遭遇・実戦・フラグの予感
『人生にはアクシデントがつきものである』
この世界に来てそう思ったのは二度目です。
ついでに言うならフラグが立つことなんて望んでない。ゲームじゃないのだ、命の危機など冗談じゃない!
大切なことなので二度言います。望んでません。
魔法を使える今となっては死亡フラグは叩き折れそうですが。
……目の前の出来事って事故扱いでいいかな?
※※※※※
事の起こりは一時間ほど前。
隣村への往診に行く先生の御供で馬車に揺られてました。
先生の様に治癒魔法も使える医者は辺境の村においてかなり貴重らしく、定期的に見回っているらしい。
村人達は下手な医者より薬草の知識はあるからそこまで深刻な医者不足じゃないらしいけど。
「森のすぐ傍にある村が多いからね、基本的に自分で対処できてしまうんだよ」
「じゃあ、何で定期的に見回りを?」
「手当てが出来ても治るまでに時間がかかるだろう? 村人にとって農作業や狩りができない状況ほど怖いものはないんだよ」
生活できるけど豊かではない状況では働けない=飢えである。
金は無くても何とか生活できるが日々の糧はそうはいかない。
町と違ってろくに店などない自給自足の生活だからこその恐怖である。
「そういえば村でも狩りや採取を叩き込まれましたっけ……」
思わず遠い目になる私を先生は気の毒そうに見つめた。
うん、わかってますよ。生きる術を学ばなきゃならないってことも。
実の所、この世界で一番困ったのが狩りだったりする。
魔法があるから獲物をしとめる術は問題無い。
問題は……その後の解体作業。
『女の子なら肉を捌けなきゃお嫁に行けないよっ!』
明るく笑って豪快に肉を捌いてゆくおばさんに教えてもらった数日間。
兎に始まり最終課題は熊モドキでした。
今では血塗れの包丁見て悲鳴を飲み込んだのもいい思い出。
……慣れることができて本当に良かった。
トラウマになって一々悲鳴あげてたら生きていけない。
ちら、と馬車内部に視線を向けると今朝狩ったばかりの熊が横たわっている。
兎を探してたら出てきたんです、条件反射で氷結魔法撃った私に非はない筈。
せっかくなので御見舞いとして運搬中。
状態維持の魔法がかけてあるから狩りたて新鮮ですよ! 多分、今夜は熊鍋。
残りは保存食として干し肉にされるだろう。
「ところで女の人も熊を狩ることが普通なんですか?」
大変逞しいですねーと続けようとした私に先生は一言。
「いや、あいつが特殊なだけだ。普通は兎や鳥くらいだな」
「……」
先生、さっきの気の毒そうな視線は任せる相手を間違えたことに対して、ですか?
そんな話をしていた時だった。
「……っ……!」
「……い……貴様……」
進行方向から金属音と微かに人の声が聞こえてきたのは。
思わず顔を見合わせて馬車を止める。
さすがにこのまま直進して騒動に巻き込まれたくはない。
いや、熊を運搬中の馬車には誰も関わりたくないかもしれないけど。
「どうしましょうねー……」
「ふむ、旅人が襲われているなら助けなければならんが。しかし……」
「しかし?」
「私は戦闘に不向きでね」
申し訳なさそうな顔のまま私をじっと見る。
つまり私に闘えと。いえ、確かに熊殺し達成しましたけどね?
ひ……人に向けて魔法使ったことがないけど、いいのか、な?
「大丈夫だ、制御は完璧に出来ている。死んでなければ私が治せる」
「体の一部が千切れたりした場合は?」
「自業自得だ!」
苦手と言う割には随分酷い事を言っていますよ、先生……。
何だかこんな場面に慣れてませんか? 随分割り切ったお答えで。
ああ、でも。
私も助けられた一人、なんですよねー。
「わかりました、行ってきます」
声はかなり近い所まできている。
おそらくは馬に乗ったまま振り切れずに逃げ続けている状態か。
だとしたら、このままこちらの馬車に突っ込まれる可能性もあるわけで。
「よいしょっと。先生、ここで迎撃します。怪しい方を倒すので逃げてる方を保護してください」
「了解した」
馬車を降りながら先生に言っておく。
かなり曖昧な言い方だがこの場合は仕方ない。
なにせ私達にはどちらが悪いのか判断が出来ないのだ、うっかり追撃の邪魔をして犯罪者を逃すような真似は避けたい。つまり
『凶暴な方を黙らせるから大人しい方を捕縛してね』
という意味である。
保護=捕獲。同じ行動なのに温度差がありますね……言葉って不思議。
「じゃ、始めます」
片膝を突き地面に掌を着け、馬車の五メートルほど前に『罠』を仕掛ける。
(前方五メートルに結界展開、発動条件は物理攻撃に対して)
結界とは守るだけではないのだ、地面に物理攻撃用のものを展開したらどうなるか?
答えは簡単、上に乗った時点で『弾かれる』。
馬には気の毒だが全員一度吹っ飛ばされてもらおう。
踏み付ける程度なら盛大に転ぶくらいで済むだろう。
……馬の下敷きにでもならない限り。
そして近づいてきた声の主達は。
「ぐっ」
「なっ……!」
「しまったっ……」
等と言いながら弾かれた。おお、悪戯が成功したような達成感!
そして被害者達の服装は綺麗に分かれていた。
二名は白いマントに青い制服? のお兄さん。
残り五名は誰が見ても普通じゃない全身黒尽くめに加え顔を隠している。
「わあ、あからさま過ぎ! 誰が見ても怪しい人です、先生」
「本当に……昼間からあんな目立つ格好で騎士を襲撃とは」
余裕ぶっこいてる師弟は本日も通常運転。
緊張感よりテンプレどおりの服装にちょっと感動。制服組は騎士ですか。
先生の言葉には心の底から同意しますよ、お馬鹿さんですよね!
「はいはい、通行の邪魔ですよ? とりあえず大人しくしてくださいね?」
そんなことを言っているうちに立ち上がった彼等は戸惑った後にそれぞれの行動を開始した。
黒尽くめ戦隊(勝手に命名)は武器を構えてこちらを窺い。
騎士sは私に向かって走り寄ると縋りつき……
「「助けてくれ!」」
ハモった。
先生の顔が引き攣ったのは言うまでもない。
そして私は。
「だ……第一声がそれか、このダメ騎士どもがぁぁぁっっ!」
思わず怒鳴りつけ頭を叩く。
……『助けてくれ』だと?
民間人・女の私に? 武器持ってないのは判ってるよね?
縋りつくどころか盾にしてるよねぇ?
乙女ゲームならフラグが立つ重要場面に何やっとるんじゃぁっ、貴様等!!
これ、何かのフラグ? 死亡……はしないだろうから恋愛フラグとか言わないよね?
吊り橋効果とかを期待するなら全力で叩き落しますよ?
騎士……ナイト……これが現実か。
嗚呼、ゲームや物語の設定は嘘吐きなのですね……!
ギルド仲間の騎士はちゃんと仲間を守ってたよ!? ちょ、騎士に憧れる皆様に何と言ったら!?
……いやいや、こいつらがクズなだけという可能性もあるか。
「我々には任務が」
「礼はする!」
「縋りつくな、民間人を盾にするな、さっさと馬車に乗ろうとするんじゃない!」
「「後は任せた」」
そんなことまで言い出す騎士sに先生は冷ややかな目を向けて呟く。
「恥さえ知らんか、これは殿下にお伝えせねばなるまい」
ぴしり。
何故か固まった騎士s。
おやぁ? 先生、今何言ったの? いきなり固まっちゃったよ?
まあ、私は自分の仕事をしますか。
「放置しちゃってごめんね?」
「「「「「……」」」」」
あらら、全員に睨み付けられちゃった。
まあ、怒って当然でしょうね〜……脚を凍結させて身動きできないようにしてるもの。
彼等は結界内部にいるから物を投げても自分に跳ね返るだけ。
はっはっは、口惜しかろう! 今は八つ当たりさせてくれ。
「とりあえず気絶してもらいます。歯を食いしばれ〜♪」
パチンっ!
『!?』
一回指を鳴らす。
同時に黒尽くめ達は目に見えない『何か』に鳩尾を殴られた様子を見せ倒れていった。
圧縮された空気は十分痛いのである。
しかもどの方向から来るか見えないので防ぎようがなかっただろう。
そもそも空気という知識がないので理解できないに違いない。
「さて、お話ししよっか?」
にこやかー。
振り返り笑顔を向けた私に騎士sは更に顔色を悪くした。
騎士に憧れる乙女&野郎達よ、報復は任せろ。
お姉さんはこいつらをそのままにはしませんよ?
……今後の為にも夢を壊すことは重罪なのだと思い知らせなきゃね?