悪役と書いて玩具と読む
赤毛&意地悪娘(+母親)VS愉快な仲間達。
どう考えても事を起こさせてから叩き潰す彼等の方が悪質。
「ふふ、判りましたわ。私にも新しいパートナーがいますので御心配なく」
「え……!?」
にこやかに告げられた言葉に得意げだったアメリアの表情が変わる。
すぐ顔にでるのは父親譲りですか、アメリア嬢?
「ま……まあ、強がらなくてもよろしいのよ?」
「いいえ? 実は是非と言って下さった方がいたのです。アンディ様に御願いした手前お断りしたのですが、このような状況ならば受けさせていただきますわ」
にこにこと話すクリスティーナは一見何も気にしていないように見える。だが、実際は傷ついている筈だ。最後までアンディを批難しなかった子なのだから。
それに、これ以上話が長引けば『パートナーを奪われた可哀相な子』に仕立て上げられかねない。
そろそろ参戦しましょうか。
「嬉しいわ! 受けていただけるのね!」
ぱちん、と手を鳴らし笑顔でクリスティーナの傍に行く。……ああ、やっぱり震えてるじゃん、この子。
随分と無理をしていたようだ。
よく頑張った! 思わず抱き締めちゃうぞ。
「ええ、勿論。私も嬉しいわ」
「一緒に装飾品を選びましょうね!」
「はい!」
その装飾品は魔道具だが。
私と黒騎士の努力の結晶をプレゼントしますからね!
「……おや、私を甲斐性無しにするおつもりですか」
「仕方ないでしょう。ああいった物は女性同士で選ぶ楽しみもあるのですから」
アルとセイルが会話に混じってくる。
そしてアルは立ち上がるとクリスティーナの手を取って。
「改めてお願いします。私に貴女をエスコートさせて戴けますか?」
「ええ。こちらこそ宜しく御願いします」
微笑み合う二人+クリスティーナに背後から抱きつく一匹(=私)。
ある意味微笑ましい光景に異議を唱えたのは無視されていたアンディだった。
ガタン! と音を鳴らして立ち上がり睨み付ける。
「おい、ちょっと待て! お前は一体何なんだよ!?」
「煩いですね、黙っていなさい」
「……いきなり出てきた挙句こっちの言葉を無視か? クリスティーナ嬢、こちらの方は?」
先程の申し訳無さげな顔を一転させアルを睨みつけてくるアンディ。
ああ、やっぱり君は自分が馬鹿にされるのが許せない人種か。
自分が軽んじられる事もクリスティーナが傷つかなかったのも許せないのだね?
私は貴様が心の底から許せない。自分勝手な抗議をしている君なら理解してくれるよね?
「あらあら、自分から裏切っておいて何てみっともない」
くすくすと笑いながら腕を解きクリスティーナを隠すように立つ。
アルも冷たい視線を彼等に向け、私の横に立った。
「貴方は自分から役目を放棄したのに何故憤るのですか? まさか」
一端切って挑発的な笑みを向け。
「御自分が惜しまれるような逸材だと思い上がっていたのかしら? まさか、ねぇ?」
「そんな筈ないでしょう、ミヅキ。自業自得の結果にも関わらず不満を言うなど」
『貴方にその価値はないでしょう?』そう暗に言い切った私達にアンディとアメリアは更に怒りを募らせたようだった。
「な……アンディ様は近衛騎士でいらっしゃいますのよ!?」
「ええ、知っています。それが何か?」
「御嬢さん、近衛というものは家柄と実力が無ければなれないものなんだが?」
「つまり馬鹿でもなれると言いたいんですね」
「何でそうなる!?」
「貴方が近衛になれているからですけど?」
今、貴族に生まれてそこそこ強い『だけ』で近衛になれるって言ったじゃん。
自分で言ったことの意味もわかってないのか。
「それ以前に騎士ならば『誠実さ』と『責任感の強さ』を求められますよ。信頼できない騎士などもっての他です」
「近衛でなくとも騎士ならば家柄など関係なく己が立場に対して誇りと責任をお持ちですよ。騎士どころか人として最低の貴方には持ち合わせないものですけどね?」
「こ……この……言わせておけば」
『笑わせるんじゃないよ、お坊ちゃん』
声に出さずに告げた言葉はしっかりと届いたらしく、アンディは顔を赤くして私を睨み付けた。
やだなー、ゼブレストで散々殺意と敵意に晒されまくった私が怖がるわけないでしょ。女は睨めば怖がると思ってるなんて、お馬鹿さんなんだから!
アルも私も間違った事は言っていないし、一般的な認識です。近衛ならば特に重要だろうが。
まあ、まともな騎士なら最初からこんなことに協力しないよね。御自慢の実力とやらも勝ち負けならば私の方が強いぞ、多分。
「これが近衛騎士とは国の恥だな」
一人ワインを飲んでいたクラウスが更なる怒りを煽る。
ちなみに彼はこれが素です。彼にとっては事実を言っているに過ぎないのだから。
……職人がクリスティーナのエスコート役に向かないのはこの所為なんだよね。興味のない事は最低限しか行動しない上、良くも悪くも正直なのだ。
一応、場の空気は読めるから普通にしていれば問題は無いけど……今回みたく明らかに敵認定されていると馬鹿正直に毒を吐く。
「貴様如きに一体何がわかる!」
「わかるぞ? 俺達も騎士だ」
「はっ! じゃあ所属と名を名乗ってみろよ!」
これが近衛騎士とか何かの間違いじゃなかろうか。いや、黒騎士達の情報だから信じてますけどね。
どう見ても食事に来る近衛騎士さん達のお仲間には見えないぞ?
ちら、とアルに視線を向けるとやや苦笑しているようだ。何か思い当たることがあるらしい。後で聞こうっと。
「いいんじゃない? そろそろバラしても」
「お前も! 一体何なんだよ、そいつらの仲間なんだろう!?」
「はい、お仲間ですよー。寧ろ私が居たから彼等はここに居ます」
異世界人の情報ってある意味制限されてるからね。特にこの国で何かやらかしたわけじゃないし、私の姿を知ってはいても異世界人と気付かない人が殆ど。だから会った事がないアンディが知らないのも頷ける。
異世界人だと気付いても『ただそれだけ』という認識の人が大半なのでゼブレストほど恐れられていないのだ。
だから今も異世界人の護衛程度にアル達は思われているのだろう。そもそも子爵家に公爵子息が居るとは思わないよね。
「では、改めて自己紹介を。エルシュオン殿下の保護下で生活中の異世界人ミヅキ・コウサカですよ」
「所属は黒き翼、クラウスだ」
「白き翼の隊長を務めさせていただいております、アルジェントと申します」
「ゼブレストにおいて将軍の地位におります、セイルリート・クレストです」
言葉と共に彼等は幾つかの装飾品を外す。その途端、彼等の髪や瞳が本来の色に戻った。
『近衛騎士ってことは最初からバレるよね。どうすっかなー』と考えた末に色彩チェンジということになりました。アルとクラウスって外見も噂になってるしね、だからそれを利用する。
『淡い金糸に優しげな緑の瞳』は『艶やかな漆黒に藍色の瞳』に。
『漆黒の髪に感情の見えない藍色の瞳』は『金髪と明るい緑の瞳に』。
『青みがかった銀髪と薄い水色の瞳』は『深紅の髪と瞳』に。
いやー、予想以上に雰囲気変わって吃驚。眼鏡装備で更に別人です。
それに加えてかなり弱い幻覚作用の魔道具も着けているから顔を正しく認識できないらしい。
勿論、雰囲気や口調までは変わらないから『親しい人間が正面からじっくり見れば本人と判る状態』だそうな。
席が離れている上に親しくないアンディには名前さえ名乗らぬ男達が誰か判らなかったのは当然ですね!
まあ、そんな状態でも絶世の美貌は健在なのでアメリア嬢は見事引っ掛かってくれたわけですが。
「な……何故、貴方達がここに……」
「何故って……私が今日出された料理の一部を作ったからです。彼等は私に付き合ってくれたんですよ」
嘘は言ってない。それに加えて他の用事もあるだけで。
まさか守護役が勢揃いしているとは思わなかったのか、アンディは酷く驚いて声が掠れている。
「関わりがないじゃないか!」
「ディーボルト子爵家の双子は私達の友人ですよ? 彼等はエルシュオン殿下直々に私の護衛を命じられています」
その言葉に私達以外の視線が騎士sに向けられる。グランキン子爵にとってはこれも結構なダメージでしょうねー、見下していた双子が王族の信頼を受けているんだから。
アンディは……あら、青褪めて黙っちゃった。
「『異世界人は魔導師』ということと『守護役が誰か』ということしか一般的に伝わっていませんから」
「なるほど、個人的な用事に付き合うほど親しいと知らなかったのね」
「ええ、溺愛していると知っているのは一部だけですよ」
「溺愛、ね……」
アルがこそっと教えてくれた噂に微妙な表情になるのは仕方がないと思っていただきたい。奴等の基準は普通とは大きくかけ離れているのだから。
とりあえずトドメは必要だよね!
「素晴らしい騎士達に囲まれて生活している私が貴方なんて相手にする筈ないでしょう?」
「……。ミヅキ、それはどういうことですか?」
「部屋に案内する時に肩に手を置かれたり名前を聞かれたりした。相手にしなかったら不機嫌になって『この家にとって楽しい事が起こる』って言ってたから計画的だね、これ」
「そ……それ、は……」
「ああ、安心して? ちゃんと録音済み。だから改めて言わせて貰うわ」
アンディに向かってにっこり笑い。
「失せろ、クズ!」
「我々は彼女の婚約者でもあるのですが……実に不愉快ですね」
私の言葉に加え美貌の将軍様がやや紅の英雄モードになりつつ冷たい視線を送るとアンディは力が抜けたように椅子に座り込んだ。
漸く自分が何をしたか自覚したらしい。尤もそれは私達の敵になったということであり、クリスティーナへの罪悪感は欠片も無いだろう。
そして『婚約者』という言葉に反応し睨みつけてくるアメリア。次は君か〜。いいぞ、何でも言え。
「婚約者といっても守護役の意味でしょう? 私だって知っていますわ!」
「何て図々しいのかしら。異世界人というだけで思い上がるなど育ちが知れますわ」
母親の援護射撃に勝ち誇ったような顔になった彼女は次の瞬間凍りつく。
……うん、お前ら自分の顔を自覚しろ? 綺麗な顔×三に睨まれると結構怖いからな?
思わず避難しようとしてアルに捕獲された私はそのまま抱きこまれる。
目を逸らすな、騎士s! ヘンリーさんも何故か可哀相なものを見る目をこちらに向けている。
本能的に喜ばしい状況じゃないのを悟りましたか。気付いちゃいましたか。
「逆だぞ? 『守護役だから婚約者になった』んじゃない、『婚約者になりたくて守護役になった』んだ」
「我々は守護役となる前に彼女に求婚していますよ? 家の者達も歓迎しています」
「血の繋がりのある者すら貶め悪びれる事も無い貴方達こそ育ちが知れますね」
「爵位剥奪予定の子爵家が何様のつもりなんだか」
物は言いようですね、これだけ聞くと物凄くまともだ。個人の好みが加わるとドン引きされるから言うなよ?
ただ、アメリアには一途な愛の物語に聞こえたらしく、復活するなり睨みつけられている。……君にとっては『爵位剥奪予定』の方が重要な情報なんじゃないのかね。睨まれても私にどうしろっていうのさ?
クリスティーナは「物語みたいで素敵」とかうっとりしなくていいからね!?
「どうして……そんな女に私の何処が劣るというのよ!?」
「劣るとかそういう問題じゃなくて必要とされるのが私というだけですよ」
事実を正直に言えば更に怒りを募らせる母子。疑問に答えてやったのに何故だ。
それ以前にアンディはどうでもいいのかい?
「ついでに言うならゼブレストの王は私の親友です。その繋がりで今回の食材を王直々に提供していただきました」
「ゼブレストの者として証明いたしますね」
ぴら、と一枚の紙を取り出したセイルはグランキン子爵達へとそれを渡す。
苦々しい表情は紙の文字を追うに従って驚愕へと変わっていた。
「王だけでなく宰相も関わっているだと!? しかもクレストとは……」
「セイルは宰相の従兄弟ですよ」
「「な!?」」
「ふふ、怒ったりしませんよ? 最高級の食材さえ貶しまくった貴方達の味覚が高貴な方々とは程遠いものだっただけですから。料理もエルシュオン殿下の好物ですが、貴方達には合わなかっただけですよね?」
ええ、貴方達の口に合わなかっただけですよね? 個人差があるもの、そんなことで怒りませんよ?
ただ、食材提供元が王族だから君達の今後に何らかの影響が出るだけで。
自国の王族の好みを貶めるような奴等だとその王族本人に知られるだけで。
私自身は何も気にしないわ! 聞かれたら証拠映像付きで涙ながらに解説するくらいですよ!
「ああ、でも一つだけ御忠告を」
「な……何よ……」
青褪めながらも気丈に言い返すアメリアにずっと思っていた事を告げてやる。
「貴方達の好物……乳製品ですが。栄養価がかなり高いので太りますよ? 御両親を見ればわかると思いますが」
カシャン……とグランキン子爵夫人の手からフォークが皿に落ちる。
「己を美しく保つ事も高貴な女性の嗜みですし、健康の面から言っても重要です」
「見苦しい生き物など誰も傍に置いておきたくないと思うが」
それ以降、言葉は返って来なかった。
やっぱり世界を違えても体重の話題は女性にとって禁句でしたか。でもクラウスの言葉が一番ざっくり心を抉ったような気がします。
職人よ、魔術以外に興味がないとはいえマジで手加減ないな。
グランキン子爵は家族を盾に様子見してました。逃げられる筈はないのでそれは次話にて。
赤毛……そこそこモテる・強いので思い上がっている。
意地悪娘……自分の思い通りにならないと気が済まない御子様。
赤毛が近衛になれている謎は後程。