうでなければ、亡き男爵が後妻さんと結婚できたかは怪しい。
後妻を嫌悪し、関係を断ち切られていたら、葬儀に出席すまい。
「学園内で作られる人脈は重要だけど、所詮は同年代……まだまだ家をどうこうする力はないはず。『息子の友人』という認識で接してくれるかもしれないけれど、家同士の付き合いを始めるかは別問題。優先するのは自分の家だもの、相手が他家の当主である以上、無条件の甘やかしはないと思った方がいい」
厳しいことを言うようだが、当主である以上、家を守る義務がある。
家族だけでなく、屋敷で働いている使用人や事業に携わっている人達の生活だって影響してくるのだ。単なる家族同士の付き合いとは規模が違う。
『個人として優しい人』であっても、『当主として有能な人』とは限らない。
人間性に問題ありだろうとも、無視できない力を持つ家だってある。一代で財を成す当主だって居るだろう。
お貴族様は色々と金がかかる立場なので、『家を維持するための才覚』というのも必要なのだ。嫌な奴であっても、そちら方面の才能が本物だった場合、立派に有望株扱いなのである。
逆に、人間性に問題なくとも才覚に乏しい人は『良い人なんだけどね……』という残念な評価が下される。
人脈だけで生き残れるはずはない。助力してもらったとしても、結果を出せなければ『友人としての付き合いはある(=一緒に事業を始めるのは問題)』という結果になること請け合いだ。
「将来的に当主になる未来を口にしながら、君はあまりにも暢気過ぎる。必死に足掻く姿を見せていれば、助言をしてくれた人だって居たはず。だけど、君はそうしなかった。……優しい言葉をかけてくれる親族が居たから」
びくり、とモーリス君は肩を跳ねさせた。そんな彼の姿に、私は目を眇める。
ふーん、へーえ、ほーお? なるほど、なるほど、お優しい親族様のお言葉に安心しきって、自分ではろくに動かなかったんかい。
……。
馬 鹿 じ ゃ ね ー の ?
「親族ってことは、血の繋がりがある……君の家を継ぐことだって可能だ。本当に爵位を継がせる気があるなら、本来ならば誰よりも君を教育するんじゃないの?」
「そ……それは……」
言い淀むモーリス君。素直に頷けないのは、まだどこかに親族達を信じている気持ちがあるからだろう。
しかし、私はかなりの確率でその親族達が家の乗っ取りを狙っていると予想。
……普通は甘やかしたりせず、きっちり教育するだろうからね。
あれほど過保護だ、親猫だと言われる魔王様ですら、私へのスパルタ教育が必要だと判断したじゃないか。
まあ、私の場合は私が魔王様に会う前から魔導師になってしまったことが原因ではあるけれど、それでも『権力者に容易く利用されない異世界人』という立場を確立させるためには、私自身に力を付けさせる以外になかったのだろう。
あっさり言質を取られたり、迂闊に異世界の知識を披露するアホなら、飼い殺す以外にないだろうし。
で。
異世界人ですらそれが必須と判るのに、このモーリス君は非常に受け身だ。当主になるという夢はあっても、それが全く現実味を帯びていないと言うか。
正直、『そりゃ、血族でもない限り、手を貸すまいな』と思ってしまう。下手に介入すれば、都合よくモーリス君を操っているように見えちゃうもん。
「正直、君からは必死さが感じられない。少なくとも、私達は自分で考え、動いてきた過去があるからね。ちなみに一番大変だったのはシュアンゼ殿下だよ。怪しまれず、派閥に利用されずに情報だけを集めるのって、かなり大変だからね?」
ぶっちゃけると『かなり大変』どころか、『常に綱渡り状態』くらいの状態だったと思います。
灰色猫、マジで身動きが取れない状態だったし、ラフィークさん以外の手駒も居なかったから。
そこに加えて、親権はリアル両親である王弟夫妻にあった。つまり、『国王一派の妨害と言われないためには、王弟夫妻の息が掛かった罠は自力で回避するしかない』!
そう思うのは、シュアンゼ殿下に既成事実を作ろうとしたアホが居たからである。以前から似たような目に遭っていれば、そりゃ、女だろうと容赦なくぶん殴るわな。
「君の後悔や懺悔はどうでもいいの。そんな過去なんて、意味がない。シュアンゼ殿下に自分を売り込みたいなら、今後の展望なり、自分への先行投資に価値を見出せるようなアピールをしてごらんよ」
「……私は部外者だが、君の『当主になる』という言葉は非常に軽く感じる。当主となってどうするのか、という部分が不明確だ。きつい言い方になるが、今のままでは当主となった後も親族達に食い物にされるだけだぞ」
私に続き、ヴァイスもモーリス君へと言葉をかけた。
ヴァイスの場合、サロヴァーラでのあれこれ(意訳)を直に見てきただろうし、似たようなことがあったのかもしれない。
「……っ」
次々と掛けられる厳しい言葉に、モーリス君は顔面蒼白だ。
彼は『王族の後ろ盾があれば何とかなる』と楽観視していた部分があるようだから、私達の『後ろ盾が欲しけりゃ、自分を売り込め』『今のままだと、お飾りの当主になるぞ』的な言葉が大ダメージだった模様。
「私達の言葉を脅しと取るか、助言と取るかは君次第。どれほど有益な助言だろうとも、受け取る側の解釈一つで嫌味にしか聞こえないだろうからね」
どう受け取るかは、あくまでもモーリス君次第。ただ、嫌味だろうと、助言だろうと、『私達からの言葉を聞いた』という事実だけは変わらないので、『知らなかった』と言えなくなる。
これ重要。とても重要。私達にも『対処した』という事実ができるから。
第一、これで何も変わらなければ……シュアンゼ殿下から見捨てられる可能性も出て来るじゃないか。
ヴァイスではないが、私達は部外者だ。シュアンゼ殿下だって、保護者宜しく甲斐甲斐しく面倒を見ろなんて言われていないだろう。
……本人の問題なのよね、これ。モーリス君自身が受け身の姿勢を変えない限り、事態が好転することはないのだから。
そのモーリス君は暫し、葛藤しているようだった。
私達の言い分が『甘い言葉をかけて来る親族は敵』というものだったからこそ、心の整理がつかなかったのかもしれない。
しかし、それでも顔を上げて私達と向き合った彼は――少しだけ覚悟を決めたように見えた。
「貴方達の言葉を否定することはできませんし、いきなり素直に受け入れることも難しい。それでも、僕は……父の跡を継ぎたいのです」
正直に口にするのは、精一杯の誠意だろうか? それでも、私の口元には仄かに笑みが浮かんだ。
……それでいいんだよ。どんなことだろうと無条件に受け入れる必要はない。重要なのは『自分で考える』ということなんだから。
それが今のモーリス君には一番必要だろう。ついでに行動力も欲しいところ。
「……それじゃあ、私の考えを述べさせてもらおうか」
それまで黙っていたシュアンゼ殿下の言葉に、モーリス君がいっそう緊張した表情になった。
いくら助言があっても、行動するのはモーリス本人。
自分で考え、自分で行動することが重要。
正直、主人公とシュアンゼは状況も本人も例外中の例外なので、
真似しろと言われても無理。




