灰色猫からの招待 其の一
――ガニア王城・シュアンゼの部屋にて
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」
「はあ……お招きいただき、ありがとうございます」
上機嫌で迎えてくれたシュアンゼ殿下に対し、ヴァイスは困惑気味。
そりゃ、そうだ。私がティルシアから『シュアンゼ殿下から手紙が来た』と聞いた直後、ヴァイスが家に帰ってみれば待っていたのは、パニック一歩手前のエヴィエニス家使用人一同。
何の前触れもなく、騎士であるはずの四男へとガニア王族からのお手紙です。
ビビるな、という方が無理だろう。普通は驚く。
エヴィエニス公爵家は王家派の筆頭である。しかし、その分、国王一家の最後の砦的な役割を果たしていたため、他国との交流はあまりない。
国王一家に味方が居ない分、他国にのこのこ出かけていくわけにはいかなかったみたいなんだよねぇ……。
ただ、これは正しい選択だったと思う。ティルシアの野望(意訳)を知らなければ、『我がエヴィエニス家が王家をお守りせねば!』となるのは当然。
ぶっちゃけ、自国の貴族どもがどれほどヤバイか理解していたわけですよ。
そりゃ、迂闊に傍を離れられんわな。
ヴァイスだって公爵家の人間であるというのに、騎士として傍に控えていたではないか。
あれは国王一家が無条件に信頼できるのが、ヴァイスとその部下達だけだった――近衛騎士は職務に必要なこともあり、全員が貴族階級なのだ――こともあったと推測。
王族達を軽んじる貴族達に『騎士如きが!』と言わせないためには、渡り合える身分の騎士が必要なのです。戦闘能力が高ければなお良しですな。
現在、ヴァイスが割と自由に他国に赴けるのは、サロヴァーラにその余裕……というか、サロヴァーラの王族達の安全がある程度確保されたからに他ならない。
それに加えて、魔導師である私に恩を売りつつ、他国に『私達、仲良しです!』とアピールしておけば、牽制程度にはなるのだろう。
と、言うか。
ヴァイスの誠実な姿は他国からすれば、『サロヴァーラにもまともな人が居る』という証明になる。
サロヴァーラの貴族達は大半が王家を嘗めていたため、他国からの評価が軒並み低い。ぶっちゃけ、クズ扱い。
そんな状況において、真面目人間なヴァイス君の姿を目にすれば……まあ、輝いて見えるわな。少なくとも、『王家派の貴族はまともだった』という証明にはなる。
エヴィエニス公爵家もそれが判っているから、人手不足な状況だろうと、ヴァイスを送り出してくれるのだろう。
……。
ティルシアが笑顔でごり押ししていなければ、だが。
女狐様、すでに本性を隠しておく必要がなくなったせいか、大変活動的(意訳)になってらっしゃるみたいなんだもの。
そもそも、サロヴァーラ王が信頼する配下達と、ティルシアに忠誠を誓う者達は別なのだ。
女狐様の部下=以前のティルシアの計画の賛同者。
つまり、サロヴァーラの王家派は二つ存在していたわけですね!
サロヴァーラの貴族達がそれを把握していたとは思えないので、現在の苦境は女狐様の部下が誰なのか判っていないからだと推測。
女狐様は継承権を剥奪されているとはいえ、今後はサロヴァーラの立て直しに尽力する未来が確定しているのだ……そのまま国の暗部を担う勢力への移行、待ったなし。
最初から秘密裏に動く部下がいるような状態なので、ティルシアはサクサクと改革(意訳)を進められるというわけ。彼らが居なかった場合、その選定からスタートするはずだもの。
で。
そんな状況を判っているだろうに、私とヴァイスをセットで呼び出したのが灰色猫ことシュアンゼ殿下。
この時点で、何かしらの案件に巻き込みたいことは明白だ。絶対に『一人だけ仲間外れで寂しいから、遊びにおいで♪』というお誘いではあるまい。
自然とジト目になるってものですよ! 一体、何を企んでやがる。
「そんなに不審がらなくても……。私はまだ足が不自由なのだから、君達に来てもらうしかないじゃないか」
「いや、アンタはつい先日、イルフェナまで来たじゃん!」
寂しそうな表情をして俯く灰色猫に対し、私は即座に突っ込む。
おい、嘘を吐くな。その『足の不自由さ』を利用して人々の関心を買い、色々と話をしていたのを知ってるぞ。
……まあ、魔王様のためにスケープゴートの役割をしてくれていたことも事実と知っているため、感謝がないわけではないけれど。
しかし同時に、転んでもただでは起きない性格であることも知っている。
灰色猫は『ガニアで色々と大変なことがあったシュアンゼ殿下』という立場を利用し、探りを入れて来る人達に自分の存在をアピールしていたのだから。
逞しくなったものである。いや、最初から大人しい性格じゃないけれど。
そもそも、人の言葉に傷つく繊細な奴はそんな状態でイルフェナに来ない。
『騙されない!』とばかりにジト目を向ける私に、ヴァイスはどうしていいか判らないらしく、困惑気味。
彼はシュアンゼ殿下&私VS王弟一派とのあれこれ(意訳)の詳細を知らないため、まだシュアンゼ殿下の性格を掴み損ねているようだった。
……そんなヴァイスの姿に、シュアンゼ殿下は。
「まあ、ミヅキの予想通りなんだけど」
「え゛」
「ほら、やっぱり! 真面目なヴァイスを揶揄うんじゃない!」
あっさりと表情を戻し、『歓迎しているのは本当だよ』と笑って付け加える。
……ああ、付いて行けないヴァイスが唖然とした表情でシュアンゼ殿下を見ている。可哀想に。
「ヴァイス、シュアンゼ殿下はそんな軟な性格してないから。そもそも、そんなに繊細だったり、悲劇の王子様的展開に酔うような奴なら、私と一緒に王弟夫妻を追い落としたりしないって」
「だよねぇ」
肩を竦めて暴露すれば、うんうんと頷くシュアンゼ殿下。
「ちなみに、幼少期は『一応』、親からの愛情を求めた時期があったらしい。すぐに諦め、達観し、黒歴史となったらしいけど」
「ちょっと、それは誰からの情報かな!?」
「ラフィークさん」
ぎょっとしたシュアンゼ殿下がラフィークさんを見るも、当のラフィークさんは微笑ましそうに……何だか嬉しそうに私達の遣り取りを眺めている。
「ふふ、事実でございましょう。そもそも、私は主様がご友人とこのような遣り取りをなさることが嬉しいのです。そのためならば、多少の思い出話は口に致しますよ」
「ラフィーク……」
何とも言えない表情になるシュアンゼ殿下に対し、ラフィークさんは完全に保護者の表情だ。
そして、私とヴァイスに微笑みかけた。
「楽しそうで何よりでございます。……お嬢様、ヴァイス様、どうか主様といつまでも仲良くしてくださいませね」
「は……こちらこそ」
「『楽しい時間』は過ごせると思いますよ」
以上、私とヴァイスのお答えである。……ええ、『楽しい時間』は約束できると思います。多分、何かしらの結果が伴う事態になると思うけど。
「はぁ……まあ、馬鹿な遣り取りはここまでにしておいて」
溜息を吐くと、シュアンゼ殿下は表情を変えた。
「ちょっと手伝ってほしいんだ」
「へぇ? 私達に手を貸す価値はあるかな」
「ある、と言っておこう。将来的に私が力を得るための布石の一つ、と言えば先行投資する価値があると思わない?」
「話を聞いてから決める。私達が動いた方がいい場合と、シュアンゼ殿下が動いた方がいい場合があるからね。『魔導師に縋るだけの存在』になる気はないんでしょ?」
素直に頷くことなくそう言えば、シュアンゼ殿下は満足そうに笑う。対して、ヴァイスは少し意外そうに私を見た。
「意外かな? 確かに、言いたい放題……だけど、ミヅキはそれくらいでいいんだよ」
「宜しいのですか?」
「勿論。頼るばかりというのも情けないけれど、ミヅキは最良の結果を導き出すことに定評があるからね。私自身もそれを目にしたんだ。だから、ミヅキの意見を聞いてみたいかな」
それはある種の信頼とも言えるだろう。だが、シュアンゼ殿下とて私の意見を素直に聞くとは限らない。
……あくまでも『ミヅキの意見を聞いてみたい』と言っているだけだからね。
そもそも、まだどんな案件かも聞いていない。だから、『無条件に味方する』というわけではない以上、私達の場合は『これが正しい』。
もっとも、この場に居るのがラフィークさんだけだからこそ可能なのですが。
王族相手に言いたい放題なんて態度を取れば、不敬罪待ったなし。
その『不敬罪』を今後、利用する可能性もあるから、私の場合はこれでいいんだけどね。
あれです、『不敬罪を帳消しにしてあげるから、お願い聞いて欲しいな♪』くらいの落としどころに使えるから。
魔王様達もそれを判っているので、私の不敬としか言いようがない態度を咎められることはほぼない。
ただ働きは良くないし、親しさからの不敬の見逃しも過ぎれば良くないけれど、互いに納得しているならば口を噤んでくれるのですよ。
なお、仕事を受けるか否かは、私の好感度が大いに影響すると言っておく。
『情報だけ貰ってポイッ!』という可能性もあるため、私じゃなくても、安易に部外者を利用しない方がいいに決まってる。
人間の敵は基本的に人間です。自分が向けた信頼に対し、相手が誠実に応えてくれるとは限らない。
魔王様経由でお仕事が来るのは、こういったリスクがあるからなんですね!
『異世界人の魔導師は報酬ゼロで動いてくれる』といった認識は間違いです。
そもそも、そんな旨い話や、善意百パーセントの無欲の人が居るはずなかろう。少なくとも、私は違う。
『断罪の魔導師』はともかく、『慈悲深い』とか『誇り高い』なんて言葉を信じる輩に、騎士寮面子が大笑いする――特に騎士s――のも、いつものことである。
「でも、君の興味は引けたみたいだからね。ヴァイスもミヅキに仕事を頼みたい時が来るかもしれないから、覚えておいた方がいい」
「興味を引け、ということですか」
「話に乗ってくれるか、否か……という解釈でも間違いじゃないよ。聞いたことがあると思うけど、ミヅキは『自分が興味を抱けば動く』からね」
なるほど、この遣り取りも真面目過ぎるヴァイスを案じてのものらしい。馬鹿正直に依頼してきそうだもんな~、ヴァイス。
ただ、対外的にそれが不可能な場合もある。そういった時の対処法、みたいな感じでやってみせたのか。
「じゃあ、話を聞いてもらおうか」
そう言うと、シュアンゼ殿下は話し始めた。
灰色猫『真面目な騎士にミヅキの扱い方を教えておこうと思って』
黒猫『女狐様があの状態だし、柔軟性が必要かなって』
何だかんだ言って、ヴァイスを心配している猫S。
ただし、経験を積ませて鍛える方向。
※『魔導師は平凡を望む 32』が一月に発売されます!
詳細は公式HPや活動報告をご覧ください。
なお、特典SSについては活動報告参照。




