黒猫騒動
魔導師ミヅキが『手土産』(意訳)を持ってサロヴァーラを訪れ、早数日。
初日から『扉を蹴破り、会議中の部屋に乱入』という力業をぶちかました後、そのままの勢いでグラント侯爵家の捕縛に協力。
ミヅキは本日も、地下牢を監視する騎士達の夜食作りに貢献しつつ、グラント侯爵家一味――雇われていた傭兵達も含む――の精神をガリガリと削る日々を過ごしている。
当たり前だが、ミヅキに罪悪感なんてものはない。
あるのは玩具を甚振る猫の如き『遊び心』(意訳)だけだ。
そこに仲良しのお友達であるティルシアや妹分のリリアンの分の報復が含まれているような気がしなくもないが、ミヅキ自身は『自分の心に素直になっているだけ』で通している。
それを聞いた王家派の者達はひっそりと魔導師に感謝を捧げ、敵対者達は『次の標的は自分かもしれない』という恐怖に慄き、胃の痛い日々を過ごしていた。
なお、ミヅキは本当~に自分に素直になっているだけである。
何せ、すでにサロヴァーラの貴族達はミヅキに宣戦布告済み。『サロヴァーラを初めて訪れた段階で、魔導師と名乗っていた』ため、『知りませんでした』は通らない。
その上で嘗めてかかった挙句、喧嘩を売ったのだ。完全に自業自得であろう。
魔導師は『世界の災厄』が公式設定であり、ミヅキ自身は自他共に認める『頭脳労働職』。
そんな生き物が『異世界人凶暴種』などという渾名で呼ばれているのだ……その方向性は誰だって判るだろう。
サロヴァーラの貴族達がミヅキを嘗めていたのは『異世界人一年目』という情報を得ていた部分も大きい。
異世界人は民間人扱いであり、この世界の常識さえよく判っていないことが常。逆に王族・貴族は民間人に対して圧倒的に強い特権階級であり、言葉による誘導にも長けている。
言い方は悪いが、彼らは現在のミヅキならば言い包められる自信があったのだ。王族でさえ押さえ込めている現実が、彼らにそんな自信を抱かせていた。
……が。
彼らにとって大誤算だったのは、ミヅキの後見人がイルフェナのエルシュオンだったことであろう。
愛情深くも教育熱心な親猫様は、何~故~か『自分達の助けがなくとも、一人でも生きて行けるように』という信念の下、ミヅキにスパルタ教育を行なったのだ。
しかも、その基準が己である。民間人でしかない生き物に対し、王族と渡り合えるだけの実績と能力を身に付けさせたのだから、明らかに遣り過ぎであろう。
事実、これを後から知ったイルフェナ王族達は首を傾げ、第二王子の意外なポンコツぶりに苦笑する羽目になった。
実力者の国と呼ばれる国の上層部の者達から見ても、エルシュオンの教育は吃驚なものであり、ミヅキが『異世界人凶暴種』と呼ばれるに至った実績の数々(意訳)がどうして可能だったのかを一年以上経ってから知ったのだ。そりゃ、驚く。
厳しい教育=『何者にも負けぬ強い子に育て!』と言わんばかりの愛情。
ただし、双方の性格が別方向にぶっ飛んでいると、最恐生物(※誤字ではない)が爆誕する模様。
これでエルシュオンに懐いていなかったら立派に警戒対象だったろうが、当のミヅキは親猫たるエルシュオンには飼い猫の如く懐いており、基本的に言うことは聞く。
そしてエルシュオンは非常に真っ当な性格をしており、時には実力行使をしてでもミヅキを止めるため、現状維持という方向に落ち着いた。
さすが、凶悪極まりない猟犬達(意訳)の飼い主である。
今更、凶暴な馬鹿猫が一匹増えても、大した問題ではないのだろう。
そんな背景もあり、愛情深い親猫様と仲間認定した猟犬達に育てられたミヅキはすくすくと成長し、今では『必ず結果を出す』と言われるまでになったのだった。
これには他の教育者達も鼻高々であろう……立派にイルフェナの気質に馴染んでいるのだから。
鋼メンタルと不屈の根性を持つミヅキ自身の性格もあるだろうが、異世界人がここまで強くなった前例はない。彼らは『私達が育てました!』と誇っていいだろう。
その反面、敵対者達が泣いたのは些細なことである。
猫は恩返しをするし、祟りもする。安易に喧嘩を売る方が愚かなのだ。
で。
そんな子が仲良しのお友達と妹分を散々コケにしてきた奴らを許すはずなどなく、ミヅキはサロヴァーラに行く度、何かしら遣らかしていた。
別に犯罪行為をしているわけではない。未だに『自分達が悪い』ということさえ理解できない頭の足りない連中へと、現実を突き付けているだけだ。
その方法が実力行使(意訳)という物理方面に特化していたとしても、身分的には民間人のミヅキだから仕方ない。彼女にはそれしか方法がないのだから。
そもそも、ミヅキは『馬鹿は嫌い』と公言してもいる。ただでさえ好感度がマイナスな連中が馬鹿なことをしているのだから、命が惜しくはないのだろう。
勿論、これらはサロヴァーラ王家の許可済みだ。
『他所のお家で勝手なことをしてはいけない』と躾けられているため、ミヅキはきちんとティルシアに許可を取っているのだった。ゆえに、これらの行為は『お友達のお手伝い』で済まされていたり。
そして最近、サロヴァーラ王城ではこんな噂が囁かれるようになった。
――『魔導師が己の使い魔たる黒猫を連れて来た』と。
※※※※※※※※
――サロヴァーラ王城・ティルシアの部屋にて(ミヅキ視点)
「……で、本当のところはどうなの?」
噂を聞きつけたらしく、本日は王女達とお茶してます。
早速とばかりに尋ねてきたのはティルシア。そして、リリアンは……。
「ふふ、凄く大人しくて可愛いですね!」
膝に乗せた黒い子猫を愛でている真っ最中。なお、この黒猫が使い魔疑惑のある猫である。
「いや、それ完全にデマだから」
「あら、そうなの?」
「うん。その子、私がここに来たのと同じくらいに、牢のある階に迷い込んで来たんだってさ」
迷い込んで来た当初はボロボロで、このまま外に出したら死んでしまうだろうと思った騎士達がこっそり保護したんだそうな。
雨に濡れてぐったりしていたため、魔法を駆使して水分を飛ばしたり、体を温めたりした結果、めでたく現在も生存中。
保護された時から意識はあったのか、誰が助けてくれたかを判っているらしく、野良とは思えないほど良い子である。
「それで貴女やあそこにいる騎士達に懐いているのね」
「そう。特に私は体を温めたり、ご飯をあげたりしていたから、懐いてくれたんだよね。それを見た一部の人達が使い魔疑惑を持ったってのが真相」
頷きつつも事実を口にすると、ティルシアはやや呆れたようだった。
ですよねー! 猫とじゃれていただけなのに、使い魔扱いしてくるんだもん。
……ただ、そう見えてしまった理由も判る気がする。
この黒猫、妙に賢いのだ。悪戯はしないし、まるで人の言葉を理解しているかのように振る舞う時があるからね。
勿論、元の世界の猫とは違う可能性もあるけれど……この国、もっと言うなら王城には、この猫に色々と教えそうな存在が居るじゃないか。
そして、私は徐に、『そんなことをしそうな存在』へと視線を向けた。自然と、ティルシアの視線もそちらへと向く。
「というわけでね、カエル様? 何か申し開きはあるかなー?」
『……』
「黙っていても該当者はカエル様しかいない。あと、騎士達から『時々、大きなカエルと一緒に居る』って聞いてるぞ。素直に吐け」
『いや、その……』
「……」
『悪戯をしたら駄目だよ、とは教えたかな』
「へぇ? ……他には?」
『ほ、他には……』
カエル様は暫し、うろうろと視線を泳がせ。
『【恩返しがしたい】と言っていたから、その、少し、監視しているような行動を取れば良いと』
「間違いなくそれが噂の原因じゃねーか!」
どうやら、この黒猫が使い魔っぽく見えてしまった行動の原因はカエル様の指導にあった模様。
そうは言っても、この子はただの猫である。あくまでも『まるで監視しているような姿を見せるだけ』であって、実際に何かをするようなことはない。
『どうせ飼うなら、首輪に記録用の魔道具でも仕込めばいいんじゃないかと思うんだけど』
「……。なるほど、それで今日はこの場に来たと。私に用意しろってことかなー?」
『賢い子だから、役に立つと思うよ? そういった物があれば、王女達も証拠を掴みやすいと思うけど』
健気な黒猫の先生――カエル様のこと――は意外とスパルタなようだ。ただ、カエル様が言っていることも理解できる。
だって、この猫は私の使い魔でも、飼い猫でもない。ただ、ティルシア達が城で飼うことを許可してくれれば、『王城で飼われている猫』というポジションはゲットできる。
そして、私は『保護した時に関わったから心配で云々』という言い分の下、首輪に記録用の魔道具を仕込んでおけば、予想外の働きをしてくれるかもしれない、と。
というか、カエル様は間違いなくそう仕込む気だ。
それ、日頃からカエル様自身がやってることだもん。
そんなことを考えつつ悩んでいると、小さな声が足元から聞こえた。
視線を向けると、いつの間にかリリアンの膝から降りた黒猫が、期待を込めた目で私を見上げている。
「……。カエル様、この子におねだりの仕方を教えたね?」
『生きるためには必要かと』
「間違ってはいないけどさぁ……!」
ちらりと王女達に視線を向ければ、ティルシアは素敵な笑顔――自分達の手助けになることを期待している模様――を見せ、リリアンは期待を込めた表情で私を見ていた。
リリアンは……単純にこの子が飼いたいんだろうな。『魔導師の猫』という扱いならば、酷い目に遭わされる可能性も低いだろうし。
二人と一匹の視線に負け、私は深々と溜息を吐いた。
「はぁ……まあ、いいか。魔王様に許可を取ってみるよ」
「わぁ……! ありがとうございます、ミヅキお姉様!」
「良かったわね、リリアン」
頷くなり、リリアンは黒猫を抱き上げて上機嫌。そんなリリアンの姿に、ティルシアの笑みも深まった。
ティルシア的にはリリアンが喜んでいるのが嬉しいのだろう。この様子では私が出るまでもなく、黒猫を虐めた輩にはお姉様の報復が待っていると見た。
『すまないね、ミヅキ』
「癒しも必要ですし、仕方ないですねー……。でも! カエル様には手間賃を体で払ってもらいますよ! さあ! お膝にカム!」
『え゛』
その後、私は心行くまでカエル様をモフり……いや、むにむにと揉み。
大人しく揉まれたカエル様の、いつもはひんやりとした体はちょっとばかり温くなったのだった。
黒猫(異世界人)と黒猫(賢い保護猫)。
どちらも王家派の味方です。ただし、人間の方は凶暴。
カエル様、地味に暗躍中でした。
※多忙につき、来週の更新はお休みさせていただきます。




