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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
イルフェナ編
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夜の始まり

軽く状況説明の話。行動するのは次話から。

 相変らず面白味の無い家だ、とグランキン子爵は内心嘲笑う。

 口にこそ出しはしないが、その感情は表情に出ているのだろう。

 華美な物など殆ど無く使用人達と馴れ合うような暮らしをしているくせに、自分達より確実な未来を手に入れている憎らしい連中。

 それがディーボルト子爵家に対する認識だった。


「御父様、クリスティーナはどんな顔をするのかしらね? ふふ、楽しみだわ」


 美しく育った自慢の娘がこっそりと囁く言葉に「今はまだ黙っていなさい」と返すも口元に笑みが浮かぶ。

 自分を全く相手にしなかった女によく似た娘を言葉と『事実』で嘆かせてやろう。母親の罪は娘が償うのは当然なのだから。

 いや、娘だけではない。あの男も生意気な息子達も屈辱と怒りに顔を歪めるだろう。

 ああ、本当に愉快だ! 兄しか頼る事が出来ない愛娘のデビュタントで私の娘との差を痛感するがいい。


 グランキン子爵は優越感に浸りながらも歓喜を隠すよう努めた。

 全ては彼の思い通りに運んだのだから――




 が。


 グランキン子爵は知らなかった。

 見下しているディーボルト子爵家の双子が最悪の魔導師と繋がりがあることなど。

 世の中、上には上が居るものなのだ。

 彼の言う『計画』など彼女から見れば『悪党のお約束』程度でしかない。


 彼が只の悪党である以上、鬼畜には勝てない。容赦の無さが桁違いなのだから。


 彼女曰く敵に情けなど必要ないのだ……『屈辱的な姿も優越感も要りません、己が楽しむ事を最優先に弄ぶことこそ使命です!』という碌でもない信念の元に行動するので回避不可。

 『正義? 何それ美味しいの?』『動く理由がなければ仕立て上げればいいじゃない!』という非常に個人的な感情の下、潰しに掛かるのだ。ある意味災厄である、手におえない。

 その鬼畜は彼のすぐ傍にいた。メイドの振りをしつつ、彼等の行動をじっくり観察中である。

 そして鬼畜予備軍な野郎どももディーボルト子爵とクリスティーナの傍で待機中。


 グランキン子爵に騎士s並みの危機回避本能が備わっていたら確実に逃げ出しただろう。

 『ここは危険だ! 邪悪な思惑が渦巻いている……!』と。




※※※※※※※


 こちら現場のミヅキです。皆様、如何お過ごしでしょうか?

 えー、現在グランキン子爵一家が玄関を通過中です。何を考えているのか時々得意げに笑みを浮かべていますよ……実に判りやすい人ですね! キモイぞ、お前。 

 あ、娘の言葉もしっかり聞こえてます。小娘、得意になっているのも今のうちだけだぞ? 守護役連中を見て悔しがるがいい! 

 どんな顔をするのかしらね♪ 楽しみね♪ さっきのお前を真似て言っちゃうぞ?


 グランキン子爵一家が室内へと消えた事を確認し私も厨房へと向かう。

 ふ……罠はもう始まっているのだよ、グランキン子爵。室内のあらゆる所に盗聴・盗撮の準備が整えてあるのです。

 言質は取り放題ですよ。盛大に踊ってくれたまえ!


「ミヅキ様、準備は出来ております」

「皆様が揃い次第、始めるとのことでした」

「そう。では、今後私は基本的にあの部屋にいますから後は御願いしますね」

「「はい!」」


 使用人の皆様や料理人さん達の頼もしい声に見送られ、私も今回の仕事場へと足を進める。

 グランキン子爵家用の料理は既に製作済みなので、私が居る必要はない。

 解説係として料理の説明が表向き本日のお仕事です。食材の入手先をバラすのは最後ですとも、逃げられても困る。


 と、その時。


「こちらの食事会に招かれているのですが、部屋まで案内を頼んでも?」


 唐突に赤毛の青年が湧きました。あら、まだ招待客が残っていましたか。

 ……ん? こいつって……。


「失礼ですが、お名前を確認させていただきたいのですが」

「ああ! アンディ・バクスターです。君は?」

「……はい、確かに。それではご案内致しますね。皆様もう御揃いですよ」

「おやおや、役目に忠実だね」

  

 わざと聞こえないように振舞ったら明らかに不快になった赤毛。使用人の名前聞いてどうする。

 ええ、役目に忠実ですよ? 女好きの近衛騎士もとい本日の獲物リストでグランキン子爵と同列一位の獲物様?

 貴方がクリスティーナにしようとした事を知っている身としては気を抜くと殺気が駄々漏れしそうです。

 ……思い知らせてやるから覚悟しとけ。


「美人でも面白味のない女は男を退屈させるだけだよ?」

「あら、私ほど退屈させない女は滅多に居ませんよ」


 主に恐怖で。悪企みの犠牲者様達には退屈どころか泣いてもらいましたが、何か?

 貴方を退屈させる気など欠片もありませんから御期待ください。つーか、肩に手を置くな。


「やれやれ、嫌われたみたいだね。だけど……」


 手を振り払った私に肩を竦めて手を放す赤毛だが瞳には剣呑な光が宿る。そしてにやり、と笑う。 

 

「きっと今夜は楽しいことが起こると思うよ? この家にとって、ね」

「ええ、それは同感ですね。ですがそれは『私にとって』ですわ」

「何?」


 訝しげに問い掛ける赤毛には答えず精一杯鮮やかな笑みを浮かべてやる。

 悔しさも敵意も何も無い、ただ純粋に『楽しい』という笑みを。


「さあ、この部屋ですわ。どうぞ楽しい夜を」

「……。ふん、強がっておけばいいさ」


 そう言うとさっさと部屋に入っていく。

 あらあら、悪企みって何も貴方達だけが想い付くものじゃないですよ?

 それに……今の貴方の言葉もしっかり録音されてますから。

 共犯者発言どうもありがとう! 『事前に何か起こることを知っていた』以上は巻き込まれただけなんて言い訳通じないよ?



※※※※※※※



「今宵は我が娘クリスティーナの誕生祝に集ってくれたことに感謝する」


 そんなディーボルト子爵の言葉と共に始まった食事会。席はディーボルト子爵一家の隣に守護役連中、そして親族と続き端にグランキン子爵家と赤毛。

 初めから徹底的に隔離です、何か言っても守護役連中で止まります。

 彼等は公爵子息なのだ……慣れているのです。空気の読める子なのです!

 嫌味を言っても笑顔で反撃当たり前。さらっと受け流す術を十分叩き込まれているのだ。

 しかも服装は上質だが比較的シンプルな上、名乗らないので精々『貴族階級の人』くらいの認識。

 本来の身分を気付かせないよう仕掛けをしてあるのです。いきなり公爵家が味方として出てきたら何もしないよね。

 料理の方もディーボルト子爵が当初から『異世界の料理』だと言ってくれたお陰で手をつけないということはないようだ。

 ただ……。


「ふん、珍しいという割には野菜の煮込みか」

「あら、ロールキャベツがお気に召しませんでした? グランキン子爵様方はチーズがお好きとのことでしたので全ての料理に使ってみたのですが」

「なるほど、貴様が異世界人か。さすが庶民と馴れ合う奴等は高貴な味などわからんな」

「ええ、理解できません。好ましく思わないと言いながらも綺麗に完食される方のお考えなど」

「っ! 貴様……」

「お口に合わないのでしたら残された方が宜しいですよ?」


 グランキン子爵家――主にグランキン子爵――は何かにつけて愚痴言いまくり。私は給仕らしく傍に張り付いてお相手しています。

 まだ食材提供が何処かは明かしませんよ。バラすのは最後です!

 なお、クリスティーナはかなり喜んで口にしているし、アル達との会話も弾んでいるようだ。

 よし、そのまま別世界で過ごしてくれ。こちらは順調にグランキン子爵の怒りをかっているのだから。

 対してグランキン子爵の娘は守護役連中にかなり視線が行っている。ところが彼等はクリスティーナ達と会話をすることはあっても彼女に対して総シカト。大変大人気ないやり方で怒りを煽っている。

 うん、この状況を見ても私達が善玉に見えないね。お陰でその他の勢力は始終無言。


「あ、あの……っ」

「クリスティーナ嬢、ミヅキが伝えた料理はお気に召しましたか?」

「はい、とても!」

「そうですか。後で彼女に伝えてあげてくださいね」


「私はグランキン子爵家の……」

「ほう、いいワインだな」

「ええ、この年の物は中々手に入らないのですよ」


 始終こんな感じ。娘よ、いい加減に悟れ。意図的に除外されてる君じゃ絶対に無理だから。

 そしてそんな状況を利用するのが守護役連中なのだ。

 給仕に訪れる私の耳に内緒話を囁く・手や頬にさり気なく触れる・見つめ合って微笑む。

 こんな行動を色男三人から取られればグランキン子爵令嬢の敵意や殺意は私一人に向くわな。勿論、私も彼女をチラ見して更に煽るが。

 ああ、物凄く睨み付けられてますね! いいぞ、もっとやれ。私が許す。

 それでクリスティーナという本来のターゲットを忘れてくれれば尚良し! ですよ。


 まあ、そんな状況にプライドの高い御嬢様が我慢できる筈もなく。

 肉料理に移る前に報復に出たのだった。


「そうそう、クリスティーナ様のデビュタントは私と一緒の御予定でしたわね? 今宵、私のパートナーを連れて来ていますの」


 唐突にそう言いだすと赤毛に視線を向ける。


「クリスティーナ嬢、申し訳ありません。私自身としてはこちらで御相手を努めさせていただく予定でしたが、家の方からこちらのアメリア嬢をエスコートするよう言い付かりまして」

「そういうことですわ。ごめんなさいね? クリスティーナ」


 悪いなんて少しも思っていない得意げな顔で謝罪を述べるアメリア嬢。

 赤毛もすまなそうな表情はしているが、表面的に取り繕っているだけだろう。

 対してクリスティーナは――


「ふふ、判りましたわ。私にも新しいパートナーがいますので御心配なく」

「え!?」


 二人の思惑通り表情を曇らせる……なんてことはなく。

 楽しげに笑って承諾したのだった。



『クリスティーナ、あいつらは絶対にパートナー略奪について言って来るでしょう』

『その時は』

『笑顔で承諾してやって。絶対に俯いたり泣いたりしないで』

『貴女にできる最大限の攻撃と守りは傷ついた様を見せない事なのだから』


 ……事前に私が教えておいたとおりに彼女はやってのけたのだ。 


 

 

クリスティーナを守る事が最優先なので、ひたすらターゲットのすり替えを実行中。

主人公に怒りの矛先が向くように誘導されていってます。

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