灰色猫からの招待 其の四
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
何やら、お怒りらしい灰色猫なシュアンゼ殿下。そんな彼の姿に、私とヴァイスは困惑気味だ。
いやいや……アンタが私達に『来い』って言ったじゃん!
いや、言いたいことは判るよ? 私やヴァイスならば、『苦労した経験者』という立場でのお説教ができるからね?
実際には、シュアンゼ殿下も十分これに該当するけど、その嫡男から見たシュアンゼ殿下って『国王一家に守られ、魔導師の介入によって、現在の立場を与えられた』ようにしか見えないだろう。
これは嫡男が情報に疎いというわけではない。
単に、彼が未だ、社交の場に出る年齢じゃなかっただけ。
普通ならば、親からある程度の事情――親の方はあの断罪の場に居た可能性があるため――を聞くだろうけど、彼の立場ならば『大まかな事情』(意訳)しか知ることができないだろう。
親身になってくれている親族とかが居れば詳細を聞くこともできるだろうが……そんな奴が居たならば、後妻さんは頑張っていまい。
後妻さんが情報を共有しようにも、彼女の立場も非常に微妙なため、詳細を知らない可能性もある。
何せ、彼女の立場は『夫を亡くした男爵夫人(後妻)』!
あの時、引き籠もっていたとしても、何の不思議もないわけで。
その上、彼女のこれまでの頑張り(意訳)を顧みるに、女性の味方は限りなく少ないだろう。
そうなると、嫡男が頑張るしかないのだが……彼はつい最近まで学生生活をしていた身。
嫡男を失脚させたい輩にとっても今は大チャンスなので、故意に情報に疎くさせられていたとしても不思議はない。
だからって、同情はしねぇけどな!
「あのさ、正直に言って良い?」
「うん、構わないよ」
「その嫡男が家を乗っ取られようと、路頭に迷おうとも、家が没落しようとも、自業自得にしか思えん。だいたい、人脈を築いたり、情報収集に勤しむくらいはできるじゃない」
これなのよね、同情できない理由って。
そりゃ、未成年だった以上、できることは限られるだろう。しかし、彼の父親が亡くなったのは『数年前』。
……家を継ぐ覚悟があったら、色々と動くよね。少なくとも、呑気に学生生活ということにはならないだろう。
ぶっちゃけ、現状は嫡男自身の準備不足が原因じゃね?
後妻さんは『嫡男が後を継ぐまで家を維持すること』が目的だったっぽいし。
馬鹿正直に思っていることをぶちまけると、シュアンゼ殿下は深々と溜息を吐き、頷いた。
「本当にその通りなんだよねー……いや、皆に守られた私が言っても説得力がないのは判っているんだけど」
「ですが、シュアンゼ殿下は魔導師殿という味方を得た途端、動かれたのでしょう? それは事前に準備ができていたからだと思いますが」
「そうだよ? だから、私や魔王様は手を組む価値があると思ったんだし」
自嘲気味なシュアンゼ殿下の言葉にヴァイスが反論する。私もヴァイスの言う通りだと思うので、補足を兼ねて賛同を。
いやいや……これは庇っているとかではなくマジな話だからね?
そもそも、私はガニアにとって部外者もいいところ。魔王様達だって私を派遣する予定なんてなかっただろうから、元から得ていた情報程度しかない。
それでも私が色々と遣らかせたのは……大変優秀な情報提供者が居たからなのですよ。
あの当時、シュアンゼ殿下が持っていたのは情報である。
王族としての特権や権力なんて、皆無だったじゃないか。
『足が悪い』どころか、『全く歩けない』という状況だったにも拘らず、シュアンゼ殿下が私の協力者となれたのは、そんな状況に甘んじることなく、反撃の機会を窺っていたからである。
……灰色猫、隙あらば王弟夫妻を追い落そうとしていたもん。大人しくないぞ、この人。
「……うん、ありがと。そう言ってもらえることは素直に嬉しいよ」
少し照れたように笑うと、シュアンゼ殿下は表情を改めた。
「だから、私もファクル公爵にこの案件を振られた時、そう言ったんだ。まあ……残す価値がある家とか、下手な奴に任せたくない領地という可能性もある。だけど、わざわざその嫡男を庇護する価値はあるのかと」
「正論!」
「その通りですね」
同意する私とヴァイス。なぁんだ、シュアンゼ殿下も言いたいことは言っていたのか。
だが、どうやら、ファクル公爵の目的は単なる庇護ではなかった模様。
「ファクル公爵曰く『殿下には配下が居りません。ですから今後、擦り寄ってくる輩は多いでしょう。ですが、今は様子見……貴方の立ち位置も含め、誰もが貴方自身の能力を見極めようとしている』」
「まあ、妥当な見解よね」
ファクル公爵の言い分に、思わず納得。シュアンゼ殿下は本当に表舞台に立ってこなかったらしいので、王弟の同類とは思わなくても、その性格や能力に関しては『不明』という一言に尽きる。
王弟夫妻の追い落としは状況的に私が主導に成らざるを得なかったので、『魔導師の意見に賛同はしても、何かしら動いたわけではない』と思う人が大半のはず。
シュアンゼ殿下はその状況を利用して、今後は動くのだろう。ガニアにとって一つの節目となるのが、王弟の派閥の消滅なのだから。
そういった背景もあり、貴族達はシュアンゼ殿下を見極めようとしているだろうけど、シュアンゼ殿下とて貴族達を探っている最中なのだ。
「それだけじゃなく、ファクル公爵はこう続けたんだ。『私は彼の男爵夫人の頑張りを評価しておりましてな。あそこまでの覚悟と度胸を以て守った家がどうなるか、多少は気になるのですよ。まあ、これは男爵夫人も憂えておりましたが』」
「……。それ、楽しませてくれた後妻さんへの褒美扱いなんじゃ……?」
「多分ね。ファクル公爵としては愉快な出来事だったみたいだよ?」
ですよねー! うん、あの爺さんが気に入るとは思ってた!
爵位的にも最下位、しかも夫が亡くなっているという弱い立場、それに加えて女性貴族に疎まれながらも目的を達成した女傑ですぞ。
少なくとも、一定数は彼女を評価した人達が居るのだろう。私とヴァイスも拍手喝采したし。
しかし、ここで問題が露呈した。
ファクル公爵のように後妻さんの頑張りを好意的に評価した人から見ても、当の後妻さんから見ても、男爵家の今後は不安だった、と!
「その状況をファクル公爵は丁度いいと思ったみたいなんだよねー……。『殿下、配下を育ててみませんかな? 恩を売るにしても手頃な人材だと思いますが』って言われたんだよ。まあ、良く言えば真っ白な状態だから、こちらの望むように育つ可能性はある。どこかの派閥にも属していないし」
おい、嫡男よ。お前に鬼上司からのスパルタ教育の可能性が浮かんだぞ。
「ミヅキという成功例もあるし、一年ほどイルフェナ流に鍛えてみてもいいかもしれないと思っているんだ」
「魔王様のスパルタ教育って、結果を出せなきゃ命の危機だけど」
「はは! どのみち、家の没落が掛かっているんだ。……私に自分を売り込むならば、まずは結果を出してもらわなきゃね」
「いや、私にはある程度好き勝手出来る『異世界人』っていう理由があったからね!? あと、魔王様は基本的に愛情深い保護者だから! 見捨てないから!」
「エルシュオン殿下の人格に関しては、そう思っているから心配しなくていいよ。だけど、その教育手腕も凄いと思っているんだ。後がないことを理解できる、素晴らしい環境じゃないか」
本気なのか冗談なのか判らない笑顔で語るシュアンゼ殿下。やはり、嫡男にはお怒りの模様。
「ですが、結果を出せる可能性は低いのでは? まあ、『本人に力を付けさせる』という方針には賛成です。結果にしろ、人脈にしろ、嫡男自身が得なければならないものですしね。男爵家とはいえ、当主となる以上、それくらいの覚悟を見せなければ嘗められるだけでしょう」
意外だが、ヴァイスも教育方針には賛成らしい。こちらは不遇の立場に置かれた王族達を見てきたため、『男爵家程度で甘えるな』とでも思っているのだろう。
……。
本 当 に な 。
どんな家でも当主に成るのは大変だろうけど、爵位によって伴う責任は大きく違う。
ヴァイスの場合、見てきたのが最高位に当たる王族なので、『碌に年が違わないティルシア様ですら足搔いたのだから、遣って見せろ』と本気で思ってそう。
ただ、嫡男とティルシアでは覚悟や能力が天と地ほども違うだろう。
物心つく前から王族の状況を何とかしようとしてきた女狐様と、呑気に学生生活を送っていた嫡男。この差はとても大きい。
「まあ、いきなり『教育』を施すほど私も鬼じゃない。そもそも、使えるようにならなければ、今後の面倒を見る気はないし」
スパルタ教育確定を匂わせながらも、捨てる気もあるシュアンゼ殿下。さらりと口にするのは、彼の本心だからか。
「その前に、彼の覚悟や今後の方針を聞いておく必要はあると思ってね?」
にこやかに微笑むと、シュアンゼ殿下は私とヴァイスの手を握った。
……。
あの、これって、私が最初にガニアに来た際、帰ろうとしたのを阻止した時と似てません、か……?
「君達にも付き合ってもらおうと思って呼んだんだ。いやぁ、この面子の前で彼が何を言うのか楽しみだね!」
「わ、わぁ……。ちなみに、事前の通達は」
「ないよ! ああ、『話を聞きたい』とは言ってあるけど、それも『君の義母を高く評価しているファクル公爵から頼まれて』って、正直に告げてある」
「それは……。どのような反応をするか楽しみではありますね」
顔を引き攣らせる私に、納得の表情のヴァイス。……ただし、状況的に『くだらないことを言ったら次はない』と思わせる面子であることは間違いない。
あれですね、灰色猫は『こいつ要らねっ!』とやる場合を踏まえて、私達を呼んだってことですか。
「私達の時間を使うんだ。せめて、一つでも納得できる言い訳を言って貰おうじゃないか」
おーい、最初から『言い訳』って口に出てるぞ。灰色猫よ。
男爵家の今後だけでなく、シュアンゼのことも考えていたファクル公爵。
どちらかと言えば、試されているのはシュアンゼの方。嫡男はおまけ。
何だかんだ言っても、気に入った人間が可愛いファクル公爵。
なお、その『気に入った人間』はシュアンゼと後妻さん。
※一月に魔導師は平凡を望む32巻が発売されます。
詳細や特典SSについては活動報告か公式HPをご覧ください。




