灰色猫からの招待 其の三
とりあえず、男爵家……というか、男爵夫人の事情は判った。
男爵夫人――旦那さんが亡くなっている上、現在の家督の扱いがどうなっているか不明なため、今後は『後妻さん』と呼ぶ――もとい、後妻さんは頑張った。
その頑張りの覚悟をファクル公爵が高く評価し、手を貸した結果、見事に先妻の子である嫡男が成人するまでの時間稼ぎを成し遂げたのだろう。
それは立派だ。本当に彼女は立派だ。
彼女の背景事情を知る限り、本当に凄いと思う。
ヴァイスも感心しているので、生まれも育ちも貴族であるヴァイス――しかも、ろくでもない貴族達の姿を多々知っている――から見ても、簡単なことではないのだろう。
……いくらファクル公爵が後ろ盾になってくれたとしても、結局は彼女自身の行動に懸かっているのだから。
あれですよ、一言で言うと『後妻さん自身がアホな言動をしたら即アウト!』ってやつ。家の乗っ取りを狙っている奴なら、即座に突いてくるだろうからね。
ファクル公爵の性格的にも、手厚く庇護するなんてことはないだろうから……本当に『様々な意味で自己責任になる』(意訳)ってことだと推測。
誘導したり、情報を聞き出す方法とか。
探りを入れて来る貴族相手に、上手く立ち回る方法とか。
女性陣からの嫉妬や嫌悪による、命の危機の回避とか。
最低限、この三つは後妻さん自身がこなさなければならないだろう。アホにはできん。
女性貴族の嫉妬はマジで洒落にならんことが多いからなー……ええ、お仕事を通して嫌になるほど知っていますとも!
何が性質が悪いって、そういったことをやらかす女性達は自分が悪いなんて思っていないことだ。
お貴族様らしく選民意識とプライドが激高なのよ、彼女達。後妻さんが元高級娼婦ということだけでも許しがたい……と思う奴も一定数は居るしね。
女性貴族は情報収集がお仕事ということもあるけれど、人の不幸は蜜の味とばかりに、悪い噂は尾鰭を付けてガンガン流してくれるのだ。
それは特別悪いことではない。
貴族社会では『それが普通』なの。
要は、そういった情報を知っていることも、それらの真偽を見極めることも、本人の能力に掛かってくるということ。
迂闊な人や情勢を見極められない人はそういった悪意ある噂に流されまくった挙句、破滅や暗い未来が待っている。
なお、それらの情報網を利用して噂を流し、都合よく使っているのが私であ~る!
上手く使えば非常に便利な情報網なのです。自分を軽く見せて警戒心を抱かせないようにしたり、噂に踊らされる人を見極めたりと、有効活用しております。
……が。
そんな風に利用できなかったり、悪意満載の噂のターゲットにされてしまったりした場合、本人に能力がないとマジで詰む。
対応を思いつかなかったり、味方が居なかったりする場合、噂が忘れ去られるまで大人しくしているしかない。
未婚の女性の場合はもっと悲惨で、この『大人しくしている期間』が婚姻適齢期に該当してしまったりすると、婚約解消イベントが起きたり、婚姻相手が居なくなるという状況になってしまう。
これは流された噂が醜聞となる場合、一番簡単なのが『縁切り』だから。
他に兄弟がいる場合、『家族が巻き添えになることは云々』ともっともらしい言い訳を適用してしまえば、強く出られるはずもなし。
『私個人は違うけど』と言っておけば誠実さのアピールになるし、『家族に影響が出ることは避けたい』と続くと、『貴族として、家を第一に考えられるのね』とばかりに高評価。
……。
理不尽だけどな、本当に。
建前を並べた挙句、踏み台にしたようにしか見えないし!
しかし、悲しいかな。これがお貴族様の現実だ。必ずしも男性優位とは言わないが、大抵の国では悪意ある噂や婚約解消で泣きを見るのは、令嬢の方が圧倒的に多い。
令嬢達もそれを理解しているので、賢く立ち回ったり、力ある貴族令嬢の腰巾着と化したりするわけです。
単純な媚売りだけではなく、生存戦略ゆえの行動の場合もあるのだ。
で。
それらの荒波を乗り切った後妻さんは確かに凄いのです、が!
最難関というか、目的が達成間近……いや、もう確定かな? とにかく、嫡男が当主に成れるところまで来ているのに、一体、何が問題なのか。
「いや、本当に疑問に思うんだけどさ? もう後妻さんがやり切った後ってことでしょ?」
「うん」
「じゃあ一体、何が足りないのよ?」
直球で尋ねると、ヴァイスも困惑したまま私に続く。
「そう、ですね……。こう言っては何ですが、後ろ盾や味方と思わせたいならば、他国の私や魔導師殿よりも自国の公爵であるファクル公爵様、そしてシュアンゼ殿下の方が適任でしょう」
「だよねぇ」
私達は所詮、他国の人間なのだ。内政干渉と言わせないためにも、しゃしゃり出ない方が良いような。
というか、迂闊に意味もなく関わったりすると、今度は後妻さんが私達の手先の様に言われてしまう可能性がある。
勿論、そんなことはないし、事実無根だ。しかし、前述した『悪意ある噂』というものには誰だって正確さなんて求めていまい。
『都合が良ければ利用する』か『貶めて、他人事として楽しむ』かのどちらか。
すでに嫡男が男爵家の当主となることが決定しているならば……完全に悪手だ。灰色猫の性格的に、そんなことをするようにも思えない。
結論……この案件において、この国で私達ができることはない。
そう判断せざるを得ない。後妻さんが余生を送る場所とかの相談ならばまだしも、男爵家の家督相続については関わらない方がいい。
と、言うか。
関わらない方がいいのは、シュアンゼ殿下も同じだろう。
『王家の人間が全く関係のない男爵家の家督継承問題に口を出す』なんて前例ができてしまうと、今度はそれを利用し、上位貴族や王族に『都合の良い人間を当主に据えようとする輩』が出るに違いない。
ぶっちゃけて言うと、上に助力してもらっての乗っ取りが可能になってしまうと言うか。さすがにそれはどうかと思う。
そもそも、王家とは貴族達の手本となるべき人々なのです。それが建前だろうと、一般的にそう言われている以上、わざわざ波風を立てることもあるまい。
「うーん、やっぱりそう言われちゃうかぁ」
私達の言い分に、苦笑するシュアンゼ殿下。どうやら、そう言われる予想はしていた模様。
「まあ、本来は介入しない方がいいだろうね。今回は家督相続そのものではなく、それ以外の問題についてだから、ギリギリセーフってところかな」
「「は?」」
何だ、それは。なくなりかけた男爵家の問題(予想)程度に、私達が必要だと?
「この案件を持ち込んだのは、『男爵家の嫡男』だよ」
「自分でやれって伝えてください」
即答。ついつい、ジト目になってしまう。
いやいや……成人前だろうと、数年後に家督相続できるってことは、父親が亡くなった時点で十代前半くらいだろうが。
そこから頑張ったのは後妻さんであって、嫡男ではない。勉強が必要だったとしても、自分の家のことじゃないか。危機感くらい持てよ。
「父親が亡くなった当時、彼は学園の寮に入っていたんだ。この国の貴族である以上、どこかの学園を卒業する必要がある。成人貴族として扱われるための資格、みたいな感じだと思えばいいよ」
「ですが、幼子ではないのです。自分が何不自由なく学園に通え、しかも家督を継げる。……誰が動いたかなど、明白でしょう。確か、義母を嫌っていたと伺ったはずですが」
「確かに、そう言ったね」
「それ、恩知らず以外に何て言えばいいのよ。最低限、これまでの態度を詫びるくらいは必要でしょうに」
ヴァイスも嫡男の行動を不快に思ったらしい。続いた私の言葉に、無言で頷いている。
……が。
シュアンゼ殿下は必ずしも同情したわけではないらしかった。
「いやぁ……それは私も言ったよ? 私と会った時にね。あ、会わせたのはファクル公爵だから、この繋がりはまだ誰にも知られていないと思ってね」
あ の 爺 さ ん 、 何 を 企 ん で や が る 。
「彼もね、反省したらしいんだ。まあ、家の使用人達は事情を説明されて義母の協力者になっていたから、嫡男の暴言に見かねて……ということらしい」
「自分で気付いたんじゃないんかい!」
「一応、寮生活だったしね。使用人達が義母の味方をしちゃうと、正しい情報は入って来ないだろう。まあ、学園で聞いた噂を鵜呑みにしたから、義母を毛嫌いしていたみたいだよ」
「愚かですね」
ヴァイスがバッサリと切り捨てると、シュアンゼ殿下も深く頷いた。
「そうだよねぇ……だって、絶対に男爵夫人のことを貶める目的だったり、探りの意味があったと思うよ? まあ、それを先読みしていた男爵夫人のお陰で、嫡男には情報が一切入らなかったから無駄に終わったみたいだけど」
「つまり、敵を騙すにはまず味方から、というわけね。それで子供達を関わらせなかったと」
「多分。年齢的にも、経験的にも、うっかり口を滑らせかねないと思ったんだろう」
後 妻 さ ん 、 賢 い … … !
ですよねー、今後を見据えた計画を立ててギリギリの状態で綱渡りをしているってのに、お子様どもが悪意なく口を滑らせると厄介ですもんねー。
……。
大丈夫か、男爵家のお子様達。
自分で義母の計画に気付いたわけではなく、自分が何らかの手を打っていた節もない。
そりゃ、家督は継げるだろうけどさ……その後、どうすんの?
賢い義母は嫡男が家督を継いだ直後に引退だろうから、ファクル公爵はシュアンゼ殿下と嫡男を引き合わせたのだろう。
で、肝心の嫡男はその幸運――後妻さんが見事に遣り遂げたため、ファクル公爵からのボーナスではあるまいか――を活かせるような人なのかい?
「一応、彼にも危機感はあったらしい。だから、私との繋がりを求めたんだ。まあ、第二王子と言っても罪人の子だ。だけど、王族であることも事実。私が彼を手駒にしていれば、男爵家はなんとかもつんじゃないかな」
「……」
シュアンゼ殿下はすらすらと嫡男に会った時のことを口にしている。その表情はいつもと変わらず、穏やかな笑みを浮かべたまま。
……が。
灰色猫……アンタ、怒ってない?
ヴァイスも何となくそれを感じたのか、やや引き気味だ。それらを察しているだろうに、シュアンゼ殿下の笑みは崩れない。
……。
あの……怖いんですが……。
「だからね、折角だから君達と会わせてあげようかと思って。ほら、ミヅキにしろ、ヴァイスにしろ、彼以上に困難な状況を言い訳にできない人生を歩んでいるじゃないか。テゼルト達に守られた私から言われたところで、説得力はないだろうしね」
「いや、アンタの場合はラフィークさんが忠臣になったことや、誰にも利用されなかったことを誇って良いと思うんだけど」
「はは! 彼の目にはそうは映らなかったんじゃないかな」
灰色猫……まさか、お説教要員として私達を呼びました?
苦労しているのは皆同じ。
安易に助けてもらえるはずもなく、必死に足掻いて今がある。
嫡男の甘い考えに、灰色猫はちょっとお怒りです。
※来週の更新はお休みさせていただきます。
今年もお付き合いありがとうございました!
※一月に魔導師は平凡を望む32巻が発売されます。
詳細や特典SSについては活動報告か公式HPをご覧ください。




